第113話『闇の選択』
影達が静かに、しかし確実に輪を狭めてくる。
その動きは獲物を逃がさない為の包囲網そのものだった。
赤い月の光に照らされたその輪の内側に、修達は立ち尽くしていた。
「……時間がない」
浜野先生が低く言う。
「にゃう(あいつらは決まった“一人”を奪うまで動きを止めない)」
ノクスが背を丸め、毛を逆立てて影達を牽制する。
愛菜が短く訳す。
「“一人”を奪うまで止まらないって……一人……つまり犠牲者を?」
愛菜が声を上げた。
「そうだよ」
ひよりが頷く。
「この駅も、この電車も、“一人を残す”っていう法則で動いてる」
駅員が一歩前に出る。
逆光で顔は影になり、ただ口元だけがゆっくりと動いた。
「一人をここに置いていけば、全員が帰れる。置かなければ、全員がここで終わる」
その声は冷たく、感情を含まない。
結が拳を握りしめる。
「……私が残ればいいんです」
「結先輩!何言ってるんですか!」
愛菜が叫ぶ。
「お母さんは……もう戻れない。それなら、私が──」
「結先輩、そんな事は言わないでください」
修の声はきっぱりとしていた。
「そんな決め方、誰も納得しません」
影達の包囲がさらに狭まり、距離はあと数歩。
赤い靄が地面から吹き上がり、足元を覆い始める。
「にゃう(俺が残れば済む話だ)」
ノクスがぼそりと呟く。
愛菜がかぶりを振る。
「……ノクスは、自分が残るって!ダメ!!ノクスはボクの……」
愛菜の声が震える。
「……家族だから」
「にゃ!にゃお!(家族だからこそ!残るんだよ!)」
ノクスの瞳が血のように赤く光った。
浜野先生が腕を組んだまま、低く吐き捨てる。
「俺が残ればいい」
「先生!?」
「生徒の代わりになれるなら……安いもんだ」
「ダメです! 先生は……」
結の声が詰まる。
「にゃあ(やれやれ……この場は譲らねぇって顔が並んでるにゃ)」
ノクスがため息をつく。
修は全員を見渡し、短く言った。
「誰が残るかは、俺は決めない」
「でも、それじゃ……」
愛菜が言いかける。
「全員で帰る方法を探す」
修の声は断固としていた。
「そんな駅員の言う事、真に受けねぇ」
駅員が小さく笑った。
「決められないなら、それもまた選択です。全員……ここで消える」
その声と同時に、影達が一斉に動き出した。
ひよりが小さく手を上げる。
「……選びたくないなら、力を合わせるしかない」
「合わせるって、どうやって……?」
結が振り返る。
「この輪を破ればいい。犠牲の条件は、“完全な包囲”が前提だから」
「にゃう(つまり、ぶち壊せって事か)」
ノクスが低く唸った。
愛菜が即座に訳す。
「“輪”を壊せって」
だが影達は容易には退かない。
触手のように伸びた腕が、修の肩を掴みかける。
「くそっ……!」
修は振り払い、心眼を開いた。
見えたのは、影達の中心にある黒い糸。
それが駅員の胸元から伸び、輪全体をつないでいる。
「……お前が操ってるのか」
「操っているのではない。これは“決まり”だ」
駅員が淡々と返す。
「じゃあ、その決まり諸共断ち切ってやる!」
修が歩を進める。
しかし影の一体が修の前に立ちはだかった。
瞬間、ノクスが飛び込み、その影を横からはね飛ばす。
「にゃあ!(早く行け!)」
愛菜が叫ぶ。
「ノクスが『早く行け!』って!」
愛菜の声が重なる。
「任せろ!」
修はその隙に駅員の目前まで踏み込み、真語断ちの構えを取った。
「……お前達が決めたルールなんざ、俺達には通用しねぇ!!」
その言葉に駅員の瞳がわずかに揺れる。
「真語断ち──壱式《魂打ち》!」
放たれた言葉が黒い糸を断ち、輪が一瞬緩んだ。
しかし、それでも完全には崩れない。
影達は再び動き始め、今度は全員に向かって飛びかかってきた。
「時間切れだ」
駅員の声が低く響く。
赤い靄が一気に立ち込め、視界が奪われる。
全員の顔が見えなくなり──誰が残るのか、次の瞬間には決まってしまうのか……。
次回予告
第114話『旧駅舎の叫び』
犠牲を選ばせる儀式の場へ。
だが修達は、まだ全員で帰る道を諦めていなかった──。
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