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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第112話『終点、母の影』

 電車が軋むような音を立てて停まった。

 ドアが左右に開き、冷たい、そして、淀んだ空気が一斉に流れ込む。


 その冷気はただの冷たさではなく、骨の奥まで染み込むような、湿った死の匂いを含んでいた。


 外に広がるのは、見慣れた駅のホームではなかった。


 床は黒い石畳で、所どころひび割れから赤い光が漏れている。


 頭上には、異様に大きな赤い月が浮かび、その光がホーム全体を血のように染め上げていた。


 風はないのに、霧のような靄が地面を這い、足首に絡みつく。


「……ここが終点か」


 浜野先生が低く呟く。


「にゃう(降りたら、もう戻れないかもしれない)」


 ノクスが尻尾を揺らし、低い声を出す。


 愛菜が不安そうに訳す。


「降りたら、もう戻れないかもって……」


「やめてよ……」


 愛菜の声は心なしか震えていた。


 その時、結が小さく息を呑んだ。


「……あそこ」


 彼女の視線の先、ホームの奥に一人の女性が立っていた。


 長い黒髪、眼鏡、淡い色のワンピース──記憶の中と寸分違わない姿。


 結の母だった。


「お母さん!」


 結が駆け出す。


 修が反射的に手を伸ばしたが、掴む前に結は靄の中へ消えていった。


「にゃう(追うぞ!)」


 ノクスが短く鳴く。


 愛菜が短く伝える。


「追うぞって!」


 全員が結の後を追い、靄をかき分けて進む。


 しかし、足を踏み出すごとに視界が歪み、ホームの距離感が狂っていく。


 目の前にあるはずの母の背中が、何歩進んでも遠ざかるのだ。


「くそっ……幻惑だ」


 修が奥歯を噛む。


 ひよりが横目で修を見た。


「……この幻は、犠牲者を決めるまで解けない」


「犠牲者……」


 愛菜が苦く呟く。


 その時、ホーム中央に立つ駅員が口を開いた。


「一人を置いていけば、母に会わせてやる。そして出口も用意する」


 その声は確信に満ちており、嘘の響きはなかった。


「……ふざけんな。犠牲なんて出さずに全員で帰る」


 修が睨み返す。


「出来るなら、やってみなさい」


 駅員は口角をわずかに上げた。


 結は母の姿を見失うまいと必死に目を凝らしていた。


「お母さん……帰ろう、一緒に」


 すると、母が初めて振り返った。

 赤い月の光が横顔を照らし、その瞳は柔らかくも悲しげだった。


「……結。あなたは、帰りなさい」


「嫌です!やっと……やっとこうして、会えたのに……」


「私は……もうこっちの人間なの」


 母は小さく首を振る。


「でも、あなた達は帰らなきゃだめ」


 その瞬間、ホームの端から無数の黒い影が這い出してきた。


 形は人に似ているが、手足は異様に長く、顔には穴が三つ、真っ黒な空洞が開いている。


「にゃう(あいつら、“犠牲”を取りに来た)」


 ノクスの声が低く響く。


 愛菜が息を詰めて伝える。


「“犠牲”を取りに来たって……」


 影達は無音で近づき、全員を囲むようにじわじわと輪を縮めていく。


「ちっ……囲まれた」


 浜野先生が構えを取る。


 愛菜のリュックからノクスが飛び出て、威嚇する。


 修は母と結の間に割って入るように立つ。


「……結先輩、時間がない。あれが来る前に、お母さんを……」


「でも……」


 結の瞳が揺れる。


「にゃあ(お前が迷ってたら、全員持ってかれる)」


 ノクスが鋭く言い放つ。


 愛菜が息を呑んで訳す。


「迷ってたら、全員持ってかれるって……」


 母は小さく笑った。


「結……ありがとう。会えて、良かった」


 そう言うと、赤い靄が彼女を包み込み、その姿をホームの奥へと引き込んでいく。


「お母さん!」


 結が駆け出すが、靄は壁のように立ちはだかり、その先へは一歩も進めなかった。


 影達の輪がさらに狭まる。


 駅員が再び告げる。


「犠牲を決めろ。さもなくば、全員ここで終わる」


 その声に、場の空気が張り詰める。


 誰も口を開かない。


 しかし、その沈黙の奥で、それぞれの心が揺れ動いていた。


 ──自分が残るべきか。

 ──いや、他の誰かが……。


 そんな思考が、黒い囁きと混じり合い、耳の奥で響き続ける。


 修は深く息を吐き、視線を鋭くした。


「……やるなら、俺達のやり方でやる」


 赤い月の下、影達の黒い輪がついに完全に閉じようとしていた。


 次回予告


 第113話『闇の選択』


 迫る影と犠牲条件。選択の時はすぐそこ──だが修は、全員を生かす道を諦めていなかった。


 最後まで読んでいただきありがとうございます!

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