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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第111話『乗客たちの囁き』

 ガタン……と鈍い音を立て、電車は完全に停まった。

 ドアがゆっくりと開き、冷たい空気が外へ吐き出される。


 その冷気には、霧よりも濃い“よどみ”が混じっていた。

 鼻の奥に、古びた鉄と湿った土の匂いがまとわりつく。


「……ようこそ、“戻れない電車”へ」


 いつの間にか乗務員のような影が、扉の内側からそう呟いた。


「……無視無視!行くぞ!」


 修が一歩踏み出す。


 愛菜がノクスのリュックを抱えたまま続き、結、浜野先生、ひよりも後に続く。


 車内は薄暗かった。

 座席にはずらりと乗客が並んでいるが、その誰もが微動だにしない。


 よく見ると、全員の顔の半分が影に覆われ、残りの半分はひび割れた陶器のようだった。

 目のあるべき場所には、黒い穴だけが開いている。


「にゃう(全員、向こうの世界の住人だ)」


 ノクスが低く唸る。


 愛菜が眉をひそめて訳す。


「全員、向こうの世界の……住人だって」


「向こうって……もう、生きてないってこと?」


 愛菜が小声で尋ねる。


「そうだな。少なくとも“帰る”切符は持ってない」


 修は淡々と答えた。


 電車が動き出すと、ガタン……ガタン……と一定のリズムが響く。

 その揺れに合わせるように、乗客達の首がゆっくりとこちらへ向いた。


 陶器の割れ目の奥、空洞のような視線が全員をなぞる。


 その中の一人、白いワンピースを着た中年の女性が、ふらりと立ち上がった。

 影のない半分の顔は、涙の跡で濡れている。


「……あなた」


 その声は結に向けられていた。


「……あなたのお母さんを、見た事がある」


 結の瞳が揺れる。


「お母さん……どこに?」


「……終点。降りられないホームの先」


「降りられない……?」


 愛菜が首を傾げる。


「降りようとした人は、皆……消えた」


 女性の声が震えた。


 その時、最後尾から駅員服の影が歩いてくる。

 逆さ顔ではないが、その存在感は異様だった。


「ここは“戻れない電車”。終点で降りるには、一人を置いていく必要がある」


 車内の空気が、さらに冷え込む。


 浜野先生が腕を組んだまま、わざと軽口を叩く。


「置いてく奴を決めるなら、俺はパスだぞ」


「そういう冗談やめてください!」


 愛菜が食ってかかるが、声には焦りが滲んでいた。


「にゃう(焦るな。決めるのはまだ早い)」


 ノクスが諭すように言う。


 愛菜が短く訳す。


「……焦るな、決めるのはまだ早いって」


 修は黙って女性の前に立った。


「あんた、先輩のお母さんの事をもっと詳しく教えてくれ」


 女性は小さく頷き、話し始めた。


「……長い黒髪で、眼鏡をかけていた。優しそうな人で、私に“戻りたいなら東のホームへ行け”って」


 結が息を飲む。


「間違いない……お母さんだ」


「でも……その人も、自分では戻れないって言っていた」


 女性は視線を伏せた。


 車内の奥から、別の乗客が囁く声が聞こえた。


「誰かを置いていけば、帰れる……」


「置けば、帰れる……」


 その言葉が車内を伝染するように広がっていく。

 やがて、ほとんどの乗客が同じ言葉を繰り返す“囁き”になった。


 愛菜が両耳を塞ぐ。


「やだ……頭の中に入ってくる……」


 ひよりは静かに目を閉じる。


「……この声は、この電車の呪い。聞けば聞くほど、選びたくなる」


「選びたくなる……?」


 結が顔を上げる。


「そう。この駅と電車は、“犠牲”を自然に受け入れさせる為に、心を削る」


 修は奥歯を噛む。


「……くだらねぇルールだな」


 駅員服の影が一歩前に出た。


「ルールはルールです」


「じゃあぶっ壊すまでだ」


 修の瞳が鋭く光る。


 その瞬間、車内の照明が一斉に落ちた。

 暗闇の中で、ガタンガタンという走行音だけが響く。


 やがて、前方の窓から赤い光が差し込み、車内を不気味に照らした。

 終点が近い──その予感が、全員の胸を重く圧し潰す。


「結先輩……絶対お母さんを見つけますから」


 愛菜が強く言う。


「……うん。でも……誰かが……」


 結の声は震えていた。


「誰も置いてかねぇよ」


 修は短く断言した。


 やがて、電車は速度を落とし、赤い光の中にホームが浮かび上がる。

 そこは普通の駅よりも広く、しかし人影はなく、代わりに黒い靄が床を這っていた。


「ここが……終点だ」


 駅員の声が響く。


 ドアが開き、冷気と共に、耳の奥に囁きが染み込んでくる。


 ──置いていけば、帰れる。


 次回予告


 第112話『終点、母の影』


 赤い月の下、降りられないホームの先に見える母の姿。

だが、その一歩は、誰かを犠牲にする覚悟と引き換えだった。


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