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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第110話『切符は一枚足りない』

 霧の中を進むと、足元の感触が急に変わった。

 さっきまで湿ったアスファルトだったのに、いつの間にか乾いた木の板を踏んでいる。


 視界が開けると、そこは古びた屋根付きのホームのような場所だった。


「……ここ、別の駅?」


 愛菜が辺りを見回す。


「にゃう(同じ“きさらぎ”の、違う時間)」


 ノクスの声は低い。


 愛菜が短く訳す。


「同じ“きさらぎ”の……違う時間、だって」


「違う時間……?」


 結がその言葉を反芻した。


 ホームの中央に、無人の切符売り場があった。

 窓口の奥には、埃をかぶった木製の棚。


 そして、その上にきれいに並べられた六枚の切符。


 どれも黄ばんでおり、印字された日付は昭和の終わりや明治の初め、更には元号すら見た事のないものまであった。


「……全部で六枚」


 浜野先生が低く呟く。


「俺達は七人……一枚足りない」


 修が眉をひそめる。


「にゃう(だから犠牲を出せって言ってる)」


 ノクスが尻尾を揺らす。


 愛菜がきっぱりと首を振る。


「やめてよ……そんなの絶対嫌だ」


 ひよりが切符の一枚に手を伸ばしかけ、途中で止める。


「これは……持ち主の記憶を閉じ込めてる。触れると、その人の“最後”が見えるよ」


 修がひよりと目を合わせ、無言で一枚を手に取った。


 指先が紙を掴んだ瞬間、視界が白く弾けた。


 ──電車の揺れ。

 ──ぎゅう詰めの乗客。

 ──車内放送の声が、途中で不自然に途切れる。


 窓の外は闇しかなく、線路の両脇には何も見えない。


 その中で、目の前に座っていた若い女性が、小さな紙袋を胸に抱えていた。


 袋からは、花の匂いがほのかに漂う。


「……結婚式、だったの」


 女性は笑顔を作ろうとしていたが、目が赤く潤んでいた。


「途中で……事故があって。あの人は、先に行っちゃった」


 声がかすれ、視線が下を向く。


「……お前、行きたかったんだろ。本当は最後まで」


 修の声は静かだった。


「にゃあ(でも、それは叶わなかった)」


 ノクスが言葉を補う。


 愛菜が短く訳す。


「……でも、それは叶わなかったって」


「だったら行けよ。今からでも、あいつの隣に。誰も邪魔しない」


 女性の瞳が見開かれ、次の瞬間ふっと笑った。


「行っていいのかな……そんな自分勝手しても良いのかな……ありがとう」


 輪郭が透け、花の香りだけが残って消えていく。

 この女性の持っていた切符が地面に落ちる。


 意識が現実に戻った時、地面の切符は黒く燃え、灰となって消えた。


「切符使えなかったか……」


 浜野先生の声は低い。


「それでも……まだ足りない」


 愛菜が唇を噛む。


 その時、結が声を上げた。


「……この切符……」


 彼女が見ていたのは、残された切符の中の一枚だった。


 印字された駅名の横に、微かに見覚えのあるサインのようなものがある。


「これ……お母さんの……筆跡です」


 空気が一気に張り詰める。


「つまり……先輩のお母さんも、この駅を通った」


 修が確認する。


「うん……きっとまだ、ここにいる」


 結の瞳に決意が宿る。


「にゃう(早く見つけないと、もう戻れないぞ)」


 ノクスの言葉に、愛菜も強く頷いた。


「犠牲なんて出さずに、全員で帰ります!」


 ひよりが、そんな愛菜を静かに見つめる。


「……出来るといいね」


 その瞬間、霧の奥からカーン……とあの鐘の音が響いた。


 同時に、ホームの端に電車が滑り込んでくる。


 ガタン……と停車音。


 だが、車内は薄暗く、窓の内側に立つ人影はどれも動かない。


「乗るのか?」


 浜野先生が問いかける。


「お母さんがいるなら、乗ります」


 結が即答した。


 修は短く息を吐く。


「なら行くしかないな」


 扉へ向かう。


 車内からは何も聞こえない。


 ただ、無数の視線だけがこちらを見ている気配がした。


 電車の扉が開き、冷たい空気が流れ込む。


「……ようこそ、“戻れない電車”へ」


 いつの間にか乗務員のような影が、扉の内側からそう呟いた。

 次回予告


 第111話『乗客たちの囁き』


 薄暗い車内、無数の視線。そこで告げられる“母の行方”──そして犠牲の選択は、さらに重くなる。


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