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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第109話『霧の向こうに』

 霧が、肌にまとわりつくように重く漂っていた。

 駅員服の人影は、逆さの顔のままこちらに近づいてくる。

 歪んだ笑みを浮かべた口が、低く告げた。


「一人を……置いていってください」


 その声は耳からだけでなく、頭の奥にも直接響いた。


 愛菜が息を呑み、修の背中にしがみつく。


「な……何言ってるんですか……」


「にゃう(言葉通りだ。こいつは俺達の数を減らそうとしてる)」


 愛菜がノクスを見下ろし、顔をこわばらせて修達に向き直る。


「ノクスが……こいつ、私達の数を減らすつもりだって」


 浜野先生が一歩前に出た。


「仮にだ、置いて行かないとどうなる」


 駅員はゆっくりと首を元の向きに戻し、無表情で答える。


「全員……帰れません」


「脅しか?」


 修が睨む。


「決まりです。この駅からの帰還には“代償”が必要」


 ひよりがその言葉に頷いた。


「本当だよ……この駅はそういう場所だから」


 霧が流れ、周囲の景色がぼんやりと動いた気がした。

 ホームの端の先には線路が続いているが、その向こうは闇しか見えない。

 まるで、闇の中に落ちる為の道だ。


「……っ」


 結が震えた声を漏らす。


「さっき……私のお母さんを見たんです。ここの……どこかに」


「にゃう(それ、たぶん生きてる存在じゃない)」


 愛菜が息を詰め、修と結に伝える。


「ノクスが……それ、生きてる存在じゃないって」


「やめろ、今それ言うな」


 修が低く言い返す。


 愛菜は結の肩に手を置いた。


「結先輩……絶対に見つけましょう。犠牲とか、そんなの無しで!」


 駅員がゆっくりと歩き出す。

 足音は乾いた木のようにコツコツと響き、霧の奥へと誘う。


「ついてきなさい。あなた方が犠牲者を選ぶ場所まで案内します」


「勝手に決めんなよ」


 修が吐き捨てる。


「決めなければ、全員残ってもらいます」


 駅員の声に、冷たい確信が滲む。


 浜野先生が低く呟く。


「……どうする、雨城」


「まだ決めない。あいつの言葉が真実かどうかも分からない」


 ひよりが小さく首を傾げる。


「真実だよ。でも……“形”は変えられるかもしれない」


 線路脇の細い通路を歩くと、古びた木造の待合室が現れた。

 窓は曇りガラスで、外は霧しか見えない。


 中に入ると、壁には古い時計が掛けられており、針は十二時で止まっていた。

 ベンチの上には切符が六枚、無造作に置かれている。


「……人数分、ないな」


 浜野先生が切符を指差す。


「にゃう(足りない分が犠牲だ)」


 愛菜がノクスの言葉を訳す。


「ノクスが……足りない分が犠牲だって」


「俺、結先輩、愛菜、先生、ノクス、ひより……そして、結先輩のお母さん……この中から……」


「そんなの……納得出来ません!」


 愛菜が声を上げる。


 結は無言で切符を見つめていた。

 手を伸ばしかけ、引っ込める。

 その指先が小刻みに震える。


 修がベンチの切符を手に取った瞬間、視界が暗転した。


 次に見えたのは、ぎゅうぎゅう詰めの電車の中。

 乗客達の顔はどれも青白く、目は虚ろ。

 窓の外は真っ黒な闇が流れている。


「……事故か」


 修は直感的に理解した。

 彼らは皆、この世にはもういない。


 目の前の中年男性が、膝の上で何かを握りしめていた。

 小さなランドセルだ。


「息子が……先に行ってしまったんだ。俺が守らなきゃいけなかったのに」


 その声は途切れ途切れで、悔しさと哀しみが混じっていた。


「お前が怒ってるのは……守れなかった自分にだろ」


 修は静かに言った。


「にゃあ(それでも、お前は行けと言ってる)」


 愛菜が短く訳す。


「ノクスが……それでも行けって」


「だったら……その子の所へ行け。お前が行くべきなのは、ここじゃない」


 男の輪郭が揺らぎ、薄くなっていく。


「……ありがとう」


 最後の言葉とともに、景色がはじけ、修は現実に引き戻された。


 手の中の切符が、一枚、黒く燃えて灰になった。


「……足りないのは変わらないか」


 浜野先生が苦い顔をする。


「そう。だから、やっぱり一人は置いていくしかない」


 駅員が淡々と告げる。


 ひよりが窓際に立ち、霧の向こうを見た。


「結の……お母さん、まだ近くにいる。でも長くはもたない」


 結が顔を上げる。


「長く、もたない!?それ、どういう……」


「行きます。探しに」


「結先輩、待ってください──」


 修の制止も聞かず、結はドアを押し開け、再び霧の中へ消えた。


 愛菜が慌てて後を追い、修と浜野先生、ノクスも続く。


 外の霧は、さっきよりも濃くなっていた。

 数歩先も見えない白の中で、鐘の音が一定の間隔で響いている。


 その音が導く先に、何が待っているのか──まだ誰にも分からなかった。


 次回予告


 第110話『切符は一枚足りない』


 犠牲条件を突きつけられたまま、進む先で待つのは、失われた時代の切符と、過去からの囁き。

選択の時は、確実に迫っていた。


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