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幽霊オタクレベル99〜俺には効かないぜ幽霊さん?〜  作者: 兎深みどり
第五章:そうだ、きさらぎ駅に行こう!編
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第108話『きさらぎ駅に行こう!』

第五章:そうだ!きさらぎ駅に行こう!スタートです!

 終電間近のローカル線の車内は、妙に静かだった。

 窓の外を流れる夜景はまばらな街灯と闇ばかりで、人の気配はほとんどない。


 四人掛けボックスシートに、修達七人──いや、正確には六人と一匹──が肩を寄せ合って座っていた。


 修は向かいに座る結の隣をちらりと見やった。

 

 そこには、結の母が静かに腰掛けている。

 

 淡い笑みを浮かべ、柔らかな目でこちらを見返してきた。


「今日もよろしくね、修君」


 その声は、結には届かない。

 だが修は小さく頷き、自然に視線を外の闇へ向けた。


「条件は……深夜の電車に一人で乗る、だっけ?」


 愛菜がスマホを覗き込みながら首を傾げる。


「でも、結局皆一緒に来てるじゃないですか」


「そりゃそうだ、一人で行ったら二度と戻れないかもしれないからな」


 修が淡々と返す。


「にゃう(その通りだ)」


 ノクスがリュックの中で尻尾を揺らす。


「ノクスが同意してるってことは、やっぱ危ないんですね……」


 愛菜の表情が曇る。


「きさらぎ駅って、都市伝説ですよね」


 結が小さく笑う。


「ネットで見ました。突然見知らぬ駅に着いて、そこから帰れなくなるって」


「俺は実際に行けるなら、幽霊の巣かどうか確かめたいだけです」


 修が視線を外の闇に向けた。


「やれやれ……」


 浜野先生は腕を組み、眠たげな目を細める。


「行けるもんなら行ってやるさ。でも、帰り道は保証しないぞ」


 車内には他に乗客がいなかった。

 走行音だけが規則正しく響き、時折、遠くの踏切音がかすかに聞こえてくる。


 ふと、ひよりが窓の外をじっと見つめていた。

 青白い横顔に、光と影が交互に流れる。


「……もうすぐ、変わる」


 その呟きが、車輪の音に紛れて消える。


 次の瞬間、トンネルに入った。

 車内の蛍光灯がじりじりと唸り、外は漆黒の闇。

 トンネルが異常に長い──そんな感覚が全員の背筋を冷たく撫でた。


 やがて、車窓の向こうにぼんやりと光が見えた……が、それは街灯の温かさではなかった。

 白く、濁った光。

 水底から見上げた月のような色。


 ガタン、と車輪が最後の継ぎ目を越えた瞬間、景色が切り替わった。

 そこには、薄暗いホームと、古びた駅名標が立っている。


 文字は滲んで読めなかったが、じわじわと黒いインクがにじみ出し、こう浮かび上がった。


 ──きさらぎ駅。


「……マジで来ちまった」


 修が低く呟く。


「これ……本物……?」


 結の声が震える。


 愛菜はノクスのリュックを抱きしめ、小声で尋ねた。


「帰れる……んですよね?」


「にゃう(保証はできない)」


 愛菜が顔を引きつらせながら皆に伝える。


「ノクスが……保証はできないって……って言うか、やめてよそういうの!」


 愛菜が抗議するが、その笑顔は引きつっていた。


 停車音が響き、ドアが開く。だが、降りる乗客は誰もいない。

 いや、そもそもこの車両には自分達しかいなかったはずだ。


「行かないと……」


 突然結先輩のお母さんが独り言のようにぼそりと呟いた。


「え……」


 その瞬間、結先輩のお母さんは、その場から消え去る。


「ちょっ、待っ……」


「しゅーくんどうしたの?」


「にゃう……(呼ばれた……?)」


 不意に、ホームの端で何かが動いた。


「……あれは?」


 結が小さく息を呑む。


 ホームの向こうに、長い黒髪の女性が立っていた。

 白いブラウス、淡いスカート──そして、懐かしさを帯びた笑顔。


 結の膝が震えた。


「……お母さん?」


「ちょ、結先輩!」


 愛菜が声を上げるより早く、結は立ち上がり、ドアからホームへ飛び出していった。


「結先輩、待ってください!」


 修も後を追おうとするが、電車のドアが勝手に閉まり、車両が静かに動き出す。


 慌てて別のドアから飛び降り、ホームに足をつけた時には、電車はもう闇の向こうに消えていた。


「……置いてかれたな」


 浜野先生が短く呟く。


 ホームには、ひよりが静かに立っている。


「ここは……過去と未来の狭間。帰るには、何かを置いていかないといけない」


「置いていく?」


 修が睨む。


「命でも……心でも」


 ひよりはそう言って、視線を結の方へ向けた。


 霧が立ち込めるホームの先で、結は必死に母を追っていた。


「お母さん! 待って!」


 だが母は、こちらを振り返らず、霧の奥へと歩いて行く。

 その足音は一定で、まるで呼び声を拒むかのよう。


 修が追いついた時には、母の姿は霧の向こうに完全に溶けていた。


「……くそ」


 修が奥歯を噛む。


「お母さん……」


 結は立ち尽くし、手を握りしめていた。


 遠くで、カーン……と鐘の音が響く。

 その音に混じって、どこからか低い声が聞こえた。


 ──ようこそ、戻れない駅へ。


 霧の中から、駅員服の人影がゆっくりと近づいてくる。

 顔は正面を向いたまま、じわじわと逆さに回転していく。


 そして、にたりと笑った。


「さあ、一人を置いていってください」

 次回予告


 第109話『霧の向こうに』

 

 霧に消えた母、逆さ顔の駅員、そして突きつけられる“犠牲の条件”。

決断の猶予は──ほとんどない。


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