第105話『七つ目の口』
六つの地蔵がある
その背後にもう一つの地蔵がこちらを指さす。
ーーまだ、終わっていない……七つ目がまだ……
夢だった。
けれど、確かに“見せられていた”。
結は、朝の陽射しが差し込む自室で、冷や汗にまみれて目を覚ました。
寝巻きが湿っている。
部屋の空気は妙に重く、空気清浄機が赤い警告灯を灯していた。
彼女は自分の胸元に手をやり、寝ている間に無意識に爪を立てていた事に気づく。
爪痕が赤く腫れ、皮膚が少し破れていた。
「六体じゃ……なかった……」
夢の中で聞いた“声”が頭にこびりついて離れない。
あの集落にあった地蔵は、確かに六体だった。
だが、昨夜の夢では――七体目があった。
石で出来たそれは、他のどれとも違っていた。
顔がなかったのだ。
だが、口だけがあった。
ぽっかりと開かれた、笑っていない口。
誰かがその口を“覗いて”いた。
誰だったか、思い出せない。
ただ、ぞっとするほど静かで、深くて、空っぽだった。
結はLINEを開いた。
修と愛菜に夢の事を伝えようと指を動かすが、何故か送信ボタンが押せなかった。
――まるで、誰かに止められているような。
◆
一方、修は大学の図書館にいた。
あの地蔵の貼り紙の事が頭から離れず、「羽生蛇村」「岳集落」「封鎖」等のキーワードを何度も検索していた。
だが、出てくるのは、全てゲーム『SIREN』に関する情報ばかり。
現実の地名としての記録は、どこにも存在しない。
「本当に“あれ”は、現実だったのか……?」
思わずつぶやく。
そこへ、愛菜が息を切らしてやってきた。
「しゅーくん……見つけた……ボク、また……」
彼女の手には、コンビニで拾ったというチラシが握られていた。
《新設地蔵尊 七体開眼法要》
《9月9日 午後6時〜 某神社裏手にて》
《参列自由・無償供養》
修の目が凍る。
“七体”。
「これ、まさか……」
「ここに来て、七体ってさ……妙だよね?」
愛菜が声を潜めて言う。
“誰かが、わざとやっている”。
供養の名を借りて――何かを“開こう”としている。
◆
その夜。
結の身に、また“夢”が訪れた。
今度は、自分ではなく“別の何者か”の視点だった。
草の生えた墓地の裏。小さな祠。
並ぶ七体の地蔵。
その一番右端の地蔵――顔のない地蔵が、ゆっくりと口を開く。
ガリ……ガリリ……
石のきしむ音が、現実の耳にまで届くような感覚。
その口の奥に、何かがいた。
人ではない、何か。
黒い影。無数の指。
そして、歯。
“開いた口”の中に、口があった。
歯が並び、舌が動き、何かを喋っていた。
けれど、その声は反転し、ねじれ、意味を成さなかった。
唯一、はっきりと聞こえたのは――最後の一言だった。
「入っておいで」
結は飛び起きた。
そして、窓の外を見る。
向かいの公園の隅に、一つの石像が立っていた。
街灯の下で、笑っていない口だけが、こちらを向いていた。
次回予告
第106話『供養の夜に来るもの』
“七体目”が目覚める夜、神社の裏で何が行われるのか。
これは供養ではない。――開口の儀式だ。
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