第101話『消えた集落と六体の地蔵(後編)』
頭上に広がる空は、赤黒く濁っていた。
風も音も消え失せ、山の木々さえ、黙りこくった影のようにじっとしている。
どこかで誰かの気配がした。
けれど、それが何かを確かめる術はない。
「……ねえ、これ、帰れなくなってるって事?」
君鳥愛菜が、声を押し殺すように言った。
手のひらは冷たく湿り、震えていた。
だが、修も返す言葉を持たなかった。
唇を噛みしめたまま、彼もまた言いようのない異常を直視していた。
――村が、まるで別物だった。
ついさっきまで朽ち果てていたはずの社は、いつの間にか美しく再建されている。
鳥居も、灯籠も、苔むしていた石段さえも、まるで時を巻き戻されたかのように鮮やかだった。
そして、その入り口に並ぶ六体の地蔵――。
全ての像が、こちらを見ていた。
「今……目、動いたよね……」
結が、ほとんど息のない声で言った。
愛菜が、こくりと小さく頷く。
修は社の前に置かれた新聞紙に目を落とした。
その一面に、こう記されていた。
《羽生蛇村 完全封鎖へ》
《昭和七十八年八月五日 岳新聞》
今日の日付だった。
「……おかしい……これは、ゲームの中の……」
修の喉がひとりでに鳴った。
それは確かに、かつて彼がプレイしたホラーゲーム
『SIREN』に登場する村の名称が書かれた不気味な新聞だった。
「視界ジャック……試してみる?」
愛菜が、ふとそんな言葉をこぼした。
「はあ? 何言って――」
言いかけた瞬間、地蔵の一体が――ぎしり、と音を立てて首を傾けた。
そして、その背後に、ありえない光景が広がる。
地面に、村人達が沈んでいた。
白装束を纏った者達が、表情もなく、静かに、土の中へと自らの身体を押し込んでいく。
音はない。
その様子を、誰かが――いや、何かが、見ていた。
いや、違う。
“その何かの視界”が、こちらにリンクしてきたのだ。
次の瞬間、修の頭の奥に、直接“声”が届いた。
『視界ジャック、完了。対象:岳集落 存在不明個体“ミエナイ者”』
ぞわりと全身の肌が粟立つ。
視界が勝手に切り替わり、見知らぬ視点から、三人の姿が映し出される。
――自分達を、誰かが見ている。
いや、今、誰かの目になってしまった。
「逃げろッ!!」
修の怒声が木霊したと同時に、空が砕けるような音を立ててひび割れた。
あの忌まわしい、不協和音のサイレンが鳴り響く。
地の底から這い出すように、甲高く、歪んで――警告を告げる。
そして、社の奥から、それは現れた。
地蔵の顔を幾つも貼りつけた異形。
四つ足で、首が異様に長く、笑みを浮かべる地蔵の面が幾重にも連なり、のたうつように近づいてくる。
「わ、わあああああああああ!!」
愛菜が悲鳴を上げ、結がその場に膝をつきそうになる。
修は彼女の手を引いて走り出す。
「え……! 道が――」
結が指さす先に、もう道はなかった。
あったはずの山道が、消えている。
代わりに、ひび割れた赤い地面と、左右から迫る黒い木々が立ちふさがっていた。
「囲まれてる……?」
愛菜が震える声で呟く。
異形の影が一つ、また一つと姿を現す。
どれも、地蔵の顔を貼りつけた、人間のようで人間でない存在達だった。
「こっちしかねえ!」
修が山の斜面へと走り出す。
まるで獣道のような崖を滑るように駆け下りる。
木々が顔を叩き、足元が崩れ、石が転げ落ちる。
だが、それでも、振り返る暇はない。
あの“笑っている何か”が追ってくる。
視界の隅で、一体の地蔵が、口角を吊り上げるように歪んだ。
――見ている。
彼らは、常に“視ている”。
そして、どこまでも“連れていこう”としている。
逃げ道は、どこにある?
この“現実の皮を被ったゲーム”の終わりは――まだ、見えない。
次回予告
第102話『赤い夜が明けるとき』
歪んだ視界の中、三人は再び現実へと戻れるのか?
だが、地蔵達はまだ笑っている――。
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