第10話『止まれない信号機』
夜の街に、赤い光がぽつんと灯っていた。
大学近くの交差点。噂の現場に、俺達は立っていた。
「ここだね……“止まれない信号機”って言われてる交差点」
「にゃあ(空気が妙だな)」
ノクスがリュックの中から顔を出し、低く鳴いた。
「普段は普通の交差点なんだけど……夜中になると、赤信号でも車が止まらずに通り過ぎるって」
「ボク、動画で見たよ。赤信号なのに、5台連続で通ってたの」
「確かにそれは変だな。タイミングじゃ説明つかない」
「でも幽霊じゃないとしたら、なんなんでしょう?」
「まあ、そこを今から確かめようって訳だな」
時計の針は、午後11時を過ぎた頃。
街灯の明かりも少ないこの道に、時折、車が通り過ぎていく。
「じゃあ、観察始めよう。1時間は張り付いてみよう」
俺達は交差点の少し先、路肩に並ぶように腰を下ろした。
愛菜はノクスを膝に乗せ、結先輩は小さなメモ帳を開いた。
時間がゆっくりと流れていく。
「……なーんか、普通に止まってるなぁ」
「本当に異常があるのは“ある時間帯だけ”なんじゃないかしら?」
そう言った直後だった。
赤信号が灯る。
1台、2台、3台……。
何の迷いもなく、車がそのまま交差点を通過していった。
「うわっ、マジか!」
「見た!? 今の、信号赤だよ!? みんな突っ切ったよ!?」
「にゃうっ(空間が歪んでる……)」
ノクスが毛を逆立てた。
俺は目を凝らす。
信号の手前に――何か、立っていた。
人影……いや、シルエットだけの、誰か。
「見える……女の子……? いや違う、あれ……」
見た瞬間、吐き気のような感覚が走った。
「……なんか、車の運転手の目が、一瞬……真っ黒に見えた」
「何かに“操られてる”って事?」
交差点の赤信号が青に変わると、人影はふっと消えた。
けれど次の赤信号で――また車は止まらなかった。
「にゃ……ニャアア!(あれは、“繰り返してる”んだ。事故の瞬間を)」
ノクスが唸る。
「……事故?」
俺は息をのんだ。
「……この交差点、昔、一つの事故があった。女の子が、赤信号を無視した車に轢かれた」
「その記憶が……この場所に、残ってるって事?」
「幽霊じゃなくて、“事故の記憶”が道に染みついたのかもしれないな……」
ふと、愛菜が言った。
「でもさ、それって――“助けられなかった”誰かの後悔が、形になったみたいじゃない?」
「……かもな」
その時――
キィィィ……
車のブレーキ音が鳴った。
道の中央に、まるで“見えない壁”に気づいたように、1台の車が急停止した。
「……止まった……」
「……記憶が、薄れたのかもね」
結先輩が呟いた。
交差点に、静かな風が吹いた。
次回予告
第11話『ノクス、夜を駆ける』
いつもはのんびりなノクスが――
今夜だけは、本気になる!?
妖怪と人間の境界に立つもの。
夜の街を駆け抜ける小さな影に、何を見る――!
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