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正義とは

私を助けることができるかもしれないというこの阿保そうな少年を頼りに、紋様とやらを得るために歩いているのだが――



「いつまで歩くんだ」

「もうちょっともうちょっと!」

「もうちょっともうちょっとって、もう3日も歩いているぞ」

「大丈夫!もうちょっと!」



本当にこいつを頼りにして大丈夫なのだろうか。



しかし600年も経てば、この国も随分と変わったものだ。


灰色の空の下、かつて血飛沫が舞い、嘶く馬の声と共に権謀術数が渦巻いたあの時代。

刀が正義を語り、裏切りが日常であった。

欲望に取りつかれた男たちは、神すら畏れず、ただ力のために命を積み上げた。


それが――600年前のこの国の姿だ。

命のような穏やかさなど、影も形もない。



「・・・ねえか?」

「?悪い。考え事をしていた」

「おいおい!悲しいぞ俺!もう3日も一緒にいるんだから恋人も同然だろ~♡いや、それ以上か?もっと優しくしてくれよな蒼ちゃん♡」

「気色が悪い。で、何を言ったんだ?」

「だから!あの雲、猿みたいじゃねえか?」



はあ。私がこんなあほそうな少年を頼りにしなければならないなんて。

こいつは本当に私を人に還らせることができるのか。できるはずがない。


――もう人に還らなくてもよい。

ただ鬼と同化して人々を襲ってしまう。それだけは避けたい。


私はかつて神だった。

人の願いを聞き、人の幸せを願い、人々の営みを静かに見守ってきた。


それが神としての私の役目だ。

己を顧みるより、まず人を。

守るべきは私ではなく、彼らだ。


たとえこの身が滅びようと。

たとえ、再び人に還れぬとしても。

私は最後まで役割を全うしなければならない。



もう時間はない。



「おい、やっぱり私を封印...」

「着いた!ここが鎖印使さくいんし御三家のひとつ、鵜久森うぐもり家だ!」



◎◎◎


「ごめんくださーい!・・・ごめんくださーい!鵜久森さんのお宅であってますかー?ごめんくださーい、ごめんくださーい!ご...」


鳥越が鵜久森家の家の前で騒ぐ。



立派な屋敷だ。

鎖印使御三家という名にふさわしい屋敷だろう。


そこに一人の少年が現れる。


「なんだようるせ.........なっーー!!?」


少年の目が、蒼翠郎を捉えた瞬間、空気が一変した。



瞬きすら挟まず、少年は地を蹴っていた。

動きに迷いはない。完全に”敵”としてみた攻撃だった。


「鬼だ!!」


叫びと同時に、鋭く放たれる殺気と斬撃。

少年は鎖符さふを蒼翠郎にむけて放った。

妖力を帯びた鎖が唸りをあげ、一直線に襲い掛かる。



鎖符は妖力を帯びたチェーンで封印はもちろん、相手を拘束したり切断することもできる。



ああ、これでいい。

本来、私は封印されるべきなのだ。

時間はない。人に還れたところで私がこの鬼を再び封印できる確証はない。

封印に失敗してこのざまなのだから。

ならば私の体内に潜む鬼を神力で押さえつけている今が、封印するには確実だ。

これでいい。これが神である私の役目。

やっと楽になれる。




鎖符が蒼翠郎の目の前にきたとき――



「なにすんだてめぇ!!」


怒鳴り声と同時に、鳥越が少年を思いきり弾き飛ばした。

鎖符は軌道を逸れ、地面に叩きつけられて妖力の火花を散らす。



「俺のダチを傷つけんじゃねえ!!!」




ダチ?友達のことか?何を言っているんだこの阿保は。

私たちは友達になろうともいっていないし、友達になったつもりはさらさらない。

私に友達なんぞいない。友達は必要ない。いてはならない。



「友達?そいつは鬼だろ!頭おかしいのかてめぇ!」

「友達だ!俺のダチを傷つけるやつは誰であろうと許せねぇ!」


鳥越は少年に殴りかかる。

しかし御三家のご子息だ。勝てるはずもない。


少年は涼しい顔で鳥越の拳をかわし、少年の拳が鳥越のみぞおちに入る。


「あの鬼を守るのは”情”か?それとも、“人の名残”に惑わされたか?お前も鎖印使さくいんしだろ?鎖印使ならわかるはずだ。あれが完全に鬼と成り果てば、いずれ人を襲い、食い殺す。例外など存在しない」


少年の目が鋭く細められる。


「俺たち鎖印使の使命は、被害を”未然に断つ”ことだ。人々を守るためなら、たとえ一人の命であろうと容赦していけない。特に妖と化してしまった者にはな」

「その覚悟もなく、情に流されるだけのお前に、鎖印使を名乗る資格はない」



あの少年の言う通りだ。あの少年は間違っていない。

私を今封印することで鎖印使としての使命は全うされ、私の役割も全うされる。

鎖印使御三家がいる今、そしてまだ私の神力で鬼の妖力を抑え込めている今、

封印する環境、タイミングは整っている。


ーーさあ、私を封印しろーー



「鎖印使は人を守ることが仕事だろ!こいつもまだ人なんだよ!!犠牲にできるわけねえだろ!多くの命を守るために1つの命を犠牲にしていいって考えてんなら、お前こそ鎖印使やめちまえ!何が鎖印使御三家だ!」


「お前の言う正義が、目の前の誰かを切り捨てるもんなら……俺はそんな正義、ぶっ壊してやる!!」



鳥越の拳は少年の頬に当たった。しかしすかさず少年も鳥越の胸に拳を当てる。



鳥越はもう限界だ。急所であるみぞおちを三度も殴られている。

しかし――



「紋様を……貸してくれ!」


唐突なその言葉に、少年の表情が険しくなる。


「紋様は妖力を得る鍵だ。四つ集めて剣に埋め込めば、“妖の核”に届く力が手に入る……!」

「それがどうした」

「蒼翠郎の中には、鬼の核がある。そこに届けば――助けられるかもしれない!」



少年が目を細める。



「“かもしれない”だろ。そんな不確かな希望のために、御三家が命を懸けて守ってきた紋様を貸せと?」

紋様が四つ集められたとき、それが国家転覆できる可能性があることをわかって言ってんのか!?」



国家転覆?あの阿保から聞いた話とはまた別の話があるのか?

それにしてもこの阿保、なぜ私のためにこんなに自分を犠牲にしているのだ?

お前は神でもない。人のためにそこまでする必要はなぜだ?

鎖印使は人を被害から未然に防ぐのが使命なんだろう。

私を封印すれば使命は全うされるのに。


なぜ私のために殴られている?




「わかってるよ!!でも他に方法がねぇんだよ!!」


言い終わるより早く、少年の拳が鳥越を殴り飛ばす。


「だったら諦めろ。力のない奴が、誰かを救えると思うな!!」


血を吐きながら、鳥越は立ち上がる。


「俺は、助けたいだけだ……!たとえ……ぶん殴られてでもな!!」







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