エピローグ
後半は執事のライアン視点です。
私が伯爵家に帰ってきてから一ヶ月。
結婚して以来これ以上ないほどに愛されている自覚がある。
ジュリアスは、毎日……いや毎秒と言っていいほど愛情表現をしてくれる。それが、私は戸惑いながらもとても嬉しかった。
私が屋敷に戻ってからすぐは、色々と忙しかった。家出の詳細を尋ねるたくさんの手紙やパーティーの招待状が届けられていたからだ。友人からの好奇心を隠せていない手紙には、実際起きていたことは隠して帰省していたことにした。……家族からの手紙には正直に全てを書いたけれど。それから、パーティーには二人で参加した。すれ違うようになってからも、パーティーだけは二人で絶対に参加するようにしていた。でも、今回は以前のようにずっと楽しいと思えるパーティーだった。
ところで、忙しかった反動なのか、ここのところなぜだか体調が優れない。
するべきことは終わったし、寝室で休もうかしら。
もともとこの屋敷に夫婦の寝室というものはなくて、ジュリアスが二人用の寝室を作らせていた。
家出騒動の前は、自室の寝室を使うことが多かったけれど、今はほとんど二人で寝ている。だから、ジュリアスも私も自室のベッドを片付けていた。
というわけで、向かうのは当然夫婦の寝室で。
この時間なら掃除をしてくれるメイドもいないはずだし、大丈夫よね。
私は躊躇わず扉を開ける。
思った通り、カーテンが閉ざされ薄暗くなっている寝室には誰もいなかった。
私は、二人用の大きなベッドに横たわろうとした
……ところで、ベッドの上に何かあることに気がついた。
それは、手のひらサイズの布だった。
「…………え?」
◇
「本当に、奥様が帰ってこられてよかったですね」
私の言葉に、仕事が一区切りついた旦那様は幸せそうに微笑む。
「うん。やっぱり、ヴェロニカが側に居てくれることこそ僕の幸せみたいだ」
奥様が帰ってこられてから、あっという間に一ヶ月が経った。
奥様が家出されたという噂も鎮まり、お二人は何事もなかったかのように暮らしている。パーティーにもお二人で出席され、最近は会話もなくお帰りになることが多かったが、仲良く過ごされたようだった。お二人の幸せそうな表情に、私も幸せをお裾分けしていただいているようだ。
それにしても、奥様が旦那様に背負われて帰ってきたあの夜には驚いた。奥様が足を怪我されいたと聞いて納得したが、お一人で出掛けていかれたと思えば夜遅くに奥様とご帰宅されたのだ。奥様もだが、何より旦那様のことが心配だった。
しかし、私の心配もよそに旦那様は翌日も休まずお仕事をされていた。その後奥様とゆっくり休まれたそうではあるが。
ともかく、今のお二人は今まで通り……いや、それ以上に仲が良さそうだ。この幸せが末永く続けばいいと思う。
「ライアン、色々協力してくれてありがとうね」
旦那様に声を掛けられ、はっとする。
つい思考に耽っていたようだ。
「いえ、旦那様のためならば」
「ふふ。相変わらず凄い忠誠心だ」
私が伯爵家の執事になったのは、旦那様に取り立てていただいたからだった。
旦那様と出会ったばかりの頃は仕事に励まれている印象が強く、噂に聞くおしどり夫婦とはあまりにもかけ離れていて、驚いた記憶がある。
今でも仕事に費やす時間が多いものの、しっかり奥様と過ごす時間も取られている。
これでこそ、おしどり夫婦と評される伯爵夫妻だ。
「とにかく、これで一件落ちゃ……」
そう言いかけたとき、執務室の扉が勢いよく開かれた。
怒りを顕にしたその人は、他でもない奥様だった。
また何か起こるのでは、と嫌な予感が頭をよぎった。
……いや、だがまさか。
何も無ければそれで良い。
ただならぬ様子の奥様にそう願ってしまうが…………
「ジュリアス?私のじゃない女物のハンカチが寝室にあったんだけど?どういうことか説明してくれる?」
伯爵家に平穏が訪れるのはまだ先のようだ――
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