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三話 恋人の聖地になっていました

 離婚届を提出した三日後、私は一人でカフェに来ていた。

 このカフェがあるのは離縁してからはじめに訪れた街とは別の街で、私は移動しながら生活していた。今後も、色々な街を訪れてみるつもりだ。


 見覚えがあるような気がして立ち寄ったら、この店はジュリアスと訪れたことのあるカフェだった。

 あの時から変わっていない内装や店主の姿を見ていると、いやでも記憶がよみがえってくる。


 記憶を振り払うように私は頭を振った。


 それにしても、余りにも恋人たちが多すぎやしないか。見渡してみるが、どの席もカップルのような二人組で埋まっている。

 

 場違い感がするわね……


「ご注文は決まりましたか?」


 店主に声をかけられて、びくっと肩が強張る。一人の世界に浸りすぎていたようだ。


「え、ええ。ミルクティーをお願い」

「かしこまりました。他には何かございませんか」


 その言葉が注文のことを指していることは分かっていたが、好奇心は抑えきれずつい訊いてしまった。


「その、何だか恋人たちが多い気がするのだけれど、何かあるの?」


 私の質問に店主は少し驚いたような表情を見せたが、それも一瞬のことですぐに説明してくれた。


「実は当店は、恋人の聖地と呼ばれておりまして」

「恋人の聖地……?」


 そんな呼ばれ方をしていたとは知らず、首を傾げる。二年前はどうだっただろうか。

 そんなことを考えていると、


「今から二年前、」


 店主の口からそんな言葉が紡がれ、胸が脈打った。


「伯爵様と奥様がご来店されたのです。その日伯爵様が奥様にプロポーズをされたそうで、この店は恋人の聖地と呼ばれるようになったのです」


 その日のことはもちろん覚えている。

 けれど、そんな後日談は初めて聞いた。


「そんなことが……」

「ええ、そうなんです。懐かしいですねぇ。貸し切りにしようとしたんですが、伯爵様に止められたんです」

「ジュ、……伯爵様が?」


 またも知らない話が出てきて、目を瞬かせた。


「はい。奥様はそういったことを好まれないと。それから、当時一番人気だったパフェを確保しておいてくれと頼まれましたねぇ」


 そんなこと、考えてくれてたのね……。

 不意に、二年前ここで食べたパフェの味を思い出した。


「……やっぱりパフェもお願いしたいわ。その、……伯爵夫人が食べられたというものを」

「はい、もちろんです。すぐご用意させていただきますね」


 懐かしいな……あの時は確か、パフェを頼んだけれど一人じゃ食べ切れる量じゃなくて、ジュリアスにも食べてもらったっけ。クリームがジュリアスの口元に付いてたから笑ったら、私にも付いてるって言われて。それで慌てて口元を拭いたら冗談だってジュリアスが笑って。

 ……あの時は本当に幸せだったな。


 ジュリアスのことを思い出すと胸が苦しくなるけれど、幸せだった思い出は今でも大切なままだった。


 その後、やっぱり一人で食べるには大きすぎるパフェが出てきて、一人で懐かしくて笑った。


 時間はかかったけれど、食べきることはできた。でも、暫く甘いものは食べたくないわ。



「今度、またお二人でいらしてくださいね」


 会計の際、店主にそう言われて思わず手が止まった。

 目立つ赤髪でバレてしまったのかしら。

 驚く私の顔を見て、店主は懐かしむように笑っていた。


 そんな表情を見ては、離縁したから二人ではもう来れないだなんてとてもじゃないが言えなかった。


「ええ……そうするわ」

「またのご来店をお待ちしております」



 店を出ると見覚えのある後ろ姿が見えて、気づけば足を止めていた。 



「ジュリアス……?」



 思わず口にしたその名が届いたのか、はたまた偶然か、その人はこちらを振り返った。


「あれ?ヴェロニカ義姉さんだ」


 その人は、よく似ているけれど、ジュリアスではなかった。当たり前だ。彼がここにいるわけがない。彼のことだからこの時間は執務室に籠もっていることだろう。


 ジュリアスによく似たその人は、彼の弟――つまり私にとっては義弟だった。


「あ、ええ、フランシスじゃない。どうしてここに居るの?」


 ジュリアスではないとわかって少し落胆している自分が居て、そんなことを思ってしまう自分が不愉快だった。

 自分から離縁を切り出した癖に、期待していたみたいではないか。ジュリアスなら必ず迎えに来てくれると。


「どうかした?」

「あ、いえ。何でもないわ。……で、国中を旅行しているあなたがどうしてここにいるの?」

「故郷に帰ってくるくらい、いつでも良いでしょ?まあ、本当はアビゲイルを紹介しに来たんだけど。……あと、兄さんの顔見に来た。どう?仲良くやってる?この後会いに行くんだけど」


 何と答えればいいのかわからない。

 まさかこんなタイミングでフランシスが訪ねてくるとは思ってもいなかった。


「まあ……普通よ。あなたこそ、結婚したばかりなのに奥さんを置いてきていいの?」

「あ、いや……今は別行動中だから。このカフェで待ち合わせしてるんだ。この後屋敷に行く予定なんだけど」

「あら、そうだったの」


 フランシスは旅先で出会ったという女性と結婚したらしい。まだ会ったことはないけれど、手紙で話は聞いていた。


 もしかしなくとも、フランシスは妻を紹介するために領地に来ているのだろう。


「ヴェロニカ義姉さんはどうしてここに?屋敷に行くよって手紙送っといたはずなんだけど」

「それは……」


 言葉に迷っていたその時、少し離れた所から女性の声が耳に飛び込んできた。


「フランシス!」


 ジュリアスによく似て長身で輝く金色の髪を持つ彼もやはり目立つらしい。離れた位置からでも声をかけたのであろう女性は、迷うことなく真っ直ぐフランシスに駆け寄ってきた。 


「ごめんなさい。待たせた?」

「ううん、今来たところだよ」

「本当?それなら良かった」


 二人の姿は仲のいい夫婦そのもので、見ていて微笑ましい。

 以前は私とジュリアスもそんなふうに見られてたのかななんて考えてしまい、慌てて打ち消した。


「そちらの方は……?」


 私の姿に気づいた彼女は不思議そうな顔で尋ねる。

 咄嗟にジュリアスの妻と言いそうになって、私にはその資格がないことを思い出した。


「ああ、兄さんの奥さんだよ」

「……ヴェロニカです。あなたのお話は手紙でよく聞いていたわ」


 フランシスの言葉を訂正することはできず、名前を告げた。

 少し無愛想だっただろうかと反省したが、彼女は気にした様子もなく丁寧な挨拶が返ってきた。


「アビゲイルと申します。こちらこそ、いつもフランシスからお二人の話を聞かせてもらってるんです。本当に理想の夫婦で憧れてます」


 フランシスには私とジュリアスの関係はどう見えていたのだろうか。

 ……暫く会っていないから仕方のないことよね。


「そう……」


 何となく反応に困って曖昧な返事をすると、彼女――アビゲイルは思いついたように言った。


「あの、良かったら、一緒に街をまわりませんか?それでその後一緒にお屋敷に向かうのはどうでしょう?」


 大人しそうな見た目だが、意外と積極性のある性格らしい。


「せっかくのデートなのに悪いし、私は退散するわ。……あと、残念だけれど今日は私屋敷には帰らないわ」


 せっかく私とジュリアスに会いに来てくれたというのに、申し訳なかった。けれど、今は誰よりもジュリアスに会いたくなかった。


「そうなのですか?……では、また今度お茶でもしましょう!」

「ええ、そうね。楽しみにしてるわ」


 少ししか話せなかったけれど、アビゲイルは良い人だった。

 また会えたらいいと思う。


 ……でも、そっか。離縁するってことはフランシスたちとも疎遠になってしまうのか。


 もう二度と会えないのかもしれないと思いながら二人と別れた。


 今更、離縁するということの意味を理解した自分に呆れながら、ため息をついた。


「お母様たちにも離縁したこと伝えないとな……」



 ――この頃からある噂が広がりはじめていたけれど、私はまだ自身にまつわることだとは知らなかった。

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