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二話 一方その頃ジュリアスは

執事を務めているライアン視点となります。

「旦那様、よろしかったのですか?」


 奥様が屋敷を出ていかれた後、私――ライアンは主たるジュリアス様に問いかけていた。


「ん〜、まあね。離婚届は無効にするように教会側に言っておいたし」


 言っておいた、と言っているが実際に主が何をしたのかはわからない。というか、知りたくない。


「……ですが、突然奥様が離縁を切り出されたのに、いつ離婚届が無効にされるように手を回していたのですか?」

「いつからだろう?……一ヶ月前くらい前かな?」

「え……その時から離縁するかもしれないと思われていたのですか?」

「起こらなければいいけど、もしも時のためにと思ってたんだけどね。まさか現実になるとは」


 そうは言っているが、さして気にしていないように見える。というか、そもそも離縁されたときのためではなく離縁されないように努力すればよかったのでは……?


「失礼ですが、旦那様は本当に奥様を愛されていらっしゃるのですか?愛されていたなら、このような事態にはならなかったのではないでしょうか」


 正直、旦那様のことだからまた曖昧な返事が返ってくると質問しておきながら思っていた。しかし、予想に反して聞こえてきたのは意外な言葉だった。


「……わからないんだ」


 その言葉は表情こそ変わっていないものの、本当に困惑しているようだった。


「わからない、ですか?」

「うん。昔は確かにヴェロニカを愛していた。今も、妻として大切に思っているし、帰ってきてほしいと思ってる。でも、正直彼女が向けてくれる感情と同じものを返せているかわからない。……ヴェロニカは、それに気づいたんだろうね。だから離縁したいと思ったんだろう」


 伏せられた瞳は、どこか寂しげだった。

 掛ける言葉が見つからないでいると、旦那様は再び口を開いた。 


「だから、仮にも離縁を了承したのは僕のためでもある。離れていれば、もう一度彼女を愛する気持ちを思い出せるかもしれないだろう?」


 あっさりと離縁を承諾したのは、旦那様ご自身のためでもあったからなのか。


「それでは、奥様が弄ばれているようですが……」

「もしかしたら、離縁したいと思ったのは一時的な感情かもしれない。ヴェロニカは噂や周りの目を気にしてしまうところがあるから。何かの影響を受けてしまったかもしれないでしょう?だから、ヴェロニカにも一度離れた上で自分の本当の気持ちに気づいてもらいたいんだ」

「……それでも、旦那様のもとに帰ってくるとは限らないのでは」


 つい意地の悪いことを言ってしまうと、旦那様は困ったように眉を下げた。


「それは無いと信じているけどね」


 旦那様は笑ってそう答えられたが、それが何故だか弱々しく感じられた。


「はじめから問題は、僕がヴェロニカへの気持ちに気づけるかで……」


 その時、扉がノックされた。

 執務室を出入りするのは旦那様と私くらいだ。何か旦那様宛に書類でも届いたのだろうか、と思ったが、それにしてはノックの音がぎこちないように感じられた。


「旦那様、お話があります」


 震えた声は、メイドのもののようだった。


「入っておいで」


 旦那様の声に、恐る恐る扉が開いた。

 思った通り、二人のメイドだった。

 緊張した面持ちで部屋に入ってきたかと思えば、二人は土下座した。


「申し訳ありません」


 突然の行動に、私も旦那様も目を瞠る。


「おや?急にどうしたんだい?」


 大抵のことには動じない旦那様だが、流石にこれは想定外だったらしい。


「もっ、申し訳ありません……奥様が屋敷を出ていかれたのは、私たちの所為なのです」

「……どういうこと?」


「わ、私たちが、根も葉もない噂を話してしまったんです」


 僅かに顔を上げそう言ったメイドの声は、今にも泣きそうだった。


「その時は気の所為だと思っていたのですが……奥様に聞かれてしまったようなのです……」


 もう一人が言葉を引き継いだ。


「噂、というのは?」


 旦那様が優しく問いかけるも、二人は躊躇いを見せた。


「それは、その……」

「大丈夫。言ってごらん」


 最後まで不安そうにしていたが、旦那様のお声に励まされたようだった。


「その……旦那様が、……奥様ではない女性と楽しそうに街を歩かれていたという噂を……」

「っ!」

「ライアン。気にしないで」


 反論しようとするが、旦那様に声で制され開きかけた口を閉ざす。

 自分の感情をよく理解されていないとしても、旦那様が奥様を大切にされてるのは事実だ。それは、使用人だって知っているはずだ。それなのに、何故。


「それはいつのこと?」


 しかし、旦那様はさして気にした様子もなくメイドたちに質問された。


「奥様がご友人のお茶会に出席された日のことです……奥様のお帰りを私たちは知らなくて、それで無駄な話を……」

「ふむ。でも、そういうことか」


 顎に手を当て、どこか納得したような旦那様の代わりに、私は問いかけた。


「なぜ、今日になって報告を」


 つい、強めの口調になってしまい、直ぐ後悔した。仏頂面と低い声の所為で威圧感を与えてしまうというのは重々承知していた。気をつけるようにしていたが、やはり二人を怯えさせてしまったようだった。


「そ、それは……その、取り返しがつかないことをしてしまったことに今更ながら気づいて……本当に申し訳ありません。反省しております……」

「申し訳ありません。処罰は何なりと受け入れます」


 額を再び床に押し付けた二人は、心から悔いているようだった。


「大丈夫、気にしないで。話してくれてありがとう。君たちは、仕事に戻っていいよ」

「え……!?解雇ではないのですか?」


 弾かれたように上げた顔は、驚きに染まっていた。


「これくらいのことで大事な屋敷の一員を咎めたりしないよ。……それに、ヴェロニカはきっと帰ってくるから」

「そう、ですか……?」

「うん。だから、気にしないでいいよ」


 このとき、二人には旦那様が神様に見えたことだろう。


「旦那様、ありがとうございます」

「このご恩は決して忘れません」

「大袈裟だなぁ」


 その後、深々と礼をして二人は部屋を出ていった。

 ぱたんと音を立てて扉が閉まった。


「……旦那様、お心当たりは」

「う〜ん。困ったことに一つとしてないね。君も知っている通り、ここ最近は屋敷に引きこもっているし」


 確かに、旦那様はここ最近屋敷を出ておられない。最後に出たのは奥様と夜会に出席されたときだっただろうか。


「では一体なぜそのような噂が……」

「どうしてだろう?……まあ、でもこれでヴェロニカが急に離縁を迫ってきた理由がわかったね」


 奥様が離縁しようと思ったのは、旦那様から愛情を感じられなくなってしまったからではないのか。そう思っていると、旦那様は見透かしたように言葉を続けた。


「ヴェロニカは基本的には慎重な性格だけれど、あの日は急だったからね。だから、執務室に押しかけてくるまでするきっかけがあったのだろうと思ってたんだ」

「確かに……言われてみれば、食事のお時間でも旦那様とは顔を合わせられますよね。わざわざ執務室にまで来られたのは衝動的になってしまう理由があったから、ということでしょうか」

「恐らくは。本当のところは本人に聞かなければわからないけど」


 そう言って旦那様は窓の外に目を向けられた。

 奥様は今、どこに居られるのだろうか。 


「――ところで旦那様、三日後フランシス様が屋敷を訪れる予定がありますが、奥様はご不在だと伝えられているのですか?」

「ああ、そうだったね。フランシスが奥さんを連れてきてくれるんだった。まあ、今回は仕方ない。当日何とか誤魔化せば良いんじゃないかな」


 奥様は離縁したと思われているというのに、それでも楽観的な旦那様に、余計だと知りながら私は問いかけていた。


「奥様が帰ってこられると確信していらっしゃるとしても、何もしないで待っているのですか?」「さっき言った通り、この件は僕の気持ちの問題が大きい。……でもまあ、意外にもそれは早く片付きそうだからね」


 それは、奥様へのお気持ちに気づかれたということなのだろうか。そうであってほしいと願わずにはいられない。


「そろそろ、次の手を打とうか」

「何をされるのですか?」

「ふふ、噂を流そうかなと思って」

「?噂、ですか」

「うん」


 くすりと笑みをこぼした旦那様に、奥様のことが心配になった。

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