プロローグ
数ある作品の中から「離縁して伯爵家を出たのに、伯爵夫人が家出したという噂が広まっています」を見つけて下さり、ありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
「ヴェロニカ。僕と結婚してください」
その日、愛する婚約者からプロポーズを受けた。王子様みたいに膝をついて指輪を差し出して。まさに私にとっての王子様だった。
答えなんて、考えるまでもなくずっと前から決まってた。
「はいっ……!」
今日は、なんてこと無い普通の日だった。だからこそ予想外で、でもとても嬉しくて涙が滲んだ。
「ヴェロニカは泣き虫だなぁ」
そう言って涙を拭う手の温もりも愛おしくて、さらに涙が溢れた。
愛する人からのプロポーズって、こんなにも幸せなことなんだなって、私は胸に広がった感情を噛み締めていた。
「指輪、嵌めていい?」
「ええ」
慈しむように、丁寧な手つきで薬指に指輪を嵌めてくれた。
太陽の温かい色を反射して煌めく指輪に、絶対幸せになろうと誓った。
「結婚式はいつにしようか」
「もう?」
おっとりとした印象だけれど、気が早いのは相変わらずで、私はくすっと笑ってしまった。
「ごめん、気が早かったかな。嬉しくてつい」
「ううん、嬉しいわ」
そのまま二人で暫く、余韻に酔いしれていた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
いつしか夕日が沈み、月が空に昇っている。空には幾千もの星が瞬き、息を呑むほど美しかった。
「結婚式、楽しみね」
「そうだね」
このときはまさか、二年後に自ら離縁を切り出すことになるなんて夢にも思っていなかった。
結婚して二年が経つ夫・ジュリアスが浮気をしているという噂を聞いてしまったのは、単なる偶然だった。
その日は、友人の茶会に招待されていたけれど、体調が優れなくて途中で帰らせてもらうことになった。屋敷に着いたけれど、急な話だったため使用人たちは私の到着を知らないようだった。だから、主人たちがいない間の使用人の噂話を聞いてしまったのだ。それは、私じゃない女性と楽しそうに街を歩いていたジュリアスの話だった。
その時は、体調の所為で早々に帰宅した自分を恨んだ。
でも、見て見ぬ振りをしてどうにかなる話ではない。知らなかったことにしても、起こってしまった事実は覆らない。
たかが噂話。信憑性はない。それでも、私の中にある想いが芽生え始めていた。
恋人だった頃は良かった。新婚と呼べる頃も。
今や食事を共にしていても会話はほとんど無いし、恋人だった頃のように一緒に出かけることも少ない。
浮気が本当ではなかったとしても、彼はもう私を愛してなんていないのだろう。
彼を心から愛しているからこそ、彼から想いが返ってこないことが何よりも苦しい。側に居るだけで幸せ、だなんて私には考えられないことだった。
このまま過ごしていても、彼の心が私のもとに帰ってくることはきっと無いだろう。ならばもう、諦めてしまったほうが楽になれるのではないか。
だから、私は普段は邪魔しないようにと近づかないようにしている執務室に向かった。
「ジュリアス。私だけれど、入ってもいいかしら」
震えそうな手に力を込めて、扉を叩いた。
ややあって、ジュリアスの声が聞こえた。
「うん、いいよ」
慎重に、でも逸る気持ちを抑えきれず扉を開ければ、書類に目を落としたままのジュリアスが視界に入った。
初めて執務室まで来たというのに、顔を上げてすらくれないのね……。
……でも、それくらいの方がこちらも未練を感じなくて済む。
私はジュリアスに構わず口を開いた。
「ジュリアス。――離縁しましょう」
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