第十八話 「脱出」
トナカイが騒がしいので、クロノスは不審に思い、隠れ家を出て外の様子を見に行きました。
すると、南の方でいくつもの光が揺らいでいます。耳を澄ますと「ヒミロスを殺せ」「ヒミロスは魔女だ」「火炙りにしろ」などの声が聞こえてきます。
話し合うために近寄ろうとしましたが、町の人達の目が狂気に満ちていることに気付き急いで隠れ家に戻りました。
最初はこのまま隠れていようかと思いましたが、万一見つかった場合、隠れ家には入口が一つしかないため袋の鼠になってしまいます。
クロノスはヒミロス達に事情を話して、トナカイの艝に乗せます。そして万一のために金貨を一枚ずつヒミロス達に与え、捕まってもすぐに取り上げられないように靴下の中に隠すよう指示しました。
そうこうしているうちに狂気に満ちた町の人達はそこまで来ています。
「殺せ!」「全員火炙りだ!」などの怒号が響いています。
クロノスはトナカイの群れごと、ヒミロス達を逃がそうとしました。
「ここは危険だから、先に行きなさい。なに、儂もすぐに行くから。」
「クロースをオイテ、ワタシタチだけイケません」
ヒミロスは片言でクロノスの申し出を拒絶します。暴徒と化した町の人達はすぐそこまで迫っています。
「とにかく行きなさい」
クロノスは艝の先頭のトナカイの尻を叩きました。艝は急発進し、ヒミロス達を乗せたまま北へ走り出しました。
自分は残って町の人達を説得しようとします。先頭にはミズがいます。どうやらミズが町の人達を煽動したのだと察しました。
クロノスはミズの前に立ち塞がります。
「邪魔だ。ジジイ!」
ミズは持っていた鋤の柄でクロノスの左頬を横殴りにしました。鋤の柄がクロノスの頬を捉える瞬間、クロノスは真下にしゃがみ、躱します。クロノスの頭上で鋤が空を切ります。
ミズの左にいた棍棒を持った町民が、しゃがんたクロノスの顔を前蹴りの要領で蹴ろうとします。クロノスは町民が足を上げるより速く真上にジャンプし棍棒を持った町民に背を向けます。町民は呆気にとられましたが、次の瞬間、クロノスの左足の踵が町民の左顳かみにめり込みます。町民は右に半回転し、地面に背中から叩きつけられました。持っていた棍棒も宙を舞っています。
ミズは空を切った鋤を縦に半回転させ、クロノスの顔面を突いてきます。クロノスは宙に舞った棍棒をキャッチし、顔面の前で構えます。棍棒は鋤の刃の間に刺さり、刃先はクロノスの顔面の目の前で止まりした。ミズは鋤を手前に引こうとしますが、クロノスは一瞬速く、鋤の刃の間に縦に刺さった棍棒を両手でハンドルを切る要領で左に回します。梃子の原理でミズごと回転し、ミズは地面に体を打ちつけながら数メートル転がりました。
最初、町民達はクロノスの身軽な動きに圧倒されましたが、年寄りの外見にそぐわないクロノスを不審に思いました。
「そういえばあの爺さん、イカサマがばれてこないだ締められた奴じゃないか?」
「ああ、あん時はあっさり締められてたな」
「あの女が呼び出した悪魔が乗り移ったんじゃあないのか」
「この爺さんから火炙りだ!」
町民達がクロノスの周りを取り囲もうとします。
確かにイカサマがバレた時は泥酔していたため不覚を取りましたが、シラフのクロノスはコソ泥をしていたこともあり、身も軽く、相手が2〜3人なら問題ありませんでした。ただ、この人数には太刀打ち出来る自信はありませんでした。
「まずい!ひとまず逃げよう。」
クロノスは辺りを見渡し、町民の囲いが手薄な箇所を探します。ちょうどミズが転がった方向が、手薄です。クロノスはミズに向かって走り出します。
ミズはうつ伏せに倒れていましたが、状況を察し、クロノスを止めようと起き上がろうとします。
しかし、ミズが体を起こし右膝を立てた時にはクロノスは既に至近距離で立てたミズの右膝を踏み台に左足で前方にジャンプしました。ミズの体を飛び越えようとしたのです。
ところが、ミズは先ほどまで地面にうつ伏せに倒れていたため、ミズの右膝は濡れており、クロノスは足を滑らしバランスを少しだけバランスを崩してしまいました。
その結果、ミズを飛び越える充分な高さのジャンプは出来ませんでしたが、ミズの頭上を飛び越えようと突き出したクロノスの右膝がミズの顔面にめり込みました。
「メキョ」だか「グシャ」なのか分からない音とともに、ミズは仰向けに声も出さずに倒れました。倒れた瞬間ミズの鼻から大量の血が吹きだしました。鼻は完全にへしゃげ、気を失っています。
シャイニングウィザード
クロノスは現在のプロレスの必殺技を偶然ミズに喰らわしたのでした。
名前からして天才魔導士であるクロノスに相応しい技でした。
さて、ミズが倒れた方向はたまたまヒミロスが逃げた北でした。もうヒミロスには追いつけないと思いましたが、後ろには町民達がいますので、とりあえず北に走りました。
町民達は何が起きたのかしばらく把握出来ませんでしたが、すぐにクロノスを追いかけ始めました。
続く




