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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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6番目の記憶

 俺の空しい声が森の中に響く……

「ドーリーィ…………ドリーーーー…………」

 すんっ……っと、樹上の白い鳥は俺を見ず、どこか別の所に視線をやって見事に無視をする。耳が接敵を数秒後に捉えているのに、『繋がった』感覚がしない。

 もうこれは駄目だと諦めた俺は、彼女をその名で呼んだ。

「……わかった。ドリーシャ」

「る?」

「頼んだ……」

「るっくぅーーーー!」

 ご機嫌なその声を聴きながら、俺は百匹単位で飛びかかってくるウサギの群れに切り込む。何故かこの黒ウサギは日に二回、昼と夜の三時と思わしき時間になると、好戦的になり標的になると飛びかかってくる。時間が微妙なのは時計がないため体感によって計測しているからであり、たぶん本当にきっかり三時ではないかと思う。ちなみにこの世界の時計や暦は概ね地球と同じだ。

 このほぼ中型犬くらいの紫色の瞳をした黒ウサギ。ウサギとしては大きいが、見た目は特記する事もないウサギだ。だが瞳と同じく体内も紫。体液も爪も、歯までも同じ色。ソレに掠られると相当な痛みと痺れを生じる。いつだったか奴らに狙われた象のような大きい生き物が、引っ掻かれ、齧られ、ものの数分でウサギのおやつとなった。蟻のように象に集るウサギはその肉塊を数分で平らげた。

 一匹ならともかく、百匹単位、群れでやって来られて、平均五波、最大計測七波まで来られると、刀一本では防ぎきれない。夜なんか保護色でもっとやりにくい。

 だが、あの『ドリーシャ』と呼ぶと喜んで働いてくれる、毛玉がいると凄い。

「くぅーーーーるっくぅーーーー」

 鳴き声と共に、空気中の水分が飛礫となり、鋭く降り注いで一斉掃射。俺はソレを抜け、身の回りに寄ってくるウサギ相手に集中できる。

 屍、累々。

 ただ今日は三波までしか来なかった。今晩が多いか、そろそろ別の獣の生息域に移動しつつあるのかもしれない。

 ココの獣達は群れて同じ種類で固まって、共生している事が多いようだ。餌が偏るのでその地区で食えなくなると、他所の弱めの獣の区域を陣取り、交代するような形でローテーションしていたり、共食いを始めたりと様々のようで、奥深い。

「離れるぞ」

「くるっくぅ」

 このウサギは繁殖力が強く、三日で成獣になる。あの毒は皮膚に入れば痛みと痺れの素になるが、獣が喰う事は可能らしく、三時以外は群れない為、単体ではよく捕食される姿を見る。

 俺は多くて一日に一度しか喰わないようにしている。肉は見た目は紫と気味悪い。だが焼けばうまいし毒耐性が上がって爪の毒くらいなら大丈夫になってきたが、喰うと一時間くらい死ぬほど胃が痛む。毒耐性が上限に達したと感じてからは、珍味として食すくらいだ。

 三時の奇襲を倒して紫の血にまみれた場所は三日ほど、通るだけで痺れを生じるトラップになる。三日目以降は逆に良い土壌になるらしく、四日目で鬱蒼と茂った樹林の森に変わっていた時、この森の植物の異常さも知る事になる。

 数日、悪ければその日には植生も、獣の生息箇所も変わって、獣同士で起こした場合の死骸トラップもバカにならない。すでに何度も迂回したり後退したりさせられている。

 例えば右腕を断った傷に植物がぴょこっと生えてきた事がある。それが数秒で巨大になって牙のある花にパクンと食べられそうになった時は、慌てて赤刀で焼いて処理した。だが根が残って明日には養分になって目覚めないのではないかと暫し戦々恐々とした。……本当に恐ろしい森だ。

「お前は要らないか?」

「くるぅぽ」

 肉は対毒をあげる目的以外は、出来るだけ熊や鹿など俺に取ってわかりやすい獣から切り分け、赤刀で切りつつ焼いてその場で食べる。洗える水源が近い時は洗うが、血抜きなどやらなくても、即食べるなら食えている。

 だいたい今までが残飯、腐っていても食ってた。

 薄切りして確実に火さえ通せば寄生虫等、問題はない。肉が手に入らなければ、美味しくはなくても果物ならそこそこ手に入るので不自由していない。

 米が~とか、醤油が~だとか言う気はない。そんなモノはここにはないし、ドリーシャが緑色の鹿が持つ角をがつがつ突き舐めるので、俺も口にしたら塩だった。おかげで塩は確保できている。

 塩と肉、そして果物、絶対に奴隷が食べられる飯じゃない。栄養価が高すぎてか体が最初は受け付けないくらいだった……もう奴隷飯はイヤだと言える、最高だ。

「なぁ……どうしても『ドリーシャ』なのか」

「くぅぅるぅ……」

 食事を終え、日も暮れてきて、今晩の宿にと樹の上から落ちぬように枝を組み、身体を蔦で幹に縛った後、手の中の鳥をあぐらの上で揉んでぐちゃぐちゃにしてやる。本物のドリーシャもウットリしていたが、こいつも同じ反応してくる。両手でしてモフモフやりたいが、片手でもまぁ癒される。

 特に俺が。

 この森に入り、半月くらい。

 熱やふらつきなど、手を欠損させた事による不調は山を越え。今は川沿いの木の上を宿にしつつ、西の山を目指している。

 その間、この手の中の生き物に呼び名をつけようとしたが、元愛鳥の名しか受け付けてくれない。いろいろ違う名前や、似た名前も呼んでみたが、気にいってくれない。最初、ドリーシャと不用意に呟いたのが悔やまれる。

 姿が似ていない、他の生物ならまだアリだが、俺の記憶をトレースされた疑似姿で同じ名で呼んでいると、愛鳥を冒涜され、自分でも冒涜している気がする。倫理観はもはやない人間だが、それでも気持ちはある。

 愛着あるモノに擬態する事によって寄生したり、依存させたりする生存戦略なのだろうが、クローンで喜ぶ趣味はない。しかしわかっていても拒否できない。

 コイツが居たからこそ、まだ生きて居られている部分が多々あるからだ。

 戦闘はもちろん、トラップ系に気付くと知らせてくれるし、夜は大きな毛玉になって温めてくれ、害虫や毒蛇の心配がない。食事の火は刀で十分だから、おかげで焚き火をしなくていい。人間が入れない森から、定期的に煙が上がると目立つから本当に助かった。

 何よりずっと一人で警戒せず、夜警を数時間任せて睡眠がとれる事がありがたかった。

 時には倒した獣の、たぶん希少部位をわざわざ抉って、俺の懐に入れて渡して擦り寄ってくる。

 不気味な生き物から、相棒とも呼べる存在になってきていて困る。名前の話以外は俺の機嫌を取っている気配もあるし、この気が狂うような生態の獣の森で一人歩いていたら、早々にメンタルが壊れていたと思う。

「ドリーシャ、よろしくな……」

「るぽ?」

 人間、諦めが肝心なのか……本日、今時刻を持って、生き残る為に彼女をそう呼ぶ事に妥協する事にした。まだ森の深部でもなくば、西の山にも辿り付いていない。今までは比較的小さめの獣だったが、自分より大きい鰐や、ゾウの大きさの獣ともすれ違っている。あれらが本気で向かって来た時、一人よりも確実に生存率が上がる。

 色々考えていたが、やれる事をするしかない。今日は少し森がうるさい。

「じゃ、今日も飛んでくれるか?」

「くるるっ」

 もさもさになった羽を整えてやると、ドリーシャが手元より飛び立つ。


 集中する。


 左手の人差し指の先からミシン糸の様な、見えない何かがスルスルと延びて行く感覚がする。

 初めは気のせいかと思っていたのだが、ドリーシャが大量に氷の飛礫を構成し、放った時、指先どころか全身からごっそり自分の『何か』が吸われて無くなってぶっ倒れたのだ。

 ドリーシャが身の確保をしてくれたため、大事なかったのだが。

 この一件でこいつが俺の何かを『使っている』事に気付いた。無尽蔵に使われたらまたいつ倒れるかわからない為、イロイロ試行錯誤した。

 それでわかったのは、常時、薄く細くだが『糸』でドリーシャと俺の間はつながっているという事。

 物理ではないが、意識すればそれに触れたり、細くしたり太くすること、完全に切り、再び繋ぐ事も可能だった。

 ただ名前を呼んでやらない、望むのにかまってやらないなど、機嫌を損ねると彼女の方から切られる事もある。糸は通常赤に見えるが、彼女の方から『送られる』のが多い場合は青色に見える。

 更に何度か試すうちに、ドリーシャが飛礫を作る時などにあまり酷く俺から『何か』を持って行こうとするなら、自分の残量を感覚的に捕らえて、蛇口を閉めるように調整できるようになった。

「上へ……」

 指先に集中し、命令を通す。

 この指、あいつに喰われると覚悟した時、突いて血を飲まれたところのせいか、遠くにいようと彼女へ指向性を示す時に有効だった。逆に彼女の『何か』が送られてきて、その視界に入ったモノが俺の脳裏に飛び込んでくる。

 これは意志のあるドローンと言った感じだ。

 ……暗くなりつつある森、だいぶ遠くなった俺の居た町。遠くの空を白めているのは隣の聖都の灯。他の飛行生物が遠くに見えるが、ドリーシャはソレを避け、西の森を見た。

 高い山、その峰は白く雪を被る。気温が間違いなく低いのが見て取れる。そんな中、わけのわからない猛獣達の相手をしていけるのか。

「じゃ、ない。越えるんだ」

 細く小さく、でもキラキラと虹色を纏う風はラスタの匂いを運んできてくれる。何故なのかわからない。言葉として聞き取れる事はないが、でも何かが導いてくれているのは感じる。



「あれは何時だったか……」



 ラスタには好きなヒトが居た。

 赤薔薇の小悪魔イル。俺にとっては正体不明の情報屋。いつまでも子供の容姿で成長しない、謎の少年。あやしさ大爆発だったが、必要な時に的確な情報やアドバイスをくれた。

 彼女は彼の従者で、命の恩人で。どうやらエルフの森の有名人らしい。

 いつだったか……酒を飲んでクダまいているラスタが目の前に居た。もう二時間以上付き合っている……付き合いきれんので俺は酒はもうやめてお茶に切り替えていたが。

 何を思ったか、イルに『一緒に届けものをしてくれないかなぁ』と頼まれ……何故か行った先の宿所が同室という……数日なら床でもいいが、旅の間ずっとそれで疲れを貯めるのは悪手だったので、同室で過ごしたのだ。

 別のホテルなり娼館なり転がり込めばいいが、金は必要最低限しか持たされていなかった。野宿ならスラムと言った場所になるような発展途上国だった。安全面の不安、不衛生も極まれりである。各種病気も怖い。

 どうしてもならそれに染まる事も辞さないが、任務が終わるたびに血液検査が怖いとかシャレにならない。

「わたシのぉ、私のくろーなんて、ちっとも! わかって! らっしゃらないんですよっ! 何でぇ、こんな最低な男と…………ッ……ってこい、なんて……いるさまぁ……」

 と、ラスタは酒に任せて愚痴ってた。

 たぶんイルは彼女とどうする気もなさそうだった。俺に押し付けてる感があったが、あの頃の俺には『表』に恋人がいた。ラスタも嫌なら断ればいいのに、惚れた弱みかイルに命じられると、俺と渋々行動を共にしてくれた。



「ラスタは今もイルが好きだろうな……」



 きっと彼の事を今も思っているだろう。

 あれから状況が変わって、二人は結婚したり、全く知らない誰かと恋をしたりしているのかもしれない。

「……偽処女こじらせている喪女のままかも、なぁ」

 俺は彼女にとって死者、亡霊だ。本物だとしても、あの日本で生を受けた男としては死んだのだ。

 俺にとってのドリーシャのように、受け入れがたい存在なのかも知れない。

「迷惑だろうが……会いに行くぐらい笑ってくれるだろ」

 そう都合の良い事を思いながらそろそろ……っと、ドリーシャに意志を通し、こちらに戻るように指示する。

 帰り際の森を眺めさせ、俺は目に『何か』を込める。脳裏の風景が色を変える。遠くの町からは黒い影が多く発生している。聖都の方など壁にさえ見え、黒い何かが聳え立ってもう全く何も見えない。

 森からは濃い緑の空気があがって、時折薄い紫や黄色などのスポットが見える。赤い動く気配。白の大量の影……

 これは生物やモノが発する『気』のような何か、だと俺は結論付けている。あの時、神殿に入って行けなかった時に見たのもこれだと思う。

 ちなみに紫色はウサギなどの死骸トラップなどの毒を、黄色は近づいていくと大抵何かの獣から奇襲される。

 赤い気配は気が立っている、もしくは近づくと命の危険が生じる存在が大抵いる。

 緑の気配が強い所は植物が活発に繁殖している場所、白い影は現時点で敵対行動のない獣や魔獣、近づけば色を変える。

 まだ判別できない模様の影や、雪で白い筈なのに常に赤に染まる西の山……

 奴隷を外へ出さない要塞都市に思えたあの場所の、たった一か所だけ壁のない場所。誰も出入り不可能、不可侵の森と山だからだ。

 それが簡単に出られるわけがない。

『奴隷は一匹足りとテ、逃がしてはならン』

 俺は身体を幹に縛っていたツタを赤刀で切り、そのまま自重に任せ、樹から飛び降りる。


 キンッ


 剣戟が響き渡る。

 1、2、3。

 ドリーシャからの視界を切って、戻したそこに、黒い影が三つある。

『本当に子供がこの森二。それも『隻腕』デ、儀式に来ないなどまさかと思ったガ』

『黒墨で追えませんでしたが、刀傷の魔物を残していたのが幸いでしたわ』

『焚き木なしで、生肉喰ってたのだろうにさ。腹壊さないってどんだけ丈夫なの、奴隷ってさ!』

 奴らは言葉では喋っていなかった。しかしその声を俺は耳に出来ていた。

 昔から耳がイイ。良すぎて聞こえるモノを絞る訓練をするほどに。わかりやすい例えなら、盗聴器が仕掛けてあるのを耳で探せる。遠方小声でも聞き取れるし、犬並みの高周波を拾える。

 ドリーシャを飛ばした辺りからずっと、モスキート音の様に、彼らの会話がとてもうるさかったのだ。この森で分散されて襲われるのを避ける為、気付かないふりして、一斉攻撃を待っていたのだが。……少ないが仕方ない。

『あんな幼い子が、よくあの長物を振り回せるものですわ』

『どっから手に入れたのさ、普通の奴隷がさ』

『魔法による具現化ダ……』

『魔法使いなのかぁ~このチビさ』

「……そうなのか?」

 相手の剣を弾き返しつつ、つい、呟く。そのタイミングの良さに驚いた隙に、赤刀を容赦なく振う。それも抉るように動かせば、びしゃっっと相手の体液と丸いモノが飛んだ。

「ぅっ! えっぐぅ! こいつさ、殺すっ」

 何を激昂されるか意味が分からない。自分達が俺を追って、暴力を振って来たから、刺しつつ刀を返して目を抉ってやった。やり返されるとは思っていないのか。

『こいつは捕まえル。印を焼きつけて、薬につけル』

「知るかっ!」

 スピードが上がった片目は俺に飛びかかってくる。油断がない、早い一撃は急に視力を半分失い、痛みもある中、最高の動きをしていた。声の質からしてまだ少年の域を出ない。

「っ!」

 きっと暗殺者とか、忍びとかそういう職業の者達で、彼は育てばきっと優秀な者となっていただろう。どうして過去形かと言えば、彼は目の前でぐしゃりと裂けたから。

 確かにあと数瞬遅ければ俺がその命を奪っていたかもしれないが、その少年の命を奪ったのは俺ではなく、彼と一緒に来た二人の内の一人。

「っ……壁にしたの、か……」

 えぐい事をする、今死んだばかりの少年が使った言葉を呟きそうになる。

「捕まえましたわ」

「ご苦労だっタ」

 俺は三人から追われつつ、白や赤、毒の紫などの気配を読んで動いているうちに、いつしか樹木が疎らになった広場のような場所に追い込まれ、その中央にあった巨樹の幹に俺は磔にされていた。

 少年の体を引き裂いて、そのまま向こう側から飛びつき抱きついてきた女に、左腕も体もベタリと押さえられた形で。

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