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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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ラスタの記憶1(前編)

彼女の約3000年前の記憶から……

 白い鳥が飛び立って行く。

 それに攫われるようにその魂は穏やかにその生を終えた。

 湿り気を帯びているだろうと自覚できるくらいには、潤んだ瞳で彼女は白い鳥の背を見送る。

 人間の命は短い……ソレを見送った、ハイエルフの乙女ラスタは、同じく彼を見送った主イルに声をかける。

「あんな男でしたけど、穏やかに逝けたようですね」

「彼にしては本当に穏やかな人生だったと思うよ? どうせまた地獄のような生に産まれつくのだろうけれどね」

 生きていた時、冗談交じりに彼が五歳には『魔法使いになれなくなった』と言っていた言葉が彼女の頭でリフレインする。

 そしてまるで生まれ変わった先でも、また同じに彼の人生は明るくないのだと、当然の様に決めつけたような……そんなイルの言葉に驚いた。

 たった今、死んだのだ、当然まだ生まれてもないのに。声を詰まらせつつ、流石にと抗議を混ぜた声音で彼に問う。彼はイルの『お気に入り』だったのに、と。

「っ……何故、なのです?」

「うーん。よくは知らないけど……」

 意地悪じゃなくて事実だからね、と、イルは首を竦めながら自分の薔薇色の髪を弄る。最後にもう一回……いや百回くらいはキスしとけばよかったかなぁーなどと冗談ともつかない言葉を吐きながら、何かを思い出す様に呟いた。

「彼の今世に付き合って分かったけど、ティの魂には瑕疵があるんだよ」

「瑕疵ですか?」

「あれは古い魂だよ。呪いが刻まれている……神の」

「あ、あの男は全く、何をしたらそんな神にだなんて呪われているのですか!」

 ラスタに取って彼は不遜な、どこか世の中を厭うような言葉を吐く男だった。

 確かに彼はかわっていて、自分を『裏』として、『表』と呼ぶ全面的な主たる人生を歩む部分をサポートする存在だった。結局一人の人間であるのだが、そうする事で世の中をバランスよく生きていけるようだった。

 イルはするりと自分の髪を流して、ラスタに言った。

「生まれてきた事に、だよ」

「は?」

 ラスタはほぼ『裏』の彼しか知らない。彼には確かに『失礼で最低な男だ』と言ってきたが、助けられる事もあった。

 よく彼を構う主に『なぜ、あの男にそこまで……。イル様が、なんであんな『最低男』を好きなのか、わかりません』っとも言ってきた。

 それでも決して『生まれる』という自分でも管理出来るわけもない理由で、『神』に恨まれる程の『悪』ではなかったとラスタは思う。



 彼女はヴラスタリ・トゥルバ。〈大地の芽〉をその名に抱く、エルフの森、王族直系、七番目の子供。王位継承の予定はないが、希少なハイエルフ。

 この時の彼女はエルフの森を救った『英雄イル様』の従者を務めていた。

 あの頃の彼女は300歳の乙女……ハイエルフは不死ではないが、ほぼ不老。人間で言うなら十五~十六歳程度で多感で可憐な少女の時代だった。

『森の英雄イル様』

 彼が危機にあったエルフの森の救世に至るまでの軌跡は、脚色もまじえ小冊子が市場に出回るほど有名な話だった。

 そんな『軌跡』に描かれる実際の時間、その英雄本人に、

「何か精霊が、エルフの森に行けって煩いから来てみたら。もしかして丁度良いタイミングだった?」

 などと言いながら、命を救われたラスタ。その経験は彼女の中で彼をヒーローにし、処女を捧げるならこの人と……そう思う程の対象にした。

 英雄と自分の父王が友であった事を幸いと、イルの従者を務める光栄に預かった。

 ……振り返ってはもらえなかったけれど、イルの側には長くいて、同じ空気を吸っているだけで幸せだった……ずっとずっとお傍に。そう思っていた時期もラスタにもあった。

 そんな尊敬と敬意と恋の想いを持っていたイルの指示で、『その男』とたまに行動を共にする様になったのだ。

 そんな彼女をほぼ初対面の時から彼は『ラスタ』と呼び、一度たりと正式な名前では呼ばなかった。

 ラスタもイルが呼ぶので彼の呼称は知っていたが、『貴方』とか『あの男』とか、時には『最低男』と呼ぶばかりで、一度もその名で呼ばなかった。

 王族として礼を重んじてきたのに、照れたり恥ずかしかったりして、礼を言わねばならぬような事にも言わないで過ごした。ソレでも怒りもしない、見返りを求めてこない、そんな相手は初めてだった。

 たった一度だけ、任務中に含んだ薬のせいで理性を失いかけた彼が、ラスタを喰いかけた事故があったが、何とか未遂で……性別は違ったが、彼の無礼さ故に悪友とも近しい、それほどまでに気安い相手だった。

 けれども一緒に居たいのは『イル様』なのに、自分の常識の範囲にいなかった漆黒の瞳の男と行動させられる事が増えた。

 最初は『何故、わたくしがイル様と居られる幸せ時間を、こんな粗雑で軽薄で暴力的な男に裂かねばならないのか』と思った。それも回を重ねるごとに二人だけで組まされる事もあり、

「なんでこの男となんですか!?」

 っとイルに抗議すれば、

「え? 仲良くなったんだよね? だから。ーー二人いればこの件、十分だと思うから、宜しくね☆」

 と、言われ、すっごく落ち込んだラスタの隣で、あの男が『ぶはっ』っと吹いて笑っていたのはイイ思い出だ。

 イルの指示で、ラスタは今まで『知識』として知っていた短い人間の生を、青年から老人になって死ぬまでの五十年ほどだろうか……初めて見送って……それから徐々に目線が変わっていった。

 彼は他の星の人間だったし、かなり極端な事例ではあったが、王族としてただ在るだけでは、自分では思い持つかない状況で喘ぎ苦しむ人が居るのを知った。それでも嗤ってでも、這ってでも生きようとする人が居る事を。

 王族として民の苦労を知り、それを助け、その生活を守り育てる〈大地の芽〉の名に恥じぬ者になりたい。

 そんなラスタの気持ちを感じたのか、イルの方から、

「暫く来られないだろうから。のんびりしていていいよ」

 そう言われて。徐々に呼ばれる事が少なくなった。

 イルに付き従っていた時間が浮いた分、エルフの内政、中でも民達の福祉の増進について関わるようになった。

 父王は自由を謳歌する事を大らかに認めてくれていたが、折角ならばと任務を与えてくれ、市井に降りて慰問などを行いつつ、情報を収集し、環境を整えていく仕事をする様になった。

 それから時が過ぎ、今から1000年前くらいだろうか。イルはエルフの森に姿を見せなくなり、同時にラスタが呼ばれる事がなくなった。

 そうして……ラスタにとって『森の英雄イル様』が、少女だった自分の、本当に素敵な『憧れ』だったと思えるようになった頃。

 ラスタは虹の美しい空を飛んで行く白い鳥を見ながら、あの『最低男』が死んでから約3000年、時が経ったのに気付いた。

お読み頂き感謝です。




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