オルティスの記憶:番外6
彼女の生活……
茶会を終えて帰って来た彼女は家令から書類を受け取る。それに目を通し、受け渡しした所で侍女がワゴンで簡素な夕食を持ってくる。
「用が済んだら下がりなさい」
彼女の部屋は美しく豪華だったが、生活感がなかった。
花の一輪、浮き立った女性の小物も、趣味らしい本も何一つ。個を示す物がない。俺の部屋とどこか似ている感じがした。
また仕事をこなしてから冷めた食事を一人で済ます。食べるのは半分にも満たない。空腹を感じているのに彼女は食べ止めて、酷い頭痛を堪えて急いで手紙を書き、その後に侍女を呼んで就寝の支度をさせた。
彼女達はスピナに笑いかける事はおろか、何の言葉もかける事はない。礼は尽くされているが、ソコに心はないのが明白だった。
「愚図ね。いつもより時間がかかりすぎよっ。もういいわっ。ワゴンを持って下がりなさい。手紙はすべて配送係へ渡して」
そう言って侍女達を下がらせる。時計に目をやれば、スピナの頭の中にある、彼女達の勤務交代時間を過ぎていた。
「茶会で出掛けたから、いつもより遅くなってしまったわ。手紙に時間を割き過ぎたわね……」
交代時間を過ぎているのに世話をしてくれる侍女に気遣っていても、悪態で追い出せばイイ気はしない。スピナの気遣いに気付きもしない彼女達は、心のない世話を続けるのだろう。
だがスピナはソレでイイと思っているようだ。
彼女は今日会った美しいハイエルフを心に想い描く。
「ああ、ルツェーリア様の瞳はとても美しい淡い金色でしたわ……偽物とは違うわね。またお会いする機会はあるかしら……」
鏡に映った金髪に、灰がかかった金瞳の少女スピナは顔を曇らせる。
「わたくしみたいな『偽物』じゃないわ」
彼女の生来の瞳は灰金ではない、この色は偽物だった。
出世欲の強い伯父に親類の中で『王配になり得る年齢の娘』として目を付けられ、養女になった。
連れてこられた最初の日に押さえつけられ、手術させられ……その伯父が用意した金に近い『瞳』を移植された。
父王バシレウスの真金の瞳と髪色はハイエルフにとって重要で。
彼女の髪は金で、入れられた瞳も灰がかっているがソレに近い金。
父王バシレウスの持つような『真金』はハイエルフの中のハイエルフが持つ色、王妃候補の容姿はそれに近ければ近いほど良いとされた。
伯父は彼女の色目を変えさせて、その後は淑女であれ、勤勉であれと徹底して教育し、その中で支配した。
里心がつかぬようにと母から貰った大切な貴金属は売られ、可愛がっていた人形は燃やされた。
代わりに必要な物は与えられたが、スピナの大切な物は何一つ無くなった。ソレが無味乾燥とした部屋の理由だ。
伯父が彼女を構うせいで正規の伯父家族に疎まれた。侍女などと仲良くなれば、彼女達は追い出されてしまう。
両親の愛を奪われ、冷酷に親類に睨まれ……入れられた目は常に痺れ、頭痛を生じさせるため、口調が強くなり、高飛車に見える。
「はぁ……もう茶会にはお見えにならないでしょうし。まぁいいわ。ルツェーリア様が穏やかに暮らされているのだったら」
スピナはそんな世界でもルツェーリアと同じ森で呼吸していると考えるだけで、尊すぎて耐えられるらしい。
彼女はそれからもきりきりと家門の為に働いた。そして学び、落ちる様に眠る。すべて伯父に言われるままに従って。
その容姿も、その才能も、努力によって磨きに磨かれた彼女。少し高飛車な態度も高貴であるからと、いい方に解釈をされる程度で処理された。
そうして彼女は日々を過ごす。あれからスピナはルツェーリアと会う機会はほぼなかった。あの茶会以降、母君は集まりに出てこないし、ごく稀に貴族達が皇族に招かれる新年会などで、チラ見する程度。側には必ずフィレンディレアが門番のように見張っているから、話す機会などなかった。
それでもチラ見する度にスピナは心の中で、気持ち悪いくらいデレデレしていた。俺もラスタが好きだが、色々気を付けようと思うくらいには。
そうしているうちに数いた妃候補が、片手程にまで絞られた頃、スピナとフィレンディレア、そしてルツェーリアはその中に残ったままだった。
その年の新年会、候補者数人で写真を撮る事になり、久々にルツェーリアに近づけたし、写真まで一緒に収まる事が出来た。その時のスピナのお祭りぶりは語るのを憚るほどだったし、更に狂喜乱舞する事態が起こる。
「スピナ。新しい侍女だ。居所に上がる時のお前の専属になる。『可愛がって』やれ」
そう言って伯父に連れてこられたのは……まさかのルツェーリアだった。
もはやスピナは不動の筆頭候補であり、その事で他の妃候補親族が忖度し始めたのだ。
ルツェーリア姉妹の家系は正妃の座を手に出来なかった時の事を考えた。姉フィレンディレアに側妃の座を狙わせるにしろ、その座も得られなかった時の駒として、未来の正妃に近い女スピナの侍女として妹ルツェーリアを差し向けた。王家との繋がりと地盤への布石として。
ただ侍女と言ってもルツェーリアはハイエルフ故に難産で生まれ、母はそのまま帰らぬヒトとなった程。その為に母君が生まれた時から体が弱いのは周知の事実。
そんな彼女が、スピナの侍女として世話など出来ようはずがない。
「身体が弱くても、わたくしの『お話し相手』くらいなら出来るでしょ」
そう答えたスピナの脳内は、その時お花畑だった。
家門を大きく稼がせながら、ピンハネしていたお金で自室の隣にルツェーリア専用の部屋を作り、彼女を療養させた。そして何一つ不自由させないように徹底した。
ただ具合がいい日は側に置いて、言葉をかける。
「いいわね、体が弱いからダンスの練習なんかしても意味ないし、しなくてもいいなんて。とても素敵ね」
(そんな細いのにダンスなんかして転んだらどうするのっ。そんな努力してまで、どこの馬の骨とも知れない男となんて踊らなくていいのよぉ)
「たくさんの言語を覚えていても、使者に会う体力がないと全くの無駄よね」
(本を読むと疲れて熱を出しちゃうし、読みたいなら枕元でいくらでも読み上げてあげるわよ。知らない誰かになんて会わなくていいわ、気疲れするだけ)
「貴方の姉は私と同じくらい出来るのに……ねぇ?」
(あなたは生きているだけで尊いのだからぁ~面倒な事は私や姉のような人材に任せて、しっかり療養して頂戴ぃ~)
そうやってヒト前では伯父に従って『可愛がって』おかなければならななかった。心は痛むが『後少し』だった。
「わたくしが第一妃になったら伯父上様もそうそう手が出せないハズよ。そうよ、フィレンディレア様はもちろん第二妃に迎えて。そうなったらあの日の事を謝って……ルツェーリア様と三人で仲直りのお茶会をするのよ。だってわたくしは二人の姉になるようなものでしょ?」
そして決まったバシレウスとの対面の日。
その最後の最後、バシレウスとの最初で最後、結婚前の顔合わせで番狂わせが起こった。
隣の控室にいたはずのルツェーリアが外に出てしまい、その場所でバシレウスと偶然出会ってしまったのだ……
バシレウスの一目惚れだった。
スピナの前にバシレウスは一度も顔を出す事はなかった。
ばしり!
聞き慣れた肉を打つ感覚と重い音、床に倒れて手を付きつつ、眉を顰めた。
「伯父上様っ」
「黙れっ!」
「っ……」
「スピナ、お前には失望した」
ごろり……男が投げ渡して来た鈍色の玉に伸びた形で映るスピナの顔。
鈍色の玉が光り、どこかの風景が映し出される。大きな建物の回りには大勢のヒトがソレを囲んでいた。その真ん中三階ほどの、下からよく見えるように作られた迫り出しのテラスの上に、エルフの正装をした男女が立っていた。
下から見上げるのは民、そして並ぶのは若かりし時の王バシレウスと妃ルツェーリア。若いと言っても不老のハイエルフ、それでも髪の長さとか服装の感じとかで若いと感じられた。
二人の和やかで幸せそうな空気間の中、父王の下階にいる大衆への初心演説にも似た『御言葉』の中に混ぜられた内容で何となく察する。これは二人が結婚したと民へ行われた『妃の御披露目』の光景だと。
ばりん!
床に落とされ、映されていた幸福がひび割れた。目の前の男の怒りで膨らんだ魔力にアテられたようだ。玉の中に再び映ったスピナの顔はひび割れでよく見えなかった。
だがその胸の中の言葉は良く聞こえた。
『ああ。ルツェーリア様ぁ~お美しいわ……生で見たかったのに。バシレウス様もご趣味が良い事、一目惚れなんて。仕方ありませんわね、ルツェーリア様ほど素敵なハイエルフ、おりませんもの』
彼女の心内が聞こえない伯父は叫んだ。
「その瞳は何の為に付けてやったのか……競争相手になりそうな家門の女子には金を積み……なのに大切な顔合わせの日、侍女として連れて行った女にその座を奪われるとは……」
「バシレウス様は種の存続の為に側妃を娶るはずです……その時は必ずや、必ずや、その座を取って……」
スピナとしてはどうでもいい事だったが。伯父の意向は王の隣。その努力を続けることを約束すれば大丈夫だろう。側妃の座を掴めれば、大好きなルツェーリアに会えるし……そんな事を考えていたスピナに、成人男性の足蹴りが腹に入った。
「うるさい! 負け犬が吠えるなっ」
「っ……ごめんなさいっ! ごめんなさいっ…………伯父上様っ……ごめんなっ……ぃ」
いつも以上の怒りを示した伯父に、靴を履いた足で何度も何度もスピナは蹴られ続けた。
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