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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
番外編『ハイエルフ王家の事情』

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ラスタの記憶:番外1

ラスタ姫の目線にて~

 室内はふわりと心暖かくなるような灯に満たされ、手にしたカップのお茶はもう残りが少なくなっていた。

 ラスタは手元のお茶から視線を上げて、ベッドの上で枕を背にして起き上がる母を見やった。

「誰も信じてくれなかったし、こうやってだいぶ元気になったから言えるけれど……スピナ様は努力家でね。お化粧で誤魔化していたけれど、私より顔色が悪い事もあったのに、寝る間を惜しんで毎日勉強や仕事をしていたわ。常に具合が悪くかけてくる言葉はいつも冷たかったけれど、間違った事は口にされない方だったのよ……それなのに呪いを私にかけてくるなんて、信じられなかった……きっと何かの間違いだと、ずっとずっと思って……あの方の言葉で、スピナ様の口からちゃんと、お話を……聞きたかったわ」

 まだベッドの上ではあったが体を起こし、サイドテーブルのお茶を自分と同じく楽しめるようになった母ルツェーリアの姿にラスタは嬉しくなる。話の内容は呪いをかけた犯人を弁護する物であった為……余り浮かないけれども。

 母の頬には赤みがさし、まだ指は細いがその肌の色はだいぶ健康そうに見えた。数日前からは車椅子で窓辺に行ったとも、立ち上がる練習が出来る程になったとも聞く。

 それでも万全とはまだ言えない。生来の体の弱さはやはり治らないようだ。

 それでも長年背負っていた多くの呪いが消えた母は、とても調子が良さそうだった。ラスタは手元のカップをゆっくり煽り、最後のひと口を飲み切って、ホッと一息吐くと名残惜しいながらも時間を区切った。

「では、そろそろ行きます。また明日参りますね、お母様」

「ええ」

 疲れさせぬよう早めの退出を口にしながらも、今までは気安く言えなかった明日の約束に、母が微笑んでくれるのが嬉しくてたまらない。もう少ししたら毎日とはいかないまでも、徐々に朝食の時間を家族で囲めるかもと言われている。

「ヴィラちゃんは今から彼の所に行くの?」

「はい、お見舞いに行ってから、寝ようと思っています……」

「まだ……目覚めないのねぇ……ヴィラちゃんも顔色が良くないわ」

「だ、大丈夫です。無理は、しません。彼が起きたらしっかり言い聞かせないといけませんから!」

「そうね。……そうしてあげて」

 あの男が3000年ぶりに片腕のない冒険者としてラスタの前に現れ、その腕を癒してから、二人はハイエルフの王城とも言える世界樹の居所にて和やかに過ごしていた……はずだった。奴隷だった彼の体は育ちの悪さや二度のドラゴン戦などもあって、安静にしろとラスタは再三注意していたというのに……母の部屋を出たラスタは誰に言うともなく、ぶつぶつと独り言ちる。

「そうです……まったく、あの男はわたくしの言う事は聞けないというのかしら?」

 母の部屋を訪れた時はあった窓ガラスから注ぐ夕の陽光も消え、誰が付けずともランプが灯りゆく居所の廊下を、一人ぷんすこしつつ歩いて行くと、気を利かせてくれたのかいつもより早く、『ティの部屋』にたどり着いた。世界樹の居所は望むだけで、その内で許可ある場所なら自分の行きたい所へ自動で案内してくれるのだ。

 慣れないと永遠に迷子だが。

 居所の対応に自分が人目も気にせず、ぷんすこしていたのに気付き、ちょっと大人げない態度に恥ずかしさを覚える。彼女は今、姿こそは十に満たない少女の姿ではあるが、中身は3300歳の乙女だ。

 ノックすれば中から返事が聞こえる。

「ヴラスタリが来たよ、ティ」

 側に座っていた兄ウィアートルが語り掛けるが、微動だに反応しない幼児の姿が目に入る。






 もう彼がこの状態になってひと月以上、ラスタが見舞うようになって三週間を過ぎた。

「もう、ずいぶん経った気がしますけど。まだ少し前の事ですよね……」

 3000年近く前の記憶を抱えた幼児が現れ、好きだと言われ、何てことなく『切り落とした』という腕を戻し、自分も幼体化して。そんな非日常がやっと少し落ち着いたその日。

 朝早く彼の部屋に行って、外のプランターに何故か寝ている彼を起こし、一緒に和やかに朝食を取って、ラスタは仕事を済ますのに別れた。その夕方に兄デュセーリオの部屋のベッドで寝入ったしまったと聞いた。

 慣れない生活、まだ整わない体調、なのに動きまくって落ち着かずにベッドで寝ない……そんな彼が寝落ちたと聞き、その場面を思い浮かべれば、可愛らしくて。

「ティがベッドでゆっくり眠れているなら。リオ兄様にはご面倒でしょうが、起こさないでそのまま寝せて下されば、ありがたいです」

 それを聞いてウィアートルがいつもとは少し変わった顔で笑むと、いそいそとティの部屋から服を持って行く後姿を見た。

 それからだ。

「意気投合したのかリオ兄と出掛けてるんだ」

 とか、

「冒険者ギルドからどうしても来てほしいって。俺も……その、様子を見てくるから心配しないでよ」

 とか。

 僅かに引き攣ったウィアートルがそう言って誤魔化し、その姿を見なくなったのは。

 気配が、ない。あの男の気配が。

 居所に居ないのだから、それは理解できる。

 しかし大地に聞いても、どれだけ集中しても『足跡』がない。ずいぶんハイエルフとして覚醒した〈大地の芽〉をその名に抱くヴラスタリ・トゥルバが、本気で探して見つからないなら、それは彼がこの星のどこも『歩いていない』と言う事だ。

 朝に顔を合わせても父王、それにデュセーリオやウィアートルが妙によそよそしく、エルフ母シェアスル、ダークエルフ母フィレンディレア達も声がかけづらい雰囲気を出していた。生母ルツェーリアは最近調子が悪いと言われ、連絡を付けられていなかった。

 仕事も忙しく、母の体調の方が気になったのもあり、しばらくは黙っていたが、待っていてもその黒髪頭の幼児は一向に姿を見せない。

「ねぇ? 死に神のお兄さん逃げちゃった? 喧嘩でもしちゃったの? ヴィーねーさま」

 と、そんな日々が過ぎたある日の朝食時。

 それまで雰囲気を察して何も言わなかったクラーウィスが流石に不在が長いと、そう口を開いた事で、ラスタの痺れが切れた。

「喧嘩なんてしておりませんよ。ウィス」

 ニッコリ笑って、すぅっと新芽色の瞳を次兄へと移す。その視線に『ぇ。こわっ』っっと小さくクラーウィスが呟いた。

「ね、ウィア兄上、おっしゃいましたよね?」

「ん……な、なんだい?」

「ティは精霊国冒険者ギルドに行ったと。そしてどうしても受けなければならない任務を請け負ったので、暫く居所には戻らない、と」

「……う、ん。また明日にでも様子、見てくる、よ? グラジエントに頼んで跳んでもらって、う、うん」

「そう、ですか。……ではそろそろ精霊国冒険者ギルドに厳重抗議させていただきます。冒険者ティは安静を取らなけれならない時期であるのに、無理矢理働かせていると」

「それは、だねぇ……ティも、その男の立場がネ……」

「男も何もありません!」

 バンっっと食卓にフォークを置いて立ち上がる。

「だいたいティはまだ六歳の幼児ですよっ! それも不当に労働を課されていた……ソレをまた……精霊国は児童労働に関する条項は当大陸共通法に準拠するはず。ならこれは条項四の二に反する行為に問えるはずでっ……」

「ヴィ、ヴラスタリ。落ち着いて。これはね……」

「ウィア兄上!」

「っ……」

「オルティスの…………ティの足跡が、ないのですっ……」

「ヴィーねーさま……」

「ひと月……どこにも、どこにもないのですっ」

 そう言って椅子に崩れるように座って顔を伏せて泣きだしてしまったラスタを見て、ウィアートルは天を見上げた。その仕草がティに似ているのは、二人の仲が良い証拠だろう。

 その隣の席ではデュセーリオが唇を噛んでいた。

「もうイイよね、父さん。これ以上は。……ごめんね。本当に。ちょっとだけ待って」

「……ああ、そうしよう」

 渋い父王の返事にて朝食会をお開きにした後、整えてラスタが連れて行かれた場所はルツェーリアの部屋で、父王も待っていた。

 この所、会えなかった母ルツェーリアは、体を起こして顔色がイイ、というか、今まで見た事もない程すこぶる良いのは嬉しい事だったが。表情は浮かない。

「ごめんなさい。ヴィラちゃんのお婿さん、ね……」

「いや。リア。違うのだ、四の娘よ。我が、必ずと言った。だから説明は婿殿が無事に意識を取り戻してから。そう思って引き延ばしたのは我の指示だよ。謝るのは我だ」

 そこでラスタはやっと聞く。

 生母の命を長年脅かしていた呪いを、死にかけた母の魂から分離し、ティがその呪いを文字通り『喰った』という。

 そのおかげで母の命は何とか繋がり、それでも危ない所だったからと養生している所だった。

「まったっ……あの男は。何をしているのですか」

 そんな説明の後、ウィアートルに案内されたのは居所内の別の一室。

 その入り口には長身銀髪の男が待ち構えていた。兄デュセーリオだった。彼にしては珍しいおずおずとした態度で、ラスタに言葉をかけてきた。

「呪いを……母にかかった『呪い』を解いて欲しいと頼んだのは俺で……」

 ちらっと新芽色の瞳が動き、一番上の兄を見やり、微かに目線を外してから抑揚のない声で兄に尋ねた。

「あーーあの男…………ティはその依頼、気軽に受けたのではないですか?」

「あ、ああ。まぁ少し心配になるくらい軽くはあった」

 ラスタの顔が『で、しょうね』と言わんばかりだ。

「あの男、変わっていなければ。そう言う人族なので。自分に出来るって踏めば後先考えず、ヒトの気持ちなど無視して、ちょー気軽に走って行くタイプなのです」

「ちょー……」

「はい。それに今は冒険者なので仕方がないトコはあるのですが、仕事の斡旋は少し考えて、で、お願いいたしますね? デュセーリオ兄上……」

 普段は呼ばないフルネームで『お願い』する。こうやって名前を呼ぶのはデュセーリオが怒っている時によくやる行動。ソレを愛しの妹に返された彼は小さくカタカタと揺れる。

「ヴィーに……怒られた……」

 案内して来たウィアートルはずーんと落ち込んでいる兄の肩をポンポンと叩いて一応励まし、その横を通ってラスタと共に部屋に入った。

お読み頂き感謝です。

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