フィレンディレアの記憶:番外2
随分と反対したが……
姉母から見た、妹母の過去……
「リアは優しすぎる!」
結局、ルツェーリアは私の嘆願空しく、スピナの家に連れて行かれてしまった。妹が侍女になると聞いた彼女は、
「身体が弱くても、わたくしの『お話し相手』くらいなら出来るでしょ」
そう言い放ったらしい。
あちらに行った妹へ手紙を出すが、返事は『大丈夫、心配しないで』と言う簡素なモノ。体が弱く、侍女などまともに出来ない彼女が、スピナの前でどんな目にあっているか。
漏れ聞けば、自分のダンスの稽古中に、
「いいわね、体が弱いからダンスの練習なんかしても意味ないし、しなくてもいいなんて。とても素敵ね」
と言ってみたり、ルツェーリアが体調がいい時には自分が開いた茶会があれば、その隅に座らせ、
「たくさんの言語を覚えていても、使者に会う体力がないと全くの無駄よね」
などと宣うらしい。更には、
「貴方の姉は私と同じくらい出来るのに……ねぇ?」
そうルツェーリアに当てこするらしい。
しかし最後の最後、バシレウスとの最初で最後、結婚前の顔合わせで番狂わせが起こった。
スピナがマスコット的に連れて来ていたルツェーリアとバシレウスが偶然出会ってしまったのだ……
バシレウスの一目惚れだった。
彼は周りから『ルツェーリアと結婚するなら姉の私にしろ』と言われたらしいが、それを一蹴。
私には手紙で連絡があり『結婚後、彼女の支えとして、ルツェーリア専属の看護官兼相談相手になって欲しい』と願われた。
私は条件としてルツェーリアの害になりそうな、スピナ・アイギアスを側妃としない事を求め、それが通った為、望まれるままに結婚したルツェーリアに臣として尽くした。
愛されているルツェーリアは幸せそうだった。
バシレウスは血縁維持の為に他の妃も愛したし、女好きでもあった。ただ何人相手していようと、その誰も不満を抱かせない手管を持った、恐ろしい男だった。
私はルツェーリアにソコソコ似ている事で『お手付き』など勘弁して欲しかったが、妹の部下と思っているらしく食指をのばされなかったのは幸いだった。
ただ。
その後……スピナの姿がどこにもなくなったのがとても不気味だった。王と結婚せずとも優良物件、どこぞの高位貴族に娶られるだろうと思ったのに。
「スピナには気を付けろ」
「そう言われても。どこに居られるかわかりませんし。それに暫く住まわせていただいた部屋の家具は高級の新品で、日当たりもよく。食事も私に合せて柔らかくて美味しくて、そう医師も専属で侍女まで居たのですよ?」
「? 侍女に侍女って、あぁ何もさせないという事か」
「そう言う事でもなくて。そうです。ある時なんてカタログを持って来られて。私が良いっていう物全部買って来られて、ホントに部屋いっぱいに大変で……侍女の扱いじゃなくて……」
「新手の嫌がらせか。ルツェーリア、苦労したんだな」
「ち、違います。まぁ……ただ、他の方が居ると言葉が強くなられてましたが……」
「ほら、みろ。ソレが本性だ。少しは疑うんだよ?」
「そう、でしょうか……」
ノンビリで優しい妹はどこかズレた話をしていたが。
その不吉な予感から影が差す。
幸せは長く続いたが、ルツェーリアが時をかけて妊娠し、長女クリュシュ・アマリーベ、そして三年あけて長男デュセーリオ・オリジニリアを出産した辺りから暗雲がのびる。
まず妹は長男の産後より肥立ちが悪く、そこから具合を崩して行った。
原因を調べてみればただの体調不良ではなかった。彼女には結婚当初から子供が出来るまでの長い間、密かに『呪い』がかけられていたのだった。
早期に気付かなかった理由はバシレウスがかけた『守り』の為。それが厚かった事で初期症状が出ず、バシレウスの魔法、ひいてはハイエルフの魔法が効かない特殊な『呪い』となってしまう。
その呪いは『スピナ・アイギアス』、あの女がかけたモノだと知り、虫唾が走った。
「あの女……許さん……」
「本当、なのかしら? スピナ様はそんな方では……」
「聞き飽きたし、優しすぎる! 原因は彼女だ」
「でも彼女、あんなに社交していたのに。何故全く消息が不明だったのでしょう?」
「動かせない事実だってバシレウスも言っていただろ? 悪いヤツは居るんだ!」
捕らえたスピナはすでに狂っており、解呪できる判断力はなかった。彼女を含めた本家、加担分子は一族郎党、王族への殺害未遂で処刑と言う厳しい処分がされた。
ただここで初めて知ったが彼女は本家から、とても離れた分家筋からの養女だったらしい。それ故生父母と弟は処分は免れたそうだ。だが母は心労からすぐに、弟はその後に起こる禍で命を落とした。
父親は皆の冥福を静かに祈り、森の奥深く誰にも会わずに長いハイエルフの生を歩んでいるらしい。
スピナ達を処刑した後も呪いは解けず、私はバシレウスと共に手をつくし、妹が完解でなくとも穏やかに過ごして行けるように小康状態を保たせた。
しかしそれでも生来からの体の不調と呪いがダブり、妹の命が尽きかけた時、万策尽きた私は世界樹の力を流用する魔法でその命を救おうとした。
世界樹を守るハイエルフがその力を個人に使うなど『禁忌』でしかない。ルツェーリアは拒否したが、無理矢理に私の気持ちを押し付けてしまった……かもしれない。
妹は一命をとりとめたが、それでも完全解呪に至らず。
私は禁忌を犯した者の容姿『ダークエルフ』となり、一万年を超える寿命を失い、そのまま多すぎる世界樹の力に潰される魔力暴走で死にそうになった。
その時にバシレウスが私を妃として迎え、契る事で魔法を循環させて……『お前と契るつもりなどなかった』と言いながら生き延び、結局、子供を二人も産んでしまった。
その事により妹の呪いは複雑化し、それでも対処療法で何とか彼女を安定させ続けた。そんな中、バシレウスの突発的な行動でヴィラが生まれた。
その後、ハイエルフが死に至る病、その呪いが禍のようにエルフの森に蔓延し、ハイエルフの数は激減した。英雄イルの手で止められるまで……
その病で起きた遺恨までルツェーリアは被った上、バシレウスの暴挙とも言える愛情で、双子まで妊娠・出産までさせた時には……正直キレそうになった。アレがハイエルフの中のハイエルフでなくば断種させたいくらいだった。
まぁ男としての暴走だけではなく、子を産む事で、ルツェーリアの体内で濃くなりすぎた呪いを体外に排出させよう……などと目論んだのもあろうが、やはり出産、それもハイエルフの出産を軽く見積もりすぎだと看護官としては、あの男にコンコンと説かねばならなかった。
とりあえず禁忌の罰によりハイエルフの寿命を失った私は、ダークエルフになった。その場合、だいたいダークエルフになり果てた所から数えての寿命は、約3000年と言われている。痛みを得ながらも、既に私は寿命の3000年を遥かに越えて生きている。
きっと英雄イルに、
「持っておくとイイよ。きっと必要になるから」
と言って渡された、彼の者の瞳と髪色をした赤薔薇水晶の飾りのお陰もあるのだろう。
そうして得た生で……長く長くルツェーリアを苦しめていた呪いから解放できそうな、機会に恵まれた。
「呪いを引き受ける『生贄』になってやるって言ってるんだ! 異論は認めないっ」
なんということか。
話に聞いていたヴィラの連れて来た人族の婿が……初対面の妹にかかった呪いを問答無用で『喰う』強者だとは。
今、ルツェーリアの呼吸が切れている……そのまま魂を戻して『息』を吹き返した所で、また呪いが婿の体から妹に戻ってしまえば、同じ事の繰り返しとなろう。
それもハイエルフの『解呪』は効かないし、もし幼児の魔法が効いた所で、『解呪』では今まで『あった事』まで巻き込んで消える可能性が捨てきれない。何とかしなければと頭と体を最善に向けて動かす。
「おいリオ、ぼーっとするな。バシレウスが約束して借り受けたその子供の体、どうにかしろ。それに呪いがこちらに戻らぬよう……っ」
言いながらも……もうこれ以降は妹を自分が生きていて助けてやれる確証はないと考える。
だから……この幼児の中に呪いを閉じ込めてルツェーリアの代わりに殺して、呪いを終わらせよう……すべての罪は私が禁忌の罰と共に持って行こう。
そう思った時、
「ダメだ……お前は、だめ、だ……行かせない……」
人族の幼児はそう呟き、いつの間にか小さき手に握られた赤刀で己の体を躊躇なく刺し貫いたのだ。途端にバシレウスが敷いた魔法陣が、メラメラと黒く高く燃え上がった。
私は妹への処置を行いながらも、信じられない気持ちで言葉を紡いだ。
「この子供、呪いを『調伏』する気だ……」
確かに『死なず』『返さず』『消さず』に『調伏』出来るのは理想的だ。
調伏とは簡単に言えば呪いを手懐ける事。ウィアの言葉に変えるなら呪いを『支配』するのだ。
それは呪いの根源である恨みを受け入れて正気であり、かつ、主と認められる状態。
この幼児のやり方は、呪いについて随分と長く考察して来た私ですら、乱暴だと、無理だと思わせた。だがバシレウスはその意図を組んだのかそちらの魔法陣も動かしつつ、リアの魂を定着させようとしている。
私達は先ほど『異論は認めない』と言い切った、その黒い瞳の強さに賭けるしかないのだ。
彼を、殺さずに済むならそれに越した事はない。だがもしもの時には、苦しまぬように呪いと共に葬送しよう……そう、心に決めた。
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