デュリオの記憶:番外2
デュセーリオ・オリジニリア……
彼は思考する……
「もしかしたら……」
我が愛しの妹が連れて来た紺がかかった黒髪の少年が『呪い』と化したモノを消した時、俺は思った。
この頃、母ルツェーリアの調子がすこぶる悪い。
ヴィーが生まれて、ハイエルフがかかる流行り病の罹患、更に双子を産んだ事で、床上げも出来ないまま。それでも何とか本を読むくらいの元気がある時もあったのに、最近は何日も寝たまま意識が途切れる事も増えてきた。
しかし我らはハイエルフ。
エルフの魔法が効かない母に、他の種族の魔法使いをなかなか宛がう事が出来なかった。
そもそもハイエルフの魔法が効かない呪いに、半端な種族の魔法使いが太刀打ちできるはずはない。
「その赤刀はどこで手に入れた」
童の操る赤刀は神から授かりし刀だという……その神を兄弟だと呼ぶこの男……コイツはもう何だかよくわからない。
しかしその赤刀ならば、母へ複雑に絡んだ呪いをどうにか出来るかもしれない。それに解呪に了承してくれれば、童の体に母の呪いを押し付ける事も可能ではないか。
そう、考えた。
「母にかかった『呪い』を解いて欲しい」
そんな邪な心を秘めつつも願えば、いくつか質問はされたが、こちらが心配になる程、とてもあっさりと俺の要請を童は受諾した。
「別にいいぞ?」
言われて考えてみればコイツがエルフの森に入った事が、低空飛行ではあったが、安定していた母の呪いを触発した可能性は否定できなかった。
だから戸惑いは感じても押し付けてやろう……それくらいに考えていた。ハイエルフの現正妃と人族冒険者の童など、どちらが大切か比べるべくもない。
死んでもどこかで記憶を持って生まれ変わるなら、今に固執しなくてイイではないか。ありがたくその命で母を救おう……ヴィーには悪いが、諦めてもらえばいい。
ハイエルフの姫である彼女に釣り合う者は、他にもたくさんいるのだから。
だが容体が急変した母が目の前で呼吸を止めた瞬間、アイツは呪いを物質化し、バリバリと喰い出した……
確かに『死』は、複雑に絡んだ呪いが解ける瞬間ではある。長く身体に巣食っていたため、切り離すのが困難だった呪いの隙を突いて、幼児は結界を使って包囲する。
ボトン、ボトン……どこからか黒い球体が現れ、床に落ち、ゴロゴロと童の足元に寄り集まっていく。ソレは更に引っ付いてぎゅぅと凝縮する。呪いの物質化……それを左手で掴んで喰う少年は狂気に捕らわれて見えた。
俺も身を差し出すくらいの覚悟はあった。
だが、死んで救った所で母は喜ばない。
更に、エルフの魔法は耐性が付き、どうあっても届かない。
複雑な事情が、イロイロある。
そう理由を付けて今日の今日まで躊躇いつつも、実行しなかった。
それなのに童は即座に叫んだ。
「呪いを引き受ける『生贄』になってやるって言ってるんだ! 異論は認めないっ」
「……婿殿、無駄にはせん。必ず助ける……故に、暫しその体を使わせてくれ」
気が触れているのだと思える行動の原点は、少し前に本人が口にした『絶対ラスタが喜ぶだろ?』それだけにかかっていた。
最後には父上まで魔法を動かし、呪いをその小さい体に押し込んだ。
童の目は強力な呪いに汚染されてか白目がなくなり、黒く染まって血の涙を流す。肌は白粉で塗られたように白い。震えるその小さい右手から父は何かを受け取って、息を引き取ったはずの母に魔法をかけた。
「リアっ、リア……戻って来ておくれ、リア」
「バシレウス、焦るな。心臓は直後より動かしてある。魂さえ定着させれば、イケる……」
「ああ、レアよ。そちの妹を助ける……我が第一の妃、必ず、必ず、助けてみせる」
「その意気だ。フォローしてやる」
童の行動に混乱して一時は叫んでいた伯母であり義母でもあるフィレンディレアは、いつしか母の体にありたけの魔法を注ぎ、父王の側で淡々と補佐を始めていた。
彼女は禁忌を使用した影響で、始終体に痛みを感じている。それでも冷静に母を救う為に、この機会を逃さぬよう抜け目なく動いていた。
「おいリオ、ぼーっとするな。バシレウスが約束して借り受けたその子供の体、どうにかしろ。それに呪いがこちらに戻らぬよう……っ」
母フィレンディレアの忠告に、俺も反応してやっと動こうとした時。
力なく床に座り、着替えたばかりの服を再び朱に染めた人族の童の腕がひらりと動いた。口にした黒の呪玉の最後の破片を飲み込んで。
「ダメだ……お前は、だめ、だ……行かせない……」
そう呟いたと同時に、その手に現れた赤刀。長刀ではなく片手で簡単に操作できる短刀。ソレを振り上げ……炎を纏った幼児は己の心臓にソレを迷いなく刺し貫く。途端に長くなった刀は背まで小さな体を刺し貫き、メラメラと……父の作った黒い魔法陣と共に炎を上げて燃え盛る。
「どう、なってん、さ……?」
「ウィア……」
何かを感じたのか、現れたウィアートルの灰の瞳が、高々と部屋の天井まで燃え上がって童を包む炎を呆然と映していた。そして我に返ったのか叫んだ。
「これ! どうなってんのっ。ティを、ティにっ! みんなしてっ何してんのさっ」
「これは……」
「ティは義理だけど俺らの弟、だって言ったよね? 父さんもこれからはティの義父となるって、外道は好かぬって言ってくれたよねっ? 何があったらこうなるのさっ」
一言で説明するなら、彼を生贄にした、だが。
そう言える者はいない、我らがハイエルフの王が約束の下に借り受けた体を返さないなど義に反する。フィレンディレアは父王を補佐しつつも、分析を口にした。
「この子供、呪いを『調伏』する気だ……」
「ちょ、調伏って……ルツェーリア母さんに長年取り付いてた呪い、だよね? ソレを支配しようって言うのっ?」
長年、森の外を歩きまわっていたウィアートルは、その手の事にも詳しい様子でそう言った。『調伏』をわかりやすくした『支配』の言葉で俺はやっと意図がわかったのに。
ボーっとしてしまいそうになる中、くるくるっ……この緊張感に似つかわしくない、間の抜けた鳥の声がまるで肯定として響く。ウィアのグレーの頭に座っていたそれは、意識のない小さな主の黒髪頭に移動し、力を譲渡し始めた。
刀の炎は呪いが四散しない様、檻となる。容赦なく体に突き刺した赤刀は楔となって呪いを縫い止める。
刀は抜いていないせいで血は飛び散っていないが、ダラダラと鍔や柄を汚し、床一面を染め始めていた。幼児や豆鳥は熱を感じていないようだし、炎は部屋の床や天井を燃やさずに呪いだけを燃やす。そして父の魔法陣を超えて延焼しないようだが、炎は熱くて他者にはとても近寄れたものではなかった。
「っ! リオ兄っ。このままじゃ調伏なんかする前にティ、時を止めちゃう……死んじゃうよっ!?」
「だが、あの刀で童が手を貫いた時、傷は消えたし、だな……」
「寝ぼけた事言わないで。手ならイイってワケじゃないけど、今回はほぼ心臓だよっ! それも調伏の時間、ずっと刺しとく気だよ。その間、血が流れっぱなし……見た目は傷が消えても、血は戻ってないんだからねっ」
「そう、なのか」
幼児の治療中、母の呪いがどうにか出来ないかばかりを考えて、医師やウィアの会話は聞いていなかった。
「ティ、さっきもかなり失血してる……それに痛くないんじゃない、アレ、魔法で痛覚を押さえて、ソレでダメならただただ我慢してるだけなんだからっ! ティってば、そんなワケわかんない事する子なんだからねっ」
その手を刺した違和感を聞けば、確かに『なくはない』と答えたが、続いた『問題はない』という言葉は、確かに疑問詞がついていた気がする。灯に手を翳してヒラヒラさせて……そうしてうっすらと嗤っていた。
そういえばあばらが折れて血を吐いていた時も、さして痛そうな顔をしていなかった。冷静に考えれば……やはり明らかにおかしいあの童。
抱きあげた時のとても小さな体の冷たさや、俺が歩き揺れる度に体を強張らせていたアレが我慢の産物だったなら……どんなに俺は自分の事しか考えていなかったのか。
過去、何度も生まれ変わっていようと、どんな生き物であったにせよ、この星での彼は五歳程度のか細い幼児だ。
守ってくれるべき親も居らず、搾取されるばかりの奴隷上がりの子が。他人の為に痛みを振り払い、血を流している様が……
「ふざけた事を……」
呟いてみるが、一番ふざけていたのは俺ではないか。
母を助ける為とはいえ、その呪いを押し付けてしまおうと下心アリでココに連れて来て。そうしておきながら我が生母を必死に助けようとする小さな男の姿に、衝撃を受けているなどとは。
俺は一呼吸、置いて。言葉を口にする。
「ドリーシャ……まずお前に魔力を譲渡する。必要な形に変換してオルティスに使え。出来るな?」
「くるぽ!」
「呪いは赤刀が縫い止めてはいるが。ウィアは万が一に備え、呪いが散る事のないよう支援を。父上と母上の方も留意を……」
「……わかった。このフロアの閉鎖とヒト払いも済ませておくよ」
そこから俺達兄弟は従魔を通じたオルティスへの魔力譲渡と支援魔法を展開。父王と母フィレンディレアは、生母ルツェーリアの蘇生と魂を安定させる為に魔法を行使し続けた。
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