ウィアートルの記憶:番外4
翌朝。
自分達が幸せに寝ていた裏でハイエルフ王族の家族会が開かれていた事実も知らず……目覚めた二人。
今日は家族と話すからと、その前に二人を引きあわせたのはウィアートルだった。
ラスタ付の侍女から彼女のソワソワした様子を聞いていれば、3000年ぶりに会った二人がベタベタしていた。
「これはリオ兄に見られたら……」
大変だろうなぁなどと思っていたら、件の二人をスポットにしたような光が降り落ちた。それを浴びてティの漆黒の髪が色を変えた。知らないヒトが見ればごく僅かの変化だが、闇を凝縮したような黒が、紺を帯びて輝いていた。
「俺……名前、もらったっ」
ほやほやと嬉しそうにティが笑う。
世界樹の居所が降らせた祝福の光がゆっくり収まっていく中、二人が歩いて来るのをウィアートルは灰の瞳を見開いてそれを眺めた。
その現象は世界樹の居所で新しい王族が生まれた時に近い。規模は比べ物にならないほど小さいが、さぁ……っと晴れた光で髪の色が変わる例も、エルフ王族以外にそれらを降らす例も彼は知らなかった。
ラスタの手をそっと愛おし気に引く……こんな……テレっとしてるティは初めて見る。周りから見たらその変化はわかりづらいが、数か月ともにしたウィアートルにはわかる。明らかに嬉しい時で、黒い睫毛が濡れてしっとりとしているからか、つい愛でたくなる憂いさを感じさせる。
手を引かれる彼女も頬を朱に染め、下を見て目が踊っている。侍女にも聞いていたが、その服装も普段ありえないくらい気合が入っている。
昨日は気を使ってか、以前プレゼントした髪飾りを身に付けてくれていたが、今日は爪の先から身嗜みに気を使っていて所作も磨きがかかっている。可愛いとか、美しいとか思われたい彼女の心が見えて、兄として喜ばしかった。
そんな二人の姿にほのぼのしそうになったが、今からティには父王以下ラスタの家族が『尋問会』として待ち受けている。
堅苦しく『尋問会』と言っても家族はそこまで厳しくはないし、結局はラスタ次第だとするだろう。自分の番もエルフではなかったが、反対される事はなかった。そして『父さん』も『母さん』も昨夜の感触的に歓迎してくれる様子だった事がウィアートルの気分を軽くさせた。
とにかく初対面なのだから悪くない方向に互いが感じて欲しいと思うのは、真ん中に入った彼の正直な気持ちだ。
それにしてもティの知らない事はやはり多いと思いつつ、三人で合流した所で侍女は下げ、疑問を口にする。
「名前って? 今までの『ティ』って、じゃぁ……」
「俺が3000年前、イルに呼ばれてた。それを師匠が聞いて知ってた」
「ティのその時の本名? 名字はない世界かな? 平民だから?」
「違いますよ? 二十番、でしたか?」
コクリと頷くと、ティはそのまま首を傾けた。
「ラスタ、知っていたのか?」
「……ええ。イル様に貴方の死後、聞きました」
「ソレで俺を呼んだ事もなかったな」
「そう、でしたね。貴方はアナタ、でしたから」
「どういうコト?」
ウィアートルが聞けばティは何の躊躇もなく口を開いた。
「俺、二十番目だった」
「ん?」
「冒険者ギルドで使っているAランクとか、Bランクっていうけどアレ、Aを一番にするなら、BCD……って数えると、Tは二十番目なのだそうです。ティの生まれた世界では」
「だから、二十番目の『商品』って意味」
「商品、って、ぅ……売り物っ?」
「そん時は攫われて。ああ、喉が渇いて『TEA』って言ったからだったかも? 発音がティーだから?」
「さらわれっ……」
「あーー交渉を父親が切った? 確か。そのまま質流れだ……ったかぁ。もう忘れた、なぁ」
それで売られた時に付けられた番号だと、さも当たり前のように言われる。それも覚えているほど執着がないようで半ば疑問詞付きだ。
ティの親になる者はそういうのしかいないのか……ラスタはちらと兄を見た。その彼女の新芽色の瞳に乗った諦観の表情を見返して、どんな巡り合わせだとウィアートルは思う。
「まぁ俺一人諦めれば、数千単位の従業員が助かるとなれば、経営者としては妥当な判断だと……確かそんな話だったと思う」
何とか思い出したティの淡泊すぎる解釈にウィアートルは頭を押さえる。自分の存在が軽すぎる幼児。見た目通りの年齢でないなら、今更情操教育するのはとても大変そうだと。
「昔の細かい話も、無理じゃないトコだけ、いずれ聞きたいけどさ。ヴラスタリ、名を贈ったの?」
「はい……彼はこの星に生まれて、名を戴かなかったようなので、僭越ながらわたくしが……」
奴隷と言えど、名も親に貰わないのは珍しい。
ハイエルフの姫に選ばれた、稀有な人生と数多の記憶を持った幼児。それも出だしから不運すぎて羨ましいと思えない、何とも残念な人生の繰り返しをしているのではと、何となくウィアートルは思う。その瞳を覗いた時に見える深淵と達観はそれ故であろうと。
この世界樹の居所も二人が長く一緒に在れるよう、この星と繋がれるよう慈悲を持って祝福を降らしたのだろう。
だから彼を出来るだけ家族の内に和やかに受け入れてもらう事が、自分が出来る最良だとウィアートルは考えた。
「それでどうしようか、ヴラスタリ?」
「どうしよう、とは? ウィア兄上」
「君達の馴れ初め。どう話すつもりかな」
そう言われてティとラスタは顔を見合わせる。じっと見る彼の漆黒に、新芽色の瞳が揺れた。
「だいたい3000年前、でしょうか。『前世』の彼に会ったのは……」
「なぁ、ウィアートル。3000年前にイルが引きあわせてくれた。じゃ、ダメなのか」
「転生した、って言っちゃっていい?」
「……問題はない。あるのか?」
転生した記憶が残っている事はよくあるとは言えないが、魔法のある世界故、その存在は忌避されない。ただ自殺したり気狂いになったり、最悪死ぬケースもあって、会話が成り立つ正常な前世保持者は多くない。
「まともな前世持ちのその知恵や、変わった能力など、欲しがる輩が湧いて出ますよ。なので、その身や情報の取り扱いは注意しておくものです」
「俺、ヤバいヤツと思われる?」
「ティはまぁ、狂っているトコあるけど」
「……ですね」
ティはウィアートルに同意したラスタの顔を、信じられないと言わんばかりに首を思い切り振り上げて二人を見上げた。そうしてから、見開いていた目を徐々に小さくしながら項垂れ、ションボリした声を出す。
「でも他に俺達が知り合う方法、説明できなくないか?」
「確かに隻腕だったのに、危険を冒してまで癒す相手が、初見で他人の奴隷人族というのは無理があるよねぇ。まぁ元奴隷は公表せずとも、不慮の事故で腕を失くしたとか生まれつきなかった……に、しても、さ」
ヒトの痛みに敏感な妹の性格なら、目の前で切り落とされた子供を助ける事なら在り得なくもないけど、かなり前から『隻腕』が二つ名であったから時系列的に無理だね、とウィアートルは続けた。
「申し訳ありません。短慮だったとは思いますが、彼の腕を癒した事に後悔はありません」
ラスタがはっきり告げれば、ティが再生された右手で彼女の手を指を絡めて握りなおし、甲にスリっっと頬を寄せた。一瞬前まで沈んでいたのに、実に嬉しそうである。
「あっ! あな、たは急に何をするんですかっ」
「ん?」
そのまま指先に口付けて、首を傾げる。
「こうか?」
「ち、ち、ち、違いますっ!」
「足りない? 食むか?」
「違いますぅっ! 足りないって何がですかっ。食むかって、お腹空いているのですかっ」
「ん。ちょっと空いているかも?」
ラスタは手を離そうとしたが、強く握られているわけでもないのに、いつの間にか両手で組まれるようにされて振り払えていない。その仲良しぶりに目を細めれば、兄の視線に気付いたラスタは茹でたような顔色になり、抵抗を止めた。
「仲イイのはいいけどなぁ」
ウィアートルはどこからか飴玉を出した。ティと二人でギルドの仕事をやったり、移動したりしていた時の事。彼は腹が空いたらその辺の草や倒した魔獣の肉を躊躇なく口にするので、代わりにソレを食べさせていた。そのせいかウィアートルは流れるように、飴を幼児の口に中に押し込む。
「今日はリオ兄が荒れそうだよ……」
「え? ぁ……やはり心配されてしまうでしょうか?」
「まぁ心配っていうか? 過保護っていうか?」
二人がもちゃもちゃ……している所は子供の姿だから可愛いのだが、年齢を考えるとイイのだか悪いのだか、家族として悩んでしまわなくはない。
今まで庭に居たので世界樹の居所に入って、ふかふかの絨毯を歩いて行く。三人横並びになっても広すぎる廊下。ココは望んだ場所に歩いて行くだけで到着できる、不思議な魔法が存在する。
ティがコリコリと飴を口の中で砕く音を響かせつつ、話しながら歩いて行くうちに、一瞬ブレたのを感じたと思えば、一階だった窓の外は森の木々の頭と空に変わり、突き当りに両開きの大きな扉が見えてきた。
「謁見室ではないのですか?」
「うん。応接室。そう言えば正式に勲章授与の時は第一次結界にある迎賓城を使うと思うよ。今日は家族だけだから」
私事、としての顔合わせ。
とは言え、相手は全員王族である。ティはその程度で顔色を変える事はないが、俺、場違いだなぁとは口にする。
「王様への礼とか、知らんぞ。それに勲章? 何の話だ」
「お父様やお母様達もうちの家族は優しいので、そこまで無礼な事をしなければ大丈夫ですよ。我が国の民を救っていただきましたから、当然勲章の授与、栄誉市民として讃えられますよ? ね、ウィア兄上」
「後半は体調みて今後の話だろうけど。ティ、竜神国で王と非公開とはいえ謁見した時、座りもしなかったよね……俺も合わせたけど」
「あれか……座ったら最後だろ」
「そんで、相手の杯を奪って飲んでいたよね?」
「毒入っていたからな」
「あ? ぇ……貴方、毒飲むって何をまた……」
ラスタから送られる視線をぷいっと横を向き、砕いた飴玉を飲み込んでティは小さく言い訳を口にする。
「毒耐性はだいぶ付けてる」
「それでも毒虫の脚をドラゴンに燻煙ヤラレて、吸い込んで。肺やら何やら切除したり、血液洗浄したり大変だったんだから」
「は? 聞いていませんよ、兄上」
「え? 言いたくないけど、もう死んだと思ったって伝えたよね? まだまだ薬や療養が欠かせないって」
「それはそうですけれど……」
「生きてるから、イイだろ?」
「よくはありません!」
「よくないからねっ!」
前者はラスタ、後者はウィアートル、兄妹に同じ言葉を同時に振られたが、肺くらいはいずれ再生するし、もう動けるとティが笑った時、三人は応接室に踏み込んでいた。
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。




