隊長の記憶
その奴隷娼館は質が高くて有名だった。
美しい女達は種類も多く、金額もピンキリで用意もされている。お金を積めば町内なら自由に外へ連れて歩けるという、今ではありふれた商法を、最初に始めたのもこの店である。ここから発展して、要件によってそれに合った奴隷を貸与する事業もこの頃好調だったとも聞く。
また裏ではあったが……法に触れない程度であれば、言えないご趣味に沿った者を用意までしてくれるそうだ。
この娼館は隣の奴隷市場と対になっている。
市場は聖都の聖戦士の世話をする奴隷従者から、むこう町の遊戯施設の闘技場、貴族の装飾品や町の建材の為の採掘仕事や、町の細かな汚れ仕事を請け負う者……様々な労働力を安価に供給してくれる。
奴隷とは。
貴族が、国民が、健康的で美しく文化的で優雅な幸せを享受するには欠かせない部品である。
ここは聖都の隣町であるが故、源泉として都に注ぐ為に湯水のように奴隷は必要だった。
「これは……」
犯行現場の娼館は噎せ返るような血の匂いに出迎えられる。おびただしい赤がその場を席巻していた。のびた廊下、階段に転がった血塗れの遺体。ほぼ一刀のもとにヤラレている。
通報は朝に別店舗にいた娼婦の世話や食事係である奴隷と指示役が入り、閉じ込められていた状態になっていた娼婦と客が共に騒ぎ出し、外部に漏れて行った。
やられたのは地下で繋がっていた市場の方にも及び、一晩でこの店で働き住み込んでいた、店関係者およそ八割の人間が殺されていた。店主や元締めなども隠れおおせなかった全員が皆殺しだった。腕の立つ食客や衛兵も手抜かりなく、だ。
「こいつ、賞金首だったヤツですよ? それにコイツは冒険者Aクラスのやつじゃないっすか。ねぇ、隊長」
「ああ、相当手練れだな。迷いがなさすぎる」
屍累々、戦場のようになった廊下。歯向かった人間が片っ端から徹底的に殺されていた。犯人を足止めするのにかなりの奴隷も放たれたようだが、全員餌食になっている。
それに犯人が出入り口を開いた為、こっそり逃げた者も居るようだ。奴隷が逃げてもほぼ行き場などない、捕縛の手間も考えて欲しい……
「外部犯ではなさそうだな」
「娼館ですからね。どこの窓も柵アリで出入り口は限られていますから。でも逆に籠の鳥ですよ?」
「そうだな。一応競合他店の刺客とか強盗の線も見よう。で、娼婦や奴隷たちは?」
「客取り部屋で気付いた娼婦は、客と震えながら閉じこもっていたようで。控え部屋や奴隷部屋の方に犯人は来ておらず、ほぼ全員元気でしたね。用心棒の部屋や執務室は若干荒らされています。あ、中から違法薬物取引の証拠が見つかり……それについては聖都に照会中です」
「時間帯を聞いて擦り合わせると、この娼館から騒ぎが起こって、隣の市場にも侵入して指示役や元締めを殺して消えた様です」
「二つは地下で繋がっていて、正面入り口は満室表示で塞いでありました。出入り口で壊されてあいていたのはココだけだったと。死人が出た時の遺体運搬用の扉だそうで、裏口以上に目立ちません」
隊長と言われた男は部下達のいくつかの報告をもとに、状況を考えながら歩いて行く。今は入って来た人目に付きにくい扉から、犯人は入るなり出て行くなりと仮定して。
殺され倒れた人間の頭の方向を見る。どの遺体も『出て行った時』に倒された一方の方向に倒れていた。なら……そう考えて廊下、階段、隣の建物を地下から行き来し……大雑把に伝っていけば、最初にこの虐殺が始まった場所に自ずと辿り付くはずだ、と。
「ここ、か?」
そこは最上階の大部屋だった。高級そうな家具、飲みかけの酒、薬の空きビン、大きな寝具、乱れた情事の跡に転がる男の遺体。信じられないと言わんばかりに見開いた目が、最後に見たのは犯人の姿だろう。
「同じ武器っぽいな……」
恐ろしい程に何十人と切っているハズなのに、どの遺体も切れ味が変わったように思えない。何本も同じ武器を用意した? 他人数だったのか?
「ドワーフの武器でも持っていたのか?」
ドワーフの剣はこの大陸で一番『切れる』とされる業物だ。ピンキリではあるが、最低の見習いが作ったモノでも、他の一族が鍛えた剣とは一線を画する切れ味を、それも長く保つものしか市場に出回らない。中古はともかく、新品購入を考えるなら安くとも庶民の生活費1年分は用意せねばならない代物。
「あれらの剣は両刃ですが、突き痕からして片刃かと」
「これ、足跡ですかね?」
指さされて気付く。ソコには掠れているが、そう思える跡があった。だが……
「小さく、ないか?」
どう考えても子供のソレに見えた。それを追っていけば確かに自分達が歩いてきた道を辿り、最後には入り口に向かっている。掠れたり消えたりしているが、遺体の幾つかで立ち止まり、執務室を立ち回っているような……
「いや、犯行後に妖精のいたずらか、亡霊が入ったのかもしれません」
「この足あとはその線が妥当か? この部屋にいた娼婦の遺体はないな。生きていたなら何か見たかもしれん、連れて来い」
しかしこの部屋は倒れている遺体一つしかなかったと言われて首を捻る。
「ここは……昨夜はそのぉ……」
昨夜は外部に居て生き残った奴隷の世話係や店員に聞くと、一様に口ごもった。じろりと睨めば竦み上がって答えを吐いた。
「……そのお客様はお稚児の少年趣味で……はい……」
児童買春はこの国で犯罪ではあるが、裏ではその欲が金で通る。そこを今は追及しに来たわけではない。
どのみちこの店の店主や元締めが死んだ。跡継ぎが優秀とも聞かぬし、今までと同じように盛り立てるのは難しいだろう。商品である奴隷はほぼ残っているが、死んだ奴隷はまだしも、雇上げの者への慰謝料や退職金、この件で先ほどの様にバレた悪事への違反金も支払えば体力は残るまい。
他の奴隷商に売り払われるか、事業委託で再編成されるか……ただこの店は噂の『秘密の資金源』ではないか、と隊長の頭をそんな考えが掠めた。
「で、その子は?」
「今朝より姿が見えないようで」
「どんな容姿だ?」
「へい、黒髪黒目の耳持ちで、五歳より少し前……」
「隊長! 失礼します。副隊長より伝令です」
ばたばたと伝令役の隊員が入ってくる。
「何だ?」
「昨夜、北の森の奥に入った者が居るようでして」
「遺体でも出たか?」
あそこは夜中、自殺の名所でもある。遺体も食い荒らされ、残っても衣服があったくらいだろう。そう慌てる事もないのだが? そう首を傾げる。
「夜のイーター達の死骸が百五十体ほど積まれており……」
「は? 夜の、だと?」
イーターとは北の森と西の山の間、町にほど近い所に住む魔獣だ。昼間は片手か、多くても十匹程の引数で群れを構成しており、上牙が薬として希少である。うまくおびき出しさえすれば弓矢数本と剣で狩り取れる、痩せた中型犬ほどの獣だ。
だが夜のイーターは凶暴さが増す。普通でも油断できる相手ではないが、夜は筋肉の発達した大型犬並みの大きさになり、俊敏さと群れの大きさが三倍から四倍になる。
これを無事倒しても、他の群れを呼ぶ……
百五十と言えば、三~五群、それらを打倒さねば積めない数だ。
それに夜のイーターは毛並みがよく、肉もうまく、量も取れる。牙も大きく、下牙まで売れる、捨て所のない獲物のハズ。
「倒した者は?」
夜に森に入るのは止められる事はないが、暗い森に入るのはとても危険な行為。わざわざそれを倒すだけで、放って置く事などあり得ない。リスクにリターンが成り立っていない。荷馬車を取りに行くなら、仲間なり、権利主張の認識票なりを置いているはずだ。しかしこんな話を持ってくるのは、それがなかったのだろうという事は知れたが、一応聞いてみた。
「認識票や署名もなく。ただ発見者や、うわさを聞きつけて自分のだと主張する奴が溢れかえってしまい……収拾がつかないのです」
「……今、副隊長は?」
「一副長は町の通常警備を。二副長が森にいますが、ココが片付いたらそのまま来てほしいと……」
「わかった。各副隊長に俺はココから森に行くと伝えてくれ。っ……」
「他に何か?」
「いや、いい」
隊長は一瞬だけ『隻腕』が神殿に行くかも知れない。もし来たならその付き添い共々引き止めよと、神官長に一言つけ届けるかを悩み、しなかった。
これだけの人数を一刀のもとに下す……太刀筋や切り跡がどうみても大人の通常攻撃範囲より若干低いそれが、ぶれる事無く一律であった為、隊長は単独犯だと結論付けた。
そしてこの犯人をうまく誘導し、自分の肩腕にしたいと思った。
「ただの犯罪者にするには惜しい腕だ」
さすがに幼児五歳はなかろう。それには自分の身の丈と変わらない剣を自在に振り回す必要がある。それよりその子が少年から青年程度の誰かを、そっとこの部屋に引き入れた可能性の方があり得る。兄とか、叔父とかの間柄ではないだろうか……ただ手引きは難しいか? ならこの客の従者として三人で楽しむフリをして……とか?
めったにないケースだが、奴隷を助けに来る者がいるなら。奴隷身分を解消する『隻腕』儀式に付き添う形で犯人が現れるかもしれない。
犯罪者と言ってもまだ子供。理由も家族愛や同情ならばやりようもある。
儀式の後に死亡する元奴隷が多いのは、多額の治療費が用意できないのが一因だ。その金を支払ってやって恩を売るのもいい。幼児の腕を思いきれずにまだ落としていない状態で連れて来ているなら、逃亡をもみ消しての片田舎での生涯軟禁を勧める恩もいいだろう。
この力量、うまく育てればいい戦力になる。腕のいい騎士や兵士は簡単には手に入らない。
いうこと聞かないなら捕縛すると強行すれば従うざるを得まい……ここまで腕がイイなら同僚として仲良くと思うが、ダメならそのまま罪人として捕縛。処罰し、犯罪奴隷剣士として使役すればいい。
「原石……いや逸材……」
その言葉に落ち着かないかもしれない、剣聖、と言う言葉さえ意識を掠める。間違っても他国にはやらないようにせねば。逃したくない、慎重に進めよう、本当に現れれば身元はすぐにつきとめられるはずだ、と、彼は思った。
神印によって国民は管理されるのだから。
どんなに腕がよくともこの町の警備隊は、有事には軍隊編成される練度。鍛え上げたら剣聖が見込める腕でも、たった一人の子供の抵抗。見つけさえすれば簡単に捕まえられる自信が隊長にはあった。
この後、娼館の大量殺人は一人、ないし小数の犯行で、顔を見た者は全員死亡したようで、他は誰も見ていないと繰り返した。正確には厄介ごとに関わりたくないのだろう。脅したり賺したりしたが大した情報は手に入らなかった。
そして隊長はその後に向かった森の獣の遺体の傷口に、同じ剣筋をみた。その後は森の魔獣の遺体の所有権に関して振り回され、夕方やっとの事で神殿に急いだ。
そして『隻腕』は来たか。と、問う。
一年に一人でも来ればいいソレが、確かにその日、珍しく二人も神殿に来た。だがどちらも中高年の男性だった。調べればあの娼館の衛兵をやっていた奴隷とわかった。
尚、一人は出血多量ですぐに死に、一人は熱病で数日苦しんで死んだ。お互いでお互いの腕を切って支え合って神殿に来たようだが、命を賭けた自由は短かった。
無駄足だったかと隊長が帰った後。
「赤い、赤い刃物を持った死神がいるぅーーーー」
うなされた男は苦しみのけぞり、背骨が折れて息を引き取るまで、ずっとずっとそう繰り返して、息を引き取った。
それから先も隊長の探す『隻腕』の『黒髪黒目』の幼児は、この国のどこの町の神殿にもいつまでも現れなかった。そしてそれらしい犯人も捕まらなかった。
そして『隻腕の赤刀使い』が騒がれるのはこれから暫くの後、彼が聖都の副騎士団長として栄転した暫くの頃。別の国での事である。
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