終わりと再会の記憶
これにてティ目線ラスト。
窓からの光が強くなってきたのとラスタの身じろぎで目が覚める……背後で夜の間に側についていてくれた侍女達に軽く手を振る。たったそれだけで要件を察した侍女が、
「ウィアートル様を呼んできます」
ぺこりと頭を下げて出て行く。
一晩、侍女を側に置いていたし、姿形は両名とも子供ではあるが、既成事実が発生するかもしれない。
無論、困りはしないが、急に身元不明の人族六歳幼児が現れ、3000歳過ぎのハイエルフ姫を『下さい』って言うのは衝撃だろうな……っと、他人事として考えておく。
左手でラスタの髪を撫で、さらさらと指の隙間から落としたり、その髪にキスをして遊んでいると、その刺激で身じろぎし始めていたラスタもピクリと反応し、長い金の睫毛が揺れた。
「おはよう、ラスタ」
「ぉ……おはょぅごじゃぃますぅ……?????」
乱れた髪を長い耳にそっとかけてやる。寝ぼけたラスタも可愛い。会いに来てよかったと心から思う。
ラスタの新緑の瞳がはっきり開き、瞬いた後、ゆっくり動いて行く。
俺の手を血が止まるくらい、しっかり離さないように握っていた自分の手とか。
自分が俺にそのまま腕枕されていたのとか。
あたたかい微笑を浮かべた侍女達の姿を捉える。
窓の外の光で朝を確認し、彷徨った視線が最後に俺に向く。
「あな、た?」
「ん? ああ、気を付けろ」
俺がそう言うと、徐々に顔を赤くし、起き上がろうとして服がズレて胸が見えそうになるのに気付き。
「きゃあああああああっ」
叫びつつ、あわあわし、赤面涙目で布団や服で身を隠しながらズルズルと後ずさっていく。
「わ、ぁ、わた、わたく、しっっ!」
「っ、気を付けろとっ……」
言ったのに。ベッドからラスタがズリ落ちる。
「へぁ?」
頭や尻への衝撃を覚悟していたのだろう。気の抜けた声がする。
ベッドの向こう側で姿は見えないが、着る結界に全身を守らせたので、彼女をちゃんと浮かす事が出来ているのだろう。その魔力の流れで誰のモノかわかるのか、
「あ、あな、貴方っ、魔法が?」
「だから、今回は魔法使いになれたと……」
そこまで会話した所で、侍女がそっと起動した。
「そろそろ殿方は寝所より退出されて下さいね。姫はまず湯あみをしてお着替えをいたしましょう」
俺は別の侍女に別室へ引っ張られていき、ウィアートルにいい笑顔で迎えられた。
「おはよう。ティ。夜、何も食べてないでしょ? 薬、飲んでよ? ホントはまだ安静なんだから」
「過保護だ」
サンドイッチと飲み物と薬。食料が少々足りないがと思ったが、一瞬で胃もたれする話をされる。
「昨夜、家族会議があったよ……」
「ぶっ……」
「今日、昼に家族を囲んで話をするから」
とってもイイ顔だ……
ざっくりとウィアートルにはイルの側に居た彼女と、随分『昔』に別の世界で知り合いになった事。その記憶をもって彼女に会いに来たという事は説明した。今生、いろいろあって奴隷だった事もザックリと。
「若木の頃に知り立ったなら確か3000年くらい前、かぁ。従者してたあの頃ねぇ……なら、完全『イル様教』だったからね、ヴラスタリ……今もイル様好きではあるけれど」
ここ1000年くらいはイル様をお見かけしていない、とウィアートルは話を括った。
俺はドリーシャを両手で撫で回し、精神の安定を図る。アニマルセラピーだ。両手ってすごいなって思う。違和感がない動き。ただ片手がなかった重心で動きを学んでしまった、赤刀を使う時は暫く苦労するかもしれない。
何とか食事と薬を押し込んで、綺麗な服を渡される。だが拒否させてもらった。黒の布にシンプルでありながらラスタの瞳の新芽色をした緑のラインが美しい。素敵だと思うが、とてもじゃないけど俺の身分には似合わない。
「ヴラスタリと対の服だからね? 着て行かないと恥をかくのは俺の妹という事だけど?」
「……っ」
俺が来たのは昨日だと言うのに誂えたかのような服、というか、侍女がラスタの姉……服のデザイナーだそうだ……に相談し、突貫作業で仕上げさせたらしい……まさに誂えられた服だった。
「ティ、今までで一番、済まないって思ってるでしょ」
サフィールの種族のように再生を持たない、人族の俺が失った身体部位。その破片もなく再構成し機能回復する。それは魔法使いだからこそわかる危険な橋。
それも時間をかけずにあんな瞬時に派生……そんな魔法を行使して、身体が幼体化しただけと言うのは奇跡だ。幼体化は今まで彼女を構成していた一部を削り使って魔力化したという事。造作もない事ではない。
もし俺の損傷がもっと大きかったり、心臓などの複雑な部位だったりして、幼体化で『再生』が終わらなければ、そのまま使い果たして消える事も……その危険にゾッとする。いくらその名前や血によると言えど、二度とさせてはならないと思う。
ま、ウィアートルが見ていたから、最悪は止めてそうだが。
そんな事を考えている間に一度ウィアートルは席を外した。俺はその間に風呂に入れられる。昨日も入ったのにと思うが、綺麗にしておく分には悪くない。ただ一人で入れないのは閉口したが。
最後に服をまともに着られるように全身の包帯を巻き直してもらえば、具合が見違える様にいい。ラスタの腕再生に引っ張られて、体の方も活性化して傷の癒えが早まっているようだ。
そんな事を確認しつつ、触るのも怖いくらいオシャレな服を着た辺りでウィアートルが戻ってくる。
そして髪を梳いてくれる。俺はくしゃくしゃのまま放っておくか、縺れすぎるとブチ切るので旅の間からよくウィアートルが整えてくれていた。
「髪をソコ立てるなってっ!」
「頭の耳出してる方がカワイーのに。よしよし出来っ……ふっ、ぇーっと……コレは…………」
「似合わない事ぐらいはわかっている」
「いや、ぃゃ……自己評価低すぎ…………」
慌てて褒めてくれなくてもイイのだが、彼が差し出してきた手の方にキョトンとする。
「お手……迷子になってもらっても困るし」
「犬でも子供でもない、ぞ」
「はははっ! ただこの世界樹の居所は特殊だから慣れないと、ちょっとね。おかしな所に行っちゃうと困るから。昨日はヴラスタリを姫抱っこ中だったから大丈夫と思っていたけれど……」
世界樹とはこの世界を支える柱。世界に一本しかないが時期なり役目なりが済めば代替わりするそうだ。代替わりしても残る巨木をハイエルフは居所とし、次代の樹を守り、育てて行く仕事がある。
大層な樹を使った居所であるから、全盛に比べれば微々たる残渣であっても、残った魔力普通とかけ離れており不思議を起こす。繋がっていないはずの場所が繋がったり、無かった部屋が現れたり、延々と歩いても目的に辿り着けないなんて事もあるそうだ。
「慣れだけどねぇ……あ、いたいた。そう言えばこれは返しておくよ?」
庭に出てから渡されたのは、融解しかけたライセンスと緑琥珀の箱……
「また再々々発行か……」
「討伐による事故だし、無くしたわけではないから少しはマシじゃないかな?」
「くるぽ」
頭に留まっていたドリーシャがパタパタと飛んで行った方向を見れば、日傘を侍女に差しかけられた一人の幼女がドレスに身を包んで立っている。
適度に編み込まれた金の髪は膝裏に届きそうなほど長く、サラサラと風に揺れ、ぱちりと開いた瞳は美しい新芽の緑だ。
その瞳の色に合わせたフィッシュテールの服に這わせた黒のライン、チラ見えするフワフワのレース。黒タイツの足首は細くて、緑と黒のリボンがあしらわれた靴はきらりと光沢がある。俺と共布で作られた服は、俺達の色を交換して作られているようだった。
美しく幼いハイエルフの姫……ワードだけでもう幸せになれそうな可愛さだ。
「貴女が従魔……ドラゴ、ん?」
「ッルックー」
彼女に挨拶するかのように、その肩に留まってから頬に頭を摺り寄せると、そのまま飛んで行き、近くの樹に留まった。
「おはよう、ラスタ」
「おはようございます。先ほどは失礼いたしましっ……」
手を取って、その指先に唇を落としてから……形のイイ爪を誰にも見えないよう一瞬食んでその手を解放する。すごい勢いで一歩身を引くヴラスタリの長い右耳を飾った、昨日の梅に似た花で作ったイヤーカフがシャラっと揺れた。誰かが昨日の花を水晶に閉じ込めて作ったようだ。
「あ……ぁナタったはっ! 相変わらずそう……」
「へぇ。ヴラスタリが慌てるなんてそう見れないのにね」
「ぅっ、かっ揶揄わないで下さいっ! ウィア兄上っ」
ははははっと機嫌よく笑ったウィアートルは俺の髪をくしゃくしゃにしてから侍女を連れて少し離れてくれる。ラスタの家族からの招集までに話しておく事もあるだろう、と。侍女と少し離れた所で和やかに笑談していた。ドリーシャが頭の上にバサバサと降りて、ウィアートルの髪をぼさぼさにしようとしている。
俺はそこまで見やってから、ラスタの方をじっと見た。ああ、本当に、ホントに彼女が目の前に居る。小さくなってしまっても俺のヒヨコは美しい。目や髪の色は300歳の時の色ではなく、昨日見た濃い目のヒヨコ色髪と新芽の瞳だ。
幼児化した理由の『右手』を見せる。
「昨日は……手を、ありがとう」
「いいえ、放って置けなかっただけです。一生、片腕だなんてそんな事……もう無茶しないで下さい」
「それはラスタが、だ。あの魔法は構築はともかく、施行に莫大な魔力が必要、危険だろ」
「わ、わたくしはっ名と血に依ってるのです。あ、アナタのような腕を切るなんて事はしません!」
「でも、こんなに縮んでて無茶してないとは言わせない」
「無茶なんかしてません! それに今のアナタよりは大きいし、すぐに戻りますよ」
「どのくらいで?」
「じゅ、十年くらい?」
確かに俺よりも頭一つは大きい。そして十年といったらエルフの自分には僅かでも、俺にはそうでないと気付いたのか言葉が口の中で止まった。わかってくれたようなので、俺は彼女に交渉する。
「……善処する。だが俺の職業は冒険者だ、多少の無理は許してくれ」
「腕を切るのは多少の無理に入りませんからねぇっ」
「じゃ、どのくらい……」
「かすり傷くらいです! それだってしないならしないに越した事はないのです」
「まぁそうだが」
「そうです! いいですか? いいですよね?」
「それは無理じゃないか」
「無理でも、ですよ!」
「無理、でも?」
「ええ、そうです!」
釘を刺す様に言ってから、俺を見た。ぷんすこしつつ心配してくれる彼女が変わらなくてホッとする。無理をしない様に無理をする……自分でも言っている事がオカシイのに気が付いたのかラスタが首を捻った。
その時、お互いの視線が絡んで、時も世界もたくさん挟んでいるのにお互い変わらない所に、笑いがこみ上げて二人して吹き出す。
「わかった、頑張る」
俺はすかさずラスタの手を取り、逆の手でその上に箱を置いた。ぱちんっとその蓋を開く。
「こないだの剣術大会で優勝した。その時にもらった。ラスタに捧げたくて持って来た」
「きれいな……琥珀、ですね」
「ああ、綺麗だろ? コレを見た時にちょっとラスタに似ていると思った」
「わたく……し……?」
手に取るとその後ろのチェーンを伸ばし、背伸びをしてその首に下げて、そのまま彼女の手を握って指を絡めた。
「似合っている」
「ありがとうございます」
イロイロ話さなければいけないのはわかっているし、恥ずかしがっている場合ではないけど、言葉が何だか出てこない。なるようになるだろう、手を握って暫し黙って揺れる木々を見ながらそう思った時、
「……あの」
ラスタが視界に入り込み、お互い向き合った。ラスタが幼くなったと言っても、まだ俺は上を向かないといけない。だから早く背が伸びて昔と同じ、彼女を見下ろせる目線になるとイイなと思いながら、
「なんだ?」
「……その。今更、ですけど……」
「だからなんだ?」
そろり、と開く新芽色の瞳。
風が吹いて、ふわりとその金髪が空に揺られる中。
「貴方のーー、名を教えてください。…………なまえ、を、そのぅ、呼びたい、ので……」
その質問に微かに自分が揺らぐのに気付く。
俺らは前の世界でまともな自己紹介をし合う事がなかったと、昨日も話した。
だから彼女はきちんと『最初』を始めたいのだろう。
けれど、俺に名はない。
俺の名は『ティが尋ねてきたら宜しく』とイルがそう呼んでいたから、師匠が言い出して、そのまま使っているだけ。
「ティ……だ」
だから口に出来るその名はイルが口にしていた、3000年前と同じ名前。だからきっと俺が奴隷だったという事実から、イロイロ読み取ったのだろう。
「ん?」
俺は戸惑うように視線が彷徨った彼女の顔を両手で包み、右手の親指の腹でその唇を撫で、
「呼んで……くれないのか?」
ダメだろうか? 名もない男など。
けれどナイものは無い。
唇に触れていると頬を染めだした彼女が愛おしい。今更ダメとは言わせたくなくて、ちゅっ……と、唇に口付けを落とす。身長差は背伸びと足りない分は、しれっと魔法で岩の足場を作って偽装する。
「っ……テっ……ん、ん……」
そのまま柔らかくて、暖かい唇を啄ばんでいると漏れた声から言わない気ではないと気付いて、キスを止める。ラスタを精一杯手をのばして抱き寄せ、赤くなった長い耳に背伸びで顔を寄せ、軽く食んでから、
「3000年で初めて、好きな女に呼ばれる名だ。最初は誰にも聞かせたくないから、出来れば耳の側で言ってほしい」
ラスタが息を吸い込むのが耳に触れ、こそばゆい。
そして。
小さく、小さく、俺の耳元に『贈られた』のは聞きなれない長い呪文のようだった。
「…………オルティス・シュヴァル・ユウェル」
これは……
な?
なんだ?
新手の呪文?
いや……
な、なまえ、か?
まさか?
おれ?
おれの?
理解して、目が大きく開くのが自分でわかった。
「〈夜明けの黒き宝石〉と言う意味です。夜明け、故に、ティ、と、わたくしは貴方を生涯そう呼びましょう」
「俺に名を……くれたのか……」
この世に生まれてすぐに離れがたい半身と別たれ、何も与えられず、捨てられて。
そんな不要品に。切り捨てた腕を戻し、与えられなかった名まで…………くれるのか。
ちょうど雲に遮られていた陽光が俺の髪を照らす。
その時は知らなかったが、名が与えられた事によりハイエルフの居所たる古き世界樹が祝福を降らせ、漆黒の髪がさわっと……夜明けの黒、黒交じりの藍紺色に変化していた。
庭に咲いていた白薔薇が、まるでイルを思わせるような赤に変わっていくのを不思議な気持ちで見ながら。
俺が感じたのは自分の頬にはらりと落ちた歓喜の雫が伝うのと、ラスタの柔らかい体が与えてくれる心地よい春のあたたかさだった。
「好きだ。ラスタ……永久に愛してる」
それは涙と共に。何考える事無く俺の口から、ただ、自然と零れ落ちた。
俺の耳に返された彼女の『返事』はとても心地よく、嬉しい言葉だった。だけどそれは誰にも聞かせない、ラスタと俺だけが知っていればいい事実なのだから。
この後、俺とラスタはウィアートルに連れられ、家族の前で紹介されて、
「その見た目では、保証人はいるようだがまだ庇護が必要ではあるだろう。成人する十六歳まで。この居所に住むように。意味はわかるな? これは『お願い』ではない。『命令』だ」
と、彼女の父でありエルフの王に告げられた。
更に……
「我が娘と共に歩むならば。良いな、『婿殿』?」
と、続けられれば、言い返しようもなく、その齢までこの世界樹の居所に住んだ。
このエルフの森と世界樹の居所を数多の目から隠してる偉大な王が意外と緩い人だと知ったり、ウィアートルの上の兄デュリオがシスコンだったりで毎日のように『妹を諦めろ』と剣刀を挑まれるとか……まぁ、知って良かったか悪かったか、イロイロ……イロイロあって、ラスタの家族と親密になった。
齢を重ねてからもハイエルフとして仕事がある彼女の事を考え、俺が冒険者として各国を渡り、この居所を中心に帰る場所となった。
兄弟姉妹に揶揄われるからとラスタは世界樹の居所から離れたがった事も多々あったので、よく二人で旅もした。それでも彼女の家族と居を別にしなかったのは、言いはしなかったが、いつかまた彼女をココに置いて行く未来に備えての事。
何より嬉しかったのは長命故、ハイエルフはなかなか子を授からない、出産も命がけと聞いていたが、無事に子にも恵まれた事。
その長女が何故か……イルの魂を宿していた事に驚き、彼女が俺の片割れであるキラと仲を深める事になるなど……
それは、それは、また別の話だ…………
コツコツと廊下に足音を響かせながら銀髪、褐色の肌、そして特徴的な金と赤のオッドアイの少女が歩いて行く。
〈蔵書の鍵〉と言う名を頂く、クラーウィス・リブリスの腕の中には二冊の本がある。それを彼女はその一冊を書棚にしまった。
世界に一冊しかないその本の著者名はヴラスタリ・トゥルバ。クラーウィスの姉であり〈大地の芽〉の名を頂く、正統なハイエルフの姫。
百年ほど前、ヴラスタリの夫であった人族オルティス・シュヴァル・ユウェルが亡くなった。その後から二人の生活を回顧録として彼女が綴った、言わば日記に近い内容だ。
彼女はオルティスを『ティ』と呼び、大層大切に時を重ねたが、ハイエルフと人の間の時間は短かった。
その後、彼女の父王はハイエルフの種族存続の為、それとなく言って再婚を勧めるが、
「ティは……、オルティスは、また。わたくしの元に還ってきます。必ず。ですから私はーー、待ちます。幾年でも、彼を」
そう頑なに他の相手を拒んでいる。
何故ならティはこの地に生まれ落ちる前の記憶があって、その時に出会ったヴラスタリを探して人の身、それも奴隷の身分をおして六歳で彼女の下にたどり着いた。だから三度、会える事を彼女は信じてその時を待っている。
「死神のお義兄さんがやって来るのはまた3000年後なのかなぁ……」
クラーウィスは手に残った一冊をパラパラとめくる。著者名はクラーウィス・リブリス、彼女自身である。
コレはこの頃、巷で有名になったおとぎ話だ。
前世で会ったハイエルフ姫を、生まれ変わっても探して辿り付く人族の少年の冒険譚。隻腕の赤刀使いとなった少年は国に蔓延る悪を打倒し、ドラゴンを倒し、見事に姫の下に辿り付く……世界を超え、時を超え、ひたむきな恋の花咲く話は乙女達を陶酔させ、彼のドラゴン討伐は男子達の中二病心をくすぐった。
「こんな面白……んんっ、奇跡の顛末を最後まで見れないなんて、ツラすぎるっ!」
ハイエルフの血縁とは言え、普通のダークエルフハーフだった彼女に、その時間はとても長かったが……
この本は3000年後、かなり意地で生き続けたクラーウィス本人の手によって、再版、続編が遺作として世に出回る事となった。
再びこの世に、この星に生まれ変わった少年。
彼は別の大陸に魔王の子孫として生まれ変わり、荒れた土地を平定した。そして国交樹立と永久なる和平の証にとハイエルフ姫を正妃にと望み、不老である二人は長く悠久の時を幸せに暮らしたと結ばれる……
「ただいまオルティス・シュヴァル・ユウェル、帰還いたしました」
「「は?」」
「俺だ、ウィア。デュリオ、久しぶりだ」
「おま……また……」
「……貴様……俺はデュセーリオだ。勝手におかしな名を……くっ………………」
彼女の兄二人に挨拶してから、ラスタの下へと向かう。
ああ、何度も何度も繰り返して、やっとやっとこの星に再び生まれ変われたのに、何故に荒れ果てた他大陸。
更に魔王の子孫とか信じられなかった……角なしなのに耳がある出来損ないと呼ばれた。
でも成体となったドリーシャによって目覚め、這い上がって高地位にたどり着き、国境を開き、やっとやっと再びたどり着いたエルフの森。
「アナタっ、貴方って人は、本当に毎回なんてトコに生まれてるんですかっ!」
そう言われて藍色がかかった黒髪の頭を、ガックリとさせるしかない。
「そ、それは自分の意志ではどうやっても左右出来るわけでもないでしょうけれど……」
俺は次に彼女の住む星に生まれ変わるなら『長生きできそうな種族にって願っただけなんだが……』そう思う横で。
またも3000年を待たせたラスタが『……耳、垂れっ……可愛っ』などと萌えている事を俺は知らない。
「元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、俺のヒヨコはまだ健在か?」
「待っていました。ティ……わたくしのオルティス……」
種族は同じではなかったが、長い時を過ごせる体を手に入れた。
あの日に捧げた緑琥珀は彼女の髪と瞳、同じ『真金色』に変わっていて、当たり前の様に彼女の首で揺れていた。
何色であろうと永遠に『俺のヒヨコ』であるハイエルフの彼女を、魔王の俺はその両手で抱きしめて、その背に生えた大きな黒翼で彼女を包み込んだ。
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。
明日からはラスタ姫目線が二話。
そして+一話で本編完結です。
後少し、お付き合いください。




