19番目の記憶
竜神国を出て、精霊国へ……
ティ一人称です。
それからの旅は雪に遮られた日もあったが、ゆっくりと歩を進め、精霊国に入った。
俺の小さな結界収納魔法はどうしても潰れてしまう。それでもライセンス入れる方向を間違わなければ、折れずに片付けられるくらいにその間で上達した。グラージのお陰だ。
ライセンス一枚だが、これで誰にも奪われる心配も落とす心配も無くなった。師匠も俺にセンスがないと言って諦めた、空間魔法の指導が果たされたのだから、一つの物事に特化するというのも素晴らしいなと思った。
それからシーに会いに行って、数日屋根を借りた。彼の両親は旅に出ていると言って会えなかった。だがエルフのばーさまにはウィアートルとシーが連れて行ってくれ、会えた。
「久しぶりだね。元気にしてる?」
「そろそろお迎え待ちだよ。じーさまを待たせてるしねぇ」
「まだまだでしょ」
エルフは本当に見た目では齢がわからない。ウィアートルが居ないすきに、ばーさまに話を聞くと女性に齢は聞いちゃいけないよと笑いながら、そろそろ2300に近いと……絶対40超えて見えない容姿なのに。
「人の子にはおかしいかもだね?」
こくりと頷くと笑われた。
「私から見れば、おぬしの方がおかしい気がするけどねぇ」
そう言ってカラカラと笑っていた。
ばーさまは気の良いエルフで、聞けばイロイロ喋ってくれた。大らかで気さくだったが、エルフらしいエルフは特にニンゲンを嫌うと言っていた。
「シーもウィアートルも珍しい?」
「まぁ種族より何よりもティ、何か放っておけないだけですよ。仕事なければ、ついて行くのに」
そう告げるシーはまた俺に付いて行きたがったが、こないだ休みは使い果たしており、仕事の都合が付かないそうだ。
「ちゃんと俺が付いて行くから」
「いや。要らないが」
「何か……ティが冷たい……」
ウィアートルがシクシクしている。表情、作っているんだろうと思うが。
「いや、わりとマジで落ち込むよ? もう一月ほど寝食も共にしてるし。仕事も一緒にやったし」
「旅芸人、面白いしな」
魔獣の退治はもちろん、狩りや採集、町の清掃とか、雪かきとか、冒険者としていろんな仕事を二人でやった。
他に宿に食堂や酒場が併設されていると、許可をもらって、俺がハープを弾き、ウィアートルが歌って小銭を稼いだのだ。宿からお礼に宿代を安くしてもらえたり、パンや賄いが貰えたりする事もあってお得だった。
シーの家を出てからもそんな旅をしながら『悠久の都』を目指した。普通人間は入れない場所らしいが、『招待証』をシーから受け取って来たので問題はなかった。ドラゴンを倒した者に褒美をくれるらしい。
冬なので寒いのは寒いが、寒風吹きすさぶ感じから、少し気候が緩やかになった。近くに火山があるらしい。
「地下、なのか」
「洞窟城、って感じかな? 闇の精霊王の住居だからね」
精霊国は『精霊王』という、伝説のハイエルフのような不老の王様が数人いるらしい。
悠久の都は闇の精霊王の居城であり、それそのものが都だと言う。入都して冒険者ギルドに行くと、取次に三日ほどかかると言われ、宿を決めた。
巨大な洞窟は上に五階層、地下は三十階層くらいある。
奥に進めば鉱山があるせいか、ドワーフや小人族、力自慢の獣人系の鉱員が多い。デザイナーや買い付け商人なども居て、いつも照明の輝く地下夜の町は時間を忘れ、とても賑やかだった。
「珍しいコト。ニンゲンの楽師とエルフの歌人なんて」
首に下げた招待証の紋章からは匂いがするらしく、人間だからと間違って攻撃されたりする事もなく、変わらず宿で旅芸人をやる。
「コレを交換して、用事も済ましてくるから。ティは先に寝ててね」
ウィアートルはこの町にも滞在用の部屋があるのだが、狭いし、旅芸人の真似事をするには宿滞在が都合がイイ。だからその夜は二人で宿部屋を借りた。
だが、ハープの弦が酒場で先ほど切れたので、滞在部屋に戻って張り直してくる話になった。
「いってらっしゃい」
枕片手に送り出した。
しばらく布団にゴロゴロしてから。
「……行くか」
服の皺を伸ばし、かばんを背負ってバックルを止め、マントを纏う。枕元で寝ているドリーシャを懐に入れて、宿の窓から裏路地に降りた。
「迷宮だな」
だが迷う事はない。
二日ほどでだいたいの感覚で方向は覚えた。宿のある地下から地上階に出る。地上と言っても洞窟の中ではあるから空は見えない。宿のある階は町っぽい作りだが、地上階は通路や市場の色合いが濃い。この城の奥には鉱脈があり、それを送り出し交易をしているそうだ。洞窟だからいつでも道は光苔で示され、カンテラや街灯が町を照らす。故に夜なのにずっと町が眠らない。
時刻的には夜だが、働いている者がたくさんいた。土精霊やドワーフが多く、鉱員として働いているそうだ。
「あれ?」
ちょうどすれ違った一団に顔見知りを見つけて驚く。
共和国の剣術大会、壮年部優勝者のドワーフがいた。欲しい鉱石を孫と掘りに行くらしい。そしてまた飴くれた。いいヒトだ。
そういえば非公式だが地下のドワーフ王国と繋がる長いトンネルがあるという。忙しそうだったから聞けなかったが、今度会ったら聞いてみようと思いつつ移動する。
「確か、この辺……」
「坊主、ニンゲンか? どうした?」
「エルフの森に行きたい」
「あそこの角を曲がった所が馬車乗り場だが、エルフの森に人間は難しい……まぁ招待証の紋章持ちならどうかな」
頭を下げて、言われた場所で交渉してみる。
シーのばーさまから貰った小瓶を見せると、乗せてもらえる事になった。
中身はエルフの薬。だが中身ではなく、その瓶に付いた封蝋が特別らしい。それを持っているだけでエルフから一目置かれているとわかるそうだ。あの時、コッソリいくつか話を聞いたり、相談したりしておいてよかったと思う。
後は日付の交渉……となった時に、ポンと肩を叩かれる。
「楽しそうな話をしているねぇ……ティ」
「………………っ」
「ねぇ。イイ子は寝ている時間だよ?」
「……イイ子じゃないんだろうな」
「もう‼ 心配したんだから」
クルリと逆を向かされ、抱きしめられる。いくら暖かいと言っても、気候は冬。気温が低いこの中にあって、彼の体はとても暖かく、息が弾んで心臓がバクバク言っているのも伝わってくる。随分と探して走り回ってくれていたのだろう。
彼と俺の間で潰されかけたドリーシャが不満そうに懐から出てくる。普段なら俺の頭上を確保するのだが、ウィアートルの頭に乗って、嫌がらせなのか編み込んである髪を引っ張ってボサボサにしている。
後から直す気なのだろう、ドリーシャはそのままに俺の手を引っ張って、馬車小屋の隅で立ち話をする。
「なんで? 何で俺に聞かないの?」
「何となく……?」
「だいたいエルフの森なら、言えば連れて行ってあげるし」
「…………そう、なのか?」
「ティは何でそーじゃないの?」
「ずっと頼ってばかりじゃいられないし?」
俺が首を傾げると、ウィアートルは俺の両肩を掴んでしゃがむ。一度首をガッツリ下に下げ、そして顔を上げてグレーに透ける瞳を俺に合わせて、
「ソレは。確かにずっとは無理だろうけど」
「ああ……」
「でも。キミ、『ヴラスタリ・トゥルバ』を探してるんでしょ?」
「……ど、して」
「箱の中、見ちゃったんだよね」
ラスタに捧げる予定の緑琥珀。もし届けられなかった時の為に、箱へ入れた切れ端の願い。
何故か『もしドラゴンから踏まれても潰れないし、中身は絶対に変化しないよ』と言って渡してくれた師匠の箱が、どうやらウィアートルの前で開いたらしい。攫われた子供達を魔法使いが連れ帰ったタイミング……で。
「バタバタしてて、よくは読めなかったけど。届けて欲しいの、『彼女』に、なんでしょ?」
開いたのは偶然で、二度目はどうやっても開かなかったらしい。師匠の箱に偶然があるのか……ないな、ない。わからないけど、ないっぽい。
「でも彼女は……ここ五年どころか、千年単位でエルフの森をほとんど……出ていないんだよ」
「ウィアートルは……ハイエルフ?」
「いや、ハーフだよ……『ハイエルフ』と『風の精霊』の」
そう。
エルフとしてクオーターのシーは122歳と言って、エルフのばーさまが2300歳と言った。エルフは2~3000年で寿命、精霊は1000年、混ざっても年齢はエルフの寿命は余り引き継がれず、僅かに1200歳くらいまで伸びる……と、シーは教えてくれた。そしてばーさまに齢を訪ねた時に、ウィアートルを小さい時から知っている、と聞いた。エルフ感覚の小さいだから考慮しても、2000年くらい前の知り合いが『ただのエルフと精霊とのハーフ』ならエルフ寄りとは言え、流石に生きているはずがない。
細かく計算してしまう俺と違い、彼らに寿命のこだわりが少ないのは何となくわかったけれど。
「聞いてもウィアートル、そう答えなかったから……」
「ああ、まぁ」
「聞かれたくないのだろうな、と」
「ハイエルフは表向き『絶滅種』。だから。言えなくて。ごめん」
ハイエルフとの混血はその命の長さはまちまちなれど、最低でももう一方の血統と同等。概ね、長くなる傾向が強いそうだ。それもウィアートルは精霊の母親の方が遠くは精霊王の流れを組んでいて、その辺の隔世遺伝で特に長生なのだと言う。
「他言無用だけど、……ハイエルフは現存してる」
彼は『なるほど。俺が嘘ついてたからいけなかったのかな?』などと言いながら、教えてくれる。
「ちなみに俺は今、4000くらい、かな?」
エルフでもハイエルフでもシーが言ったように、ハーフとかクオーター自身、自分の寿命が何となくわかるらしい。俺、後5000くらい生きてると思うよ? などとウィアートルには軽く言われた。
「で、もうすぐ六歳ティくんよ?」
「……って、言い方…………」
「キミは、見た目通りの子供なんかじゃ、ないよね?」
「……っ」
「俺は、騙されてなんか、あげない」
「って……騙しては、ない……し」
「じゃぁ洗いざらい、吐いてもらうよ」
「えぇぇ……」
「俺が納得する答えが出たら……」
俺に視線を合わせて、ニッコリと笑う。
「ヴラスタリに会わせてあげるよ。俺の妹だか……」
「は? いもぅ…………」
ぐらっと地面が揺れた。
ガタガタガタガタッと……そしてミシミシっと足元がグラつき、どおん! と少し遠くで何かが落ちた……
揺れが収まって辺りを見回せば、いろんなモノが倒れたり折れたりしていた。馬などの家畜が暴れているが、それを飼い主達が落ち着かせる。
「地震?」
「火山が吹いたかもしれないなぁ」
俺はさっと走り出す。
「どこ行くのッ、戻ってティ!」
欲しい鉱石を孫と掘りに行くと言っていた、ドワーフが向かった坑道の入り口。ソコは混乱していた。
坑道が地震により潰れたらしい。潰れた者の救助もあるし、中に鉱員が取り残されているようだ。
「見たんだ! 魔獣を」
「ああ、丸い昆虫型のやつ……」
「冬眠を起こしたのか?」
どうやら坑内に魔獣まで現れたようだ。俺の耳にはガラガラとどこかが崩れるような音がずっと響いている。塞がった坑道内に魔獣が多分居る。
「魔獣も大変だが、空気穴が塞がっているのを何とかしないと、窒息するぞ」
辺りを見回すが、飴のドワーフが居ない。孫だと紹介を受けていた少年を見つけ捕まえる。ドワーフは中で誘導を最後まで務めると言って、孫は先に出た所で穴が塞がってしまったらしい。
「じいちゃん、じーちゃん……」
他の鉱員にすがって泣いているので任せる。そして救出の為に動く鉱員の頭に話しかける。
「うっせーーガキがっ! すっこんでっ……」
「……使えると思うが?」
俺はその男の目の前に、岩の積み木をヤツの身長程までドカドカと魔法展開して見せる。
「ついでに昔、穴に潜らされていた」
「……ついて来い! 岩魔法使いがいたぞ!」
「ちょっとティ! 潜る気なのっ」
「ココに風魔法使いも居るぞ」
「え。俺っ!」
ウィアートルの服を引っ張って連れて行く。
残念ながら移送ができるような魔法使いはいないようだ。人力で穴を掘るしかない。
『聞こえるか?』
いつぞやシーとウィアートルが使っていた周波で喋りかけてみる。
『聞こえるけど。エルフ同士の念話なのに』
「気にするな」
ポンと太ももの辺りを叩いて、マントと箱を渡す。緑琥珀の入った箱だ。
「なんでこれまで……」
「汚れるから」
今から匍匐前進で穴を掘るのだ、持ってはいけない。そう言って押し付けて渡してから、魔法で岩に穴を掘り始める。とりあえず酸素や物資を送れるくらいの穴を、俺は作る事になった。腰には二本の長い縄を結わえる。
岩はきちんと掘れば価値のある何かが紛れているかもしれないが、ソコは考えない。俺が這っては入れる程度の穴を、指示された場所から掘っていく。あまり大きく開けると、まだ誰かが埋まっている場所が崩れる可能性があるし、時間がかかる。
『石を外に』
「出してくれって!」
石を砕いて砂にしてウィアートルに風で攫ってもらうと、粉塵で俺の目と喉がやられるので、鉱員に道具や魔法で掻きだしてもらう。俺はひたすら岩を掘り、身体の隙間から後ろに送って、外に掻きだしてもらうのを繰り返す。
空気が淀めばウィアートルに風を送ってもらう。
『一度、戻ってティ。水分くらい補充しないと』
『まだいい。飴玉舐めてる』
『休まないとダメだって』
『三日は死ななかった』
『どこのブラック!?』
『聖国奴隷はそんなもんだ』
あの時は魔法もなかったし、掘る作業はなくて潜るだけが多かったが。
音がするのだ。重い剣戟の。酸素がない場所で魔獣が居て戦わないといけない、そんな場所でどれだけヒトが持つか。
暗い中、圧迫感と少しずつ暑さが強くなってくる。ソレに従って戦う音が重く響く。
『ティ、空気を送っ……』
『待てっ』
まだ少し、生存者が戦っている場所まで壁があるはずだったが、一気にそれが晴れた。魔獣の尻尾がその壁を叩き崩したのだと判断した時、目の前が燃え上がるのを感じた。
中は魔獣と人影、そして燻った炎があって、俺が掘った穴から酸素が供給され、未燃の可燃性ガスに火が付き、一気に燃え上がったのだ。それは一気に出口を求める。
『ウィアッ! 下がれっ!』
爆発。
科学的にはバックドラフトとかフラッシュオーバーとか、呼ばれる現象。詳しくはないが、名前くらいは知っている火災現場での事故。
それが俺の掘った穴を抜けて行く。俺の体も一緒に。弾丸のように吹き飛ばされる。
酷い音がすると予測して聴力を絞り、身体を小さくして衝撃から身を守る。
たぶん轟音がして。体がどこかに叩きつけられた。感覚を絞ったのでよくわからない。結界は中にいた人影があった場所にかけたが、一瞬の判断で全員には無理だったろう。
体内の力がどこかに引っ張られたのはドリーシャが何かしたのだろう。爆風のせいで憶測でしかモノが語れない。
「ティ! 起きて」
「ぉ……てる。大事ない」
目も見える、足も動く、手は……右がないが、左は動く。いつもと変わらない。
「ちょっと待ってっ! どこに行く気っ」
「戻る。中に魔獣がいる」
穴は掘りつつ岩壁を構築していたので、壊れていない。だが突如として吹き出した爆発は、俺の後ろで作業をしていた鉱員達を傷つけていた。
それでもドリーシャが体を張って俺を受けとめてくれた上、回りへの衝撃を和らげてくれたそうだ。彼女は俺を受け止めた時に受けたダメージで鳩の姿に戻って、ウィアートルに抱かれていた。そのウィアートルの頬にも一筋傷が入っている。いつも身ぎれいにしているので、髪がボサボサで汚れて煤けている、こんな姿は見た事がない。
「いい男なのに……治しとけ」
彼の頬傷がある辺りを、俺は自分の顔で指し示す。
「そんなのどーでもいいから。駄目だよっ。他に任せて……」
「誰に?」
他に俺のような体格の鉱員は居ない。小人族もいるが、それでも俺のサイズ程の小さいのはいない。ココは聖国ではないから、奴隷の子供はいないし、中には魔獣が暴れている。
初めに掘った時に引っ張っていた縄は焼けてしまったので、代わりの縄を腰に巻いて、足首に簡易救急セットを括りつけ、再び狭い穴に体を捻じ込んだ。
お読み頂き感謝です。
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