表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/66

3番目の記憶

 右手の茨の黒墨。

 これは生涯、この『聖国』では消す事が出来ない。よその国は知らないが、一度入れられると一生ついて回る。ただ攫われて親や自分の意志もなく入れられたとしても、自己責任だ。

 だがその無法が通らぬように、国民は産まれてすぐに神官が右手の甲に神印を捺す習慣がある。産院は神殿と直結している。

 貴族は家に神官を呼んで丁寧に神印を、平民は産院に行って無償で産み、神印を押してもらえる。子は宝であるとして、各種事由で育てられぬ子は、国で引き取って手厚く育ててくれる。……らしい。

 地方まで整えられたこの制度のお陰で、この国は戸籍がそこそこ整っていると聞く。

 神印……それがあれば無闇に黒墨は入れられない。人を『契約』で奴隷とする時は、慣例に従って神印を外して入れる。

 貧民が端金欲しさに奴隷商に直売するか、奴隷以外の子が奴隷に生まれつく事はあまりない。奴隷の子も本当は国に差し出さねばならないが、そこは産業。闇には違法が通る。

 今まで俺は貧民か奴隷の生まれだと思っていたが、記憶が辿れるようになれば違うとわかる。

「俺は例外だな」

『表』と生き別れたあの家は裕福そうだった。小銭欲しさにではなく、相当に俺は疎まれた上に双子であった為、あの後、直売されたのだろう。その場で殺されなかったのは簡単に楽にする気はなかったという事か。それほどに忌まれた俺の存在。

 双子は元来異質で禍々しい生き物だと嫌われる世界は、俺の記憶の中にも多かった。この世界もそう、か。その上どうやらあの家の『種』ではなかった様子。

 犬猫なんかにはよくあるが、同じ出産で種違いはままある。時間を同じくして育ち生まれた、同腹種違いの兄弟。

 人間では……母親に『不慮の事故』があったか、不倫の産物か……ほぼ僅差で性交し、子宮に卵子が二つあったか、一卵子に同時に二人の父親の精子が飛び込んだ故の偶然。

 できれば不倫は……別れたアイツの育成環境の為にもそうでない事を切に祈る。不慮の事故だってないならないに越した事はないが、結果おれがいるから何かしらの原因はあるわけで。

「まぁ、あいつがもう俺に付き合わなくて済む」

 俺は……我が身に『刀』を抱えている。

 今回も例に従って底辺にいて、記憶と刀のお陰で奴隷商から逃げてきた。俺は今更殺しに何の忌避感もない、だからこその『裏』だったのだから。

 そして『ラスタに会う』という目標を立ててしまった。

 だが、右手の黒墨をそのままに町は歩けない。奴隷は奴隷、持ち主から逃れても、奴隷の身分はこの証がある限り抜け出せない。

 捕まれば持ち主に戻され、見つからなければ逃げた奴隷として。次は両手に茨を入れられて、逃げたという犯罪が理由で犯罪奴隷として競りにかけられる。ちなみに左手に茨を入れるのは国の司法によるので、ただの奴隷商には入れられない。

 俺が知る奴隷身分から解消される唯一の方法は、見つかり戻される前に隻腕となる事。

 ただし自分の腕を落とすほどの刃物を手に入れる事が、まず奴隷には難しい。作業の斧や鍬を使えば腕は落とせたとして、バイ菌に汚染されて苦しんで早世する。世を儚んで死ぬならその刃物で首を突く方が早い。

 よしんば腕を切って生き残っても、奴隷商に捕まったままでは無事ではいられない。完全隔離や監禁されてより過酷な場所に送られ、二度と日の目は見ない。する意味がない。

 1.腕を落とす。

 2.持ち主から逃げる。

 3.神殿に逃げ込み神印を授かる。

 1と2の順番はどうでもイイ、3まで辿り付ければ、左手に茨を入れる事は不可能、奴隷ではなくなる。これは『隻腕』の儀式と言われる。

 だが奴隷の身分を解放されたからとて、失血や破傷風に打ち勝って。更に残された腕一つで生きる……それは難しい。親や家族の協力があればわからないが、そもそもそんな奴は複雑な事情でもなくば、奴隷に身は落とさない。

 普通は片腕を落とした時点で生き残れない……そんなかりそめの自由なのに、何故そんな道が整備されているのか。

 理由は知らない。

 でも他国へ逃れても奴隷という身分から解放される手段があるかも不明。ならば、再び捕まって犯罪奴隷に堕とされる前にやるしかない。

「それも、奴隷の『犯罪』はその所有者に帰す」

 逃げる事自体が犯罪、だから逃げ切った先、その部分を覆すための法。また奴隷として働いた内容が犯罪だった時、その負債を奴隷が負わずに済む法。

 奴隷に負債をさせられるなら、奴隷にやらせればどんな犯罪もやり放題になってしまう。

 赤刀トリガーはあるのだ。布を噛み締める。

「やつらを殺した事もこれで……俺の罪にはならない」

 ばっさりと。ひく。

 豆腐を切るごとくあっさりと、刀は俺の腕と体を分断してくれた。血が派手に飛んで、体が焼ける。文字通り、傷口がジュっと焼けた。吐き気がするほどいい匂いがする。

 噛んでいた布と血交じりの唾を吐き捨てる。

「……流石……火神の刀」

 カッコよく言ってみるが、……散々呻き散らした後だ。とてもイタい奴だとはわかっているが、冗談でも言っていないとやっていられない。気を失うわけにはいかなかった。

 だいたい『表』なら耐えていた筈だ、あいつはいつもよく耐えた。もう居ないのだ、頼れる相棒は。

 俺は焼けたとは言え、まだ血が滴るそこを適当に止血し、自分から切り離した手を布に巻き、懐にしまった。今まで自分だった一部がそこにあるというのはとても奇妙で、気持ち悪い。今まで生きた時にも地雷などで手足を失う経験はあっても、それを自ら運んだ事はなかった。

 だがそのまま置いていっても、奴らの腹を満たす餌になるだけだ。落ち着いたら腐る前にどこかに埋葬しよう、程度に拾った。

「来たな……」

 血の匂いが、俺の叫びが、魔獣を引き寄せていた。盗んだ小品を詰めたカバンを巻いたバックルを引いて締め直し、脱いでいたフード付きマントを引き寄せ、纏う。

「来い。俺の糧になれ……」

 痛みを飛ばす、気合を入れる為の虚構の叫びを小さく口に転がす。痛みをこらえる為に歯を噛み締めすぎたか、口の中が血の味で溢れている。

 周りは森だ。

 俺の住んでいた町は三方が壁に覆われている。だが唯一北だけが森、そして西の山脈に繋がっていた。浅い森は日がある時は散歩コースであり、果樹林には民が働く。だが森が深くなると獣や魔獣と言った生き物が住んでいる。

 浅い森と深い場所に物理の壁はないが。『聖壁』という紐と樹木で結んだ場所が、人間と獣たちを遮る。人は出入りできるが、他の生き物は大量に押しかけて樹木を倒しでもしない限り入れないという。ココは物理の壁を作ると一夜で崩れ、農作物が不作になる不思議が起こる。その為、ずっとこういう形式なのだと言う。そう噂で聞いた。

 兵士が哨戒しているが、隙を見れば人間は森には入って行ける。深く入りすぎねば戻ってこられるが、深く入った場合は命の保証はない。山脈を抜け、森を伝ってここから町に出入るのは不可能とされている、山脈や森奥の生き物たちが強すぎるのだ。獣でもクマなどは人間を簡単に殺すし、魔獣などとなれば火を吹いたり毒を纏っていたり、何なら魔法まで発してくる。そう言う生き物だ。

 俺に学はない。

 町も自由に歩いたわけではない。

 けれど地理を知っているのは、あの奴隷の館を抜ける前に地図を見たし、ここは何度か『仕事』で来た事があったからだ。

 地図の見方、世間ではお金なければ何も手に入らない事、大まかな計算の仕方……ここの文字は読めなかったが、帳簿の数字は十進法で、貨幣価値は完全にはわからないが殺した数人から財布を盗めば、だいたいの値も見えてくる。

 底辺とはいえ伊達に何度も人生をやってない。

 お陰で生まれてから取り留めなく聞いていた大人の口から洩れた情報が、意味ある物になる。数多の人生、人を殺すのも盗みをするのも、生きるためなら何でもやって来た。残念ながら今更後悔する所はない。

 この国では奴隷を抜けたその行為で、もはや犯罪者。嫌なら大人しく死ぬまで奴隷か、自刃か。そこまでお人よしなら『裏』なんかやってはいない。

 何より俺は今から彼女を探すと決めたのだ。

 するり……体から刀を引き抜く。

 そして刀を構える。

 片腕がない。

 まだ血も完全に止まっていない。

 履きなれない少し大きいブーツ。

 バランスがとりづらい。

 だが……戦えぬ事もない。

 と、いうか、飛びかかって来た目の前の大型犬程度の獣を三匹、すでに切り捨てていた。

 自分の身長よりは少し短いぐらいの赤刀。俺の愛刀。

 やはり非力な今の俺でも振り回せるのは、コレは俺の一部として火神に与えられたモノだからと確信する。腕を振るのに、足を上げるのに、苦労しない程度に。記憶と共にこの赤刀は自分の一部、なのだと、そうとしか言えない。

 この森には腕を落とし、こいつらの牙を奪いに来た。

 穴以外の仕事で、俺らはこいつらの釣り餌代わりによく走らされた。上牙一対で使い古した子供の奴隷なら元が取れるらしい。倒せる奴隷や狩人の所まで、自らを生餌に奴らを引きつけて走るのだ。

 生餌十人で引きつけられる一群は概ね同数の十。こなれた奴隷なら七割以上生き残るが、二割しか生き残らなかった事も……最悪、残ったのは俺だけだった事もある。あの時は、俺も酷いケガを負った。

「ははは……何か知らんが体が大きい個体に、数も多い、か? まぁこいつらには悪いが、楽しいな」

 苦もなく切っていく。体が、今まで思っていた以上に良く動くのは、記憶が解放されたからか。

 必死で生きるために走ったあの時に、この刀を知っていれば、苦労せずに済んだかもしれない。『表』がいた時ならもっと穏便にうまく取り入ったかもしれない。

 けれど俺は会いに行くのだ。

 ラスタ、俺に涙をくれたハイエルフの乙女に。

 思えば俺は『表』が羨ましかったのかもしれない。あいつには泣いてくれる人が居た。だが俺は『裏』だ。深くヒトと関わる事がなかった、だけどあの人生では偶然、赤薔薇の小悪魔イルの介在でラスタと個人で関わった。

 そして俺はあの涙が嬉しかったのだ、とても。彼女にとっては何げない行動だったとしても。

 虹色の風に混じって、懐かしいアイツの匂いが俺を焼く。無性に会いたくて仕方がない。会いに行ったところで信じてくれないだろうし、どれほど時間が経っているのか。あいつも『ヒヨコ』ではなくなって好きな者と添っているかもしれない。

 それでもいい、一言、たった一言でいい。

 ただ今は遠い、とても……でもこの地に居るのだと確信がある。

 腕を切った理由は何より……茨の黒墨などアイツに見せたくないが為。失っている時点でマイナスだが、奴隷身分を引きずる状態で彼女には会えない。


 わおーーーーーん、あおーーーん!


「増援? 群れ一つがあると、他の群れは近くに居ないと聞いていたが?」

 いつも生餌として狩りに来ていた時間は昼だが、夜は習性が違うのかもしれない。どう考えても一つの群れの総数が昼間の四倍はある。

 まぁ、問題はない。

 記憶を知識に、そして脳裏へ記録にしつつ事実と付き合わせて考えているうちに、最初の一群はボスらしき一匹を残して片付いた。

 次の群れと対峙する前に倒してしまおうと、一際大きいボス個体に接近したその時だった。

 違和感で踏み込むのをやめ、足場を僅かにずらしてから刀を振った。その一瞬の隙に体が揺らいだが、指一本、振り位置を変える事によってその差を補う。ぁ……面白いように獣が裂けて吹っ飛んで焦げてしまう。当たり所が良すぎてオーバーキルしたようだ。

「しかし……なんだ?」

 感覚的に次の接敵まで数秒あった為、さっき違和感の場所を振り返る。

 動き過ぎたのか腕の傷口から血がちょうどその位置にボタボタと落ちた。その赤い小さな湖に……ぱちり、と何かが開いた。

「……っ!」

 目、だ。

 目っ! 目! 目!

 ぁ……赤い、目だ。とてもとても小さいが、地面に豆粒くらいの『目』があった、その目と目がばっちりあった。

 大量の魔獣にも引かなかったが、こっちの方がゾッとした。ハッキリ言って動揺した。

 ないと思っていた所にソレがあるのは奇妙なモノだ。さっきの俺の切り離した手が、無造作に転がっている時と同じ気持ち悪さだ。

 いつだったか絵を描く少女の部屋で見た、シュールレアリズムの絵を彷彿とさせた。

「……擬態か?」

 魔獣、だろうか。でもそれはとても小さかった。それもピョと小さな声で鳴いたのだ。

「ひ、ひよこ?」

 次の群れの気配が近くなる。

 何を思ったか俺は……咄嗟に泥だらけのそれを掴んで懐に放り込む。もう、反射だった。俺の血がかかっている、このまま置いておけばこんな小さなモノ、喰われる……いやその前に踏みつぶされてまず死ぬ。

 その何かの鳴き声は、寒い部屋で俺がこの世であげた己の小さな産声の様に聞こえてしまったから。

「……四十……いや、四十ニか」

 次の瞬間にはその行動を忘れ、良く聞こえる耳で足音を拾い、その群れの数をはかりながら、俺はソレらを機械的に処理していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ