16番目の記憶
ティはサフィールと共に。
ティの一人称です。
「ホント、ティってばさ、正気じゃないよ?」
サフィールの台詞に無言で目の前のサーペントドラゴを切り払って。樹の上から飛び降りてきたグリフォンに刀をぶっ刺す。ついでにやって来たハルピュイアを三羽程魔法で体内から爆ぜさせて、口を結界で閉じてその場を離れる。超少なめに力を込めて放っているから、魔獣の皮は破けてない。破けたら俺達が吹っ飛ぶ。だから魔法攻撃は慎重に、だ。
遠回りにしているハルピュイアは倒した魔獣の肉を狙っただけだから、追ってくる事はない。
「なんかさ、エラく強くなってない? ティ……それにお腹すいてるの?」
「まぁ」
「ねぇ。さっきから摘み喰ってるソレさ、毒あるよね?」
もっしゃもっしゃとガム代わりに噛んでいる草を言っているらしい。コレは美味しくはないが、栄養価高くて、腹も少し膨れる。何故か魔力が早く生産できる、修行中に見つけたイイものだ。強くなったのは師匠のお陰だ。しかしそれでも今は倒した魔獣で食べられるモノを焼き肉する気力も暇もない。
「少し甘い? し」
「いやいや……それって常食して毒耐性ついたのでは……」
「あー? 黒ウサギは喰ったな。まぁ珍味だぞ?」
「え? あの色の肉を喰ったのっ!」
サフィールの母殿の声が響くと集まってくる黒ウサギの事を言えば、ゾッとした顔をしている。確かに瞳の色と同じ紫の血肉は気味が悪い。か。
「それよりこっちか?」
「あ、うん……あそこ、ほら」
「ああ……これ以上はついてこなくていい」
建物を確認しつつ、赤刀から血を払う。そしてその青い目を見やる。
「っていうか、これ以上はついて来るな」
「だ、大丈夫だよ。てかさ、置いてかないでぇ~」
「……そうか」
妖精国の浜、そして遡って西の山の麓の川にサフィールに連れてきてもらった。正確には東の山になるのか、聖国から見れば西なら、それを越してきた土地から見れば東。ただ分かりにくいので、聖国からの方向で呼ばせてもらうが、その山を越えて、沿う様に北の森に入った。これは彼に会う前の俺が、聖国脱出に使う予定だったルートの逆走だ。本当にこのルートなら、並びの隣国は北方国もあるから、妖精国ではなくそちらに出たかもしれない。北方国の方が普通の人間が多いからだ。妖精国は妖精を体に宿せる不思議な、つまり人間辞めたヒト達の国。まぁ……どちらに降りるかなんて仮定の話だ。
その頃の俺にこのルートは踏破できなかっただろうし。師匠凄いな、あの人の的確な急所狙いに、魔法を折り込んだ赤刀の使用法は魔獣に対してバカ高い殺傷能力を可能にしている。
ココを抜けて北の森に出られた事に、後ろを付いて歩くサフィールが驚愕している。そんな彼も前以上に動きがよく、ぽいぽい水系魔法をぶっ放したりしていた。海に帰ってゆっくりした事で本来の調子に戻ったと言った方が正しいのかもしれない。
だいたいクラーケンとリヴァイアサン、どちらなのか……と、聞けば、現在どちらに進化しているかによるらしい。こないだまではクラーケンで間違いなかった。また名前の後ろにそれをつけて知らせるのは信頼の証。どんな力を持つのかを相手に知らせる行為であるから。通常サフィール・トリシュラとしか名乗らない。それにリヴァイアサンになる個体は多くないのだと教えてくれた。
そんな彼と今、俺は『聖国』北の森の中にある『聖国魔法研究神殿』を訪れていた。サフィールの元職場だ。
「大丈夫か?」
あまりいい思い出はないだろうに。
「恩人だし? 友達だし? 放っておけないし?」
「そうか……うっ」
「んっっ……あーーすごい匂いっ」
二人して口元を布で覆い、服を引きあげる。
俺が奴隷として住まわされていた町は、聖壁を越えた魔獣によって壊滅したらしい。
その少し前にこの建物の所長と名乗った人物も、サフィールの手で死んでいる。思った通り、まともな撤退は出来ていなかったのだろう。堅牢に見える平屋建てだが、誰かが扉を解放したのだろうか……中はひどく荒れ、入り込んだ魔獣達の爪跡が至る所に残る。
「あーー強い子達は……流石に処分されてるね」
サフィールと一緒に俺を探しに来た人型スライムなど、彼が『強い子』と評した生物が入っていた檻。ソコには遺体が倒れて腐敗していた。少し食い違えばこの中にサフィールも入っていたかもしれない、彼自身もそう考えているのか酷く複雑な表情だった。俺も捕まっていたらそう言う運命かと思えば、手を合わせたくなる気分だ。
「そっちが通常基礎種の部屋、その通路の奥だね」
他の檻は餓死や、複数入っていた場所では共食いや争いで死んだ跡……凄惨な死体が腐敗し、積み重なっていた。破壊された壁から魔獣が来て喰った所や、虫が凄くてもう見たくもない場所もあった。
「こっち……ああ、正解だったね」
サフィールが案内してくれたのは『希少種』の部屋。鍵が開かないなら切り捨てようと持ったが、彼の知っている方法で、すんなり入れた。っと言ってもいくつも仕切りを開けて行ったから、一人だと大変だっただろう。
ココに来たのは施設に数人、エルフが居ると彼が言った事を思い出したからだ。この森に続く町は俺が離れてさしてしないうちに、機能不全になり放棄された。
この施設も酷い事になっているだろうが、希少種の部屋は強固に監禁されている分、魔獣などの影響を受けない。そして長命種なら『冬眠』の状態で、耐え忍んで生きているかもしれないとサフィールが言い出したのだ。
開けてみればそこには生き物がいたが、もう息をしていない者が多く居た。
だがそんな中、『冬眠』をしたエルフ二人と光精霊が一人、そして妖精が二人、生きていた。後サフィールが『鳥系獣人と妖精の卵はもしかすると孵るかも』と、カバンに詰める。手際の良さを見ていると、もしかするとここで世話もさせられていたのかもしれない。
「サフィール……頼めるか?」
「イイけど……さ。東公国の冒険者に送り届ければいいんだね?」
「ああ。ただ、安全に」
彼は海に戻った事で取り戻した能力で、その体の中に冬眠した全員を簡単に飲み込んでしまった。転移をさせる事は出来ないが、別空間に閉じ込め、任意に出す事が出来るらしい。
ひょん、っと、サフィールがコミカルな動きで急に俺の視界に入り込む。
「ねぇ、ティ? このまま一緒に帰ろうよ?」
だが俺は首を振った。
「先に行ってくれ」
「待っているからね?」
「いや、海に戻れ」
俺に耳にはこの国に入って、ずっとずっと『声』が聞こえていた。サフィールの母殿と、また別の声。それは切実で、あまり時間は無さそうだった。だから俺はその誘いに乗ってそこへと向かう事にした。
その前にサフィールが母殿の波に連れ去られるのを見送る。
そう言えば何故、この森に直接入らず西の山経由でこの国に入ったかと言うと、彼はまだ川まで『波』を操れないからだ。聖国の海から直接侵入するのは、元奴隷の二人にはハードルが高い。だから海で一番近くてこの場所に入れそうな別国から入った。
母殿に頼めば止められるだろうし、大事になりそうだったから、サフィールと二人だけで来た。
『なーんかね。ティちゃんの事、ウィアちゃんが凄く心配してたから。一緒に帰りましょうよ?』
母殿の『声』は前まで『三時に鳴る怪音』にしか聞こえなかったが、だいぶ言葉として聞き取れるようになった。
そんな進歩を感じながら申し出を固辞して、連れて行ってもらう希少種の奴隷達を頼み、施設に戻って地下に降りた。
そう言えばこの辺りには黒ウサギはいないのか母殿の声で跳ねて集まって来ずに助かった。
俺はひたひたと歩いて行く。
サフィールはココで仕事をしていた時、集められたり、実験の後に残ったりする奴隷の遺体から、右手首を切り取り、地下に運んでいたらしい。ソレがどこに運ばれて行くかはわからないと言っていた。
俺はその地下通路を進む事にした。延びている方向がずっと聞こえる『呼び声』がする方向だったからに過ぎない。後、地上を元奴隷が仮ライセンスだけしか持たずに歩きまわるのは正直怖かった。
魔獣が何匹か入り込んで居たのを切り払う。途中、封鎖された壁を抜けて行く。通路は何度も壁で閉鎖されており、何かあった時に魔獣が絶対に入って来ない様に仕切る構造だった。後ろから魔獣に襲われるのもイヤなので、岩壁を作って堅牢に塞いでおく。
途中土砂で塞いでいる所は岩壁を作って通していった。共和国で岩壁を作った事によって、作業が楽にできる。やはり日々精進だ……あの時は大変だったけど。
地下のトンネル道はヒトが五人くらい並べる広さで、土魔法でも使ったのか、地面は綺麗に平らだった。手押し車で運んでいたのか轍の後が残っている。壁を三つ越えたら虫などを見なくなった。暗いが夜目が効くし、魔道具のカンテラが生きていたので、それを胸に下げ進んでいく。
進んでいくうちに不安になるような長い時間を歩く。何か食べて置かなかった事を後悔するくらいに。口にしていた草もとうに無くなった。
水は魔法で出して……めちゃめちゃ出過ぎて一区画埋まったので、気を取り直してお湯にして、風呂代わりに入って、洗濯して岩で作ったベッドで仮眠した。
硬い岩ベッドの上でウトウトしながら、カンテラの細くした灯りをボンヤリと見ていた。
「帰りたい……」
出来れば……このまま帰りたかった……イヤな予感がする。けれど行かなければ。呼んでいる気がするから。切実に。
まぁ、毎回こういうのに行って、帰れない事は多いが、行っていなくてもそうしないうちにツケが回ってきてどうにもならずに死んでしまう。
あの『神殿』で感じた『絶望感』まではまだ感じないが、今、立ち回りをしくじれば『絶望感』近づく感覚。どうにもならなくなる前に立ち向かう方がまだ諦めもつく。だから俺はよく感を信じて突っ走っていく。
「こ……っ、の! 男わぁっ! なんっっっかい! 何回言ったらわかるんですかあぁっ?!」
「ん?」
「だっからですねっ! 貴方は何を考えて突っ込んでいくんですかっ!」
そう言って叫びながら、柔らかくて居心地の良いソファーに座った、俺の黒髪頭をぺちぺちするラスタを思い出してしまった。
アレはどこかの惑星で、地球より重力がなく、ポンと跳んだら面白いように跳べる所だった。ぐるぐるとワイヤーで吊ったような動きも可能で。ちょっと楽しい所だったので、調子に乗ったかもしれない。
「でもあそこから出るには、あの火トカゲを超えて行く方が早いぞ」
「アレはトカゲではありません! ドラコですっ」
「どら?」
ラスタの台詞に首を傾げながら、盗って来たモノをイルに渡す。イルは資産家だと思う、いろんなトコに家とか部屋とか持っている。足がついたら困る事でもあるのか、本人的に流離うのが好きなのか知らないが。
「さあ、皆で食べようよ」
「あ、失礼いたしました。わたくしが運びます」
「だってトゥルバ、ティと楽しそうだし……」
「ち、違います。楽しいだなんてそんな事っ! ちょっと反省を促していただけですっ」
イルが軽食を運んでくる。ラスタが慌てて行って飲み物の盆を手に戻ってくる。
「ドラコって言うのは小型の竜の事だよ? ティったらトカゲだと思ったの?」
「どら子? りゅう?」
「ちょっ……アナタ、まさか騎竜に乗った事……」
「あーあの、生きたハングライダーはよかったな!」
「~っ! 竜、アレもドラコです!」
「初めて乗った、イイな竜~!」
その頃に知っていた神父が連れていた風竜がいたから、それを思い浮かべる。今回見たドラコとか騎竜とか、みんな少しずつ形が違うが、概ね竜らしい。
「ふーん……ティ、ドラゴンとか欲しい?」
「飼うのが大変そうだが……おま、引っ付くなって!」
「チューもつけようか? サンドイッチ取って」
「要らんし。首ヤメろ。ほれ、喰え。そしてラスタ、そろそろペチペチやめないか……ハゲる」
「貴方なんか、こうしますよ、こう…………」
何故かイルは膝の上にヨジヨジ座って抱き付いて来るし、ラスタは髪を弄り倒している。
「ちょ、らすた? おま、俺のウィスキー飲んでないかっ」
「お茶ですぅ~おっちゃっ、ですぅ」
「……トゥルバ、飲んでるね」
「お茶ちゃちゃちゃ……ですよぅ」
「薄めてあげて。ティ」
「あ、ぁ。ほれ、レモン水。こっち飲め……ほら、スモークサーモン、それと香草サラダっ好きだろ? 喰え」
「えー何故、なぁぜ~貴方がソンな事を知っているんですか~」
「食べないのか?」
「食ぁべますけど。わたくしは食べますけどっ。はい! ラスタ、今から髪を編み込みますぅ!」
「何でっ」
ちょうど長くなっていた髪に何故かたくさん編み込みや三つ編みを作られて。三人でワイワイ話したり食べたりしているうちに。
「ウィスの髪は柔らかくて、サラサラで、綺麗ですねー」
ラスタは弟妹と勘違いしたのか、編み込みの俺の頭にうちゅーっとキスしていた。イルまで調子に乗って俺を押し倒そうとしてくるし、かなりカオスだった。
最後には疲れて、あの日はイルを抱っこしたそのままソファーで寝込んでしまった。朝に気付いた俺が髪を解いたら縺れるわ、パーマみたいになっているわで。
無理矢理ぶっちぎろうとしたら、イルに見つかってしまい、何とか自室に戻っていたラスタも呼ばれて。二人でなんか髪を綺麗にしてくれたりして……
「楽しかった、の、な……」
師匠が言った事が本当なら3000年経った。
俺は何度も死んだし、巡り巡って、ラスタの居る土地に生まれた。でもこの国は彼女から遠く、イルも見かけない。せっかく近くなったような気がした虹の風は遠くなって、この地下に彼女の匂いはしなかった。
「帰りたい……」
暗い光の下なのにあの日が何故眩しく感じるのか……よくわからないまま、ぼんやり光るカンテラを眺めた。先ほど温めた水からはフワフワと湯気が舞って空気は温かい。
この所、懐に入れていたラスタへの贈り物の緑琥珀。持って敵に捕縛される事は出来なかったから、ギルド経由でウィアートルに預けてある。奪われる心配はないけれど、その重みがない事やドリーシャの温もりがない事が、酷く寂しくて身を竦めた。
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