14番目の記憶
途中より三人称になる部分があります。
また、下世話な表現があります。
「へぇ……すごいなぁ、ティ」
「頭、撫でるな……ウィア」
ひと月を竜神国に強要された俺は、冒険者ギルドの仕事を請け負っていた。あれから一週間と少し、まだほぼ三週間もやり過ごさないといけない。
何故かその後ろに、シーの知人と言うエルフ、ウィアートルがついて回っている。完全、生エルフかと思ったら、ハーフだって言ってたけれど。偽装してても恐ろしく麗しい男だ。
「ティ、何だか天気が悪くなりそうだよ? 海が荒れそうだなぁ、こんな日の夜は、リヴァイアサンが出るんだよ」
「そうなのか」
リヴァイアサン、海の化け物で海ヘビのような形の生き物だ。ウィアートルの伝説系の話部分は現実的でなくとも、天気の助言は当たるので、ほどほどにして町へと戻る。そうしながら……そろそろかな、とも考えていた。
ウィアートルと出会ったあの日、夕方、三人で食事をしたのだが、一か月ずっと一緒に待つと言ったシーに、俺は精霊国に帰れと言った。帰還命令がギルドに届いていたのを隠そうとしていたが、食事中にポケットから抜いて、突き付けたのだ。
「ティ、置いて帰れないですよ? 五歳なんですよ? まだ……アナタ忘れているみたいですけど?」
酒を飲みながらそう言いながら抱き付いて、頭を撫でまくる手を止めて欲しい。
「122歳から見たらアレだが、過保護だ……」
「そりゃなんかティって、俺よりじーさまに近い雰囲気出してるけどですね……て、か、熱くないですっ? 酒飲んだです?」
「果実水だけだ。鬱陶しい、離せっ」
俺は長生きをしないが合計すれば、シーを絶対上回れるくらいの年は軽く生きてる。このなりでそれを言っても信じないだろうし、言わないが。
とにかく食事を詰め込もうとして、確かにいつもよりは入らない。でも食べられる時にと手と口を黙々と動かす。片手なので、飲み食いも時間がかかる。最初に口に詰めて、置いたコップのストローを吸う。
「わ、ホント! この子、熱いよ?」
「大丈ぅ……喰ぅ、まだ……」
「確かに中身はしっかりしてるっぽいんですけど、放っておくと何するか……ドラゴン一人で倒して、よく休みもせず、ココに来るのも強行軍でしたし……」
「一人? ティはドラゴンスレイヤーじゃなくて、ドラゴンディザスターなの?」
その違いが分からないので聞くと、ドラゴンスレイヤーは複数人で一匹を倒した者の称号、ドラゴンディザスターは単騎で倒し切った者の称号だそうだ。
その『竜の災厄』とは、人間にとってではなく竜にとっての『災厄』という意味らしい。
「シー? 俺、スレイヤーで……」
「ギルドで単騎討伐報告上げたから、今更変更無理ですよ。冒険者がやった事を低く報告しようとしないで下さい。はい、イイ子は寝るんです。一か月は滞在決定なんですから、もう急がなくっていいでしょう?」
「アレは俺じゃなく、ドリー……」
「はいはい。従魔の力は主に帰属するんですよっ」
馬にも乗っていないのに、一人で倒すのを『単独』ではなく『単騎』と言う言葉を使うのは、そう言う討伐者が獣魔や召喚物を従えていたり乗っていたりするため。
確かに俺にもドリーシャが居たが、いない場合も慣習で単騎討伐と呼ぶらしい。
「ほら、薬を飲んで。シ・ザールの言うように、君は寝るよーに」
いや、いらないのだが。断ったが薬を口に押し込まれ、食べていた酒場の上階宿のベッドに眠らされる。
「寮まで戻ったらタダ……」
「いーから。この部屋で飲んでってイイっていうから。ティは気にせず寝るんだよ」
暫く布団をトントンされて。赤ん坊の時でもされた事がないのに。どこか瞼が重くなってくる。
暫くすると彼らは離れ、小さい声で喋っていた。たぶん他の人には聞こえない周波の音で。薬のせいでぼーっとするが意識を簡単に手放せず……聞くともなしに、その会話を耳に入れる。
『寝た……みたいですねぇ』
『まだ、どうかな? でも、あれ、グリフォンでも寝るっていう強力な奴だから、効くと思うよ』
『それ、死なないです?』
『いやいや、ドラゴンディザスターにはそのくらいじゃないと。体の耐久が滅茶苦茶あるはず……彼、人間でしょ? ドラゴンの血を浴びて一月も経たずに歩きまわれないよ。それか余程我慢強いのか……さっきも聞いたけど、でも本当に彼一人で?』
『はい。最初はそのまま死ぬと思っていたくらいの大やけどとケガで……竜官士が優秀なのかも。現場は精霊国が総力で調べて、その結果ですから。彼が偽証してはないですね。どちらかというと、決まった報酬以上の功績要らないって態度ですし』
『竜官士が優秀って言っても、限度はあるから。エルフの薬を大量に投与したんじゃないかな? アレってメチャ高いけど、この国なら『ドラゴンディザスター』に使うなんて光栄だーって使いそう……独特の匂いが髪からまだするし、ほかにも相当使ってるよ』
『まだスレイヤーって思っている段階でしたけど、それでも下に置かない対応でしたねぇ。その成熟したドラゴンが降りてたらホント、うちの国滅ぶトコだったそうで……』
『……まぁ種類に依るけど、決まった量を、決まった間隔で食べ出す時は、脱皮や成熟の時だからねぇ。そして成熟直後のドラゴンは良ぉく喰うんだよねぇーーーー確か成熟後のフラムドラゴンはヒトをかぁるく炎で炙って、服と皮膚を焼いてからブルーレアで側の瓦礫を燃して焼きつつーーーー』
『こわっ……そんなドラゴングルメ情報要らないし、習性なんて知らないですって。俺どころか、じーさま生まれてこのかた、大型ドラゴンの被害は精霊国ではなかったですから』
『んーそうだっけ? シ・ザールはまだ若いからねぇ』
『もう十分の一は生きてますって。エルフ基準で言われても困りますよ。ってか、ウィアートル様ってただの? エルフですか?』
『えーーーー? 何で?』
『変幻かけてますけど、それでもめっちゃキレ―だし。今回のドラゴンの習性もですけど、幼い時に聞かせてくれた神話が昔話じゃなくて、こう……目の前で起こった事のように聞かせてくれたじゃないですか~……『ハイエルフって聞いた事あるか?』ってティに聞かれた時、なんかウィアートル様を思い浮かべちゃって……』
『そー? 精霊族のハーフだよ? 知らなかったっけ? どちらかというと『精霊の魅了』の方が出てると思うんだけど…………』
『なるほど。容姿的にはエルフと精霊のイイトコ取りじゃないですか?』
『いやいや、変なのにからまれるだけで。で、精霊国に戻るの?』
『置いていけます? でもウチの上も功績を讃えたいと……結局……うちの国も、竜神国みたくティをどうにかってしそうで』
『なるほど……ねぇ。剣術大会で見てなかったら信じない所だったよ。前に彼、見たんだよね。そういえば……短くなってない?』
『あ、腕でしょう? 最初会った時ココまであったんですよ?』
『だよねぇ?』
『で、ドラゴン討伐の後に短くなってたから、喰われたのかって聞いたら、『喰わせた』とか謎の事言うんですよ。それもあの切れ目、どー考えても食いちぎられた感じじゃなくて…………』
『そしたら腕関節からモゲてそうだし…………すぱっと切ってるよね? ああ、食いちぎられそうになって、そのまま全身美味しく食べられるよりって切った? にしても、それもナカナカ正気じゃ出来ないよ……』
『ね。イロイロもうコレ人間かよって、逆に心配になるレベルなんです。それもティ、どっかアヤしいトコあるんで。ヤバいヤツにコロッと連れて行かれそうなんですよねーーーー』
『ああ、変な色気あるよねぇ……猛者を薬に漬けて飼育したいって変態は一定数いるし。今だって俺達がその気があればどうなっているか』
『気を許してくれているのか、肝が据わっているのか……でも正直、そろそろ戻らないと。首、覚悟でもイイかと思ってはいるんですけど。ばーさま怖いですし』
『はははっ! 彼女は放って帰って来たって言った方が怖そうだからね。そう、一か月だっけ? 見ててあげようか?』
その後も言いたい放題、喋って、飲んで……俺は不覚にもいつしか寝てしまい……二人の間で話し合われた結果。
翌日……は、俺が寝込んでいる間は二日酔いの二人も寝ていて。翌々日にシーは帰国の途につき、そして代わりにウィアートルが付いてくるようになった。
再三断ったが、あんまり聞いていない。
彼は飲み会中にシーとの情報共有を済ませており、俺の師匠が誰か知っている。その上、聞けばウィアートルは師匠と茶飲み友達だというから、世の中狭いのか、師匠って本当に顔が広いのか……っと思う。
そう言えばエルフと精霊のハーフは寿命が精霊寄りになるとシーは言っていたけれど、ウィアートルは珍しいくらいエルフ寄りでとても長生きらしい。
竜神国ギルドは三日以内に生存報告の義務付きで、仮ライセンスでの国外出国を許してくれた。今は主に東公国と呼ばれる国で討伐仕事をしている。切った腕のバランスを取り戻すために、ごく軽い討伐しかしていない。
仮ライセンスで精霊国にシーと一緒に帰る話も出たのだが、大変上の人が『興奮』しているとの事……近づきたくない。偉い奴らは何を考えているか不明だ。伯父らしき王っぽい何かだけでも煩わしいのに、これ以上、面倒事を起こしたくない。竜神国の人は見も知らない奴まで、俺を見ると凄い顔をするから、精神的にげんなりする。
そういえば……精霊国には首都『悠久の都』に呼び出された。エルフの森へ行ける馬車が出ているという、人間は余り入れない場所だ。
きっと一月もすれば、落ち着いているだろうから、その時は向かってみようかと思っている。ドラゴン倒したお礼に馬車に乗れるように頼んだら……乗せてくれるかもしれない。ラスタに近づける気がする。だからまずは無事に竜神国からライセンスと共和国の身分証を取り返したい。
東公国の冒険者ギルドで竜神国ギルドへの生存報告と本日の討伐報告を済ませる。
ギルドの寮に部屋を借りているので、小銭で食べ物を買って戻る。そして朝にギルド前に待ち構えているウィアートルと合流して、討伐してギルド行って、寮に帰って……ぐるぐるそんな生活を送っていると、
「ねぇ、俺の部屋に来ない?」
「……」
「へ、変な意味じゃなくって。毎朝ギルドの前に立って居ると間違われるんだよね」
「……たちんぼ? 朝から盛んだな」
「違っ、子供が言わない! もう……『日雇い』と間違われるんだよ」
間違っていないと思うのだが。
朝、ギルドの前の広場は朝市が立つ。そこは待ち合わせの他、グループやパーティに所属していない冒険者が、その日だけの『日雇い』や『短期』を求めて彷徨っている事がある。
中には冒険者ではない者も紛れていて、小奇麗なウィアートルは絶対にそっちに間違われていると思う。
「最初は痛いが、まぁ香油でも酒でも薬でも誤魔化しようはあるから」
「こ、子供がなんてコトいうんだ!」
「どの世界も、子供だからと構ってはくれない。シーやウィアートルみたいな『理想の大人』は普通居ない」
聞いた話、エルフと言うのは美丈夫が多い。たぶんイメージ通りの細身でスラリとした、異常なほどの美しさを持った生き物だ。ウィアートルは精霊の血も入っていると言っていたか……精霊は種族にもよるが、妖艶と言った雰囲気を持った者がいる。片親はたぶんその系統なのだろう。
ラスタは柔らかい金髪と青と緑がグラデーションのように透明な瞳をしていた。ウィアートルの髪と瞳はグレーで色合いが違うが、どこか似通った雰囲気がある。
高潔で清廉な精神から滲み出す、何かだ。
俺がどこかに置き忘れたか、いや最初から持っていなかった、この世でとても大切な思考と行動とその精神。
「甘やかさないでくれ」
あんなにラスタに会いたいとひたすらに思って来たが、怖くもあるのだ。俺を覚えていないくらいならイイ。けれどあの日の涙を否定されたら、きっと俺はもう立てない。それくらいに彼女の存在に依存している。彼女は今の俺の事を知りもしないだろうに。
わかっているのだ。
俺は彼女の存在以外は何の執着もない、この世の中に。どうしてグルグル生きては死ななければならないのか、全くわからない。魂の格? そんなモノどうでもイイ。
意味が分からない人生の積み重ねに本当に疲れた中、表が居たから生きていた。でも、もうそれさえもなく、だからこその『自由』は、彼女の存在がなくばただの『空虚』。
彼女の目に映らなかった時、俺は自分が何をするかわからない。そう、誰かに頼る事を覚えた時、その足で立てるか、不安でしょうがない。
師匠や、ユエや、シー、そしてウィアートル……他にもあの最悪の夜から一変した世界で与えられた、心が安らぐような時間が、逆に怖い。
「ティ!」
「触るな、俺に……ついて来るな」
往来で叫んでいたので、そこそこ目を引いた。ざわっとした空気の中、走る。
一瞬遅れたウィアートルには間に合わない。俺は『計画通り』に道に入り込み、『誰か』にぶつかる。そして、力を抜いた。
「気安く『見ててあげようか?』なんて、言わなければよかったなぁ……」
黒い弾丸が町の中を走っていく。彼は子供だ。だから人の足元をするりと抜けて素早く遠くへ行ってしまう。人を避けながら走らなければならないから、ウィアートルの方にはどうしてもロスタイムが出る。ただ彼は風の魔法が得意ゆえ、多少離れても追跡できる。だから焦りはしなかった。
彼の住む寮の方向とも違う道を走っていくから、ついて来るなと言われて行かないワケにもいかない。実力からいえば、この街中で彼が本気になれば敵う者などいない。
だが彼はただの粗暴に見えて、きちんと礼儀や作法がどこかに見え隠れする。学の無さというより、この世界の常識が少しずれている程度で、高度な教育を受けた者にしかない機微がある。
ドラゴンを単騎討伐するほどで、向かう所敵なしのハズなのに、ちょっとした遠慮や手違いで、コロリと死んでしまうような、妙な危うさを漂わせる子供。それでいてエンツィアの弟子と言う大層な看板まで引っ提げた少年。
「ティ?」
風の導きに従い、建物の隙間の道とも言えぬ細いソコを曲がると、ありえない光景が目に入った。
その通路の先には複数の大人達に担がれている、黒髪の少年のぐったりした姿があった。
「は?」
移動の魔法陣が彼らの足元にあり、それは瞬く間に彼らと少年の姿を飲み込んで消えた。繋いでいた筈の追跡の風が、さすがに空間魔法の中までは入って行けずに切れた。
「はぁぁ?」
何がどうしたかわからず、声を上げつつ、状況を把握しようと努力する。
「嗤ってたっ! ティ、なにあれっ」
返事はない。もう彼はソコにはいないのだから。
ただ消える最後の瞬間、意識を失っているかに見えた彼の唇が弧を描き、小さく左手で二本指を振ったのだ。
『またね』。
冒険者同士で軽い挨拶に使う、それだ。
ウィアートルは急いで踵を返すと、この頃、通い慣れた冒険者ギルドに駆け込んだ。だが騒ぐのは得策でない様に思えて、受け付けに囁く。
「ティが、隻腕の赤刀使いが……変な奴らに連れて行かれたんだけど、誰か何か知らないっ?」
「……こちらへどうぞ」
ギルド職員に別室へと静かに案内される。この所、ティを朝に待っていたので、ウィアートルの顔は認識されていた。そこでティの荷物と籠を渡された。
「貴方が訪ねてきたらコレを預かってもらってくれと」
「そんな事より、なに、あれ?」
「ティさんは現在『迷子捜索』の任についています」
「あ……ぇ? あんた達、ティを囮にし……」
「彼が言い出した事です。ずっと低いランクの討伐を受けていたでしょう?」
ウィアートルは明らかにオーバーキル気味の、ティが積み上げた魔獣の遺体を思い浮かべ、
「ああ、そうだね。体のバランスがどうのと言って……」
職員はそれもあったでしょうが、っと言いながら、
「ソロの小さい子の何人かがここ数年で少なからず『消えて』いるんです。彼らには『従僕』が付いて行くことが多いのです」
「貴族の子供の冒険者ごっこ、か……」
立ち上がっていたウィアートルは、ドサリとソファーに腰を下ろした。幼い冒険者に、見目のいい男が毎日張り付いていれば、それはよく目立っただろう。
「腕のいい魔法使いが付いているのか、どうやっても足取りが掴めなくなるのです。それを聞いた彼が『行く』と」
「ティを止めなかったの!」
「この前、子供に偽装した大人の冒険者は遺体で帰ってきました。箱に詰められて、ギルドと身内、後は大公家に」
「で、大公家は?」
「……隠蔽しました。同様の状態で消える子供の数は年に数人。遺体は見つかっていないけれど事故の可能性もあるので、騒ぎ立てなければ問題にならないのです。同一犯かもわかりません」
「確かにそうだけど……」
「国の対応がどうでも子を見失った親はギルドを頼り、依頼が来ます。ティは子供である前に、冒険者として仕事を受けました。ですので私達は支援に回る予定……でしたが断られました」
「ええ?」
「他ギルドでも同様の依頼があるので、手を回したいのですが、ソコも信用できないと。確かに幼児偽装の冒険者が死んだ時は、密かにですが広域に情報を回して失敗しましたから。敵がどこにいるか絞れませんので、このギルドだけ、それも内々でやっています」
「なる。ほど……」
自分にではなく、彼に対して向けられる変な目線には気付いていた。だからこそ離れる時間を危険に感じて、滞在用の部屋に誘った。まさか彼自身が囮として招いていたとは。
「ちょっとついて行けない……」
ただこの誘拐が前から起こっているエルフの失踪事件と関わっているなら、同胞を助けられる機会になる。ウィアートルはそんな事を考えてしまう。自分で飛び込んだとはいえ……今、さっきまで目の前にいた子供がどんな事になっているかもわからないのに。首と胴が引っ付いて戻って来るかさえ、微妙だ。
あの黒髪の少年は、躊躇なく爆発的な力を使えばどこでも抜け出せそうだが、誰かが巻き添えられそうだったり、縋られたりしたら、きっと一人では逃げ出さない。何だかとても擦れているように見えて、変な義理をたててくる。
「俺も……信用できない大人の一人、だったかぁ」
籠にひらりとついていた紙切れのメモ。
『信用してる。だからこれを頼む』
左手一本、文字を書くのも容易ではないのか、カクカクとした定規で書いたようなソレを、どんな気持ちで書いたのかウィアートルにはわからない。『信用してる』の文字の意味が分かっているのかすら、いまいち不明だ。
「親身になったつもりだけど、一週間しかいない人間に『信用』もないかぁ」
エルフとして長く生きてきて、いろんな物事には対処して来たつもりだったが、彼がこんな動きをするとは思わなかったと頭を抱えた。
空からは予想通り、雨が降り出した。
「っ……」
「だいじょうぶ、ですか?」
俺は身体を起こし、目を凝らした。
船倉……先ほどまでは上の方にある船室で嬲られていたから、感じなかった揺れを、酷く感じる。そこに居る皆、酔って吐いたのか、吐瀉物の匂いが酷い。そう言えば天候が荒れるとウィアートルが言っていたなと思う。
暗く臭いそこには子供が十人近く座っていた。皆、コートを着込んで隠しているが、そこそこ綺麗な身なりをしている。彼らは……荒らされていないようだ。
だが俺が酷い目に合わされたのは見た目でわかってしまうので、明日は我が身と感じた少女が小さく泣きだす。
内側に監視の目が無いのを確認しながら呟く。
「お前たちは暫くは大丈夫だ。俺は貴族とかではないから、ヤラれただけだ」
もっとも時間が経てばこの子供達の命運もわからないが。腕が一本ない事で市井の民だと気付かれ、酷い目にあった。この世の中、変態は多い。ストレスに弱者は最適の薬だ。
貴族だと勘違いしたのはお前達だろうと言いたいが、勘違いさせたのも俺だ。
連れてきたものの目的ではなかった事で殺されなかったのは、魔力持ちだったからだ。呪文を唱えさせられたが発動しないので、魔法使いの素養ありと判断された。俺はもともとこの世界と規格が違うので、呪文で魔法を動かせない。
それでも他の商品より扱いが雑になり、捌け口になるのは仕方がない。彼らも子供相手に疲れているのだろう。
痛みを忘れる事は出来ても、気持ちが悪いのは消せない。早く帰って風呂でも入りたい……公衆浴場にはウィアートルに行くなと止められているが、ガッツリ綺麗にしたい……
「この船の行先、わかるものはいるか」
両腕の手錠は、俺の場合、左足首と一緒に繋がれている。長めの鎖ではあるが動きにくい。
「ぼくはわかんないです」
最初に声をかけてくれた少年が丁寧に返事してくれたので、そのまま問いかける。
「どこから、どういう経緯でここに?」
「町で、買いものして。ふくの店のトイレで……」
「お前は?」
「わたし、町で従者とはぐれて」
「……近所のお姉さんに誘われて、町に遊びに行ったの。そしたら」
「僕もだよ」
「僕は冒険者のまねごとをしてたら、森の中で」
こそこそと喋っていると泣いていた子がそのまま怒りをぶつけてくる。
「平民のチビ、あんたなんかにそんなこと喋って、何か変わるのっ?」
彼女は変幻しているがたぶんエルフだ。奥に居る子の手を握っているが、その子は友達か姉妹か。彼女もエルフの様だ。今まで静かに奥で涙していた彼女がその服を引っ張り、
「少しは、気が紛れるから」
ポロポロと涙を流しながらそう言うので、怒っていた彼女も気が削げたように、
「……私達も。私達って森から余り出ないのだけれど、長らく外で遊んでいた住人のお姉さんが戻ってきて……話聞きに行ったら『外は楽しい。連れて行ってあげる』って。それで楽しんで、最後に船遊びって乗せられて……」
喋っているうちに身につまされたのか、二人は抱き合って小さな声で泣き出す。
「……お姉さん、この船の人達と喋っていた時、これで私は『聖国』に戻らなくていいのねって……」
聞いていると、彼らの攫われた方法は……
冒険者の真似事中に攫われた、町で不意に攫われた、知り合いの手引きで攫われた……この三つのパターンに分類されるようだ。
俺の居た『東公国』、後は『竜神国』『精霊国』『東獣人国』、そして『エルフの森』から攫われている。だいたい周辺国から浅く広くまんべんなく、と言った印象だ。
「船は東公国の港から出たわ」
「俺は東獣人国から乗った」
途中にある船用ワープゲートに向かっているようだ。行先はたぶん『聖国』だ。
しかし子供達が騒いでいるのに気付いたのか、誰かが部屋に入ってくる。
「うるさくすると、どうなるか。教えてやろうか」
「きゃああああっ」
「かわいいな。エルフは変幻していてもなかなか」
「魔法を解くついでに味見もいい」
「やめて、お姉ちゃんに触んないでぇっ」
ヘイトを稼ぐな、っと思う。俺は妹らしき少女を引いて座らせ、おかしな姿勢になりつつ、立ち上がった。
「そんなのより。俺が相手する」
「ああ? 女の前だからってイイ顔すんじゃねぇ」
「じゃ、なくて。さっき、……よかった、だろ?」
正直、気持ち悪い。
だが、こいつらに目の前で子供が持って行かれるのは……それも今、掴まれている少女はエルフ、ラスタの同胞だ。
ここで切れて船を燃せば、気は晴れるが、子供達も海に投げ出される。夜の冬の海など一時間も子供では漂えない。
ラスタは良く知りもしない俺の過去にすら、色々を重ねながらも泣いてくれる女性だ。エルフは同胞意識が高いと聞く。きっとこの子達が傷つくのを望まない。
その時、俺は気付かなかった。ラスタの事を考えて少し遠い目をして、緩み、頬を染めた顔が周りからどう見えるかなど。
膝でにじり寄って上目づかいで、ソコに布越しで口を落としてやる。汚い欲望の匂いと弾けそうな物理が心底気持ち悪いが耐える。
「航海中、満足させてくれるなら、他の奴らには手を出さないでやるよ」
俺は『注文の商品』枠ではないからスキに出来るのもあるかも知れない。標的が俺に移った。
無言で震える子供達の奇異の目に晒されながら、俺の足首の鎖は首に付け替えられ、犬のように船倉を引き出されて行った。
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。




