2番目の記憶
思い出したうちにちょっとだけ整理しておこうと思う。
生き物の魂というのは転生輪廻を繰り返す。
その魂は一つの生で記憶は消され、それでも使いまわす事によって、魂は徳を積んで、格を上げていくものらしい。積んだらどうなるのか? 残念ながら、その先は知らない。
だが、格が上がるほど徳を積める者などそうはいない。だからこそたくさんの生き物がこの世には溢れかえる。分母が増えれば、わずかなりとも分子も増えるから。
どうしてそんな事を知っているかと言えば、俺が輪廻を知らない『生まれてほやほやの魂だった』時。偉い何かからそうやって格を上げて行くのだと告げられて降りた最初の生。
きっとそれが一分にも満たなかった事によるのだと思う。
一分だ、一分もなかった。
生まれたら忘れるはずの魂の循環の話を、忘れる暇もなく、あっけなく俺は死んだ。
それからも、何度か転生輪廻を繰り返したが、ろくな生き方が出来なかった。どうやら最初の死に方が悪かったようだ。
それからは転生輪廻の話や前世を思い出す時もあれば、忘れている時もあったが、どんな生き物であろうと短命だったり、常に底辺だったりして、よく生まれ、よく死んだ。
そうしているうちに徐々に俺の魂は何かが目減りしてきたのだろう。粗過ぎて、生き物として不適応になっていくのがよくわかった。不必要な強い破壊衝動に駆られてしまうのだ。そしてすぐ死ぬ。まぁそれすらも、どうでもよくなっていく……
だから、少しでもまともに長らえる本能だったのかもしれない。
俺は『表』と『裏』に別れて。その『裏』となった。
表面上、『表』は優しく丁寧に……そうする事で少し長生きになった。良い時は爺になるまで生きて居られる時もあった。
『表』の俺は常に人の為にあろうとしたから、『裏』の俺は必要な時だけ起きるようになった。我ながら『表』はイイ奴だった……とてもイライラする時もあるけれど。
ただし『表』は俺程いろいろを覚えてはいない。
いつしか俺を知らない、俺が出る幕のない人生すら送るようになった。底辺の場所で生き、悲惨な死に様なのはあまり変わらなかったが。
ある時、地球の日本に生まれた。
最初こそは飢えと渇きの無い良い人生だったが、五歳の時に海外で人攫いに遭って状況が一変した。それでも生き残って日本に戻り。四苦八苦しつつも好きな女と添い遂げた。
誘拐や監禁、裏切りもあったが、その女性を助ける為にその経験が生きる事もあり、なかなか俺らの中ではイイ生き様だった……
ただこの人生は不思議な事が多かった。
変なヘビを扱う神父が居たり、義理の兄になった人の顔は妖怪のようだったり、何より『表』といい仲だった『しろうさぎ』は巫女とか呼ばれていたりした。
俺自身は人間だったが、母従兄弟は鬼の血を引いているとおかしな術を使っていたのを覚えている。
そして、篠生という男にあった。
彼は『火の神』かぐつちを名乗った。彼は『俺』を探していたらしい。何故なら最初の生で双子として一緒に生まれる兄弟だったから、と言う。
そして底辺に俺が居るのは自分の所為だとか、何とか、いろいろごちゃごちゃ言っていたが、多くは覚えていない事にした。
何故なら恨み事なんかした所でしょうもない。腹も膨れるわけでは無いし……
ただありがたかったのは戦神をも名乗る彼が与えてくれた、一本の『刀』。
赤い刀、『神刀』だった。
地球での生活は『表』にも、『裏』の俺にもイイ思い出だ。今までの人生の中で、一番『人間』だった気がする。
後。他には知り合ったのは鳥使いで郵便屋のレディフィルド。それと赤薔薇の小悪魔であるイルだ。
まぁ……二人ともいろいろあった。
特に赤薔薇の小悪魔イルに『表』とも交流があったが、『裏』の俺に声をかけて来て、仕事を引き受ける事になった。『表』の大切な『しろうさぎ』は複雑な女性だったため、いろんな情報や資材などが必要となった時、イルが揃えてくれた、その礼としてオレも動いた形だ。
その時、一人の女に引き合わされた。
それがラスタ。
ヒヨコのような金色の髪に綺麗な青と緑の色調が美しい瞳の女。何故か地球の人間にはない長い耳をしていた。擬態するのか、変幻するのか、たまに男になったり、耳を短くして人間になったりした。
どう考えても地球産ではない、ファンタジーなそれ。エルフでもハイエルフらしいが、違いはゲームとかと同じだったりするのか、ともかく俺の語彙力では綺麗とくらいしか言えない生物だった。
どうやらイルに片思いをこじらせているらしい彼女。面倒な300歳の乙女……つい齧りかけたので偽処女だが。
イイとこの娘だというのは察しがついた。完全に喰わなくてよかった。
そう言えばイルは子供の姿をした情報屋で、俺には理解できない力を使っていた。地球では公認されていないが、魔法使い、なのだと思う。彼女もたぶん。
彼はラスタを従者として使っているようだったが、それ以上でもそれ以下でもなく。恋する乙女は色々やっかいだから、ちょっと俺に押し付けよう……というイルの裏も見え隠れしていたように思う。
だが俺の『表』には恋人がいたし、ラスタには想い人イルが居る。そんな状況だった。
ただイルに頼まれて『表』ではなく、『裏』の俺が彼女と組んで仕事に向かう事もあり、悪友程度には言葉を交わす様になった。
ある日の事だ。
彼女が300歳で、若木???だから腹芸も出来ないという話になったのだ。300歳で若いという感覚がわからないが、俺は嗤って言ったのだ。
「お前は、3000歳になってもきっとヒヨコで変わんないだろう」
「そんなこと、そんな事ないですっぅー」
「じゃ、変わってなかったら責任もってもらってやるよ」
「ぇ…………って、ぁ、貴方人間だからっ! 生きてるわけないじゃないっ! それもその頃まで私がしょ、しょ、処女だって思っているなんてっ」
「違うのか? ……まぁ人間は三十歳まで童貞だと魔法使いになれるらしいから、3000歳の処女だったらお前は何になれるんだろうな……あー俺は五歳にはヤられてるから……もう魔法使いにはなれないぞ?」
そんな彼女に俺はその世界で都市伝説として囁かれている、三十歳まで童貞だったら魔法使いになれるという言葉で、五歳の年にはもう魔法使いになれなくなったと、俺は自分の人生を揶揄った。
冗談だった。
酷く軽薄な自分に対する冗談だった。
日本は見た目、平和だった。各家庭個別に虐待やイジメはあれども、酷く緩やかに表面上取り繕われていたから。
五歳で攫われるとか、犯されるとか、冗談でしかない平和な世界。
けれどこの時の五歳の俺は、海外で攫われ、八年間アンダーで生き、それからも諸事情でそんな世界を生きた。
当たり前だった。俺が魔法使いにはなれない汚い体も記憶も現実だった。
だから俺の冗談に……彼女が俺の頭を小さな子にする様に抱き、涙を零した事が記憶に焼き付いた。
そして……『この星』に生まれたのは。
それから何度も生を繰り返した後だった。
ちなみに『表』は俺ともう一緒にいない。
今世、俺は双子に生まれた。
いつも側にあったはずの自分。『表』と『自分』が二つに分かれて、不思議だった。
母親のお腹の中、声が聞こえた。
うみたくない。
こわい。
あくまが。
胎にいる。
こんな子はいらない、と。
『表』は俺に言った。
その時の彼はちょっとくらい俺や過去を覚えているらしかった。
「毎度、だね……疎まれるのは慣れているし。今回は身体がバラバラだけど、それもきっとおもしろいよ?」
「まぁな」
そう言って先に腹から出て行った『表』の産声、そして上がった大人達の歓声。
だが次に出てきた俺は声を上げる事はなかった。口を布で塞がれたから。
誰も俺を見ず、暖かい産室から俺は引き離される。良く見えない視界ではあったが、母親らしき女が子を嬉しそうに抱いているのが見えた。
疎まれても腹を貸してくれた女だ、『表』に浮かべた笑顔が本物なら俺はどうでも良いと思った。
「ふたりとも、しあわせに」
『表』の声はもう返ってこない。たぶん、きれた、と感覚で察した。『表』の魂は徳を積み、格が上がって、俺とは完全に別の魂となったのだと。
冷たい部屋で産婆か何かが俺をボロ布に包みつつ、呟いた。
「双子のどちらもがアレの『子』でなくて幸いだったねぇ……まぁ。もともと双子は不吉だから、お前の運命は変わらんのだよ」
生まれて泣いた瞬間。
たぶん産声とはいろんなモノを忘れさせるスイッチの一つなのだろう。別室でか弱くも泣いた俺も、そこで一度総てを忘れてしまっていた。
もう『表』と会う事はないだろうと、思う。
全てを忘れた俺の右の手首には奴隷の証が刻まれた。
楽に死なせる気はないという事だ……
そして俺は。
また酷く、堕ちた場所で。
汚い大人に穢された事に触発されてしまった……その影響で、ラスタ、彼女の事を思い出した。
そして、ない筈の力がこの体に眠っている事を。
赤刀……
ラスタのあの日の涙が、地べたを這い、明けない朝を生きて、ただ惨たらしく死ぬはずの人生に……『俺』を呼び覚ました。
そして喉仏の辺りを触ればかぐつちの『神刀』を感じた。
その力を得ても何の目標も無ければ、その辺の雑魚を、俺を下に見た奴を突き刺して殺して、全部、その全部を殺し、自分も壊してそれで終わるつもりだった。
これが。
俺が『裏』にいた所以だ。何でも壊す、その中に自分も含まれるのだから。
その時だ。
自分を壊す前に他のモノを壊してしまおうという誘惑に捕らわれた瞬間。
何故か虹色の風が吹いた。
「どこから? 何故……ラスタの、匂いがする?」
睦言の部屋は誰も窓から出られない様に鉄柵があった。だが空気だけは入るくらい小さく開けてあった。そこから吹き込んできたのだろう。
「なんで? 意味不明すぎる……」
昔から聴覚はよかった。良すぎておかしな音まで拾ってしまうほど。例えば盗聴器が耳で探せてしまう程、だ。
その耳を持ってして、何とか判別できた音が『い・こ・う』と誘い、いつもラスタが纏っていた大地の匂いが鼻を擽った……
「この地に『ラスタが居る』のか?」
返事はなかった。ないけれど俺は力に狂う寸前に……正気に戻ってしまった。
「……なんか、なぁ」
今更、こう、自殺するような気にはなれず。さりとてこの状況に身を置いているのも嫌だった。
「……ラスタに、ラスタに会いに行こう」
こんな汚い場所で、思い出したのは冗談のように言った約束だった。『変わってなかったら責任もってもらってやる』と言ったのだ。ソレを理由に会いに行ってもいいかもしれない。いや、無性に会いたいと願ってしまう。あいつが今もヒヨコで3000年経っているかは謎だが。
その為には……まずは奴隷を抜けだそうか、と。ならばどうすればいいか?
「まぁ、壊すしかないだろう?」
だからソコにあった『障害物』を手あたり次第、切り裂いて行く。
そして『神刀』はソレによく答えてくれた。五歳程度の何の訓練も積まない俺の体は小さくて細いのに、何の疑問も抱かないほどの太刀筋をそこに示す。『かぐつち』は火の神、軍神とも言われる。その神からの贈り物が俺に不可能を可能にする力をくれる。
力を込めれば炎を纏う赤い刀が切り裂く様を、息を殺して眺めていた遊女や奴隷達。彼らの間で自分達を痛めつけこき使ってきたヤツらを排除したその姿が、『赤刀の死神』と密やかに謳われる事になるのはまだ先の事。
お読み頂き感謝です。
このお話は小藍様のお子様をお借りしてお送りします。




