最初の記憶
久々、連載です。
最初から不穏です…
このお話は小藍様のお子様をお借りしてお送りします。
耐えられない圧迫感、他人に奪われて果てた……そして気持ちの悪さに吐きながら目が覚めた。それで自分が寝ていた事、いや、気を失ってまだ死なずに目覚め、生きている事に憎悪した。
俺の生まれは金のない、貧民と言われる者の子か、奴隷の子か。だと、思う。
何故、不確定な言い方かといえば、気付いた時には大人の指示で穴を潜らされており、その指示者がそう言ったから。兄弟や親類は身の回りに、いない。
子供というのは二親がいて、生まれるのだというのは何となく聞いた。そうした『ちゃんとした子供』に、それを構う大人や同じくらいの子供の『集まり』が放つ連帯感的な何かを俺は知らない。
気付いた時には右の手首に巻かれるように入った茨の黒墨があった。奴隷の印、両手にないのは俺が犯罪奴隷でないからだ。学はない、教えてくれるのは最低限の指示と命令の順守。生活上の規則。ひそひそと囁かれるのは噂話や夢のような儲け話などだ。
今の俺の主な仕事は通風孔に潜って掃除をしたり、そこに落ちた何かを拾ってきたりする事。たまに森にも行って魔獣の餌代わりに走らされたり、坑道の横穴などに潜らされたりした。中で発生した有害なガスの有無を、体で持って調べる為に。
同じような子供の死体は何度か見た。自分が同じように生ゴミならなかったのは、ただクジ運良かったのか。いや、死んでいた方がクジ運はいいのかもしれない。
痛いのも苦しいのも嫌だが、首を吊って死ぬ事も、飯を抜いて死んでしまう事も選べず。
腹がすけば迷わず残飯を口にし、病気や傷にはできるだけ体を丸め、何とかやり過ごし、生き抜いてきた。生き方に疑問もなく、与えられたモノで与えられたようにただ呼吸していた。
いつもと変わらない日常。
言われた仕事をやれば、ほぼ暴力には晒されていなかったのは、元締めが奴隷たちの喧嘩を『無駄』『消耗』と嫌う質だったから。とりあえず死なずに済んだのは、指示に対して何とかついていけて、クジ運はどうあれ、悪食だったからだ。
まぁこの日まではそう思っていた。
「だいぶ、育ってきたな」
元締めがそう言って、舐めるような目を向けられた時、ぞっとした。
そうか……比較的『綺麗』に育てられたのは、高く『ウる』為だったのだと。
思えばもっと劣悪な環境で育てられる事もあったろう。
ここまで育ててもらった、大きくなれたのだからと、感謝でもすればいいのだろうか。
いつになく、綺麗にされて。尻の穴まで洗浄されて、ああ、そうか。まぁまだこの待遇はいい方だと、俺は何を知って何と比べているのか、自分でもわからないまま。
知らない男にしゃぶりつくされる。
無理矢理飲まされた安酒に感謝しなければいけない。はじめてだから高く売れたからの施しで、これからは素で一度に何人を相手にしないといけないかもわからないのに。
朝が来る。もうすぐ。
寝首を掻かれる事など考えていないバカな大人が、俺の側で寝ている。確かに武器も力もないけれども。
その時だ。
どこかから風を感じた。窓も鉄柵越しに細くしか開いていないと言うのに、薄暗い室内、確かに虹色に輝く風の匂いを嗅いだ。緑の、柔らかいとても懐かしい誰かの香りだった。
だれか?
誰かになど期待していない。なのに不意におかしな言葉が口から洩れた。
「今度こそ『魔法使いになれる』かも、なんて言いたかった……のにって、『誰』にだ?」
だれに?
誰に言いたかった?
己に問うて目を閉じれば、きーんと冷えたような痛みの中、軽口で言い合う『声』が聞こえる。
「お前は、3000歳になってもきっとヒヨコで変わんないだろう」
「そんなこと、そんな事ないですっぅー」
「じゃ、変わってなかったら責任もってもらってやるよ」
「ぇ…………って、ぁ、貴方人間だからっ! 生きてるわけないじゃないっ! それもその頃まで私がしょ、しょ、処女だって思っているなんてっ」
「違うのか? ……まぁ人間は三十歳まで童貞だと魔法使いになれるらしいから、お前は何になれるんだろうな……あー俺は五歳にはヤられてるから……もう魔法使いにはなれないぞ?」
「…………そん、な…………」
呟くように震える声は……
「なんて……なんて、惨い、ことを……っ」
とても懐かしく。
あれは俺に向けて、俺を思っての言葉ではないだろう。俺の過去に誰かを重ねた、それでも……彼女の優しさはその瞬間、永遠に俺の記憶に焼き付いた。
「……抱きしめても、いいですか」
「…………もうやっている」
返事も待たずに頭を抱かれて、いや、これじゃない、コレは俺の受けるべきモノではないと反射で声を出す。
「…………嘘だ」
「……っ!」
「冗談だ。そんなだから3000歳になってもヒヨコだろっていうんだ」
ぱあん
勢いよく俺の頬を叩く音。お決まりの罵詈雑言が並べられて、俺は嗤った…………それでも彼女の涙が、好意が嬉しかった……
「あるな……武器……」
喉に触れる。まだ出ていない喉仏の辺りに。
この日、この世界で初めて人を殺した。そこから抜け出すために。たくさん、数え切れぬほど。
外に逃れた俺は迷わず右の手首を切り落とした。
「こっちだな……」
虹色の風が運んでくるアイツの匂いをたどり歩いて行く。何故そうしてくれるかわからないが、風が味方になってくれたような気がした。
これはたった一言、『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』とアイツに言いたいがために歩きだした、この世界で最初の日の記憶。
お読み頂き感謝です。




