おや、こんなところにネズミが一匹
一人の人影が、魔剣士学園の制服を着て、森に入っていくのが見えた。こんな時間に一体誰だ? そして、なぜ魔物がうようよいる森へ一人で入っていくのか?
不吉な予感を感じながらも、僕は迷わずその人物を追いかけた。
魔物の森は、日中でも薄暗い。ましてや夜中ともなれば、視界はほとんど助けられない。
だからここは魔法の出番だ。
「『シャダル』それと、『ビストアイ』」
『ビストアイ』は暗視の魔法だ。
周囲がぼんやりと見える程度だが、無いよりマシ。これがなければ、とっくに迷子になってることだろう。
僕は草木を掻き分け、魔剣士学園の生徒らしい人物の後を遠くから尾行する。
しばらく進むと、その人物は立ち止まり、周囲を警戒しているようだった。
僕は木の陰に隠れて、その様子をうかがう。彼もしくは彼女は何かを確認したのか、再び歩き出した。僕もそれに合わせて、距離を保ちながら追いかけ続けた。
一歩、二歩、そして三歩と森の奥へ進んでいく。
その人物の足取りに迷いはなく、まるで決まった目的地に向かって歩いているようだった。
「一体、どこへ向かっているんだ?」
既に森に入ってから数十分が経過していた。野外演習の時でもここまで来たことはなかった。
この辺は高ランクの魔物がうじゃうじゃと居て、進入禁止だったはずだ。僕は『シャダル』をかけ直し、いつ来るかわからない、魔物を警戒しながら進む。
手は腰に差した剣へと置き、いつ襲撃にあってもいいよう準備をしていた。
「まあ……、一般生徒である僕が敵う相手ではないんだけど」
戦ってもできることは何も無い、精々できることは死ぬまでの時間稼ぎ程度。
それに周囲は草木に囲まれていて、接近されてもわからない状況だ。
だが、準備をしていて困ることはないだろう、幸運にも逃げれるかもしれない。
幸いにも、森は少し開けてきた。
目の前には一つの古びた大きな館が見える。
こんな場所に館があったなんて、知らなかった。そもそも人が立ち入っていることも……。
人影はその館に向かって歩いている。どうやらこの館が、目的地のようだ。
館の近くに来ると、人影は横にある扉、恐らく地下へ繫がっているであろう通路に入っていった。僕は少し待ってから、その扉へと近づく。
扉は開いたままだった。慎重に中を覗いてみると、石造りの階段が見えた。
彼はこの階段を降りていったのだろう。
「やっぱり、地下か」
僕は躊躇うことなく、階段を降りていった。地下通路は複雑に入り組んでおり、何度も迷いそうになったが、『ビストアイ』を頼りに進み続ける。
中は牢のようになっており、通路の傍らには無数の鉄格子が見える。幸い中は空のようだ。
「一体、この場所は何なんだ?」
頭に浮かんだ疑問を口に出して呟く。
大昔に使われていた刑務所のようなものだろうか? だが、なぜだか、僕にはこの場所に見覚えがある。そう、なにか大昔にここへ来たような……。
やがて、僕は一つの部屋の前にたどり着いた。部屋の中からは、何かうめくような声が聞こえてくる。
息を潜めて部屋の中を覗く。
部屋の中には、通路の傍らにあった鉄格子と同じ牢が一つあり、中には人が居た。
銀髪蒼眼の人物、目にいれるだけで見とれてしまうそんな人物……。
「え、シャルロットさん!?」
そこには囚われたシャルロットさんがいた。彼女の身体には無数の傷がついており、血が出ていてかなり痛々しい様子だ。
大丈夫だろうか……? と僕は部屋の中へ足を踏み入れる。
彼女は気を失っているようで、時折、痛みに満ちた表情をしていた。
「なぜ、ここにシャルロットさんが? それにこの傷……、もしかしてかなりやばい場所なのか?」
誘拐犯、殺人鬼、と良からぬ想像を湧き立てる彼女の身なり。
服ははだけていて、普段であれば下劣な妄想を掻き立てる現場であるが、もはやそんな事を考えている余裕は僕にはない。
そうだ、どうにかしてシャルロットさんを連れて脱出しなければ……。
その時、人の気配に気づいたのか、シャルロットさんが目を覚ました。
目の前を見て僕に気づいた様子の彼女は一言。
「貴方は……魔剣士学園の生徒?」
と、目を細めながら僕を見た。
「ええ、そうです。一体何があったんですか?」
僕がそう答えると、「何があった……?」と彼女はなにかを思い出しているようだった。
そして、唐突に目を見開く。
「貴方、早く逃げなさい!」
「えっ!? いや、シャルロットさんも逃げないと……!」
いきなりの発言に慌てふためく僕。
そんな中、騒ぎを駆けつけたのか一人の足音が部屋へと近づいてくる。
コツコツ……とゆっくりと、そしてその足音はこちらへ近づくにつれ、大きくなっていく。
シャルロットさんの方を見る。彼女は少し怯えた様子で扉の方を見ていた。
「なんなんだよ、マジで……」
僕は腰に差した剣を抜いた、彼女が怯える何かに対抗するために。
冷静になって考えれば、どうかしているのかも知れない。
僕からすれば数段格上のシャルロットさんが怯える人物……、そんな得体の知れない強者に挑もうとしているのだ。
足音は扉のすぐそこまで来ていた。もう逃げられない――。
――――開いた扉の前に現れたのは魔剣士学園の制服を来た一人の青年だった。
「おや、こんな所にネズミが紛れ込んでいたのですね」
その者は先程僕が尾行していた人物のようだが、一点普通の人とは違っていた。
文字通り普通の人とだ。
金髪、そして赤い目をした異質な男、だがそれだけではない。彼の頭には、魔物と同じ角が生えていたからだ――。
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