異変
ここはダルシア魔剣士学園の食堂、だがいつもの賑わいは鳴りを潜め、静まり返っていた。
「シャルロットさんが行方不明って本当なのかな?」
ミリカが心配そうに尋ねてきた。
シャルロットさんが行方不明……。信じ難い話だが、どうやら本当らしい。
曰く、生徒の一人が先生達の話をたまたま聞いたらしく、それを友人に、そのまた友人へと漏らしていき、噂は広がったようだ。
「ああ、もう一週間も姿を見せていないそうだ。何かあったのかもしれない……」
僕はうつむきながら答えた。
あの日、激励の言葉を掛けられてからすぐの出来事だ。内心かなり落ち込んでいる。
「大丈夫だよ、マシュー! シャルロットさんならきっと大丈夫だって! ほら、こんな時こそ笑顔だよ! 笑えばいいことあるって!」
ミリカは無理矢理にでも僕を元気づけようとしている。
「ミリカ、ありがとうな。でも、笑顔って言われてもな……」
さすがに無理である。
最悪の場合死んでしまったかもしれない彼女のことを思うと、笑顔を作っている余力はない。
「じゃあ、笑わせてあげる! さあ、笑えー! 笑えー!」
ミリカは顔を歪めて変な顔を作り、僕を笑わせようとしている。
「ははは、お前、それどこで覚えたんだよ。ちょっとは笑えたけど、心配事が吹き飛ぶわけじゃないぞ」
「ふふん、ちょっとは効果あったみたいだね! じゃあ、次はこれだ!」
ミリカは今度は変なポーズをとり始めた。
「おいおい、それはもう古いって……」
そんなふうに、ミリカは僕を笑わせようと奮闘してくれた。彼女のおかげで、少し心が軽くなった気がした。
まあ、多少の気休めにはなるかもしれない。
その後はミリカの話を聞きながらモクモクを食事を進める僕。
やがて僕たちは食べ終わり、空になった食器類を返却口へ戻し、食堂を後にした。
時刻は12時56分。
13時からの午後の訓練へ向かうため歩き始める。
だが、僕の心はどこか別の場所にあるようで、頭の中はシャルロットさんのことでいっぱいだ。
「マシュー、大丈夫? ちゃんと訓練に集中できる?」
ミリカが心配そうに尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう、ミリカ」
と僕は強がりを言いながらも、心の中では自分に言い聞かせているようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後の訓練が始まった。
剣の振り方や足の動きに意識を集中しようと努力したが、何度もシャルロットさんの顔が頭をよぎり、うまくいかなかった。
ミリカもそんな僕の様子に気づいたようで、心配そうに僕の方を見つめてくる。
訓練が終わっても、その心情は変わらず。
僕たち二人は寮に戻る道を歩いていた。
そうするとミリカは僕を元気づけようと、町で流行りの新しいスイーツの話をしてくる。
「ねえねえ、マシュー! 最近、町で『ベリーベリータルト』っていうスイーツが流行ってるんだって! すっごく美味しいらしいよ! 今度一緒に食べに行かない?」
「ベリーベリータルトか……。うん、いいね。今度行こう」
と微笑みながら答える僕。てか『ベリーベリータルト』ってなんだよ、名付け親が知りたい。
いくらなんでも安直すぎるだろ……。
道中、変わらず他愛のない話をするミリカ。もはや何の話をされても少し気が晴れるだけで、僕の心は上の空だ。
やがて、僕たちは寮に到着した。
「じゃ、ミリカ。また明日」
「うん、また明日ね! マシュー、ほんとに大丈夫?」
ミリカはまたも心配そうな目線で僕を見つめる。
「大丈夫だって、明日になればいつも通りの僕になってるさ」
「ほら」とミリカを心配させまいと無理に笑顔を作る僕。
我ながら気持ち悪い笑顔だと思うが、それでいいのだ。
「ふふ、なにそれ! またゴブリンみたいな顔!」
「うっせーよ! んじゃ、またな」
そう言い残し僕は男子寮へ、ミリカは女子寮へと別れ、それぞれの部屋に戻る。
自室に戻った後、再びシャルロットさんのことを考え始めた。
目を瞑って彼女の顔を思い出す。
なんというか、恋愛小説にある失恋した気持ちというべきだろうか? 胸の中にポッカリと穴が空いてしまったようだ。
だが、これは好きという気持ちではない、どちらかと言うと憧れや尊敬、それに近い気持ちだ。
そんな事を考えていると次第に意識は遠のき、僕は眠りへと落ちていった――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――――起きたら深夜だった。2時頃だろうか?
一回寝てしまえばなんのその、僕の気持ちはかなり前向きになっていた。
そうだ、シャルロットさんは言っていた、「強くなれ」と。
彼女に言われた通り、強くなるためには練習あるのみだと決意を新たにする。
思い立ったが吉日、僕は剣を振るう衝動に駆られていた。
部屋の窓を開け、周囲に人がいないことを確認する。
「『シャダル』」
『シャダル』とは、静音の魔法だ。一定時間ではあるが、物体の発する音を消すことができる。
僕はそのまま窓をよじ登り、寮の外へ出た。
「深夜に寮を抜け出すなんて、いつ以来だろうな」
深夜の冷たい風を浴びながら、一人物思いにふける。
前回抜け出したのは数ヶ月前、ミリカに虫を取りに行こうと言われ、クソ暑い気温の中、魔物の森へと向かったんだっけ。
確かその時は道中、見回りの監督生に見つかり強制送還された。
もちろん、後日こっぴどく叱られた。
「全く……、あいつには振り回されてばかりだ」
そう言いながら足を進める。
とりあえず見つからない場所を考える。
校庭はダメだ。すぐに監督生に見つかってしまう。であれば寮の裏手だろうか? いや、剣を振っている音で他の寮生が目覚めてしまうだろう。
であれば、学園外か。
一つ思い当たる場所がある、それは学園の外の空き地だ。
魔物の森に接しているため、人目につかず、よく一人になりたい時に行っている場所。剣を振るうには打ってつけだ。
そこへは学園を抜けると十分程で到着する。
僕は到着するや否や、腰に差した剣を抜き、夜風に吹かれながら一心不乱に剣を振るった。
一振り、また一振り。僕は剣の重みを感じながら、その振り方に集中する。足の動き、呼吸の仕方、全てに気を配りながら。だが、どうしてもシャルロットさんのことが頭をよぎる。彼女は一体どこに行ってしまったんだろう。
その時、ふと何かが目に入った。一人の人影、服は魔剣士学園の制服を着ており、その人影は辺りを見渡しながら魔物の森へと入っていく。
「こんな時間に一体誰だ? それに魔物達がウジャウジャいる森へ、一人で……?」
なにか不吉な予感を感じる。
僕は迷わずその者に着いていくことにした。
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