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【短編】前世おばあちゃん令嬢は太りすぎ怪物伯爵に野菜を食べさせる〜孫の持ってきた乙女?げぇむ?でまさかの再会をしました〜


『乙女……げーむ?』

『ボケ防止にいいよ! 多分!』

『それって機械なんでしょう? おばあちゃんはそういうのダメなのよ』


 思わずそう言うと孫は不満そうな顔で頬を膨らませた。全く可愛い子なんだから。

 ある日の昼下がり、孫が家にやってきて見せてきたのは何やら難しそうな機械。画面には外国みたいな絵が映っている。


『だってこのキャラとか……!』


 そのまま孫が勢いよくペラペラと説明を始める。一生懸命で凄いわねぇ……。なんて思っているうちにいつのまにかげーむをもらうことになったので、とりあえず埃が被らないようにタンスに入れたのでした。


           *


「ハッ!」


 夏の早く昇る日に目を細め、夢から覚めた。見慣れた豪華なベッドの天井をぼぅっと眺める。

 ……これ夢じゃないわね。”私“の記憶だわ。


「……つまりここはあの乙女げーむとやらの世界なの?」


 孫が言っていたことを覚えていないからよくわからないけれど。

 ……長い夢なのかしら。それとも私、死んでここにいるのかしら。ってやだ、隣の幸子さんにまだ回覧板回してないわ。


「まあ、細かいことは気しなくていいわね」


 とりあえず整理でもしようかしら。認知症予防にもなるし。

 一応死んだことにして。私の前世は、戸田恵美子、八十三歳。夫に先立たれ現在は一人暮らしをしていたはず。同じ県内に住む三人の子供と五人の孫。趣味は畑仕事で悩みは物忘れと腰。

 一方現在の私は エミリー・カーソン男爵令嬢、十九歳。学園を卒業し、ほぼ毎日のように釣書と睨めっこ中。最近はお見合いもしているわね。趣味は変わらず畑仕事。


 恵美子としてもエミリーとしても、記憶がすんなり馴染むのは、やっていることがあまり変わらないからかしら。


「とりあえず顔でも洗いましょうかね」


 とふかふかのベッドから立ちあがろうとして驚いた。スッと立ち上がれる。腰が痛くない。

 やっぱり若いっていいわねぇ。


「……私の顔って若い頃そっくりだったのね。今まで感じていた既視感に納得がいったわ」


 鏡に映ったのは、村で三本の指に入る美人と謳われた顔と、自慢だった黒髪。低い身長。

 目の色だけ違うわ。黄色いのね。


「ってあら見惚れていてはいけないわ。さっさと顔を洗って畑に水やりをしないと」


 早くしないと夏はすぐ暑くなってしまうもの。

 と素早く着替えて裏庭へ。

 恵美子の記憶がなくても、好きなことはやめられなかったのよねぇ。下位の貴族で両親が優しくてよかったわ。昔も今も、私は人に恵まれているのね。


「さてさて」


 きゅうりにトマト、ナス……うんうんよく育ってるわ。前世で娘にお裾分けするたびに見た目が悪いと言われたけれど……味がよければいいのよ。味がよければ。人に売るわけでもないんだから。


「このトマトなんて食べ頃だわってあら?」


 やだ畑の柵が壊れて……。あそこも……。ああちょうどいいわここも……。



 なんて直していたらすっかり汗のかく時間になってしまったわ。いつのまにか日が頭の上に。

 あらあらまあまあ。


「お嬢様!」

「ごめんなさい、朝食をすっぽかしてしまったわ」

「いえ、そんなことより見合いをすっぽかしそうになってます」


 のんびりしていたらメイドが走ってきまして。そうだわ。今日もお見合いがあったじゃないの。我が家よりも高位の伯爵家ですし失礼のないようにしませんと……。

 ん? 伯爵家?


「あの怪物伯爵となんて嫌なのはわかりますが、急いでください」


 蔑称、怪物伯爵。今日のお見合い相手のケネス・ウォード伯爵令息は、そのでぶっちょな巨体で有名だった。長くて黒い髪で隠された顔は見るに耐えないほど醜いなんて噂されていて。 

 ……つまりは周知のブ男。


「まあ物はためしよ。ためし。会ってみなくちゃわからないわ」


           *


 なんてメイドに言ったけれど、第一印象はなんて不健康かしら、だった。定期検診でコレステロール値とか引っかからないのかしら。早死にしたら大変よ。とまで思うくらいにまぁるい体。

 応接間で見た瞬間に息をのんだわよ。


「遅れて申し訳ありません。お初にお目にかかります。エミリー・カーレスと申します」

「………………ケネス・ウォードだ」


 しかも何も喋らない。長い沈黙の後、口を開いたかと思えばボソボソと。

 しゃっきりしなさいな、みっともない。


 家同士の会話が終わって、どうにか会話を繋げようと思っても無視、無言。最近の子ってこうナイーブな子が多いのかしら。ああ、いえ、私も最近の子だわ。


「ケネス様は何かお好きな物など……」

「……………」

「では、嫌いなものは……」

「……………………野菜」


 まぁ、野菜ですって? だからそんなに不健康そうな体なのかしら。

 ってあら、なんだか聞き覚えがあるわね。……ああ、あの人()も最初野菜が嫌いだったのよねぇ。まったく頑固で治すのが大変だったわ。

 なんて考えていたら、私の一方的なおしゃべりが止んでしまって、場が沈黙に包まれてしまいまして。

 まるであの人のお通夜みたいだわ。


「エ、エミリー、庭を案内したらどうかね」

「ええ、お父様。そうさせていただきますわ」


 気を遣ったお父様がそう仰いましたのでその通りにしましょうかね。


「ケネス様、いかがでしょう?」

「…………わかった」


 私が椅子から立ち上がると、ケネス様も続けて立ちあがろうとしたのだけれど……前世も含めて百ニ年生きてきて初めて見たわ。お尻に嵌って宙に浮く椅子なんて。

 驚いている間に椅子はずるりと落ちて脚が折れてしまいました。


「……………椅子を壊してしまった」

「か、構いませんよ。お気になさらず」


 そうして応接間を出ると、ヒタヒタとついてきまして。何かの妖怪みたいね、これはもう。

 さて……庭といっても表は暑いのよねぇ。なるべく涼しくて会話に困らない……ああそうだわ!

 と閃いたので家の裏手に回り、見慣れた畑に。ここなら日除けもあるし、井戸もあるし。なんてったって野菜がある。


「お、お嬢様。いくら縁談を破棄したいからといってここは……!」


 とメイドがヒソヒソと耳打ちしてきますけども……別に縁談を破棄しようなんて思ってないわよ?


「…………なんだここ」

「なんだとは失礼な、私の畑ですよ。は・た・け」

「…………なぜ野菜が?」


 まさかこの人野菜が畑から取れることを知らないのかしら。これは教えてあげなくちゃいけないわ。なんなら、新鮮な野菜を食べさせてあげましょう。

 ああ、そうだわ。食べ頃だったトマトを冷やしておいたんだった。


「…………何をしているんだ?」

「何って井戸に冷やしておいたのを出すんですよ。ほら、紐引っ張って」

「…………」


 ってあらやだ。自然と使っちゃったわ。いつもあの人にしてたからつい……。


「…………これはトマトか?」

「そう、朝採れの」

「………………」


 前髪で隠れていても分かるようなくらい露骨にそんな嫌な顔をしなくてもいいじゃありませんか。

 取って食ったりしないんですから。取って食わせたりはしますけどね。


「というわけで、はいどうぞ」

「…………嫌いだと言ったはずだ」

「いいから食べなさいって美味しいから」

「嫌だ、断固拒否する」

「食わず嫌いはよくありませんよ」

「これは見た目からわかる」

「割れてたってまだ腐ってないですから」

「嫌なものは嫌だ」


 なんてトマトを押し付け押しのけ言い合いまして。


「この頑固者!」

「煩い押し付けるな!」

「野菜食べないからそんな不健康そうな体なんですよ! あなたなんて言われてるか知ってます? 怪物伯爵ですよ!?」

「仕方ないだろう!? 野菜がまずいのがよくない!」

「それは作った人が悪いんですよ! 私のはちゃぁんと美味しいんですから!」

「そこまで言ってまずかったらどうするつもりだ」

「万が一にもありえませんけどその時には謝って差し上げますよ! 逆に美味しかったら全野菜に謝ってくださいね!」


 そうしてずいと口元にトマトを押し付け、食べさせました。ケネス様は、半分ヤケクソのように齧って咀嚼した後…………素っ頓狂なほどに驚いた表情になりました。

 これは私の勝利だわ。

 夫婦喧嘩に勝った時とおなじくらい嬉しいわね。久々だわこの感じ。年を取ると怒るのも喧嘩するのも大変だったから晩年は穏やかでしたし。


「これはトマトなのか?」

「ええ、正真正銘トマトですよ。どうです? 美味しいでしょう?」

「…………まだトマトしか食べていない」


 なっ!!! 強情な人ですこと! まったく!!

 

「じゃあこのきゅうりも食べてみたらいかが?」


 ケネス様はジィッと渡したきゅうりを見ますが……イボイボは美味しさに関係ないんですよ。色が濃くて硬いのが美味しいんです!

 ほら見なさいこの色と硬さを! 新鮮な証拠ですよ!

 と先に食べると、意を決してケネス様も食べまして。


「!」

「ほぉら美味しいでしょう!」


 パキンと音を立てるくらい新鮮なきゅうり。これを漬物にしても美味しいのよねぇ。せっかく記憶を思い出したのだし作ってみようかしら。

 何もいえなくなったケネス様を尻目にそんなことを考えていると、メイドがそろそろ時間だというので、


「言うことがあるのでは?」


 と申し上げてあげたのですが、


「…………まだ他の野菜は食べていない」


 なぁんてほざいたので、


「っわからずやですこと! ではまたいらしてちょうだい。育ったら食べさせてあげますから!」


 と啖呵を切ったのでした。

 こうして、ぎゃふんと言わせてやろうと、これまで以上に躍起に野菜をつくることに……。



           *


 数日後、ナスが食べ頃になりそうなので手紙を出すとすぐにやってきて。


「ナスは流石に調理した方が美味しいですからね。はい、ナスの漬物」

「………………まだあるか?」

「美味しいなら美味しいと言いなさいな!」


 お父様は、どうしてこうなったのだろうと頭を抱えていました。いまだに認めない顔のケネス様により躍起になったのは言うまでもありません。



 一ヶ月後、今度はかぼちゃの収穫を手伝わせるためにも呼びつけまして。


「かぼちゃだからキッシュにしてみましたよ」

「…………残りは」

「持ち帰ってどうぞ」


 とりあえず婚約を結ぶことにしました。ケネス様もどうやらやっと健康に気をつけるようになったご様子。



 三ヶ月後、次は芋掘りを。


「ほぉらじっくり焼くと美味しいでしょう! 焼き芋!」

「………本当に砂糖を使っていないのか」

「これが自然の甘さですよ!」


 お父様は諦めたご様子でした。ケネス様といえば、いつのまにか巨体が少し痩せて筋肉に。逞しいのはいいことですね。



 半年後は、ネギを引っこ抜かせました。


「……エミリー、焼きすぎじゃないか?」

「いいえ、ネギは焦げるくらい炙った方が美味しいんですよ!」

「っ本当だ……!」


 いつのまにか愛称で呼び合うように。



 そして春。新玉ねぎの収穫を手伝ってくれたお礼として苺狩りを。


「これは苺だろう? 果物だ」

「何言ってるんですか。畑から採れるんだから野菜ですよ」

「そうなのか?」


 そよそよと暖かい風が吹き抜ける裏庭で、また採れたての野菜を食べさせているのでした。

 取っては食べて、取っては食べて。全く、食い尽くさないでちょうだい。


「そんなに食べて……………あら?」


 そこでふと気づきます。

 こ、この人こんなに痩せていたかしら。あの腹の肉で足も見えなさそうだった体は筋肉質に。長かった髪は切ってスッキリと。顔も全然醜くないではないですか。逆にハンサムだわ。

 といいますか……どうも見覚えのある顔。


「美味しいんだ。仕方ないだろう?」


 と、悔しそうに言う横顔。


『お前の野菜が美味しいのがいけない』


 とあの結婚を申し込まれた時にそっくりどころか瓜二つ。確かこの後……



「『この美味しい野菜が毎日食べたい。結婚してほしい』」

「健二郎さん!?!?」

「けんじ……は?」



 孫へ。拝啓 春の暖かい日差しが心地よい季節になりましたね。貴方の持ってきた乙女、げーむ? とやらでおじいさんと再会していました。



 ────


 ───────


 ────────────


 本当は攻略対象(ケネス)をこっ酷く振り、痩せさせるきっかけになるプチ悪役モブ令嬢だったことは、孫しか知らない……。


『だってこのキャラとかおじいちゃんの若い頃に似てるんだよ!! ほら、おばあちゃんこの間、おじいちゃんの顔忘れてきちゃったって言ってたじゃん!』




読んで頂きありがとうございました。

ブクマ、評価などして頂けると作者喜びます。

コメント、ツッコミなんでもお待ちしております。

長編化してみたらどうかとのお声を頂いたのでめでたく長編化しました!

(下にリンクあります)

追記 誤字報告ありがとうございます!



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前世おばあちゃん令嬢は太りすぎ怪物伯爵に野菜を食べさせる〜孫の持ってきた乙女?げーむ?でまさかの再会をしました〜

― 新着の感想 ―
[良い点] とてもよかったです! 最後のお孫さんの台詞に涙腺やられちゃいました
[良い点] すごくほっこり温かな気持ちになりました。 お孫さんがおばあちゃんに乙女ゲームを勧めた理由が素敵すぎる!なんて可愛い孫!
[一言] あらあら、前世で先に亡くなってた旦那さんもイケメンさんだったのですね(*´艸`*) 「私のはちゃんと美味しい」死んだ祖父(農家)の口癖でした。
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