6.一日目・昼 食堂のマーリンさん
説明会を終え、一度自室へと戻った。
焦ることはない、まだ事件は起きていないのだから。
ここまでの流れでは、ワクワクと楽しい体験が続いている。
名探偵になっちゃったらどうしよう、そんな期待が膨らんで、事件が起こるのが待ち遠しい。自分の会社のことながら、面白いゲームを作ってしまったものだと思う。
まだ何ごとも起こりそうになかったので、船内の探索に繰り出すことにした。宿泊ルーム区画の廊下を抜けて、船内中央あたりにあるロビーへ向かう。
ロビーにはエレベーターがあり、他のフロアに移動する方法はここしかない。壁にかかっている電光掲示板に歩み寄り、確認した。船の全体図が描かれている。
今いるフロアは二階で、この階にあるのは乗客の部屋が並ぶ宿泊ルーム区画、くつろげるソファがあった展望ラウンジ、奥まった位置にあるブリーフィングルームのみ。
船は白鳥が翼を広げたような形をしており、胴体部分の十字路を基点に、右翼と左翼、尾と首がある。
十字路のあたりが宿泊ルーム区画で、右翼、左翼、尾っぽにあたる通路に、個室が三つずつ。自分の部屋は、尾っぽの付け根部分に割り当てられている。
上の三階には、コントロールルームや艦長の部屋があるらしく、一般乗客は立ち入り禁止となっている。
下の一階は、食堂とアクティビティフロアになっており、シアターやフィットネス、図書室といった遊戯施設があるようだ。
少し悩んだ末に、最初に向かう場所を決めた。
「よし、食堂に行ってみよう」
腹が減っているわけではなかったが、情報収集も兼ねて。どんな宇宙食が提供されているのかも、せっかくだから体験してみたい。
***
「いらっしゃい。何にする?」
食堂では、キッチンロボットのマーリンさんが、手を振るように葉を動かして、明るく迎えてくれた。他に客はいないようだ。
マーリンさんは、厨房から伸びている巨大植物。喋るロックンフラワーみたいな見た目をしている。声は野太い電子音。先っちょにある花には目と口があり、流暢に言葉を操っている。
「さぁメニューをどうぞ!」
葉っぱの手が器用にメニューを差しだした。
宇宙ラーメン、宇宙おにぎり、宇宙シフォンケーキ……どれも美味しそうだ。
「じゃあ、これで……」
「宇宙オムライスね! 了解」
注文して、おとなしく席で待っていると、再びマーリンさんが出てきて、頼んだ覚えのない飲み物を出してきた。
グラスには、白く濁り、ほんのり薄ピンク色をした液体が入れられている。イチゴミルクだろうか?
「えっと、これは?」
「サービスよ。当店のスペシャルドリンクなの。味の感想を聞かせてくれる?」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
気軽に答えて、ごくり。瞬時に、後悔した。
(うおぇぇっ……ぐっほ)
なんだこれは。舌に絡みつくえぐみと、まったりとした甘さ、湧き上がる臭みに、思わず吐き気が……。どうしたらこんなにまずくできるんだ? デストロイすぎだろう!?
「ま、まずっ……」
「え? なんですって?」(ギラ)
明確な命の危険を感じ、口をつぐんだ。
「ど、独創的ですね……」
言い直すと、狂気的な何かはひとまず消えた。
「ワタシ、料理は芸術と同義ととらえて取り組んでるの。なかなかパンチのある味でしょう? もし気に入ってくれたなら、次は注文してね!」
「……」
パンチがあるなしではなく、廃案にしたほうがいいと思うのだが、怖いので黙っておく。
マーリンさんは、こちらをじっと見つめ、グラスが空になるのを待っている。一体、どんな責め苦なんだ。
咳込んだふりをして水をもらい、なんとか味を感じないよう、胃袋に流し込んだ。
遅れて、頼んでおいた本来の料理が出てきたので、それで口直しをしながら世間話程度に情報収集をした。
ここで聞けたことは……。
・この船は、以前は軍艦として使われていたこと。
・船長は見た目どおりのいい人ではなく、密売組織との繋がりなどの悪い噂があること。
・船長からも説明があったが、この船は自動操縦システムによるワンマン運転で、クルーとして乗船しているのは船長とマーリンさんの二人だけだということ。
・マーリンさんはキッチン備え付け型NPCキャラで、移動はできない。そのため、犯人でも探偵でもない。そこは信じてよいとのこと。
……などなど。
「楽しかったわ。気軽にワタシの手料理を食べにきてね」
いや、もう心も体もお腹いっぱいで、おまけにちょっぴりトラウマが……。
だけど、メニュー通りの宇宙オムライスは普通に美味しかったな。
頼むメニューは厳選する必要がある……心に書きとめ、食堂を後にした。
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