おまけ・あのときの誰か
『エマージェンシー、エマージェンシー……船内の安全管理を脅かす重大な異常が認められます……至急、対応してください……エマージェンシー……』
自室の椅子に腰かけていたエレノアは、ゆっくりと目を開ける。
耳障りなアラームが鳴った。最初の事件が起こったようだ。
今回の自分の役割は「探偵役」。
自分はNPCだが、誰が犯人かはもちろんわからない。
ゲーム終了時に記憶はリセットされるし、付与される能力や条件も変わっている。
こんな日常に、なんだか最近はモヤモヤしている。人間の言葉でいうと「飽きる」に近い気がするが、それもプログラムされた感情だと思うと、信ぴょう性は低くなる。
学習する力を与えられたというが、悩んだりするのは鬱陶しい。人間というやつは面倒なことをしてくれたものだ。
自分の「生」の意味など考えても答えは出ない。狭い世界で役割を演じ、公平な条件で推理を進める。それだけだ。
梳かす必要もないまっすぐな銀髪をなびかせ、電子の麗人は部屋を出た。
***
自然の流れとして、非常ボタンが押された場所に向かうことにする。
廊下を進んでいくと、ほかのプレイヤーと顔を合わせた。
彼はこちらを見止めると、馴れ馴れしく寄ってきた。男はライと名乗った。
相手はへらへらしているように見える。女のアバターをしていると、いつもこれだ。こちらが犯人かもしれぬというのに、浅はかなものだ。
だから人間は嫌いなのだ。――そう、エレノアは人間が嫌いだった。
最近は、どうもおかしい。どうしようもなく制御しがたい憎悪のようなものが、体の奥底に渦巻いている。
「放送、そちらの部屋にも流れましたか?」
「ええ。ついに事件が起こったようですね……」
考えていることを顔には出さずに会話を続けていると、もうひとり新たな人物が現れた。
金髪の男――ひと目見ただけでわかった。彼もNPCだ。
波長とでもいうのだろうか。相手もこちらがNPCということは察しているだろう。
だが仲間というわけではない。互いの能力は知らないし、協力もしない。NPCということを漏らすこともありえない。そういうルール。ゲームはあくまで公平に。
ヒカルと名乗ったもうひとりのNPCが握手を求めてきたので、それに応じる。
ライという人間も続いて挨拶をしようとしたが、ヒカルは無視した。触れるだけで心を読む能力を持つ者もいるから、余分な接触は避けているのだろう。
だが、人間の男のほうは、いけすかないやつという顔をしている。
「美しいお嬢さん。困ったことがあれば僕を頼っていただければ……」
茶番に付き合うつもりはない。
「アラームの原因を急いで確かめましょう。全館放送が流れたということは、コントロールルームで何かあったのではないかと思うのですが」
行動を促し、先を急いだ。
***
三階のコントロールルームに向かうことにして、廊下を進む。
エレベーターホールへ向かう途中、足を止める。
お掃除ロボットが転がっていた。
旧式の彼らには、愛着を感じる。むしろ人間よりも好きだ。
転んで困っているようだから、助けてやりたいが……自分が見た目に合わない力を発揮すると、不利に働く可能性が高い。非力なふりをしておかねばならない。
「なんだこれ? おい、おまえ、どうした?」
「オソウジ……オソウジ……エラー……ウゴケナイ……」
人間の男が応じているが、ひとりで持ち上げることは難儀だろうと推測する。
「おい、何してる。そんなの放っておけ」
ヒカルが言った。手を貸す気はなさそうだ。犯行現場にいち早く駆け付けようと、合理的な判断をしたのだろう。
だが自分は、にゃいぼを起こそうとしている人間に、少しだけ興味がわいた。
手伝おうとしかけたが、ヒカルに手を引かれてしまう。
迷ったが、この場は流れにまかせるしかない。引っ張られるまま、人間の男をひとり残して、その場を去った。
***
エレベーターのあるロビーに来たとき、異変が起きた。
「う、う、うう……」
発作だ。
自分はどこか不具合が起きているようで、ときおり異常をきたす。
ヒカルが呆れたように言った。
「なんだ、壊れてるのか。先にいくぞ」
ヒカルはうつむき痙攣しているエレノアを置いて、先にエレベーターで上っていった。
残された自分は、頭の中のエラー音と湧き上がる負の感情に翻弄される。
『嫌いだ、嫌い、憎い、みんな憎い憎い憎い――』
色で例えるなら、赤。みるみるうちに破壊衝動に満たされて。
ホールの隅にあった植木鉢の影に、隠れるようにしゃがみこむ。
しばらくすれば収まるはず。このまま動かずにいれば――。
「くっそ、ふたりとも先に行ったのか~」
男が、走り込んできた。
人間……やはり、にゃいぼは放置して追いかけてきたようだ。
表層の意志とは別のところで、なにかがにやりと微笑んだ。
破壊衝動をぶつけたい。自分たちを作った気でいるのんきな人間を、壊してやろう。
植木鉢に手をかけた。
エレベーターの到着を待っている人間の背後に歩み寄り、それを振り下ろす。
「うっ……!」
男が膝まずいた。二撃目。にぶい音が響き渡る。まだ動いてる。
植木鉢は壊れてしまったから、自分の拳で三撃目。
破壊、破壊、破壊――。
閉じていた目を、ゆっくりと開いた。平常心を取り戻すと、足元に後頭部を破壊された死体が転がっていた。
「またやっちゃった……」
自分はどこか壊れているんだろう。でも、まぁいっか。
手も服も血で汚れている。部屋に戻って着替えてこよう。
あったかもしれない分岐の枝先で――彼女はマイペースにその日を生きていた。
【おわり(真)】
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