2.Open your eyes.
『Open your eyes……』
機械音声が頭の中に流れて、意識が急速に浮上する。
目を開くと――そこは宇宙船の一室。
窓のない、白を基調とした機械的デザインだ。
清潔だが殺風景なシングルルームのベッドの上で、俺・厳島雷明は、むくりと上半身を起こした。
床に足をつき、手をニギニギさせてみる。
顔を触ると指先にも頬にも、たしかな肌の感触があった。
夢を見ている状態で手足が実際に動いていなくても、脳波を操作すれば、「触感」すらコントロールすることが可能。
自分が開発に関わったこのVRゲームは、真の意味でリアルに近い仮想体験を現実化させた。
だが少しの違和感もある。肌から伝わる体温が、本来の体のものとは違うから――。
(……落ち着かないな。しかし本当に自分で自分の体を動かしているみたいだ。バーチャル・リアリティーって、こういう感覚か……)
「……スコープ」
そう呟くと、ピコンと音を立てて、目の前にホログラムのボードが出現する。
宙に浮く透けた板に、自分のキャラクター名などのプロフィールが表示されている。「パーソナルホログラフィ」という機能だ。
上面に表示されているマイキャラの名前は、「ライ」。プレイする前に自分で設定した、ゲーム上の通称名だ。
ソーシャルなゲームで本名を使うことは避けたいが、あんまり関係のない名前だと、呼ばれても自分だと気づかない可能性があるからな。普段から同僚に呼ばれているあだ名で登録をしてみた。
そして見た目も、ゲーム内では自由に設定することができる。
自分の写真を使って本物の顔を使うこともできるが、顔の知れた有名人でもない限り、そういったケースは少ない。だいたいは、目や鼻や口、肌の色、髪形など用意されたパーツの中から選んで、好きな容姿を形成する。
見回すと、ベッド脇にある机に女性が化粧をするのに利用するであろう銀色の鏡台が置かれていた。そばに行き、楕円形の鏡面を覗き込むと、そこには自分が設定した青年の顔が映っている。
「ほっほぅ……これは、なかなか」
自画自賛しながら顎のあたりを触り、角度を変えて「自分」に慣れ、確かめてみる。口元も、独り言に合わせてきちんと動いている。慣れれば本当に自分の体と錯覚しそうだ。
実年齢はけっこうなオジサンなのだが、仮想現実の中でくらい若作りをしてもいいだろうと、ピチピチの、それもちょっとかっこいい青年の姿になっている。
さっぱりとした黒髪に、切れ長で理知的に見える目元。体型はスレンダーで、手足も長く――うん、なかなかイケてるんじゃないか、ライ君よ。
スリープ・マシンの中で寝ている実物もこうであったなら、女の子にモテモテで、イケメンの若き天才技術者などと、もてはやされていたろうに……。
実物はただの機械オタクで、大手ブラック企業の社畜と化した髭のおっさん。安月給で家にもほとんど帰れずプログラムを四六時中いじくって、彼女いない歴=年齢なんて事態には、なっていなかっただろうな。
おっと、ゲームの中でまで現実を嘆いても仕方がない。
(今の自分は、宇宙船に乗船したひとりの乗客「ライ」なんだ――)
ボードには、「ゲームを開始する」のボタンが表示され、早く押せと言わんばかりに点滅していた。
押せば間もなく、チュートリアルが開始されるというわけだ。
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