9.最初の被害者(2)
血のにおいが鼻につく。力なく投げ出された四肢。腹に深く刺さったままのナイフ。しみ出した出血量と開いた瞳孔から、すでにこと切れているとわかる。実写さながらの事件現場の光景に、呆然と目を奪われてしまう……。
ヒカルたちも、衝撃を受けて手をこまねいていたのだろうか。それとも、現場をひと目見て手遅れとわかったから、誰かが変な小細工をしたり、また自分が疑われることのないよう、抜け駆けせずに待っていたのかもしれない。
誰かがゴクリ、と唾をのむ音がした。ついに、殺人事件が起こってしまったのだ――。
「……やっぱり被害者は、タコラ船長だったんですね……」
絞り出すように声を出した。
「ダオラですよ。ライさん……」
エレノアの案外冷静なツッコミを受けつつ。全員揃ったところで皆でおそるおそる遺体に近づき、調査を始めた。
「死んでるわね……ここまでリアルにしなくても……」と眉をひそめる宇佐美。
「血の乾き具合からするに、そんなに時間は経っていないんじゃないか。硬直もまだ浅いし」と口元を引き攣らせているヒカル。
「いくらなんでもグロテスクすぎる……」と声を震わすも、濃いピエロ風化粧のせいで表情は笑っているようにしか見えない夢人。
「ちょっとキモすぎー。しばらくタコ食えないじゃん……」と不思議なテンションのあーちゃん。
それぞれが、思い思いに心の内を漏らしながら、ゲームの目的に従い、犯行の痕跡を調べている。自分も死体のそばに寄り、観察しようとしたが、被害者の白目をむいた形相が気になってビクビクしてしまう。知らず顔が歪んで、目を背けたくなる凄惨さだ――。
死体がリアルすぎて、全員が過剰な精神的ダメージを受けていたと思う。
だがあくまでも、これはゲーム上の演出だ。バーチャルで表現された仮想の事件――とはいえ、他殺の死体を目にする機会なんて普通に暮らしていたらありえない。動揺せずにいられるわけがない。
しかし自分は制作側の人間ということもあり、冷静でいようと努める気概はあった。肝心の調査パートで心ここにあらずでは、ゲームのクリアなどできはしない。
――必死で見分を進めたところ、状況は以下のとおりだ。
・ダオラ船長は刃物で腹を突かれ、機材が並ぶメインパネルの前で力尽きたらしい。メインパネル上には、緊急アラーム用と思われる赤いボタンがある。
・刃物は腹に刺さったままになっている。タコだけど血の色は赤い……。
・分厚い船長服に阻まれて、犯行時は血が飛び散ることはほとんどなかったと思われる。その後の時間経過とともに染み出して、床に血だまりを広げたようだ――。
(ということは、犯人の浴びた返り血が証拠に……って線はなしか。イージーモードとはいえ、凶器に指紋を残すようなヘマもしないかな……? 指紋が残っていたとしても、道具もないから判別もできない……)
エレノア、ヒカル、宇佐美、あーちゃんらは粛々と観察し、黙考している。黒須はひとことも発しない。夢人は別の一角でオエオエと唸っていた。
反応はまちまちだが、皆一様に青ざめた表情をしている――ように見える。
やっぱり、殺人現場の描写がセンシティブすぎるんだよな。リアルすぎるのも考え物だ。現実に戻ったら、美術担当に意見を入れておくことにしよう。場合によってはレーティングマーク(年齢制限)も考え直さねばならないかもしれない。
ひととおり調査を済ませたあと、
「……で、誰がやったんだ? この中に犯人がいるんだろう?」
と、挑発的にヒカルが言ったが、正直に名乗るやつはいないだろう。
場に沈黙が流れたが、宇佐美が口元を押さえながら、「これ以上は限界」という表情で、発言した。
「調査を済ませたら、ここはマーリンさんに封鎖してもらって、場所を変えましょう。においで気持ち悪くなりそうよ」
反論する者もいなかったので、食堂に場所を移すことにした。
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