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5.誰かの苦悩

「――はぁ」


朝、登校しながら大きなため息を吐く。

欠伸の一つでもしたいものだが、俺の心情は緊張感に包まれてる。

まさかこんなに早く大山場が来るとは思わなかった。

女子になってから、どうしようかと考えていた一大イベント。

――そう、体育の授業である。


別に俺は元々運動が嫌いではない。

その為、女になっていくら華奢になったとしても喜んで運動はする事だろう。

男の時に比べたら体力が衰えているが、それでも運動ができる喜びが勝る。

――しかし、着替えをどうするか。

性別が変わってはや三週間。


心配していたテストだったが、案外中間止まりであった。

思った以上に勉強の成果が出てて嬉しい。

しかし、テスト終了の安心感を感じている暇はない。


――確かに合法的に着替えは覗けるかもしれない。

だが、前にも言ったように俺には罪悪感というものが残っているらしい。

男の頃に夢見たものが、今となっては申し訳ない気持ちである。

正直この感情にも疑問はあるけどな……。

やはり性別が変わった事と何か関係があるのか……?


「……」


「―――」


あと女になって一番気になることができた。

男性の視線にかなり敏感になったのだ。

咲から胸とかの視線はすぐわかると言われてはいたが、

ほんとにわかるもんなんだな……。

何しろ咲と同じの可愛い顔だし、この巨乳。

見られてる感が強すぎて、ちょっときつい。


「い・お・り・ちゃーん!!!」


「はわっ!?」


唐突の後ろからの衝動。

俺は吹き飛びそうになるが、その前にその柔らかな体に抱きしめられる。

この周囲をまったく気にしないであろうその声は、

ここ数日で随分聞きなれてしまった声であった。


「怜奈ちゃん……おはよう」


「おはよー!いつも通り可愛いねぇ」


「あはは、今日も元気だね……」


これでもかというほど満面の笑顔で頬擦りをされる。

そして俺は困り顔で、その愛情を受け止める。

これがいつもの俺達のルーティーンである。


「ああ……癒されるなぁ。一日ぶりの伊織ちゃん成分」


「何その成分」


「あたしの体積の80パーは伊織ちゃん成分でできてるからねぇ」


学年一位とは思えない頭の悪い話を言ってくる。

しかし、何をどうしたら神様は才能の配分を間違えるのだろうか。


「しかも今日は体育の授業がある!伊織ちゃんの体操服が見れるってだけで…ああ」


「うっ……」


あまりに目まぐるしい展開で、体育の事をすっかり忘れてた……。

ほんとにどうしよう……。

……!

そうか、トイレの個室で着替えればいいんだ!

体育は午後からだし、ちょうど昼休みを挟む。

少し早めにトイレに行って、着替えればいいんじゃないか?


「ふ、ふふふ」


「?」


我ながら完璧な作戦に、思わず笑いが零れる。

怜奈が不思議そうにこっちを見ているが、俺はそんなことを気にも留めなかった




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。

体育の時間に入る前から、既に作戦は始まっている。

よし、早いとこ飯を食って、トイレに向かおう!!


俺は満面の笑みで、咲の作ってくれた弁当に舌鼓を打つ。

―――しかし、俺の作戦は始まる前から失敗している事に気付く。


「う……」


「伊織ちゃんってほんと小食だよねえ」


教室。

俺の机に合体された二つの別席。

怜奈と柊と共に、俺は弁当を食べていた。

家計事情から、本日から弁当を持参する事にした俺。

いつもは学食などで過ごしていたが、今日からは違う。

仲良くしてくれている二人も、今日からは一緒に教室で食べる事になったのだ。


「大丈夫? 無理して食べない方がいいんじゃないかしら?」


「ん……うん、大丈夫だよ」


俺は力なく笑顔を返す。

咲の弁当はとてもうまいし、センスが良い。

男子高校生の好みを熟知しているおかずがよりどりみどりである。

大き目の唐揚げに、子供心をくすぐられるタコさんウインナー。

栄養バランスを考えた野菜の数々。

そして極め付けは別箱に入れられた、まるで黄金(ジパング)のように輝くお米。

普段の俺ならば、難なく完食したことだろう。


――そう、普段の(おとこ)なら。


女子になって様々な変化があった。

体形はもちろん、体力も衰えている。

しかし、一番の問題は、胃袋の小ささだった。

いつもならこの弁当を嬉々として食す俺であったが、今の状態だと拷問に近い。


「うう……」


だが、咲がせっかく作ってくれた弁当なんだ。

残すわけにはいかないだろう。

しかし、無理して食した場合、体育の時間で大変(リバース)な事になりそうで怖い。

完全なデットロック状態じゃん!!


「あ、唐揚げおいしそー!もらっていい?」


「……怜奈ちゃん」


天使がいた。

この小さくなった体では、拳サイズにも見えてしまう唐揚げ。

男が大好きな、決して期待を裏切らない食べ物。

思わぬ助け舟に、俺は泣きながら感謝をしたいぐらいであった。

だが……。


「あーん」


「えと、何してるのかな」


「えー、伊織ちゃんが食べさせてくれるんじゃないの?」


そんなこと一言も言ってないのですが。

しかし、背に腹は代えられない。

恥ずかしい気持ちを押さえつつ、その唐揚げを箸で一つまみ。

そのまま、怜奈の口元へと運んでいく。


「あ、あーん……」


「んー、おいしー!!」


語彙力皆無の反応を見せる怜奈。

そりゃそうだ、咲の弁当は本当においしい。

人を笑顔にさせる能力でも備わっているのかもしれない。

結局唐揚げ二つとも食してもらったが、弁当の減りは好調だ。

これぐらいならばいけ……っ!!!!!


「―――」


柊がなぜか恨めしそうにこっちを見ていた。

何、なんか怖い!!


「ぶはっ、華憐ちゃん何その顔」


「いいえ、別に」


「あ、ひょっとして華憐ちゃんも何かほしかった?」


怜奈の突っ込みに対し、柊の表情が変化する。

先ほどまで般若並の威圧感であったが、今度は茹蛸のような真っ赤な顔に変化した。


「な、何を!私は他人の弁当をもらうような意地汚い女じゃないわ!」


「それだと私が傷つくなー」


柊の言葉に、自分の名誉を守る為に突っ込む怜奈。

だが、確かに柊が少し羨ましがってる表情にも見えた。


「華憐も食べる?」


「えっ!」


「唐揚げは…もうないけど、ウインナーなら」


俺は弁当に入っていたタコさんウインナーを差し出す。

高校生にもなってタコさんウインナーを目にするとは思わなかったが。


「………いただくわ」


そしてそのまま、俺の箸からタコサンウインナーを口でいただく。

……あれ?

よくよく考えたら、これ間接キスなのでは?


「あ……おいしい」


「おいしいよね!」


俺は一気に背中から汗が噴き出た。

今すぐ着替えたいぐらいだ。

当の柊本人は、まったく気にも止めていないみたいだが。

って、やばい!

気づいたらあまり時間がない!


「いけない、着替えなきゃ」


「あ、次体育だったね!伊織ちゃんがおいしくて忘れてたよ!」


"弁当"な。

こうして二人の助けもあり、なんとか弁当を完食した俺。

空になった弁当箱を片し、体操服のポーチを手に取り、席を立つ。


「あれ、伊織ちゃんどこいくの?」


阿澄は女子更衣室がある。

他にも部活棟など様々な場所があり、部活動をやっている女生徒はそこで

着替える場合などもあるようだ。

しかし、部活をやっていない一般生徒は基本的に更衣室で着替えるのがセオリー。

だが、更衣室とは反対方向に向かおうとしている俺に対し、

無常にも怜奈に呼び止められてしまった。


「あ、ちょっとお手洗いにいこうかなって」


「待ちなさい。時間がないわ」


「えっ!ちょっと、華憐!?」


俺の焦る気持ちを全くと言っていいほど無視されつつ、

ポーチとは逆反対の手を柊にしっかりと掴まれた。


「そうだよ!着替えてから行ったほうがいいよ」


まさかの柊への援護射撃を実施する怜奈。

一人ぼっちの戦線の始まりであった。

焦りつつ、俺は柊に耳打ちをした。


「……いいのかよ? さすがに着替えが一緒はまずくないか?」


「ああ。そういうこと」


俺の言葉に納得したように頷く柊。


「構わないわ。今は【女子】同士だもの」


……まじかよ。

思ってもない言葉が返ってきた為、俺は愕然とした。

それと同時に、男として見られてない事に対して

なんか少しショックな感じがする……。


「ほら、いくよ!!」


怜奈に急かされ、俺は更衣室にそのまま連行されたのであった……。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



女子更衣室。

それは男子にとって秘密の花園。

神聖なる乙女しか入ることができない、唯一無二の場所。

そんな中に、俺は居た。

いや、まぁ今は女なんだけど。


「結構広くて助かるね」


更衣室は確かに広かった。

さすが有名進学校と言ったところか。

複数の女生徒がいるが、みな足早に着替えて出て行っている。


「私達も早く着替えましょう」


「え、うん……」


なんだろう。

男の頃は何も感じなかったんだけど、

女になってからは同性の前でも着替えるのが恥ずかしい。

そんなこんなを考えていると、既に着替え終わった怜奈が声をかけてくる。


「さぁ、早く脱ぐんだ伊織ちゃん」


「言い方」


てか着替えるの早くね?

まったく気づかなかったんだけど!

いや、見たかったとかそんなんじゃなくてね?


「―――」


俺は観念したように、ブラウスのボタンを外す。

そして、そのまま豪快に上着を脱ぎ棄てた。


「おお……やはり大きい」


「あんまり見ないで……」


「あっ!その視線いいよ!もっと頂戴!」


「恥じらう表情がポイント高いわね」


なんで柊も混ざってんの!?

まるでカメラマンのような言葉を投げかけられつつ必死に着替える。

何してんだ……俺。


そんな着替えもようやく終わる。

なんかどっと疲れた……。

今から体育でもっと疲れるはずなのに……。


「さぁ、行きましょう」


またいつの間にやら柊も着替えてるし……。

女子ってこんなに着替え早いもんなの?


「しかし体育かー。あんまり得意じゃないんだよねえ」


「貴方の言葉は信用できないわよ」


「あはは、確かに」


授業に向かいながら、俺達はそんな事を話す。

得意じゃないと言いつつ、学年一位である怜奈。

おまけに陽キャの化身であり、男子女子隔てなく話す。

おかげ様でクラスの人気者になりつつある。


「上新橋さんって」


「怜奈。その名前長すぎてあんまり好きじゃない!」


柊の一言を妨げ、名前の訂正を促す怜奈。


「――怜奈は、えらく頭がいいのね」


その言葉は皮肉なのか、尊敬なのか。

俺にはよくわからなかった。

柊の家は超絶金持ちなのは知っている。

その為、幼い頃から英才教育を施されていたのだろう。

だが、そんな彼女が負けた。

この(れいな)は一体何者なのか。


「頭がいいっていうか……なんていうか、習ってた事をやったまでだよ」


「どういうこと?」


「あたしの親、両親とも学校の先生でさ。小さい頃から家で勉強ばっかさせられてたんだ」


「学校の先生……ね」


「うん。遊びにもいけないぐらいずっと、勉強詰めだった」


そう答える怜奈の表情は、少し笑っていた。

しかし、それは初めて見せる怜奈の作り笑い。

そのことに、俺も柊も気づいていた。


「耐えきれなくてさ、阿澄受かったと同時に一人暮らし始めたんだよね」


「……」


正直重い。

柊的には気軽に聞いたんだろうが、想像以上に重い過去だった!

てか柊、聞いたんだから返事ぐらい返そうよ!

あ、滝のような汗……。

こいつも焦ってんのか……。

だが、そんな俺らの表情を見た怜奈。

その気まずさを吹き飛ばすような笑顔を見せ、


「だから、高校は目一杯楽しんでやるんだ!」


「―――」


どうやら悩んでいるのは俺達だけだったようだ。

そりゃそうだ。

誰にだって色んな事情がある。

柊にだって、俺にだって。

他人の悩んでいない事を気にするのは、やぶさかというものか。


「可愛い二人と出会えて、今んとこは順調だよ~」


「――まぁ、言われて悪い気はしないわ」


「えっ!? 華憐ちゃんがデレた!?」


「うるさい!いくわよ」


柊の反論に、ニヤニヤしながらついていく怜奈。

やっぱり柊はなんだかんだで優しいよな。

まぁそういうところが好きなんだけど。


――せっかく入った高校だ。

性別は前と違えど、仲良くできる友達はいる。

俺も悩みを忘れて、少しぐらいは楽しんでもバチは当たらないだろう。


そう考えながら、俺は二人へ追いつくように歩を進めた……。


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