4.陽キャの化身
「伊織、帰るわよ」
……
「伊織、移動教室でしょ。いくわよ」
……
「伊織!足開きすぎ!!もっと閉じて!」
…………!!!!
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入学から三日ほど経った。
性別が変わったと言えど、俺は順風満帆な生活を送っていた。
というより送らされていた。
強いて言うなら、どこに行こうにも柊が後を追ってくることだ。
……何がどうなってるんだ?
確かに彼女は、俺が立派に女生徒として振舞えるかが気になるとは言っていた。
だが、いくらなんでも付きまとい過ぎではないのか?
いや、嬉しいんだよ?
そりゃ柊と仲良くなりたいとは、ずっと思っていたわけで。
あわよくば恋人とか……そんな淡い期待を抱いていたさ。
だが、俺が女子になってしまった事によりその幻想は否定される。
逆に少し気まずい気持ちがある中、柊が俺に対してアプローチしてくる理由が知りたい。
……まさか……俺の事が……。
いや、ありえない。
いつもの態度考えろ俺。
冷たくあしらわれていた三年間を思い出すんだ。
『で?なんで私に電話するのかな』
と、俺は柊の目を盗み、屋上への入口の踊り場に座り込んでいた。
あまり人が来ない場所なので、通話にはもってこいだ。
時刻は昼休み。
一人で考えるより、他人と一緒に考えた方が結論が早い。
そう考えた俺は、同じく昼休みである咲に電話をかけたのであった。
「なあ、咲。女って何だと思う?」
『……哲学の話してる?』
「いや、だってさ、男の時にあんなに冷たくされてたのに、今はなんていうかその、
かなり構いすぎてるっていうか、甘やかされてるっていうか!」
『お兄が変な行動取らないか心配してるだけでしょ。
同中なんだし、変な噂とかされるの気にしてるんじゃない?』
確かに俺はまだまだ全然女性としての立ち振る舞いには自信がない。
そりゃまだなってから一週間ちょっとだ。
そんなに急激には受け入れられないし、慣れるするはずがない。
「うーん……そういうもんなのか」
『そりゃそうだよ。だって友達が変な噂されてたら嫌でしょ?』
「まぁ……それは」
「あれー? 何してんの」
「!?」
突然声を掛けられ、俺は急いで電話を切った。
まさかこんな辺鄙な場所に、他の人が来るとは……。
「あ、電話中だった?ごめんごめん」
そう手を合わせて謝罪する女の子。
どっかで見たことあるなと思ったけど、よく考えたら同じクラスの子じゃね?
ヘアピンであしらった綺麗な茶髪に、特徴的なポニーテール。
そして真っ赤なシュシュを付けており、目を引くのはスカートの短さ。
どうみても校則違反にもほどがある。
「いや、大丈夫だよ、えーと……」
「あ、あたし上新橋 怜奈!怜奈って呼んでよ」
「あ、どうも…。あの、私は」
「伊織ちゃんでしょ? 知ってるし~」
そう得意げに話す怜奈。
どうしよう、最初から距離が近い生物は久々に見た。
てか、ギャルって実在したんか。
神話上の生き物かと思ってたわ。
「あたし、どーしても伊織ちゃんと仲良くしたくてさ!!ずーっと目をつけてたってわけ!」
「そうなの?」
「うん!だって可愛いんだもん!あたし可愛い子大好きなんだ~」
「わぷっ!ちょっ……!」
返事を返す前に、その体に強く抱きしめられた。
繰り返し言うが、俺は咲とほぼ同じ体系になっている。
つまりは女性の平均身長よりも低い事になり、目の前の彼女は俺よりも高い。
まるで大きいティティベアを後ろから抱きしめるようなその感触に、
安心感があることは間違いはない。
でも、なんか背中に当たってる……当たってるんですって!!
「小っちゃくて可愛いな~。あ、でも胸は大きいね」
「離してぇ……」
「ああ、ごめんごめん」
俺の消え入りそうなか細い声に、いけないいけないと苦笑いで解放する怜奈。
ああ、なんか罪悪感で死にそうだけど……。
正直、めっちゃ柔らかかった。
俺にもついてるんだけど。
「まぁそんなこんなで、仲良くなりたいわけなのさ」
「あら、私も仲良くなりたいものだわ」
刹那の殺気。
馬鹿な……完全に気配を感じなかったぞ……。
いつも通りの無表情ではあるのだが、得も知れない覇気をまとった柊がそこにいた。
「わぁ!? びっくりした!」
「柊さん……その」
「あら、何かしらその呼び方。私達友達じゃない」
怖いよー。
なんかいつもの三割増しぐらいで怖いんだけど。
まさか、俺が女子相手によからぬ事を考えているように思われてるのか?
それは誤解だ!
うう、だけど反論する余地はない……。
「か、華憐、なんでここに」
「伊織こそ。私がお手洗いに行っている間に、どこに行ったかと思ったわ」
ここ最近の柊の俺への執着は異常である。
常に一緒にいては正直心が安らぐ暇がない。
だからこそ、柊がいないときを見計らったのだが……。
「あはは!ほんと二人って仲いいよね!」
「――いや、別に仲良いかどうかは」
「ええ。そうよ」
柊さん!?
俺はその返事に唖然としている間に柊に手を取られ、
見せつけるように怜奈へと見せる柊。
こんなキャラだったっけ?
「私達、とっても仲良いの」
「だったらあたしも混ぜて~」
「っ!?」
これはあれだ。
ギャルというか、なんかより上位の存在。
陽キャの中の陽キャと言えるべき立ち位置の存在ではないか?
柊に手を取られ、そしてその二人を抱きしめる形で怜奈は笑う。
当の柊はなんかすげぇ目つきをしてる気がするけど。
俺の思っていた女子の友情とはなんか違う気がする……。
が、すっげぇいい匂いするから少しどうでもよくなってきた。
「上新橋さん…だったかしら? 」
「怜奈でいいよ!これからよろしくね」
「――えぇ、よろしく頼むわね」
なんだろう。
どっちも笑顔なんだけど、悪 VS 正義のオーラがすごい。
というわけで、友達ができました。
なんか、俺にとっては眩しすぎる存在な気もするが……。
まぁ、友達が増える分には越したことないか。
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「ところで伊織」
「ん?」
帰り支度をしている中、柊に声を掛けられる。
放課後の教室は、帰宅している生徒や、部活動へと駆け出したものもいる。
どちらにしろ、中々にまばらであった。
「貴方、勉強はついていけてるのかしら?」
「うっ」
痛い所を着かれた。
この阿澄高等学校は、割と有名な進学校である。
そりゃそうだろう。
学年一位だった柊が入学した高校だ。
今思えば、中間ぐらいだった俺がよくそこまで勉強したな……。
まぁそれも愛ゆえの力なんだが。
「やっぱり……。でも、貴方がこの学校に受かったと聞いた時は、正直驚いたわ」
「あはは、結構勉強したからな」
そりゃそうだ。
まさか中間程度の学力しかない俺が一緒に進学となると、柊以外の誰でも驚く。
何より一番驚いていたのは担任なのではなかろうか。
無謀とわかってはいたが、思い出受験程度に考えていたのだろう。
合格の件を伝えると、自分の事のように驚いていた。
「赤点なんて、恥ずかしいから取らないでよ」
「うーん…努力はしてみる。まぁせっかく入った高校だし」
「……もしよかったら、私が見てあげても……」
「――ん? 今」
「扉ドーン!!!」
と、柊の声が小さくてよく聞こえなかったが、その静けさは一言で消え去った。
勢いよく教室に入り込んでくる怜奈。
てか、引き戸だからその効果音は間違ってないか?
「あれ?二人とも帰らないの?」
「ああ、うん。もうそろそろ帰るよ」
「そーなんだ!あたしも忘れ物取りきたんだ~」
そういいながら、教室後ろに設置されている自分のロッカーへと向かう怜奈。
その様子を眺めつつ、やはり陽キャの化身という印象を感じてしまう。
「やっぱり二人って可愛いよねぇ~。中学の頃モテてたっしょ?」
「あ、ははは、どうかなー」
俺は3年間、柊に片思いをしていた。
その間にモテてたか…というとそうでもない。
バレンタインチョコも咲と母さん…あと宛先不明のチョコが何回かぐらい。
この程度ではモテてたなんて言えないだろうな。
「えー。あ、ねえねえ、二人はどんな人がタイプなの?」
「えっ!?」
急な方向転換に思わず変な声が出た。
女子ってこんなおやつ感覚で恋バナするものなのか?
展開が早すぎてついていけないんですけど!?
「人の話に途中で入ってこない人かしらね」
柊さん!?
「あはは、なにそれー!変なの」
柊の皮肉をまったく気にせず笑い転げる怜奈。
その一触即発ではあるが、それを気にも止めない神を尻目に、
俺はまるでナイアガラの滝の如く激しい汗を流していた。
しかし、意外だ。
そもそも柊は人と話すのがあまり得意ではないはず。
だが、怜奈のそのマシンガントークに案外付き合えている。
相手からくるタイプには案外強いのか……?
いや、それともやっぱり同性だからなのか?
「……はぁ。貴方もそんなくだらない話をする前に、
テストの心配でもしたほうがいいんじゃないかしら」
この阿澄高等学校では、入学の二週間後に、学力テストがある。
初めてのテストとなるわけだが、正直俺は自信があまりない。
「あー、そうだったっけ? 忘れてたなぁ。華憐ちゃん頭よさそうだよねえ」
「……まぁ、そこそこ自信はあるわね」
「やっぱり? あたしは自信ないなあ」
と言っても、この学校に入ってるからにはそこそこ頭はいいほうなのだろうが。
まぁ、俺は後ろから数えたほうが早い自信はある。
「伊織ちゃんは?自信ない?」
「あー、うん、あんまりないかなあ。でも頑張ってみる」
「えらい!お姉さんがなでなでしてあげよう」
と、いいつつ頭をこれでもかというばかりに撫でまわされる。
正直辞めてほしい。
いや、まぁ仲良い事は素晴らしい事ではあるんだが、
その……柊が人を殺しそうな目してるから。
なんとも言えないこの関係性だが、果たして仲良くなれるのだろうか。
というよりも二人にもうちょっと仲良くしてほしい。
怜奈のほうは仲良くしているんだろうけど!!
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――時が立つのは早いもので。
朝から貼られている張り紙に対し、皆がざわめいていた。
低身長の俺は、その試験結果を見るのに少しばかり苦労する。
だが、一緒に結果を見に来た柊に手を引かれ、なんとか見れる距離まで到達できた。
「……っ……」
「華憐?」
なんだ?
まるでこの世のものではないもの見たような表情を見ている。
その結果は、この注目の原因とも言える張り紙に対してだった。
成績優秀者、50名が張られるこのテスト結果。
一年生の全校生徒は130名。
もちろん俺は後ろから数えたほうが早いだろう。
「……へ」
柊はいつも通り上位なのだろう。
それは、中学生活で常に一位を取り続けていた彼女を見ていたからこその
楽観した考えであった。
しかし、その考えがいかに間違っていたかを知ることとなる。
【二位 柊 華憐】
さすがは柊である。
しかし、驚いているのはそこではない。
【一位 上新橋 怜奈】
更に上の名前を、俺達は嫌と言うほど知っているからであった――。