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2.ウィンドウショッピングは突然に



「……ねぇ、いおりん」



「なんだ?夏歌」



例の告白大失敗から一夜が明けた。

朝起きてみると、やはり俺の体は華奢な少女のままだった。

そんな俺は、その日風呂に入らなかった。

理由は至極単純であり、罪悪感から逃れる為である。


ただでさえ咲に似ている顔。

まぁ胸は多少でかいようだが、

それでも異性の体を見るのは少なからず抵抗がある。

と、そのまま寝たわけではあるが

目覚めると髪がボッサボッサ。

呆れ顔の咲に、手を引かれて風呂に入ることになった。


そのまま髪の手入れのレクチャーを受け、しっかりと髪を洗い、

毛先一つ一つにトリートメントを纏わらせつつ、

俺は初の入浴に成功したのである。


しかし、咲の髪と比べると、やはり見栄えは良くないようで…。

単純なセットだけならまだしも、長さはバラバラ。

伸びきってしまった髪の毛は、

前に垂らせば呪いのビデオが一本完成しそうな始末である。

咲の超絶テクニックでなんとかしようと試みたようだが、

小1時間ほど髪をいじくられた後、何故か泣きながらその姿を消した。


そして10分ほどした後に馳せ煎じたのが、

幼稚園からの幼馴染、『五嶋 夏歌』であった。

若干茶色がかったポニーテールに、少し高めの身長。

くりっとした目は、人々に愛されやすい印象をもたらすだろう。


「色々突っ込みたいところはあるんだけど、なんで私はカットの準備をしているのかな?」


「それはお前が人気美容室の跡取り娘だからだろ。咲も通ってるって言ってたし」


「そこじゃないんだよなぁ……てか何この状況。なんで私は咲ちゃんを2倍摂取しなければならないの」


やはり俺が女体化した事実は他人には受け入れづらいらしい。

そりゃそうだ、だって俺が実感ないんだもん。

他人なんてなおさらそうだろう。


「わかる」


――わかる。

とりあえず相手の心情に合わせて同調できる、便利な言葉である。

ちなみに適当な相槌としても活用ができ、『それな』等と組み合わせるといいぞ!


「しっかし、いおりんが女の子ねぇ……。昔から知ってるだけあってなんか複雑」


「それな」


こんな風にな!


「……なんか心当たりとかないの?」


手馴れた手際で、自分の髪が夏歌によって勢いよく切られていくのがわかる。

そんな彼女は戸惑い半分、真剣さ半分の表情で、質問を投げかけた。


「心当たりがあるならあんなに驚かないだろ」


「まぁそれもそうか。しっかし咲ちゃんに似てるねぇ。あ、うなじのほくろまで一緒」


やはり他の人から見ても咲と見分けるのは難しいらしい。

そういえば母さんはまだ帰宅していない。

仕事で二日連続泊まり込みという話だ。

一応咲が大慌てで連絡したらしいが、忙しいらしく冗談と思って切られたらしい。

母さんならひょっとしたら俺らの見分けもつくかもしれない。


「……告白できなかったんだってね」


「――咲から聞いたのか」


「まぁねぇ」


くそっ!あの妹。

兄の屈辱を平然と話しやがって!

まぁ、夏歌は話し半分には知っていたし、相談もしたことあったから別に良いが…。


「……延期になっただけだ。まだあきらめてない」


「一途だねぇ」


俺の真剣な表情に、夏歌はなははと笑いながらカットを進める。

そうだ、俺はまだ諦めてはいない。

病院にだってまだ行ってないし、原因は追究できていない。

しかし、必ず戻れる……と信じたい。


「戻れなかったら私がもらってあげようか?」


「茶化すなよ」


「えー、いけずだなあ」


夏歌のいつもの冗談を、俺はカウンターで返す。

そして髪のカットが終わったのか、持参の箒で手際よく髪を片していく。


「それはそれとして、女の子として生活するんならもうちょっとちゃんとしようよ。何この足!」


「いてっ!」


いつもの癖で大まかに開いていたガニ股を、ぺしっと叩かれる。

咄嗟に足を閉じてみるが、確かに男の時のような違和感は感じない。

そりゃそうか、ないんだもん。


「ほら、髪流すからこっちきて」


洗面台に誘導され、俺は頭をそちらへ向ける。

やがて心地よいお湯が髪全体を包み込んでいく。

先ほど風呂に入ったものの、洗い方はやはり一流。

自分で行う洗髪とは、比べものにならない気持ちよさだった。


「熱くない?」


「ん」


温度を聞くあたり、やはり美容室の娘というべきか。

俺には到底できないが、夏歌は昔から真面目だ。

きっと良い美容師になることだろう。


「――じゃないのに」


「…ん?なんかいった?」


「なんでもない。ほら、泡入るからこっち向かない」


少しばかり耳に泡が入ったが、夏歌はそれにも気づき優しく取り除く。

女体化した中で、一番の癒しの時間な気がした……。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「…これはすごいな」


「ふふん。そうでしょ」


「ああ、すげえ」


俺は心底驚いた。

あのぼさぼさ髪がたった1時間弱でこんなにも変わるものなのか。

しっかりと整えられたボブカット。

髪で触る度に指先を優しく包み込む柔らかさ。

まるで…まるで……。


「咲じゃん」


「あはは、やっぱり見分けつかんね」


「これ以上見分けつかなくしてどーすんの夏ねぇ」


いつの間にか帰宅していた咲が洗面所に顔を出していた。

うむ。

やはり鏡越しで見ても見分けつかない。

というより、夏歌だけが家にきたが、咲はどこに行ってたのだろうか。


「あ、おかえり咲ちゃん。良いのあった?」


「いや……腹立つから忘れてたけど、サイズが全然違かった……」


「うーん…………そうだね」


「その間やめて?」


二人は仲良く?話しているようだが、何の話かまったく理解ができない。

なんていうか俺の話ではあるようだが。

そんな時、頭に疑問符を浮かべていた俺を、咲がジト目で睨みつけた。


「……うわ、ほんとにわたしだ」


「そっくりだねぇ。私も胸でしか違いがわかんないや」


「あーーー!!気にしてるんだからそれ以上言わないで!!!」


ああ、胸の話か。

先日わかったことだが、咲はどうやら胸のサイズを気にしているらしい。

しかし妹よ、心配することはない。

かつての偉人がこういう言葉を言った気がする。

――貧乳はステータスだ。


「なんか失礼な事考えてる気がする」


「いえまったく」


「……はぁ。もういいよ。ほらいくよ」


俺のフォローに対し、失礼な対応をした咲だが、

諦めたように言葉を吐き捨て、俺に告げた。


「どこにだ?」


「下着買いにだよ。お兄昨日つけてなかったでしょ」


「いおりん…それはさすがにまずい」


話しを聞いた夏歌は、ドン引きの顔でこっちを見ている。

男にとってはよくわからない出来事ではあるが、

女子にとっては信じられない出来事のようである。


「ああ、さっきのサイズって」


「今更察しなくていいの!!!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ということで、近所のデパートにやってきた。

歩いていける距離の為、俺もかなり愛用させてもらっている。

しかし、そんな中で不満が一つだけある。


「……暑い」


「しょーがないでしょ。Tシャツ一枚で外出歩かせるわけにはいかないんだし」


時期は春先。

少しばかり寒さも緩和されており、半袖でも十分過ごしやすくなってきた。

そんな中、俺は咲の冬服のおさがりを着ていた。

黒地のモックネックに、なぜかトレンチコート。

かなり胸の部分を隠す装備にしたかったらしい。


「あ、あったよ下着屋さん」


流れで一緒に着いてきた夏歌が、テンション高めに店先を指で指す。

まさか一昔前まで立ち入ることが禁じられていた聖域に、

俺が入る事になるとは思わなんだ。


「下着って言ってもさ、どれ選べばいいんだ?」


「一応私達高校生になるわけだしね……。これとか?」


「えー、ちょっと派手すぎない?」


あぁ…なんか女子高生って感じではあるんだけど、

なんかすっげー違和感。

心がムズムズしてくる。


「てか採寸してもらいなよ。自分でサイズわからないでしょ」


「え、やってもらわないといけないの?」


「そりゃそうだよ。サイズ合わなかったらずれおちちゃうし」


「うぅ……なんか罪悪感」


店に入ってるだけで罪悪感酷いのに、

そんなことされたら俺の心は完全に砕け散ってしまうかもしれない。

だが、悩んでいる間に、咲が店員さんを呼びに行ってしまったのだった。


「あの、お兄の採寸に…」


「お兄?」


「あっ、違くて!お姉でした」


「あ、はい!どちらの方でしょう?」


そんな会話が遠くで聞こえ、目を向ける。

そこには綺麗な店員さんが俺の方を見つめつつ、

目を煌めかせてこっちに歩いてきた。


「きゃ~~~!!!双子さん!!」


「あ、あははは」


なんだこの店員さん。

双子ってわかった瞬間目の色が変わったぞ!?


「採寸ですね!!お姉さん、こちらにどうぞどうぞ」


「え、あっ、ちょ」


「がんばれ~」


待ってくれ夏歌!!

なんか俺この人コワイ!!!

嫌だ!!


「あああああああああ!!!!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「上下セット3点で8000円になりまーす!」


「もうお婿に行けない……高いし」


学生にとってはなかなか手痛い出費に涙を流す。

この日の為ではないが、貯金を貯めててほんとによかったと心から思う。


「まぁ今は婿じゃなくて嫁なんだけどね」


「あんまり突っ込まないでくれ……自尊心がえぐれる」


「まぁ、いったんはこんなもんかな…。足りないとは思うけど、あとは母さんに頼もう」


これ以上の出費はさすがに俺でも、咲でもきつい。

そうなるとやはり親の金銭を頼るしかない。

まぁその前に母さんに事情を話す事からなのだが……。


「――隅原?いや、咲ちゃん?」


「え」


聞き覚えのある声が耳を通る。

声の主を視線で追うと、そこには昨日あれだけの失敗を見せてしまった、

柊が私服姿で驚いた顔で立ち尽くしていた。


「あれ、華憐ちゃん?偶然だね」


なんでこんなに不運が多いんだ今日は。

よりにもよって柊に出くわすとは……。

俺は下着を後ろに隠しながら、柊に向き直る。


「柊、お、おう。偶然だな」


「なんでそんな暑そうな格好なの……。そちらの方は?」


同じ顔の二人に付き添う、夏歌の存在に気付いた柊は疑問を投げかける。

自分の事を呼ばれた夏歌は、休憩で座っていたベンチから立ち上がり、柊へ返事を返す。


「久しぶり、柊さん!私3-Bにいた五嶋だよ。同中の」


「…ごめんなさい、人の顔を覚えるの、あまり得意じゃなくて」


柊は人付き合いはあまり得意ではない。

中学生の頃は女帝とも言われていたほど、周りを寄せ付けなかった。

唯一同じ部活で熱烈に話しかけてきた咲には心を少し開いたみたいだが。

あ、俺も入ってるけどな。

慢心かもしれんが。


「いいよいいよ。…ふーん、なるほどね」


「……?」


夏歌が何かに気付いたような顔をするが、

理由がわからない柊は怪訝な顔をする。

もちろん何を思っているかは俺にもわからん。


「華憐ちゃんはお買い物?」


「…え、ええ。下着を…買いにきたのだけれど、そこに」


柊の示す場所は、つい先ほど俺らが買い物をした場所だ。

より一層罪悪感が増す。

どう頑張っても下着を購入した事を話すわけにはいかなくなったじゃねえか……。


「……もしかして、また大きくなったの」


「ちょっ、咲ちゃん!隅原もいるのに」


「いーじゃんいーじゃん」


仲良し二人組が何か話しているように聞こえるが、

俺は夏歌の思惑に思考を張り巡らせるのに必死であった。

というか、俺が下着を買いに来たことについてどう隠すか。

それが何より一番なのである!!


「あ、そうだ。隅原」


「ヒャイ!?」


「…なんて声出すのよ」


突然声をかけられたらそりゃ変な声も出る。

怪訝な顔を向けながら柊は、


「おばあ様に事情は話しといたわ。とりあえず前日にもう一度連絡を頂戴。

 性別間違えと言う事で入学書類を作り直すみたいだから」


「まじか!!ありがとう!!」


さすが柊、俺の初恋!

そのところどころ出てくる優しさがほんと大好き!!


「……隅原」


「ん?どうした柊」


「その袋って……」


俺はテンションが上がり切って気づいていなかった。

片手に先ほど買った下着を持っていたことを。

宙に掲げる俺のガッツポーズ。

そして煌めく、柊御用達と思われる店のロゴ入りの袋。


――やべぇ、やらかした。


結局下着を買ったことについては咎められなかったが、

下着をつけていなかった事について咲と共に散々咎められたのだった……。

くそ、夏歌のやつ。能天気に笑いやがってこの野郎!!


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