1.おはよう新世界
※この作品は過去に投稿したものを編集して再投稿になります。
「改めて言わせてくれ」
中学生としての三年間。
その間に、俺は君に恋に落ちた。
「……何?」
「君の事がずっと好きでした。付き合ってください」
いつも冷たかった君だったけど、そこに垣間見える優しさが、
俺の心を満たしていたんだ―――。
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俺、隅原 伊織は人生最大の山場、を明日へと迎えている。
「つぅー……今日もいい鍛え方をしたな」
人生体が資本。
ジム帰りの体は、意気揚々と悲鳴を上げている。
俺にはこの三年間、片思いの女の子がいた。
名前は柊華憐。
彼女との出会いは…まぁ話すと長くなるから今は割愛しておく。
最初は冷たい彼女であったが、俺はひたすらに話しかけた。
逃げられたこともあったさ。
だが、それでもめげずにアタックしに行った。
しかし、三年間が何もないまま過ぎてしまったんだ。
「ねぇー!おいてかないでよお!!」
「わぁー!つかまっちゃった!!」
足取り重い俺の横を、どこぞの女子高生がいちゃつきながら通り過ぎていく。
……俺も女の子同士だったら、もう少し関係性築けていたのだろうか。
――いかんいかん。
俺はあくまでも恋人になりたいんだ。
彼女達のは友情であり、そこに恋愛の二文字はない……と思う。
「ただいま」
「んー、おかえり」
リビングで迎え入れてくれるのは、俺の実の妹の咲。
俺と一つ違いしか変わらないのにも関わらず、その体つきには成長具合が見られない。
だが、顔は非常に整っており、ボブカットの髪型とよい相性を醸し出している。
そんな妹は、ソファにやや投げやりな体制で寝転んでおり、足を投げ出しながらアイスを貪っていた。
「妹よ。大事な話がある」
「なーにー?どうせくだらないことなんでしょ」
「俺は明日告白する」
「ぶふううう!!!!」
ガリガリ君のソーダ味を咀嚼した液が、勢いよく俺の顔に降り注ぐ。
妹よ、なぜ俺の顔を見て噴き出した。
「きったねぇ!!人の顔みて噴き出すんじゃねえよ!!」
「だ、だって、お兄がびっくりさせるからじゃん!!」
そこらへんにかかっているタオルで顔を拭きながら、咲を睨みつけた。
そんな咲は、心底驚いているようで、今だに動揺した顔をこちらに向けている。
「あんだけ理由つけてヘタレてたお兄が……ついに…」
「……まぁな」
高校生活の初登校まで、残り一週間を切った。
俺は猛勉強をし、わざわざ柊と同じ学校を受けたんだ。
でも、どうせなら高校生活ぐらい華やかに送りたいじゃないか。
「――まぁ、正直勝算があるとは思えないけど……、華憐ちゃんに気があるようには見えないし」
「そこは激励の言葉を送るべきだろうが」
咲と柊は、同じ水泳部だった為か、仲が良い。
しかし、兄である俺への態度は非常に冷たいのだ。
やはり性別という壁は、拭っても拭いきれない部分なのだろう。
「まぁ頑張ってよ。お互い気まずくならない程度にね」
「――善処はする」
告白。
言葉一つだけのものではあるが、唯一にして無二の言葉だ。
無論成功すれば、お互いハッピー。
幸せな恋人生活が待っているだろう。
だが失敗すれば、今まで積み上げてきたものが崩れ去り、気まずい関係になってしまうこともある。
「……なんか緊張してきた。やめようかな」
「意思弱っ!!さっきのあたしの賞賛を返せ!」
目がぐるぐると回り、お腹に痛みが走る。
感情が昂るといつもこうだ。
何かと理由をつけ、俺は今まで告白を拒んできた。
「もうっ……!」
「いてっ!」
腹痛によりしゃがみこんだ俺の目の前に、咲の顔が近づく。
その後、両手を大きく広げて、俺の顔を叩きつけた。
「……あにすんだよ」
「大丈夫だって。失敗したら慰めてあげるから」
顔を両手で潰されながら、不貞腐れる俺に声をかける咲。
もう完食してしまったアイスの棒を口に咥えながら、裏表のない笑顔で笑いかけてきたのだった。
「……ありがとう。頑張るわ」
「うん、頑張ってお兄」
やはり恋愛において頼れるべきは相談相手か。
この3年間、柊との関係を事細かに俺は話していた。
色々アドバイスを受けつつ、できるだけアピールはしていったつもりだが……。
なるようになるしかない。
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俺はその日、早めに床についた。
学校は卒業しているので、時間には余裕がある。
しかしながら、逸る思いで胸がどうにかなりそうだったからだ。
そんなこんなで朝を迎えた。
黒いカーテンの隙間から差し込む光が、少し眩しい。
目を擦りながら、完全には起きてない脳に必死に鞭を打ち、
時計の針を見てみた。
「……6時か」
待ち合わせ時間場所は近場の公園。
午前十時だ。
早い時間帯ではあるが、仮に成功した場合そのままデートにしゃれ込むことができる。
咲から怪訝な目をされてはいたが、なんとか押し切ったのである。
「よし、起きとくか」
俺は早めに起床することにした。
時間に余裕があるとはいえ、一世一代の大勝負だ。
覚悟を決める時間が欲しい。
ベットからのそのそと起き上がり、クマなどができていないか顔を鏡でチェックする。
「……ん?」
そこに俺の姿は映っておらず、思わず怪訝な表情を浮かべる。
しかし、そこに映りこんでいるのは怪訝な表情をした、わが妹である咲の姿であった。
いつのまに部屋に入り込んだんだこいつ。
「ん~~?」
首を傾げてみた。
咲も首を傾げる。
両手を広げてみた。
咲も両手を広げる。
「……」
手で顔を摘まんでみた。
鈍い痛みが、頬を流れた――。
「はああああああ!!!?」
――俺は女の子になった。
「うるさいお兄…何時だと思ってんのぉ……母さんいなくてよかった……」
乱れたパジャマ姿で乱入してくる、本物の姿の咲。
眠そうな顔をしながら見せるその表情は、たった今自分で見た鏡と同じ顔である。
「…え、ドッペルゲンガー…?」
「咲……どうしよ」
「どなた……?」
「俺、お前になっちゃった……」
「―――えええええええええええええ!!!!!!」
二度目の絶叫で、近所から苦情がきたのは言うまでもない。
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「話を整理しよう」
近所への対処、もとい謝罪を咲が穏便に済ませ、二人同じ顔でテーブルに着く。
なんの因果か、肘をテーブルへと突っぱねて、顔の前に抱え込む。
通称碇ゲンドウポーズである。
「お兄が、女の子になっちゃった……と」
「……みたいだな。しかもお前にそっくりに」
「そこは……兄弟だからしょうがないけど…ってそこじゃない!」
噛みつくように吠えながら、咲は俺に向かって指差す。
「なんで!?何があったの!?いつもの目つきの悪いつんつん頭のお兄を返して!」
「何もしてねえよ……普通に朝起きたらこうなってて何が何だが」
そもそも朝起きたら性別が変わるなんて奇想天外な事が起こるとは、だれが予想できようか。
おまけに妹の顔と瓜二つである。
俺だって返せるものなら返してほしいわ!!
「てかまじで見分け着かないじゃん……どうするのよ」
「安心しろ、咲!!」
不安がる妹を嗜めるのも兄の役目。
性別は変わってしまったが、そこだけは守っていきたい。
「胸はなぜか俺のほうがある!ほら、結構あるぞ!!」
俺はその瓜二つの顔で、胸を突き出しながらサムズアップした。
顔で見分けられないのは痛いが、この際しょうがない。
「――っ!!」
「いってえ!?」
俺の完璧な提案に、咲は胸に張り手をぶちかます。
激しく揺れる胸の感覚に、俺はその場に倒れこんだ。
おかしい、自分の体じゃないみたいだ。
「馬鹿な事言ってないで、もっと他の心配しなよ!!」
「……他?」
「こ・く・は・く!!」
――告白。
その一言で、俺は痛みを忘れるほど青ざめた。
やばいやばいやばい、どうしよう。
会っても俺とはわかってくれない。
いや、それどころじゃないだろ!!
Q:告白直前に性別が変わってしまった場合の対処法を答えよ。
俺は必死に考えた。
頭をフル回転させたのはいつぶりだろうか。
しかし、そんな気合とは裏腹に、答えが全く出てこない。
腕を組みながら必死に考えを巡らせ、ようやくいくつか案が出てきた。
A1:咲のフリをしてやり過ごす。
「華憐ちゃんごめん!お兄が事故って入院しちゃって!!急にこれなくなったの!!」
「えぇ!?大丈夫なの!?」
だめだ。
ここで印象を悪くしないために下手に嘘を着いても墓穴を掘るだけだ。
何より俺の心が痛い!!
A2:メールで急にいけなくなった事を伝える。
【すまん、急な用事でいけなくなってしまった】
【休日に呼び出しておいて何なの。私の時間を返してほしいものだわ】
だめだ!!
伝えた瞬間俺の心は木っ端みじんになる。
告白どころの騒ぎではない。
いや、既に告白どころの騒ぎではないのだが。
そして最後だが……ぶっちゃけ、これが一番最適解な気がする。
「咲」
「なに」
「告白…ついてきてくれないか」
「はぁ!?同じ顔の二人が急に出てきたら、華憐ちゃん困るでしょ!」
華憐の兄弟は俺しかいない。
それは柊も知っている事実だ。
だが、それこそが俺の考えなのだ。
「事実を打ち明けるしかないだろ」
「――それは別にいいけど」
俺の言葉の含みに感づいたのか、心配そうな表情でこっちを見る咲。
やはり兄弟か、考えている事はすぐに見通せるものだ。
「いいの…?告白できる雰囲気じゃなくなると思うけど」
「……いいんだ」
元々勢い任せの作戦だ。
大丈夫。
明るい未来が待っているはずだ。
――だってそう。
「女の子同士だったら、もっと仲良くなれるかもしれないしな!!」
「うわぁ……」
ドン引きの顔を浮かべる咲を横目に見ながら、俺は輝いた表情を見せつけた。
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「いいか咲。俺が合図するまでここに隠れていてくれよ」
「んー…わかったけど」
時刻は十時前。
待ち合わせの公園に来たものの、思った以上に早めに柊は着いていた。
かくして、俺らは大慌てで茂みに隠れ、作戦を練ったのであった。
俺が先に出て話をする為、後ほど咲が合流する作戦だ。
しかし、その作戦に何が不満なのか、咲は怪訝な表情でこちらを見ていた。
「…なんだよその顔」
「いや、顔が一緒だから別にいいんだけどさ、お兄があたしの服着てると考えるとなんか違和感が……」
ここに来る前の出来事である。
いつも通りの格好をしようと思っていた俺だったが、
想像通りまったくもって体系が合わなかった。
俺の元の身長は180前半。
体もそこそこ鍛えていたし、まぁまぁ体つきはよかった。
比べると咲は身長も低いし、何よりスリムな体系だ。
一応着てみたはいいものの、見る影もなくダボダボだったわけで。
結論、咲の服を借り、告白の勝負に向かうことになったのだ。
「……お兄、もしかしてブラしてない?」
「え?ああ。さすがに下着借りるのはまずいと思ったし」
「馬鹿なの!?よりによって貸りた服も薄いTシャツだし!!同じ顔なんだからやめて!!」
妹が何を言っているのかがまじでわからない。
てか、男の俺が着けるのはおかしいだろ。
あ、でもまぁ今は女ではあるけど。
俺は納得のいかないなんともいえない顔で咲を見つめ続けた。
「あぁ!!もう微塵もわかってない顔!!」
「そりゃ、まだ今日なったばっかだし、実感湧かねえよなあ」
「違うんだって!!ああもう、同じ声、同じ顔でこんなことされるのがむず痒い……」
「―――咲ちゃん?」
一応言っておくが、今の会話はほとんど小声で話しているわけではない。
茂みに隠れてはいるが、まぁまぁうるさいほうだったのではないか。
そうなると、まぁ、彼女に存在がばれるのは、当然っちゃ当然なのである。
「あ、あの、これはその」
「隅原がくるって聞いてたんだけど……そちらの方は?」
言葉に詰まる咲。
滝のような汗を流しながら反対を向く俺。
戸惑う柊。
状況が掴めない3すくみで、綺麗なフォーメーションが築かれていた。
「……コンニチワ」
俺は観念して、柊のほうへ顔を向けた。
ああ、いつみても綺麗だな。
黒髪のロングヘアに、蝶々をあしらえたヘアピン。
そして切れ長ではあるが、いつも少し気怠そうな瞳が、
ミステリアスさを醸し出している。
「えっ!?咲ちゃんが二人!?」
「あ、その華憐ちゃん、これは話せばちょっと長くなって……」
「じ、実は双子の妹なんですぅ~」
この期に及んで、テンパった俺は苦しい言い訳を話す。
が、その声は柊に聞こえる前に、咲に叩き落とされていた。
俺の顔面と共に。
「え、え!?何!?」
「…はぁ」
地面に倒れこみながら、うめく俺。
呆れたように溜息を吐く咲。
相変わらず綺麗な顔で困惑する柊。
仰向けに倒れながら、今日も綺麗な空が広がっていた。
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「というわけなの」
「……話は理解したけど……華憐ちゃんも冗談とか言うのね」
冗談だったらいいのになあ。
今頃は告白が成功し、手をつないで、町へとデートへ繰り広げる予定だったのに。
「ジョウダンデハナイノデス」
「なんで片言なのかしら」
「気にしないで…兄もテンパってるの」
二人に素で心配されるが、俺は人生で一番の落ち込み具合を見せていた。
確かに女になることは男ならば一度は憧れるかもしれん。
だけど、それは今じゃなくてもよくないか!?
神様がその場にいるならマウント取って2、3回ぶん殴ってるところだぞ。
「隅原。ちょっと顔見せて」
「うぇ!?」
ふいに顔を両手で掴まれ、その綺麗な顔がこちらに近づく。
いつもだったらあり得ない行動に、俺はちょっとテンションが上がる。
でもこのシチュエーションは男のほうがよかったぁ!
「見れば見るほど咲ちゃんに似てるわね……見分けがつかわないわ」
「そうなんだよぉ。私でも間違えそうになるくらい」
「……そうね」
「華憐ちゃん?」
咲が冗談を言ってる中、柊の視線は顔から胸に代わっていた。
そのことに気付いた咲は、なんでそんなことを言うの?
とでも言いたげな顔で柊を見つめる。
その咲の視線に耐えかねたのか、柊は俺から手を離し、顔を背けてコホンと一言、
「――でも、本当だとしたら、まずいことになるわね」
「どういうこと?」
「だって、学校はどうするのかしら。何故か私と一緒の高校でしょ?」
「「あ」」
同じ顔の兄弟がシンクロする。
忘れてた。
一週間後には入学式なのだ。
「あ、あ、あどどどど、どうしよう!!」
「お兄……来年頑張ろう」
「勝手に人を浪人させるんじゃねえ!!」
何てことを言い出すのだこの妹は。
しかし、実際問題どうしよう。
女子になりましたーとかいきなり言っても何言ってんだこいつ状態だし、
入学先の高校には何もコネとかは……ん?
「…なぁ柊」
「なにかしら?」
「お前の祖母……阿澄の理事長じゃなかったっけ」
阿澄高等学校。
俺らが通う予定の、公立の高校である。
確か話の噂には聞いたことがある。
柊の祖母が理事長を務めていると。
「おばあ様に頼みこめってこと!?」
「頼む!!必死になって勉強して、なんとか受かった高校なんだ!!事情を話してくれ!!」
俺は土下座し、頭を擦り付けながらお願いした。
二人はその行動に唖然とした顔をしているが、かまわない。
俺は高校に通いたい。
形は違えど、柊と一緒に通うことが夢なのだから。
「ちょっと、やめなさいよ」
「そうだよお兄、あたしの顔で変な事しないで」
「お前が……」
「……?」
「お前が断るっていうのなら、俺は全裸で町中を走り回る。そう、お前の顔でだ。」
我ながら素晴らしいアイデアを提案したものだ。
そのあまりの迫力に、辺りが緊迫している。
「華憐ちゃん。お願いします。」
「咲ちゃん!?」
同じ顔の二人がシンクロの土下座をしているのだ。
これで断る人物はいない。
ああ、なんか咲に申し訳ない事したな。
アイスでも買って誤魔化すか。
「――うぅ、わかったわよ!!」
さすがに耐えきれなくなったのか、嫌そうな顔をしながら柊が折れた。
俺は心の中でガッツポーズをした。
「ママ―、同じ顔のお姉ちゃんがドン引きしてるお姉ちゃんに土下座してる」
「しっ、見ちゃいけません!」
まぁ周りの視線に耐えられなくなったのもあるだろう。
「恩に着る!!」
「た・だ・し!!」
「ただし?」
「入学までの一週間で、病院で原因を究明する事!!治るのだったらそれが一番いいんだから!」
確かに柊の言っていることは一理ある。
俺だって男になって登校はしたい。
告白は…まぁ途中からでもできるからな。
「治らなかったら?」
「治らなかったら……せめて女らしさを磨いて……。咲ちゃんから教えてもらえるでしょ」
「イエス、マイマム!!」
咲はなぜか目を光らせながら、柊に向かって返事をし、
柊はそれを見て不安そうに溜息を吐いた。
そんなこんなで、俺の告白大作戦は、必然的に失敗に終わった。
とにもかくにもまずは病院に行かなければならない。
原因を追究することは、重要だからな。
そして、治った暁には、時期を見て再度告白をさせてもらう。
もちろん諦めてはいない。
だが、本当にやっていけるのだろうか……。
「―――結局、呼び出した用事はなんだったのかしら……」