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【異世界恋愛】不惑女3

2020年 12月13日

29,927文字   ⬅文字数注意


これはお気に入りユーザーさんの企画に書き出したもの。タイトルは仮。3なのは第3回にむけて(笑) 第1回と第2回は参加。

ちょっとエロありなので、R15にするか悩むところ。

ムーン案件かもしれない。


女主人公(一人称視点)

身分差

魔法なし



 

 お使いの帰り、大通りで立ち往生していた馬車に大工の親方を引っ張っていった。

 困っていた馭者さんに頼まれたから親方を連れて行ったのに、なぜかその馬車の持ち主の屋敷で働くことになった。


 やっと首の座った弟を背負いながらのお使いだったのが目を引いたのか、その時に馬車に乗っていた大奥さまの指名である。

 長女なので弟妹の世話があるからと言うと、思いがけない額の給料を提示され即決。母の手仕事よりずっと高額だったので母は家事子育てに専念できるようになった。

 昼間に大奥さまの世話をするという短時間の仕事は、まだまともな固定の働き先がない10歳の私にはとても良いものだった。しかも通いで良いという破格の待遇である。


「大奥さまこんにちは! 今日もよろしくお願いします!」

「よろしくね、メニ」


 いつもおっとりニコニコしている大奥さまは、領主さまのお母さんだ。

 領主なんて生きてるうちに会えるとは欠片も思っていなかったので、奉公先が離れとはいえ領主宅なことに驚いた。庭の隅に生えた雑草すら高価に見え、むしっていいかかなり迷った。


 ご領主夫妻は王都に住んでいらっしゃるが、こちらに戻ってくるのは月に一度程度。わりと平和な我が領は屋敷の使用人たちと大奥さまとでほぼ運営できているらしい。大事(おおごと)は当然領主さまの認可はいるが。


「しっかりしている息子夫婦で良かったのだけれど、やっぱりどこか寂しくて」


 小さくため息をつく大奥さまの髪は半分が白くなっているが、日に当たるとキラキラ光る。町の奥さんたちはマメに染め粉を使っていたが、白髪になるのも良いと思わせる美しい髪だ。貴族すごい。


 黙っていれば儚い老婦人なのだが、とにかく元気。庭を散歩すれば私の方が先に息が切れるし、しかも大奥さまはその間ずっと喋りっぱなし。弟妹の世話の方が楽だったかもと比べてしまうほどだ。

 ……私……いる?


「やっぱり女の子はいいわね!」


 子供は男のみ、孫も男ばかりで、女の子をそばに置きたくなったところに私が目に入ったそうだ。

 お屋敷で働くひとたちの子供もいるのに、なぜ私なのか。


「孫と並んだら似合いそうだったからよ。うふふ」


 似合ったらどうなのだろう……? お人形遊びみたいなもの?

 実際、お屋敷で働くメイドさんたちと同じお仕着せを私も着ている。普段着ている服よりちょっとだけ窮屈だが、スカート丈はメイドさんたちより少し短めなのが可愛い。こういう服ならいくらでも着させてほしい。ぜひ。



 *



 10歳にできる大人の世話などほとんどない。午前中の散歩の付き添いが主な仕事で、お昼ごはんを一緒にとり、午後に本を読んでもらい、終了だ。はっきり言って私の方が面倒をかけている。

 だけど、大奥さまのお話は難しいことも多いが話し方が面白おかしく、テーブルマナーを教わるとお屋敷で作られる芸術的な料理も美味しくなり、本を読むための文字も覚えられた。

 ……やはり私の方がお世話をかけている……


 でもそのおかげで、ご領主夫妻に会った時にあまり緊張せずに挨拶ができた。

 ご領主夫妻は大奥さまが市井の小娘をそばに置いたことを心配していたようだが、クビにするほどでもないと思ってくださったようだ。良かった。


「あら、シンは来なかったのね」

「申し訳ありませんお義母様……急に仕事が入ったと……」

「そう、王子付きも大変ねぇ。もう半年もこちらに来ていないし、そろそろ顔を見せないとお見合いを組むとでも言っておいて。それとも良い人ができたのかしら?」

「見合いの件があるなら進めてもらって構わないよ、母上。あいつも20歳になるんだ、いい加減落ち着いてほしい」

「まあまあ、あなたはやっぱり仕事以外は頼りないわね。ねえ?きちんと大事にされているの?」

「もちろんですわお義母様。休日の半分は二人で過ごしていますし……」

「あら!うふふ、いいわねぇ」

「……やめてくれ恥ずかしい」


 仲良しだなぁ。

 先日及第点をもらったばかりの腕でお茶係をしながら三人の様子を見ていると、いつの間にか帰る時間になっていた。


「あらもう時間だわ。メニ、もう帰りなさいな」

「はい。大奥さま、失礼いたします。ご領主さま、奥さま、失礼いたします」

「また明日ね」

「はい!」


 ご領主さまがいらっしゃったから私は邪魔かと思っていたので、また明日と言われてとても嬉しい。ご家族と過ごされる大奥さまが楽しそうで、それも嬉しい。

 そのゆるんだ顔のまま使用人のみんなに帰る挨拶をしたら、なぜかあちこちから駄菓子をもらってしまった。みんな色々持っているんだなぁ。

 あ、ご領主夫妻がいるのがみんな嬉しいのか。今日は得をしちゃった。



 *



「誰だお前は」


 それから三ヶ月経つ頃、大奥さまの付き添いの他にも、屋敷のメイドさんのお手伝いをさせてもらえるようになった。先輩たちが軽やかに仕事をこなしていく後ろをせっせとついていくだけだが、それだけでも目が回りそうだった。

 洗濯物を干し場へと運んでいる時にかけられた声は男性のもので、一番下っ端の私に向けられたものだとすぐに振り返る。そしてすぐに頭を下げた。


「はい。大奥さまのご温情でお屋敷に通わせていただいておりますメニと申します」


 おお!噛まずに言えた!

 先輩たちに教えてもらった文言をとちらずに言えて緊張よりもほくほくだ。お屋敷にいらしたお客さまに声をかけられたらこう返して、お客さまが通り過ぎるまで頭を上げないようにと習った。


「本当に子供じゃないか。お祖母様は何を考えているのか……」


 あ。どちらのお孫さまだろう?

 ご領主さまの息子さまもまだ見かけたことがないが、ご領主さまのご兄弟一家ともまだお会いしたことがない。名前は教わっているが、さて、どちらさまだろうか。

 いいと言われないので顔をあげられないし、早く洗濯物を干しに行きたい。用が済んだならさっさと行ってほしい。


「メニ、だったか。もう行っていいぞ」

「はい。失礼いたします」


 なるべくお孫さまの顔を見ないように下がり、干し場へ急いだ。お顔を見るせっかくの機会だったが腕の限界も近かった。

 しかし、大奥さまとのお茶の時間に会えた。


 ご領主さまのご子息のシュレインさまは大奥さまの向かいのソファにいらした。髪の色は奥さまで、目は大奥さまとご領主さまと同じ。

 ……私と並んでもご子息の方が神々しいだけではないだろうか?

 あ、別のお孫さまとということか。緊張していた体がほぐれ、いつも通りのお茶を淹れることができた。


「メニ、そのままシンのそばに立っていてちょうだい」


 とても楽しそうな大奥さまの頼みにシュレインさまは困ったようだ。カップを持つ手が止まった。ああ、美味しいうちに飲んで欲しかったな。

 特に何をするでもなく、シュレインさまが座る一人掛けソファの斜め後ろに立つ。シュレインさまからは困惑の空気が漂うが、正面に見る大奥さまはご機嫌だ。


「うふふ、やっぱり私と旦那様みたいだわ」


 ……どこが?

 思わず、振り返ったシュレインさまと見つめ合ってしまった。シュレインさまの表情からは困惑しか感じられず、私の顔はそれ以上に困惑しているだろう。あ、使用人として失格になっちゃう。


 まず大奥さまと私は全然全く似ていないし、シュレインさまの方が今は亡き大旦那さまよりも大奥さまに似ている。かと言って私が大旦那さまに似ているわけもない。肖像画と大奥さまのお話でしか存じ上げないが、性格だって何ひとつ重なる部分はなかったはずだ。


「……どこがお祖母様たちと似ているのですか?」


 声に出してしまったかと手で口を隠しかけたが、シュレインさまからの疑問と気付き、動かずにすんだ。


「うふふ内緒よ。さあシン、こちらに帰って来た時には必ず一度は私の前でメニと並んで頂戴ね」


 身も蓋もない。

 ため息をついたシュレインさまはともかく、私には後で理由を教えてくださらないだろうか。そうしたらシュレインさまに気付かれないように、かつ、大奥さまから見えるところでサッと並んで離れるようにできる、かもしれない。

 ……まあ、シュレインさまは王子付きの近衛騎士なので、その行動は私の妄想に終わる気配しかないけれど。


「わかりましたよ……はぁ」


 驚いた。シュレインさまが了承なさった……

 驚きが過ぎて冷静になれた。大奥さまは並べとだけ仰った。それは一瞬で済むことだ。シュレインさまにはそれを叶えるなど造作もない。なーんだ。良い人だ。

 不承不承の様子ではあったけど。


 その後シュレインさまは毎月こちらにお帰りになるようになった。

 なんだ、お祖母様思いだなぁ。



 ◆



 三年後。お屋敷で働く同い歳の子たちと貴族学園に通うことになった。

 貴族学園は創立当初は文字通り貴族だけだったが、ご領主さまが通われていた頃には平民も通いはじめ、王城や貴族のお屋敷などに就職しているらしい。普通の平民は教会などで必要最低限の文字や計算を教えてもらう程度で、商家などに仕事が決まれば、そこの先輩に詳しく教わる。


 お屋敷で働くみんなは学園卒業組だ。庭師さんまで通ったと聞いた時にはだいぶ驚いたが、今は庭師協会のまとめ役をしているというのだから、平民が学園に通うことは未来が広がる。しかし、その費用はお屋敷持ちだという。なんという太っ腹。そこまでされたらここのお屋敷につとめるしかない!


 でも代々お屋敷に仕えるみんなはともかく、私は行く気はなかった。寮生活になるから大奥さまに会えなくなってしまうし、その間の私のお給金がなくなるのもわりと困る。


「あら。メニの制服も注文してしまったし、あなたのお父様に新しい仕事を都合するわ」

「え!」

「卒業できたら就職先を世話してあげるから行ってらっしゃいな。もちろん、屋敷に戻ってくれたら嬉しいわ」

「大奥さま……!」


 大奥さまは私の神様だ。



 ✳



「何をしている……」


 空き教室の掃除です。

 机の上の雑巾がけを終えたら、シュレインさまが教室の出入り扉に寄り掛かっていた。え?なんで放課後の学園にシュレインさまがいるの?


「年に数回、学園に王子の視察がある」


 へぇ、王子様はそんな仕事もあるんですね。おつかれさまです。


「メニ。なぜ一人で掃除を?」


 毎月大奥さまの前で並ぶだけの仲だが、シュレインさまもお屋敷のみんなを大事になさっているのはわかっている。だから、この質問には正直に応えなければならない。


「えー、現在、複数の同級生に嫌がらせの標的にされています。いい加減腹が立ち過ぎて先生に許可を取り空き教室を掃除しておりました。どの教室より綺麗にしてやりましたよ、お屋敷の掃除技術見さらせってもんです、フン!」


 怒りでふんぞり返り、言葉遣いの荒い私にシュレインさまは呆れをにじませた。


「……()()の他の子たちは?」

「あ、寮は階で貴族と平民が別れていますので、寮の部屋では普通に仲良しですし、作戦会議もしています」

「そうか。作戦会議……?」

「はい。今のところ標的は私だけですので、その間によそのお家の子たちと情報の共有、交換、仲良くしてもらっています」


 毎年、少なからず平民は貴族から嫌がらせを受けるらしい。学園での人数は貴族の方が多いし、平民と同じ授業を受けることが我慢ならない人もいる。今年はそんな人が多いようだ。

 平民と言いながらも貴族のお屋敷で長く働く家庭の子なので、貴族の子とも顔見知りだからそうそうひどいことにはならない。が、私は大奥さまに拾われただけで、住処は変わらず下町だ。学園に通う平民の中でも()()()になるらしい。どんな位なんだ馬鹿馬鹿しい。


「お屋敷のみんなは守ってくれようとしてくれますが、私が断って今のかたちになっています。お屋敷の子だけで固まっては私以外の子も標的になってしまいますし」

「教師には?」

「担任と寮長には報告しています。他の先生とはまだ仲良くないのでできていません」

「他の誰かには?」

「そんなことしません」

「なぜ」

「負ける気がしないので」


 足を引っ掛けるだの、食事に水を掛けるだの、教科書を隠すだの、下町育ちをナめてるのか。こんな程度を嫌がらせと思っているとは可愛いものだ。下町での最大の嫌がらせは空き巣だ。放火も何年かに一度あるらしいが被害が大き過ぎるので殺人を犯した並みの極刑になる。


「食事に水!?」


 シュレインさまの凛々しい眉毛が逆立った。


「下町の食事事情では、食べられる物に飲める物が混ざったところでなんの問題ありません。美味しくなくなるのは残念ですけれど」


 そう伝えるとシュレインさまは息を詰めた。そういうところから来てるんですよ、私。だから大奥さまには大大大感謝しかないし、色々教えてくれるお屋敷のみんなにも大感謝である。

 ならばこそ、大恩ある人たちの子供である同級生を嫌がらせに巻き込むわけにはいかないのだ。


「担任の先生も若い方なので、まだ上手く采配できないんだと思います。相手には公爵家の子もいますので」

「……そこまでわかっていて、なぜお祖母様に言わない」

「こういう隙をついてこその策謀です」

「……お前は何を目指す気だ……」


 シュレインさまは呆れながらも私のやりように納得してくれたようで、苦笑なさった。


「どうにもならなくなったら相談します」

「阿呆。相談というのは何かが起きた時に円滑に行動するために事前にしておくものだ。お祖母様に心配させたくないならば俺に言え」

「でもシュレインさまはお忙しいのに」

「お前も入学したばかりで学園生活が忙しいだろう。根回しの仕方を教えてやる」

「ありがとうございます!」

「……喜ぶところじゃないからな」


 そう言うとシュレインさまは私の頭を撫でた。

 ……う、うわあ……!は、初めて撫でられた!手ぇ大きい!


「ただし、危ない事はするなよ」


 その時のシュレインさまの表情をなんと言ったらいいのだろう。

 いたずらをしようとしている弟のような、つまみ食いに成功した妹のような。とっておきのお菓子をこっそりくださる大奥さまのような。


 ああ、こんな表情もするんだ、と見惚れた瞬間。


 恋をした。



 ◆



 シュレインさまに恋をした。

 だからと何があるわけでもなく日々は過ぎ、私は最終学年になった。

 自分でもびっくりするくらい、シュレインさまの前でも平然とできた。……あれ?私シュレインさまを好きだよね?と自問自答してしまうほど。


 好きな人の前では動悸が激しくなり、一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)にいちいち反応し、日がな一日悶々にやにやしているのが、世間一般でいう『恋』ではないのだろうか。


「どうした?」


 月に一度の大奥さまの前で並ぶ時。愛しの人の隣に立つという湧き上がる歓喜を抑え込める自分に内心呆然としていると、シュレインさまに見下ろされていた。あ、この角度も格好いい好き。


「シュレインさまのお土産が残っているか心配で」

「毎月のことなのに、毎度気になるのか」

「いつも違うお菓子ですから。王都のお菓子屋さんてそんなにたくさんあったかしら……」

「同じ店でも種類は色々あるしな」


 学園での嫌がらせについてシュレインさまに申告してから、毎月の里帰りにお屋敷の子たちとシュレインさまの馬車に同乗させてもらうようになった。私たちにはシュレインさまがついていると見せつけるのと、やっぱり家族に会いたい私たちを気遣ってくださったのだ。ありがたや。

 ただし、一泊なのであっという間だ。シュレインさまの都合がつけば二泊三日になる時もあるが、長期休暇以外は今まででも一度しかない。やっぱりシュレインさまは忙しい人なのだ。


「最終学年になったけど、メニは卒業後にはこちらに戻るか決めたかしら」


 15歳になった私は背が伸び、大奥さまを追い越してしまった。成長を喜んでくださった大奥さまの髪は今は真っ白に。


「その事でお祖母様にお願いがあります」

「シンが?珍しいわね。なあに?」

「王城の事務方にメニを推薦しようと思いまして」

「あら!いいわね。でも王はそんな革新的な方だったかしら」

「王子が」

「ああなるほど。派閥も大事だけれど、次代を試さない理由はないわね」

「平民出身の女性役人は少ないですが、メニならやってくれるかと」

「頑張ってるものね。成績をずっと10位以内に維持するなんて思っていなかったわ。最後のテストまで順位を維持できたら特別手当を出さないと、うふふ。でもシン、その事はメニに伝えてあるの?」

「まずはお祖母様に、と思いまして」


 いやそこは私では?

 すっかりお屋敷に就職させてもらうつもりでいたが、実は事務職にも憧れていた。シュレインさまの推薦というのも嬉しい。王城勤務は激務だがお給金もそれに見合うものらしい。上の弟や妹も不定期の仕事をするようになったが、まだまだ育ち盛りだ。


 でも。大奥さまには御恩がある。

 返事をしかねていると、大奥さまは微笑まれた。


「旦那様がね、教育さえ行き届いていれば屋敷に勤める以外の平民にも優秀な者はいる、とずっと仰っていたの。メニ、あなたはその証よ。私も鼻が高いわ。でも王城が合わなかったらうちにいらっしゃいね」


 大奥さまは私の女神だ……!


「王城ならシンもいるし、困った時には頼りなさいね」


 私の志しに下心が入った。


「お祖母様、推薦はしますがまだ決定ではないですよ」


 そうだった。採用試験を合格しなければ勤務できない。それに、シュレインさまは王子の近衛騎士だから、いくら同じ王城勤務になったとしても簡単には会えない。……ということは、お屋敷に勤務するのと同じか……

 下心は瞬時に小さくなった。

 よし。シュレインさまに会いに行ってもおかしくないくらいに認められるように頑張ろう。何年かかるかなぁ。


「メニ。特別手当に要望があれば聞きますよ。みんなが帰って来たらお屋敷だけでパーティーをするから、ご馳走はもうありますからね」


 至れり尽くせり。

 王城に住み込みになってもお屋敷に足を向けて寝られない。

 大奥さま大好き!


 ポットが空になってしまったので一旦下がる。それに合わせてシュレインさまも部屋を出られた。領地に帰っていらしてもいつも忙しそう。

 しかしなぜかシュレインさまは私の隣を歩いていた。


「メニが王城勤務に内定したら俺も何か祝いをやらないとなぁ」

「え!推薦をいただけるだけで身に余ります」


 こうしてお隣を歩くだけでご褒美です!


「まあ、あまり高価な物をやっても持て余すか……」

「はい」


 いつももらえるお菓子で充分です!


「香水は?」

「それこそ恋人に贈るものですよ」

「成人するわけだし、いつまでも菓子ではなぁ」

「シュレインさまの選ばれるお菓子はどれも美味しくて、みんなと一緒に幸せになれます」

「ふっ……そうか」


 そうして微笑んでくださるだけでご褒美です。



 ◆



 卒業後、大奥さまの宣言通り、お屋敷で私たちのお祝いパーティーが行われた。卒業とともに成人も済ませたとみなされ、それも含まれた。さらに私の王城勤務決定もみんなに喜んでもらえて嬉しいやら照れるやら。

 無礼講のそのパーティーは、使用人一同が大奥さまと一緒に食事をする。なんとご領主夫妻もお帰りくださり、シュレインさまも大量のお菓子と共に現れた。


「もう、お菓子ではなくて恋人を連れていらっしゃいよ」

「いたら連れてきますよ」


 奥さまが呆れてもシュレインさまはどこ吹く風。

 しかし、仲間とお菓子に浮かれていた私の頭は冷めた。

 よく考えなくても、シュレインさまは私より10歳も年上で、結婚適齢期中だ。女なら嫁き遅れだが、男ならまだまだ余裕がある。なんなら初めてお会いした時からすでに適齢期のシュレインさまから恋人の話を聞いたことがない。

 まあ、ただの使用人である私に教えてくださるわけもないが、使用人同士の会話でもシュレインさまの恋人について具体的な話はない。デートは何人かとされているようだが。


「もしや、私のせいで恋人さまとのお時間がなかったのでしょうか」


 お酒を注ぎながらこっそり詫びる。シュレインさまのおかげで学園での嫌がらせはあれからすぐに収まった。それでも馬の合わない連中はいたが、概ね充実した学園生活を送れた。だから成績も10位以内を維持できた。


「まさか。王子の側は忙しくてな、そんな気にならないだけだ」


 その気になれば恋人なり婚約者なりができるということか、そうですか、そうですね。


「そういうメニはどうなんだ?毎月俺という虫がついていたからな、恋人ができなかったんじゃないか?」

「こんな高貴な虫ならむしろ自慢です。勉強を頑張れば大奥さまが喜んでくださるので、それしか考えていませんでした」

「相変わらずのお祖母様命だな、ははは」

「大奥さまは私の女神ですから」

「ははは!」


 宴会は遅くまで続き、先に休むという大奥さまを寝室までお送りする。私は就寝のお世話はまだできないので、大奥さまに部屋の前でおやすみの挨拶。


「おやすみ、メニ。明日はゆっくりなさいね」


 どうせ遅くまで宴会は続くだろうからと、家にはお屋敷に泊まると了解済み。明日は使用人全員が昼まで寝ていなければならないと言われている。そんな決まりがあるお屋敷なんてここだけではないだろうか。素敵。


 その後宴会は本当に真夜中を越え、徐々に死屍累々の有り様になってきた。うわ、ご領主さままで転がっている……

 奥さまは先程寝室に向かわれたが、なかなかの酒豪であらせられた。素敵……!


「よし。父上も潰れたことだし、俺も部屋に戻る」


 シュレインさまもかなり飲んでいたとは思うのだが、顔色はさっぱり変わらない。しかし立ち上がる時に少々フラついたので腕を掴まえて支える。


「お部屋までお供します」

「そうか、すまないな」

「私もそろそろ休ませていただきますので」

「そうか」


 さっきフラついたのは何だったのか、シュレインさまはしっかりした足取りで部屋へ向かわれた。……私、何しに付いてきたんだっけ……?


「メニ、本当に欲しいものはないのか?王城勤務も決まったし奮発するぞ」

「え、それでお菓子をくださったのではないのですか?」

「まあそうなんだが。俺だって10位以内になったことはあるが、ずっと維持はできなかったから素直にすごいと思っているんだ」

「……ありがとうごさいます。そのお言葉をいただけたことが誉れです」

「メニは欲がないなぁ。俺など父上に馬を強請ったぞ、ははは」


 シュレインさまのご自身の話を聞けることがすでにご褒美です。こうして気にかけてもらえるだけでもすごいことなんだけどなぁ。これが身分の違いかな……


 シュレインさまの部屋の前に着くと、ふと悪戯心がわいた。


「では、キスをくださいませんか」

「ははは、なんだ、メニも酔っていたのか」


 成人の祝い酒として大奥さまが私たちに選んでくださったワインはとても甘く飲みやすかったが、度数はそれなりなので一杯でやめた。私の舌には下町の安いエールで充分なのかもしれない。

 酔った勢いでと思ったが、しっかり冗談と認識されてしまった。なんだ、シュレインさまもさほど酔っていないようだ。残念。


「ふふふ。シュレインさまとお酒の時間を過ごせて嬉しかったです。お菓子もご馳走さまでした。では、おやすみなさ―――」


 シュレインさまの手が頬を撫でたと思ったら口づけられた。

 ほんのりかさつく唇が触れ、少しずつ舐められて湿っていく。驚きで息ができず、思わず口から空気を吸い込むと、同時に熱いものが入ってきた。

 後頭部を抑えられ、腰を抱き込まれ、口内を蹂躪されて息も絶え絶えになってやっと開放された。足から力が抜けたが、抱き込まれたままなので床にへたり込むことはなかった。


 ……あぁ……どう、やって、部屋まで……歩ける、かな……


「覚えておけ……酔っぱらいにキスを強請るとこうなるぞ」


 シュレインさまの息はお酒の匂いがして、私はもうすっかり酔ってしまった気分だ。しかし、シュレインさまから離れないと。寄りかかるなんて無礼がすぎる。


「す、すみません、でした……」


 酔った頭でなんとか冷静さを取り戻そうとするが、シュレインさまの体温を意識してしまうと体に力が入らない。腕にも力が入らず、今まで習ってきたものを役立てられないことが情けなくて涙が滲んできた。


 だが。シュレインさまとキスできた。

 今も、ぎゅっと抱きしめられている。

 これは、一生の思い出。


「シュレインさま……」

「うん……?」

「これから言う事は忘れてください」

「うん?」


 酔った勢いなら、もう一つ思い出を。


「好きです」


 シュレインさまの目が。立ち姿が。声が。訓練する姿が。意外と悪戯好きなところが。大奥さまを案ずるところが。私たちにも優しいところが。


「忘れてくださいね……大好きです」


 酔っぱらいの戯言。だから、この告白は忘れて。その綺麗な目をこんなに近くで見つめたことも、私だけに記憶させて。


「…………だから、酔っぱらいを煽るな」


 グッと体を持ち上げられ横抱きにされた。はっと正気に戻る。


「このままベッドに連れ込まれたくなければ、しっかり暴れろ」


 駄目だよ、シュレインさま。

 それは、もしも万が一があったらと望んでいた事だから。

 あなたの気持ちが私にこれっぽっちもなくたって。


 シュレインさまの逞しい首に両腕を回し、首元に顔を埋めた。


「の、のぞむところです……」


 ドアの開く音がし、薄暗い部屋に入ると、すぐにベッドに降ろされた。服越しに背が少しひんやりしたが、それもすぐに気にならなくなった。

 細く射し込む月明かりに、シュレインさまの目が光る。ああ、綺麗……


 シュレインさま 好き 大好き


 そればかり口にしていた。



 *



 あちこちが痛い……


 目が覚めた瞬間にそう思った。喉も、体も、朝日を浴びた目も。

 腕枕って首が意外としんどい……シュレインさまが鍛えているからそう感じるのだろうか。腕枕は話に聞くほどじゃないかも……でも、離れたくないな……


 夢の時間は終わり。お酒のせいにできた夜は終わってしまった。


 背中にはスヤスヤと規則正しい寝息のシュレインさまがぴたりとくっついている。嘘みたい。

 ごそごそとシュレインさまに向き直ったが、まだ起きる気配がない。逆に腰に回っていた腕に引き寄せられた。ああ、寝顔……


「しゅ、れいん、さま……」


 とても自分のものと思えないひどい声に、シュレインさまはすぐに反応してくれた。瞼がゆっくりと開くと、ぼんやりとした瞳が見えた。ああ、こんなご褒美までもらえるとは……!


「メニ……?」

「お、はよ、う、ござ、いま、す……ふふ」

「ふふっ……レモン水でいいか?」


 変な声に思わず笑ってしまったが、それすら掠れていて、ますますおかしい。つられたのか、シュレインさまも含み笑いながら、さっとベッドから出て、サイドテーブルにあった水差しから水を注いで、そばに置いてあったレモンをナイフで割って絞ってくださった。

 その逞しい肉体に見惚れながらコップを受け取る。


「持てるか?」

「は、い、なん、とか」


 ぐびりと一口飲むと、生き返るように喉が潤っていく。はしたなくも一気に飲んでしまった。その間にシュレインさまはガウンを羽織っていた。


「もう一杯いるか?」

「いえ、ありがとうごさいます」

「まだ少し掠れている……」

「ふふ、充分です」

「風呂はどうする?……一応体は拭いたが」


 道理で。あんなに汗だくだったのに妙にさっぱりしていると思った。


「すみません、お手数を……」

「いや、まあ、な……」


 シュレインさまの目線が私の顔から下の方に移る。それを追うと胸の辺りに赤い小さな斑点がいくつもあった。わあ。


「すまん……調子に乗った……」


 頬を染めながら本当に済まなそうにする姿はただ可愛い。これが消えるまでは、私にとっての夢の時間は続く。またもご褒美だ。

 でもそれはシュレインさまには関係ない。


「大丈夫です。シーツはさすがに洗濯しますので、これで失礼します」

「え」


 朝日に裸をさらすのは恥ずかしかったが、脱ぎ捨てたままだった服を手早く着て、シュレインさまの服もまとめ、シーツを取り替える。まだ洗濯場に誰もいないといいなぁと願いながら、シーツを抱え扉を開ける。


「では、失礼します」

「メニ?」

「ありがとうございました」


 初めての人になってくださってありがとうございました。


 閉まる扉の向こうでシュレインさまが何かを言おうとしていたが、離れがたくなるので聞こえないふりをした。



 ◆



 王城勤務の新人事務としての一年目はあっという間に過ぎた。覚える事が多くて、メモ帳が辞書より分厚くなってしまった。なんとか必死に食らいつき、少し慣れた頃にまた新しい仕事を回される。

 仕事以外の日常は何をしていたのか、シュレインさまに付いて領地で大奥さまと家族に会う以外の事を覚えていない。王城勤務者に寮があって本当に良かった。食事は用意されているし洗濯も頼める。その分の料金は掛かるが平民にも良心的な値段だ。


 王都のお屋敷通いのシュレインさまと会うことは里帰り以外では一度もなかった。しかし会った時には私の心配をしてくださった。自分でもやつれている自覚はあったので、素直に忙しいとぼやく。ほんと、大奥さまに会わないとやっていられない。


「事務方の改善案はあるか?」

「まだ()()()しか教わっていないので、なんとも言えません。でも先輩方は優しい方が多いです。質問には丁寧に答えてくださるので」

「そうか……何かあったら俺に言えよ」

「はい。ありがとうございます」


 いち事務員の要望が近衛騎士に届くまでどれだけの時間が掛かるのかを思うと、その間に解決できそうな気がするが、変わらず気にかけてくださることが嬉しい。


 馬車で二人きりになっても、あの夜のことには触れない。

 まあ、私が馬車の振動に寝落ちしてしまうからだが。だから初めての給金で大きめのクッションを買った。二度目の里帰り時に馬車に持ち込んだらシュレインさまに驚かれたがとても寝心地が良く、起きた時にはクッションのしわの跡ががっつりと頬に付いていた。


 大奥さまも家族も心配してくれるが、シュレインさまがいるからと言えば一応の安心をしてくれる。勝手に免罪符にしているので、いつかシュレインさまにも何か返さないとなぁ。



 *



 さらに半年経った頃。


「ば、売春……!?」

「売春といいますか買春といいますか……ちょっと難しいのですが」

「いやそこは置いておけ」

「メ、メニ、そ、それに巻き込まれたのか?」

「巻き込まれたというかとばっちりといいますか」

「と!とばっちりとはっ!?」

「シン、ちょっと黙っていろ。話が進まん」


 その日、たまたま王子とシュレインさまが城内見廻りという散歩ついでに事務室へとやって来た。その時、昼休みもあって事務室には私しか残っていなかった。

 初めて王子を目の前にしてちょっと言い淀んだが、シュレインさまへ相談したいことを優先させた。


「事務の平民役人の女性は、王城勤務の貴族男性の性のはけ口にされているようです」


 お茶も出さずに時間勝負とばかりに切り出した事柄にお二人は呆気にとられた。まあ、そうですよね。

 色々な部署から書類が集まるのがここ、事務室である。そしてその書類を持って来るのは下っ端だ。私も色んな部署にお使いをたくさんしてきた。場所、人を覚えなきゃならないので新人には必須だし、そうでなければ上の人たちの仕事が滞る。


 しかし、あちこちの部署から月に一度程度、重役とまではいかないが、役持ちの人がその下っ端の代わりにやってくるのだ。そして必ず、私の先輩女性を伴って事務室を出て行く。もしやデートの誘いかな?先輩はあちこちからモテるなぁと単純に思っていた。


 ある日の業務終了後、私は疲れのせいで事務室の自席の下で寝落ちしてしまった。目を開いて、己が机の下にいると気づくまで、先程から聞こえていたのが女性の喘ぎ声とわからなかった。


 姿は見えず、だがすぐそこで男女の営みがされている。

 夕方を過ぎた薄暗い職場でそれをされていることにゾッとした。


 男性が高圧的な言葉で女性をせめている。恋人同士にしては随分と上下関係があった。

 男性が時々口にする相手女性の名前は、新人の私に丁寧な指導をしてくれる先輩のもので、頭が真っ白になった。


 先輩といっても年齢は20代後半で、だけど、それだけ長くいるので仕事も早いし確実で事務長からの信頼も厚い。結婚はしていないが女性としてまだまだ魅力的だとも思っていた。王城勤務の男たちはデートに誘うくせに見る目がない、と。


 それが。


 男性が出て行った扉が閉まる音がしたあと、今度はすすり泣きが聞こえてきた。

 混乱したままの頭では、先輩がどこかに怪我をしたのかと慌てしまい、机に頭をしこたまぶつけた。


「痛あっ!」

「きゃあっ……メニ?」

「…………はい」

「……大丈夫?すごい音がしたわよ?」

「ええ一応……たぶん……」


 カチャカチャと音がすると、ぼんやりと灯りがついた。それを見て机の下から這い出ると、ランプを持ちきちんと服を着た先輩がいて、一瞬驚いたあとにすぐに小さく吹き出した。


「そんなところにいたの……ふふっ」

「驚かせてしまってすみません……先輩は……お怪我をしていませんか?」


 灯りに照らされた先輩は、私の頭をそっと撫でながら小さく微笑んだ。


「もう、わからないわ」



 *



 そんな話が昼休みに終わるわけもなく。

 業務後にシュレインさまに連れられて、王子の執務室にやって来た。そこにはシュレインさまと同じ制服を着た護衛騎士何人かと、王子の侍従が何人かいた。うわ、あの立派な本棚、事務室にも欲しいなぁ。


「事務勤めの平民女性には代々あるらしく、先輩が美人だから長く続いていて私まで順番が回ってこないようです」


 王子たちは眉をしかめ、シュレインさまの表情が消えた。


「代々?」

「はい。王城勤めになっても平民は貴族に仕えなければならないそうで、私たちは同僚にはなり得ないようですね」

「それは……女性の間で引き継ぎされるのか?」


 シュレインさまが黙り込んでしまったので、王子に向かって話す。思っていたより気さくな方でありがたい。まあ、話を進めやすいように穏やかになさっているだけかもしれないが。


「いいえ。男性の方の好みが優先されるようです。観察してみましたが、そういう男性は私を見ると鼻を鳴らします」


 顔と名前と部署を覚えたからいつか見てろよ、クソ野郎ども。


「その女性は、なぜ訴えない?」

「家族を人質にされています」


 執務室の空気が冷えた。……ここにいる人たちは良い人ばかりなんだなぁ。


「と言っても、直接捕まったりではなく、なんとなく匂わされるだけで、誰も自分がやったとは明言しないそうです。仕事を辞めさせられて次の仕事に就けないとか、通り魔を装って暴力をふるわれ医者から法外な治療費を請求されたとか。今はご家族は無事に過ごせているようですが、これから何もない保証はありません」

「なんと……」

「平民はほとんど蓄えがありませんから、明日の仕事がなければ死まであっという間です。ですが自分のことは諦められても家族のことは諦めきれません。住処(すみか)を変えるにしても新しい町で元の生活ができるか保証はありませんし、やはり王城勤務は他に比べれば給金が遥かにいいです。……まあ、それも含め悪循環になってしまっていますが」


 先輩の場合は母親が持病を抱えていて、もともとはその薬代を稼ぐのに必死に勉強したそうだ。仕事にはやり甲斐はある。男たちが置いていく端金も、ないよりはいい。やめてと泣いても喜ばれるだけ。でも仕事は辞められない。


「事務長はこのことを?」

「気付いているかはわかりません。知っていて見逃さざるをえないのかもしれません」

「なんだと?」

「事務長も貴族ですが、男爵の四男では私でもわかる程に軽んじられる傾向があります。平等を謳っていた学園でもそうでしたし。階級社会で上への告発は難しいのではないでしょうか」


 そうでなければこんな事は続かない。こんなものだからと諦めてしまうから、こうして続くのだ。

 仕事が忙しいだけでは、独身者が多い理由にはならない。

 線が細くいつも穏やかに微笑んでいる事務長は、私たちには良い上司ではあるが、上には強く言えなそうである。


「今の状況では合意と言わざるをえません。気持ちはともかく行為は成り立ってしまっているので。……私には、尊敬する先輩を、どう助けられるかがわかりません……」


 心が傷付き過ぎている先輩は、仕事をすることで精神の均衡を保っている。だから、少し休んだらとすすめることもできない。悔しい。ため息しか出ない。


「……はぁ……クソ野郎どものナニをおろし金でこの世から()り下ろしてやりたい……」


 頭の中だけでクソ野郎どもに呪いをかけていたはずが、ため息とともに口から出てしまっていたことに私は気付いていなかった。


 帰り際に目が合った近衛騎士さんたちが一瞬震えたのが不思議だった。



 ◆



 そのひと月後、平民も貴族も等しく、強姦罪は切り落としというお触れが発表された。

 娼館以外での金銭の受取りの事例も対象。


 相談してからそのお触れが出るまで、王子の近衛騎士が一人ずつ日替わりで事務室についてくれた。その詳しい理由は事務長にだけ伝えられ、私たち平役人には「授業参観みたいなものだ」と説明され、「王子の変なはからい」だなぁという認識だった。

 その間、先輩は誰にも連れ出されなかった。下っ端の仕事で役持ちがやって来るとその役持ちにはすかさず近衛騎士がひっ付いた。先輩は何かを察したようだが、業務はいつもと変わらなかった。


 お触れが出てひと月でかなりの人数が切り落とされたらしい。城下町はその話で持ち切りと、家通いの同僚が教えてくれた。

 が、貴族はまだ一人もいない。ふーん、ほー。

 等しく切り落としとはいえ、貴族や金持ちには救済措置として、公称愛人制度ができた。正妻との間に子供が出来なかった場合にのみ有効で、一人限定。己の愛人であると(おおやけ)にし、子供をつくる事、生活の保証を正妻に次ぐものとする事、細かくうんざりするほどの決まりがあるらしい。これでヤり逃げが発覚した場合は問答無用で処罰。見逃してという賄賂も処罰。うえーい。


 さらに二週間後。

 なんと、国王が切り落とされたらしいと王城内を噂が流れた。まさかの人物が貴族第一号である。

 しかし、それは噂であって真実とは証明されていない。が、王城に勤める誰もが嘘だとも確認できていなかった。国王の女癖の悪さは暗黙の了解で、王妃の侍女もほとんどがお手付きと噂があった。しかし為政者としては文句はなく、平民の生活改善にも尽力してくださっていたので支持者は多い。

 女の敵だが国の要、庶子が現れないのが摩訶不思議。それが私でも知っている現国王だ。


 しかし、国王本人はその噂を肯定も否定もせず、そのせいか誰も直接確認できていない。その刑の処置をする職人は口が固く、情報を司る宰相も無言なので真偽は不明のまま。だが宰相が何も言わないそこをわざわざ確認して国王の不興を買いたくない貴族が大半のようだ。

 そして、そのお触れを強く推し進めたという王妃の機嫌がすこぶる良いという事実だけが、噂の信憑性を真実寄りにしていた。


 職場である事務室ではいつも通りの業務が行われていたが、その噂を初めて聞いた日、事務長がそっと目元を拭ったのを見た。見てはいけないものを見てしまい、さらに目が合ってあたふたする私に、事務長はそっと小さく微笑んだ。

 ……?……私が知らなかっただけで先輩の相手に国王も……?それならやっぱり事務長じゃ敵わないよね……

 そして事務長は一瞬だけ両手で顔を覆うと、すっきりしたような表情になっていた。


 ……ん?…………もしや国王って、男にも手を出して……?


 その後、王子の近衛騎士の常駐がなくなっても、先輩が誰かに呼び出されることもなくなり、他部署の役持ちが下っ端の仕事を持って来ることもなくなった。

 そして、そこかしこの貴族の奥方の機嫌が良いらしい。後継ぎがいるお家はその傾向が顕著だと、大奥さまからの情報である。

 ……貴族って思ってた以上に爛れてたなぁ。


 ちなみにこの月は領地に帰れず、大奥さまと家にそれぞれ手紙を出した。

 大奥さまから返信をいただき、貴族あれこれをちらりと教えられ、とにかく体を大事にしなさいと労らわれ、号泣。

 家からの返信には、一番下の弟が書いたというお菓子の催促もあって、思わず職場でその紙を見せびらかしてしまった。読める字を書けるなんて!と大感動。

 ちなみに私は大奥さまに出会ってから字を書けるようになったので末の弟の方がずっと優秀である。

 はしゃぐ私の様子に事務室に生温い空気が漂ったが、先輩が次の帰省の際にはお菓子選びに付き合ってくれると言ってくれた。

 ……やっと、先輩を外に連れ出せる……!

 事務長はお勧めの、値段が安いわりに美味しいお店を教えてくれた。今度の休みに味見用を先輩と買いに行く予定だ。


「おお、なんだ賑やかだな」

「殿下!」


 またもやシュレインさまを連れて王子が事務室に訪れた。わーい、久しぶりのシュレインさま……あれ?


「すまんが少しの時間メニを貸してくれるか」


 王子の一言に、繁忙時でもない事務室からあっさりと送り出されてしまった。


「事務長が言っていたが、本当に昼休憩まで出てていいのか?」

「長くかかる用件でしょうか? できれば早く戻りたいです。今日辺りは騎士団からの収支報告書が届くはずなので」

「ん?今日報告書?遅くないか?」

「毎月今頃です。騎士団は提出が遅い上に字の判読が難しく、事務長たちが掛かりきりになるので私は他の業務を担当します」

「騎士団も事務員はいるから字はまともになったはずなんだが……」


 そんなとりとめもない会話は王子とだけで、シュレインさまは黙ったまま。

 そして王子の執務室にお邪魔すると「茶を持って来るから少し待っててくれ」と王子が出て行ってしまった。

 それは絶対私が怒られる案件だろうが、そんなことより。


「シュレインさま、どこの具合が悪いんですか?」


 シュレインさまの姿勢や歩き方は変わらないが、目の下には隈があるし頬が痩けている。この一ヶ月半に何があったのだろうか。熱は無さそうだが、ちゃんとベッドで眠った方がいい。仕事柄忙しいのはわかっているつもりだけど、シュレインさまのご同僚も優秀者ばかりだ。二、三日休んでも大丈夫ではないだろうか。

 そう進言するつもりで、ふとある事に気付く。もしや。


「シュレインさま……もしや……あの刑を受け、」

「まだ付いている」


 ですよね!あー、言い切らなくて良かった!じゃあただの体調不良だ。必要なのは睡眠と栄養……あ!


「もしや国王の相手を……!?」


 線の細い事務長とは対称的なシュレインさまだけど、国王なら逆らえないし、もし本当に男色の気があるなら、新刑には男なら数に入らないと考えるかもしれない!どうしよう!今度はシュレインさまを助けないと!

 一人目まぐるしく思いを巡らせていると、シュレインさまはぽかんとしたあとに眉を逆立てた。


「あるかーーっ!」


 あらそうでしたか。すみません。良かった。


「どこからそんな結論が出たんだ……」

「女の勘です」

「大外れだ」

「良かったです」

「……だが、俺には刑を受ける理由がある」


 つい。

 真っ直ぐに目線を合わせてきたシュレインさまをまじまじと見つめてしまった。

 ああ。

 なんだ。

 仕事だけで忙しくしてたのではなかったんだ……鼻の奥がツンとした。


「シュレインさまだけはそんな事をしないと信じていたのに。ちゃんと責任を果たしてください」

「うん?」

「誠実な心を持って相手の方と話し合ってください。それが刑を回避する一番の方法です」

「メニ?」

「何人のお嬢さんと同時にお付き合いなさったのか存じ上げませんが」

「おいメニ、何の話だ?」

「二股三股はどこからも褒められませんよ、刑一直線で、」

「するかーーっ!」


 えー。


「……それも女の勘か」

「ええまあ。違うのですか?」

「空振り甚だしい」


 えー。


「では、何が理由でそんなに体調を崩されているのですか」

「……仕事に支障はない」

「そんな幼児の言い訳が通じるとでも?」

「……お祖母様に叱られているようだ……」

「なら嬉しいです!」

「……そういうところはまだ子供だな」


 またそうやって優しげに微笑む……やめて欲しい。また好きだって言っちゃいそうになるから。


「メニ。メニだけが俺に刑を処せるが、どうする……?」

「?何の話ですか?」

「……え」

「何のお話でしょう?」

「……ん、んんっ!……あー、酒に酔って、メニと一夜を過ごした話だ」

「え、そんな事、ありました?」


 シュレインさまが訝しげな顔をする。……もう、真面目な人だなぁ……


()()()()()()()()()()?」


 忘れてって言ったのに。

 どうせ私がシュレインさまに恋をしたって、何年経とうがシュレインさまに相手にしてもらえるわけはないし、相手になり得ない。王城の事務員になったところで平民だという事実が変わらないのと同じ。

 大奥さまが願ってくれるから隣に並べるだけ。だからシュレインさまと同じ馬車に乗れるし、シュレインさまが呼び出してくれるから会える。

 シュレインさまが推薦してくださったから、こういう時間を過ごせるのだ。


 私からは何もできない。

 だから、あの夜は何にも代えられない特別な思い出だ。

 私だけの思い出。

 シュレインさま。お願いします。私の特別を揺さぶらないで。


「……メニ」

「はい」

「メニ……」

「はい」

「…………恋人が、できたか?」

「む。失礼な質問ですね」

「相手はどこの誰だ」

「まだいません。恋人ができたらお知らせしましょうか?」

「いや……いや、ああ、そうだな……お祖母様も喜ぶだろう」

「うふふ。大奥さまが喜んでくださるなら私も嬉しいです」


 シュレインさまの隈がいっそう黒くなった気がしたが、きっと私の捨てられない思いがそう見せてるだけ。


 シュレインさまの体のどこかに傷を残せば良かった。

 猫に引っ掻かれたのだと、肌を合わせた相手に説明させるくらいの。


 そんな気持ちを知ってしまっているから。揺さぶらないで。

 仕事が忙しいから体調を崩したんだと言って。


 内心どうしようもなく泣きたくなっていると、ガチャリとドアが開き、王子が茶器を持って入ってきた。助かった。


「なんだシン、ひどくなっているではないか。今日はもう休め。明日も休め。一週間くらい休め」

「……仕事が溜まっている」

「お前のは皆で分担すれば良いだろう」

「お前のサボって溜めに溜め込んだものがあるだろうが」

「うわ、バレてた」


 お茶の準備に動き、王子とシュレインさまの仲良し会話を流し聞く。王子と関わるようになって、大奥さまが王子の教育係だったことを知った。その時からシュレインさまと会っているので、幼馴染みなのだそうだ。まあ近衛騎士の皆さんのだいたいは王子の幼馴染みらしいけど。


 ティーカップを差し出すと、王子はあっさりと口をつけた。ぎゃあ!嘘だろ!


「わはは!すごい顔になっているぞメニ!」


 己で持ってきたものだ、調べてあるに決まってると王子は笑うが、私、部外者なんですけど。


「大丈夫だ。毒には慣らされているから、メニが自力で手に入れられる物なら効かんよ」


 いや、大丈夫の基準がおかしいし。私ら平民なんて食べ過ぎの腹痛や二日酔いの頭痛でも辛いのに、毒なんて想像もつかない。


「それでも苦しいのではないですか?」

「ま、少しはな」

「ならばしっかり予防なさいませ。いつまでも幼児のような振る舞いは相応しくありません」

「……おおぅ……前伯爵夫人かと思った……」

「おそれ入ります!」

「あ、子供になった」


 成人してますが。

 私もお茶をいただきながら、気になっていた事を聞いてみた。


「今回の刑の公布は迅速でしたね」


 おかげで先輩の笑顔が増えた。お出かけの約束もできたし。でも権力者にとっては色々と損しかないのではないだろうか。名誉なり助平根性なり。


「ああ。まあ、俺が言うのもなんだが下地はあったしな」


 下地……やはり闇が深かった。


「これで妻が安心できるなら俺も嬉しいし、母上が思いの(ほか)張り切ってくれたし、早急にしないと()()()()()()()()()()()が現れてしまいそうだったしな……」

「はあ、おろし金を持った通り魔ですか。変わった通り魔ですね」


 遠い目をした王子とシュレインさまは、そのまま流れるように私を見てきた。はい何でしょう?


「おろし金と聞いた時の妻と母上が大笑いしたのだが……」

「はあ、王子妃様とお妃様の耳まで入るとは、大した通り魔ですね」

「…………そうだな」


 なぜ二人とも半目で見てくるんだろうか。

 ま、と王子が膝を軽く叩いた。


「階級社会の闇をひとつ潰せたなら良しだ。母上の功績になったがな」

「代わりに娼館がだいぶ繁盛しているようです」

「だからなぜメニがそういう事を知っているんだ……」


 シュレインさまが項垂れる。そっか、シュレインさまとはこの手の話はした事なかったっけ。……する必要も無かったし。


「家からの手紙にありました。そちらは愛人扱いにならないからか、良い服を着た客が増えたそうです」

「……なんだかなぁ」

「私も少々複雑な気持ちですが、娼館も経済のひとつですし借金返済機構でもあるので悪い情報ではないです」

「女性からそう言われるとは……」

「家の生活はギリギリでしたから。大奥さまに拾ってもらえなければ私の未来のひとつではありました」

「そう、なのか」

「はい。近所に娼婦のお姉さんが住んでいまして、早朝の手伝いをしている時に仕事帰りの彼女によく構ってもらいました。美人ではないですけど愛嬌のある人気娼婦でした。今は引退して裏方を手伝っているそうです」


 さっぱりした性格のお姉さんはいつも今日はいくら稼いでやったぜと笑い、私がわけもわからずにスゴいね!と言うと頭を撫でてくれた。

 そのお姉さんが、大人になってどんな職業に就くのも良いが、処女だけは好きな人にもらってもらえと教えてくれた。それをそばで聞いていた母は、当時まだ5歳の私には早すぎる話と笑った。

 確かに、初めてがあんなに痛いのなら好きな人でなければ恐怖行為でしかない。シュレインさまに捧げることができて、その夜の内に気持ち良くしてもらえた私は幸運だったのだ。


「娼館勤めの人は割り切った人が多くて、悲壮感のある人とは会いませんでした。地域柄かもしれませんが」


 だから先輩をどう助けられるかわからなかった。シュレインさまに相談できて良かった。


「そうか。しかしまだ定着するまでシンも忙しいからな、メニも今月も里帰りは諦めてくれ」

「ええーっ!!」


 思わず叫んだ口を慌てて押さえると、王子は噴き出し、シュレインさまは苦笑。


「お祖母様に会わせられなくてすまん」

「……いえ、シュレインさまの馬車に同乗させていただけるから短期間で行き来できるのは理解しています。乗り合い馬車では倍の日数がかかりますし……」

「で、だ。今回の事を鑑みて、それぞれの部署のテコ入れを行う事にした。メニ、事務室を任せる。俺や近衛が出たのでは事務長も萎縮して正直になれないかもしれないからな。不満と、あれば改善案を聞き出してくれ」


 ひとしきり笑った王子が前のめりになって、そんな事を言った。


「私が、ですか?」

「そうだ。お前を使う理由はシュレインに届くまで早いからだ」

「え、ですが、他にも適切な人材がいらっしゃるのでは?」

「まあな。でも事務室はお前になら警戒しないだろう?」


 一番下っ端ですしね。シュレインさまと里帰りをしているのはみんな知っていて、それでもすり寄って来ない人達ばかり。その弁えている人達から不満を聞き出すのか……難易度高くないか。


「期限はどれほどでしょうか」

「半年だ。不満については先に提出して構わない。他部署の方が改善策を考えられるかもしれないからな。どうだ?」

「あの、改善策が期限までに提出できなかった場合はお給金は減額でしょうか」

「いや減額はない。シン達はともかくメニは業務外だが、その報酬は出来高払いだ。金額はまだ決めていないが、業務を円滑にして休日を増やすのが最終目標だな」

「やります」


 即答か、とまたもシュレインさまは苦笑。休みが増えたらゆっくりと大奥さまに会えるじゃないですか。やりますとも。


「シュレインさま!里帰り連休を一日増やせるように頑張りますね!」

「メニは本当にお祖母様が好きだな」

「はい!でも大奥さまもお屋敷のみなさんも、シュレインさまがお帰りになるのを心からお待ちしております」


 にやにやした王子に小突かれたシュレインさまは眉をしかめたが、満更でもなさそうに見えた。


 そして事務室への帰り、付き添ってくれたシュレインさまが途中で歩みを止めて正面から目を合わせてきた。


(くだん)の事を知らなかったとはいえ、メニを事務に推薦したのは俺だ。怖い思いをした分の償いをしたい」


 あ、そこが本題だったのか。そういう真面目なところも好きです。


「……何かあったらシュレインさまを頼れると思っていたので、それほど怖くはなかったです」

「……少しは怖かったのだろう……?」

「少しなら我慢できますよ、大人ですから」


 そう言えば安心してくれるかと思ったが、シュレインさまの表情は晴れない。そんな罪悪感はいらないんだけどなぁ。

 何か言い訳をとめぐらせていると、シュレインさまはふと笑った。


「メニは変わらず欲が無いな。追加業務が辛い時は必ず言えよ。俺から王子に話しを通す」

「はい。辛くなる前に相談します」


 学園で助けてもらった時が懐かしくてそう言ったら、シュレインさまは破顔し、私の頭を撫でてくれた。


「よし、忘れていなかったな」


 笑顔は眩しいわ、撫でてもらえて嬉しいわ、優しい声が愛おしいわで、子供扱いしないでと言えない。

 好きでいる事はやめないけれど、こんな事をされていたら叶わない欲が無くならない。

 困ったなぁ。



 ◆



 仕事内容での不満はいくつかは聞き出せるだろうと思っていたが、その百倍くらいの愚痴が出るわ出るわ。メモが追いつかなくて先輩に可愛いノートをもらってしまった。ありがとうございます!

 先輩達はよほど溜まっていたんだなぁ。その様子に事務長は苦笑いをしていたけど、事務長こそ溜め込んでいるはず。


「一応ね、何年かに一度は業務の改善について要望書を回収されるのだけど、事務室については特に変化はないんだよね……」


 事務長!哀愁が漂い過ぎてます!

 つーか、もうやってるんじゃん!その要望書たちはどこに行った!?


 要望書行方不明の件を不満資料の一番上にとめて、他の項目を寮の自室でまとめる。これらが全て通るとは事務室の誰も思っていないが、これは事務の仕事か?というものを大きく箇条書きにする。


 報告書の清書。……あれ?事務室って清書を請負う部署だっけ?

 物品の在庫確認の計算。……計算と在庫の数が合わないままって?

 剣や防具の補修や補充と同金額の雑費。雑費……え……その内訳は?


 ぼきり


 あ、しまった、ペンが折れた。長年使い込み過ぎていい具合に手に馴染んでいたのに……



 *



「という訳でペンの仇を討つべく騎士団に乗り込んでいいですか」

「落ち着いて。まずは落ち着こうねメニ」


 事務長の優しい口調に仇討ちの気が若干削がれた。


「よくまとめてくれたねぇ。にしても、こんなに色々と溜め込んでしまったのは長である僕のせいだね……不甲斐なくてすまないね……」

「いいえ。下っ端の私が言っても説得力がないかもしれませんが、事務長がいるからこの量をこなせていると思います。事務長ができるからこそ、ここの皆さんは事務長に倣って仕事をこなせているのです。優秀過ぎます」

「そ、そう……?」

「はい。だからこそ、こういう奴らがのさばるんです!」


 紐でとめた不満資料をバン!と叩くと事務長がビクリとした。


「で、でもね、騎士団はほら、体を使うのが仕事でしょ、事務処理はこちらに回って来ても仕方ない……」

「事務長。この平和は騎士団があってこそでしょうが、今は戦時ではありません。平和な時こそ足し算引き算をして、戦時に使える脳を鍛えなければならないと思います」

「な、なるほど……で、でも」

「でもではありません。事務室の嗜好消耗品が事務長の支払いってなんですか」

「あ、ああそれはほら、いつもみんなには忙しくさせてしまうし、せめてお茶は美味しいものをとお詫びも兼ねているんだよ。どうせ僕は独身だから他に給料を使うところが、」

「独りだからこそ老後に備えてください!王室御用達のお茶なんて、計算に疲れた頭をスッキリさせるためにガバガバ飲むものじゃないんですよ!」


 事務長の目が丸くなった次の瞬間、事務室に悲鳴が響いた。だよね、そんな高級茶だなんて誰も気付いていなかったよね。私も王子のところで飲んだから気付いた。王城への勤め人は良いお茶飲んでるんだなぁなんてのん気に思っていた。


「メニ、みんなも、まずは落ち着こう。あああ落ち着いてああ……ええい、休憩で出そうと思っていたけど今食べよう!はい!メニ!お茶淹れて!」


 と、事務長が机の上に上げた箱には、王都老舗のケーキ屋さんの高価な(おたかい)マドレーヌがきっちり事務室の人数分入っていた。



 *



「あのマドレーヌはシュレインさまも何度かお土産にくださいましたが、何度食べても美味しいです」

「うん、メニには甘い物な、わかった」

「餌付けしようとするな」


 毎年毎月それぞれの部署に予算が割り振られるのだが、事務室の予算は諸々の書類の項目再確認とその紙代インク代でほぼ使い切ってしまう。予算の増額の要望も梨のつぶて。

 事務長の給金は事務長のものです。私達のおやつ代にしてはいけません……とても美味しかったけど……


 シュレインさまが事務室に足を運んでくださったついでに問題点()といくつかの改善案を渡したら、業務後にまたも王子の執務室に連れて来られた。今さらだけど下っ端がこんなに頻繁に入って良いのだろうか……


「まさか一ヶ月でここまで怨念の籠もった資料を出されるとは」


 王子が苦笑しながら資料をパラパラとめくる。私のペンの仇ですので。騎士団の状況は正しく知らないが、どれが採用されるかは別にして、案ならいくら出してもいいだろう。


「食堂……?」


 王子の後ろからめくられる資料を眺めていたシュレインさまがぽつり。王子とシュレインさまから疑問の視線が届く。


「はい。いつもお世話になっている寮食堂でも世間話ついでに聞いたもののうち、これはというものを抜き出してみました」


 ほとんど寝に帰るだけの私を地味に心配してくれていた寮食堂のおじさん、おばさんたち料理人は、もちろん他の寮の住人も心配している。残業にヘロヘロになる私のような下っ端や、上役の急な思いつきでヘロヘロになる中間管理職、果ては飲み歩きの果てに夜食を頼んで来る奴らのために、時間外労働をしている。


「世話をする子供が自立したから時間に余裕はあると言うのですが、いつ帰って来るかわからない人を待つのは大変です。寮の管理人さんはその残業分の給金増額を要請したそうですが一向に改善されないので、帰りの遅い人は放っておいていいと言ってるそうです。せめてとして残り野菜を持ち帰ってよいとしているそうですが、夜食を作って残るものなどほとんどありません」

「それでも待っているのか」

「私も勤務したばかりの頃は意識なく食事していたのを手助けしてもらったので、何か良い方法はないかと」

「そこまでひどかったのか!」

「はい。恥ずかしながら」


 寝ながら食べる姿が面白かったと喜ばれても、それはそれ。

 私のような場合は職場環境が改善されれば解消される。中間管理職は解消までは断言できないが、一番の問題は酒飲みだ。

 父もそうだが、さんざん飲んで来たはずなのに、家に着いてからも何かを食べたがるのは何なのだろう?そして翌日は二日酔いと胃もたれだ。何なのだろう??


「やはりこの面子も騎士が多いのか?」

「そのようです」


 王子は腕を組み、その後ろに立つシュレインさまは目が座った。


「己を律することもできんとは……」

「よし、これは騎士団長に相談する。即刻相談する、だから落ち着けよシン」


 休みの前日に羽目を外したくなる気持ちも理解はできる。だが寮費だって給金から月々天引きされているとしても国家予算がかかっている。無料で生活はできない。


 これについての改善案は、門限を決め、寮の正門に厳重な鍵をつけるとした。目に見える拒絶だ。一月(ひとつき)程度で改善されるとみている。一応大人だし。


「鍵では生温い。俺が立つ」


 シュレインさま?


「そこまでするのか……」

「一月なんて大変です」

「閉め出されたら街の宿に泊まればいい。持ち合わせがないなら野宿だ。冬でもなければ死ぬ事はない」

「シュレインさま、道端で寝てしまったらそれは騎士としての面目が立たないのでは?」

「騎士だから何でも許されると思う連中に我慢ならん。恥知らずには恥を教え込まねば」

「よし。この案件については早々に騎士団長と話し合う。シンがやる気になると俺にまで面倒が飛び火するからな。メニ、これらは預かる。今までの改善案についても調べる。戻っていいぞ、ほれシン送ってやれ」


 そうして王子に執務室を追い出された。シュレインさまは閉められた扉に舌打ちした。わあ。


「ふふっ」


 シュレインさまのその様子が面白くてつい笑ってしまった。「ん?」と訝しげに見下ろしてくるシュレインさま。


「殿下とシュレインさまは仲がよろしいですね」


 途端に今度は大きな舌打ちが。ふふっ。


「お祖母様のお陰で幼馴染みではあるが、ここまで一緒にいるつもりはなかったんだ。純粋に騎士を目指していたし、騎士と領地経営を両立させる予定でいた。それが……」


 王子の指名で王子付き近衛と決まり、シュレインさまの未来図は崩れたそう。


「王太子の側に優秀者が付くのは当然だが、俺が付かなくても充分な人選がなされていた。それなのにあの野郎は……」

「シュレインさま、不敬になってしまいますよ」

「名前は伏せている」

「またそんな風に……ふふっ!」


 うっかり吹き出してしまうと、シュレインさまの眉間のシワがゆるんだ。


「そんな事より、メニはもっと俺を頼れ。お祖母様より近くにいるんだから」


 伯爵家の方たちは使用人に優し過ぎる。学園に通わせてくれる事もそうだが、個人を尊重してくれるのだ。人としてはとても素晴らしい事だけれど、貴族としてはもっと隔てていい部分である。だからお屋敷務めのみんなは一所懸命働く。自分たちの事で主人に恥をかかせないために。


「シュレインさま、大奥さまもそうですけど、使用人を甘やかし過ぎです」

「そうか?でもお前たちがいないと領地経営も屋敷の事も回らない」


 それを当たり前と思う貴族がどれだけいるのか。学園で仲良くしてくれた子が、毎月シュレインさまが領地まで付き添ってくださるのをどれだけ感心し羨ましがっていたか。


「だいたいうちの使用人が優秀者ばかりなんだ。俺が甘やかすどころか逆に甘やかされているよ」


 それを口にしてくれる貴族がどれだけいるのか、本当にわかっているのだろうか。


「この歳になっても婚約者もいない事にあまり危機感がないしな」

「シュレインさま……その件は現在の伯爵家にとって最重要事項です」

「わかっている。これでもわかってはいるんだ。だがな……」


 とシュレインさまの眉間に再びのシワが。


「王子妃も迎えて落ち着くかと思えば仕事ぶりが全く変わらんあの野郎のせいで俺に男色の噂がある……」


 驚き過ぎて声も出ない。私の驚き顔を見たシュレインさまがすぐさま横を向いた。そして肩を微妙に震わせる。


「まあ、婚約者探しもしてないのが一番の原因だがな」


 同じ王子付きの同僚たちの婚約、結婚を後押ししたりしていたらその事も王子を独占したいと周りには見られたらしい。もちろん同僚たちはそんな誤解をしておらず、噂についてはとても憐れんでくれているらしい。王子は大笑いしたそうだが。


「従兄弟たちは順等に婚姻も済ませ、子も生まれているし、そこからの養子も考えている。が、養子にするくらいなら俺抜きで父の後継に叔父を据えるのも有りと考えてもいる」


 ちょっ!それ!ここで言っちゃ駄目な内容では!?ていうか私が聞いては駄目な事では!?


「で、ですが……」

「考えているだけでまだ何も動かしてはいないよ。でも準備もあるし、決めるのは早い方がいいんだよなぁ」


 え、もしかしたらシュレインさまが伯爵家からいなくなる……?


「私……シュレインさまにもお仕えできるものだと思っていました……」

「ははは!メニこそ結婚相手によってはもう屋敷には来られないかもしれないぞ?」

「私結婚なんかしません!ずっとお屋敷で働きたいです!」

「……メニ?」

「事務を極めたら侍従長の補佐にしてもらう約束をしたんです!大奥さまが過ごしやすいように侍従長の元で采配したいんです!」

「メニ、」

「もちろん旦那さまも大奥さまにも領地でこそゆっくりなさって欲しいんです!」

「メニ」

「シュレインさまにも「メニ」」


 それは決して、大声ではなかった。

 シュレインさまに本音を、見苦しいところを見せてしまった。だけど。使用人でいればずっと近くにいられると、それだけが希望だったのに。いや、大奥さまはもちろん、旦那さまに奥さま、先輩たちに御恩がある。それらを返さなければならない。

 だけど。


「わかった。この件はもっと考える。だから、落ち着け」


 言い含めるようにゆっくり語るシュレインさまの瞳には酷い顔の私が映っていた。それにハッとした次に感じたのが肩の熱。シュレインさまの手がそこにあった。

 失態。

 たかが使用人が主人に何をさせているのか。優し過ぎる主人に甘え過ぎだ。

 だけど。


 未来が明確なものではないと、悪い方の意味で思い知った。



 ◆



 私の精神は我ながらどうなっているのか不思議でならない。日常を変わらず過ごせるこの強靭さは何なのだろう?

 シュレインさまに恋をしている、と思っているが、一般の恋する女性の行動に当てはまらないので恋ではない気がしてきた。


「いっそのこと貴方を殺して私も死ぬ、って、普通の考えな気さえしてきました……」

「あら重症ね」

「え〜と、それを僕が聞いてもいいのかな……?」


 先輩、事務長と三人でカフェにてお茶休み中。実家へ送るお菓子を選びに先輩と歩いていたら、お菓子の箱を持った事務長とバッタリ会ってしまった。

 自腹での事務室用菓子購入禁止を事務員たちから言い渡された事務長は目が合った途端に逃げようとしたが、こちらは二人。紳士な事務長を左右から挟み、手近な軽食屋に連れ込み尋問。の、(てい)で、私の悩み相談を開始。

 恋愛をする前に男女の営みを経験してしまった先輩と、四十前後で独身の事務長という、恋愛相談相手としてどうなのかとも思わなくもないが、私が明確な答えを欲していないのだから結局はただの雑談だ。


「身分差も年齢差もありますが、なにより私自身の恋愛力が無いのでは?と思ってしまって……女子としてどうなのかと……」

「うーん」

「うう〜ん……」


 そんなに悩まれてしまうのかと心の涙が出る。


「メニは仕事についてよく動いてくれるし、物覚えも早いから、事務に来てもらえて良かったと思ってるよ」


 とにかく何か言わねばと思ってくれたのか、事務長が褒めてくれた。


「そうですよね〜。メニが来てくれて本当に良かった。あと、メニがお茶を淹れてくれると、事務室がとてもよい香りになるのよね。あれが不思議。教えてもらっても私にはできないままだわ」


 事務長に続き先輩も私の恋愛力については何もないらしい。あ、また心の涙が。


「ふふ、ありがとうございます。それで私は人間としては普通でしょうか」

「なぜ女性としての話から普通人間の定義にしたのかが不明だけれど、メニといて不快なことはないよ」

「一緒にいてとても楽しいわ」


 二人の笑顔にほっとする。シュレインさまと進展する要素はなくて当然で、でも先輩や上司からは優しくしてもらえる現状がありがたい。


「お二人に聞いてもらえて少し冷静になれました。ありがとうございます」

「そう?何も助言ができなかったような……?」

「僕も何もできなかったんだけど、メニの気が晴れたなら良かった」

「メニが静かだと落ち着かないですよね、事務長?」

「そうだね、なんだか物足りないんだよねぇ」

「え。私、そんなに毎日うるさいですか?」


 それはちょっと事務員として看過できない。いずれお屋敷で働くのに、うるさい使用人はマズいのでは。


「違うわよ。いつも楽しそうに仕事をしてるわ」

「そうだよ。小さい子でもないのにお菓子を買ってあげたくなるほどにね」


 先輩と事務長が頷き合う。


「成人しましたが……?」

「ふふふ、メニはそういうところが可愛いわ」

「ああ、ごめんよメニ。普段社交辞令以外で女性を褒めることがないから、嫌な思いをさせてしまったね……」

「事務長は恋人にもそんな感じですか?」

「いやあ、恥ずかしながら女性とお付き合いしたことはなくてねぇ」


 男性とはあるのか聞いてもいいだろうか?

 先輩は事務長の告白に素直に驚いている。


「一度もですか?」

「そうだね。食事や観劇だけなら何度かはあるけど、それ以上の関係にはならなかったよ」

「男友達と遊んでいる方が楽しかったからとかですか?」

「うーん、今以上に仕事が忙しかったし、もともと少なかった友人とも段々と疎遠になってしまって……こうして街で誰かとお茶をするのも久しぶりだよ」


 ほんわりと笑う事務長が不憫すぎる。良い人なのに。

 ふと、シュレインさまを思った。

 どこかのお嬢様とのデートは噂では聞くが、お付き合いが始まらない。確かに近衛は忙しいがシュレインさまは嫡男なので奥様を娶らねばならない。それこそ王子妃の友人などが相手にあがってもおかしくないし、そのお嬢様との婚姻を王子から命令されるおそれもある。

 むしろその可能性が高い。なのに王子も王子妃もそれをしていない。


 どうしよう。シュレインさまが奥様を迎えるのも辛いが、事務長のようになるのも辛い。


「事務長は結婚を考えてはいないのですか?」

「まあ、今の業務内容では家に寝に帰るだけだし、僕には継がせるものが無いからね、結婚する理由がないと思っているよ」

「寝に帰るだけ……私もそうですね。母を入院させることができたので体は少し楽になりましたけど、家事は変わらずですし」


 先輩のお母さんの病院については、こっそりと王子が手配してくれた。先輩のことは公にはしない事になった。本人が望めば断罪はすると王子は私に約束してくれたので、もし先輩がそれを望んだら私に教えてくれるだろう。そしたら断罪まで一直線だ。

 だがそれとなく聞いても、先輩にその気はないらしい。クソ貴族の進退などどうでもいい、今後一切関わってくれるな、それだけを望むと。


「やっぱり業務改善しましょう。私の持つコネを全て使って最速でやりましょう。そして休みの日はこうやって私に構ってください!」


 目を丸くした二人は一拍置いて同時に噴いた。


「ふふふ!メニったら」

「ふふ、僕でも君たちをお茶に誘えるってことだね。嬉しいなぁ」

「あら事務長、私もいいんですか?」

「もちろんだよ。お誘いしてもいいかな?お嬢さん」

「ふふふ、喜んで。メニ、次のお店も任せてね」

「やったー!」


 私の叶わない恋は、私だけが知っていればいい。

 シュレインさまはつつがなく日々を過ごしてくださればいい。

 私ができることは、それを願うだけなのだ。



 ◆



「メニ、まだ良い人はいないの。そろそろ結婚を本気で考えないといけないのではない?」


 三ヶ月ぶりにお会いした大奥さまからのまさかの質問に、一瞬思考が途切れた。


「え、と、はい。以前は弟妹が一人立ちするまではと考えておりましたが、今は結婚を考えておりません」


 シュレインさまへ絶賛片想い中なのでとはさすがに言いにくい。

 思いを自覚するまでは、年頃になれば家の近所の誰かと家庭を持つのだろうと考えていた。なんとなくお屋敷に通いながら下町で慎ましく生きていくのだろうとぼんやり思っていた。

 いまだに大奥さまが私に援助してくださる理由が正しくわからないが、大奥さまのためだけに生きろと言われても喜んで従う。

 ときどきは、シュレインさまの姿を見かけることができればなお良いが。


 大奥さまへの思いと、シュレインさまへの思いは違う。


 恩と恋を秤にかけるのは無粋、と思っていたのだが。


 片想いを貫こうとしている今は、まあ、よく考えなくても私という人間は伯爵家にとって取るに足りない存在である。ということに気づいた。

 一人で悶々としていても仕事さえしっかりしていればいいのだ。

 なぜかそれを実行できる精神構造をしてるようなのが、たまにせつないが。


「あら。そんなに仕事が忙しいの?」

「ふふ。忙しいですが、楽しく勤務しております」

「まあまあ!なによりだわ。でもメニの子どもを世話するのも楽しみにしていたのよ」


 え。


「うふふ、あなたに似てしっかり者かしら、元気者かしらって考えるだけで楽しいのよ。もちろんひ孫も可愛いけれど、どうして我が伯爵家の親戚筋で産まれる赤子は男ばかりなのかしらね〜」


 あらま、侍女さまが苦笑してる。


「おかげさまで娘が三歳の時にドレスをいただくことができました」

「うふふ!あの時は楽しかったわ〜。使用人の子どもたちにドレスを選ぶのはありがた迷惑とわかっていても楽しいのよね〜」


 大奥さま、ありがた迷惑って言葉をご存じなんだ……

 まあね、ドレスをもらっても私たち使用人には着ていくところがない。一応このお屋敷で働くなら貴族出身なのだが、二世となると爵位がなかったり、後継から外れたりする。そうなると社交へ参加の機会がなく、ドレスを着る機会もない。

 そりゃ女子として生まれたからには憧れはあるけれど、ドレスの保管が難しい。手入れも場所も。

 なんと言ったらいいか迷っていると、侍女さまが「気が済むまで家やお祭りで着倒したら寄付か解いて作り直すのよ」と教えてくれた。なるほど。

 裁縫も生活には必要な技術だ。いつどこで仕える主人の服のほつれを直すことがあるかもしれないし、高価な生地に慣れておいた方がいい。


 それに、三歳を迎えられたお祝いなのだろう。これからも丈夫に無事に育つよう願いを込めての。平民でも家庭で祝うが、いつもよりちょっとだけ肉が多い食事か甘めのお菓子を食べる程度だ。

 だからドレスなんてもらっても困るのだが、解くのなら端切れとして売ることもできる。宝石よりも換金率は低いが売りやすいし、端切れなら庶民にも買いやすい。中古ドレスそのままよりは需要がある。


「そういえばメニには見せていなかったわよね。シンの絵を持ってきてちょうだい」


 侍女さまが奥の部屋から小さな額縁を持ってきて、大奥さまに手渡した。侍女さまが思わずという感じで顔をほころばせる。わぁどんな絵だろう。


「うふふ、今じゃ嘘みたいだけれど、こんなに可愛い頃もあったのよ」


 そうして見せてくださった絵には、おめかしした小さなシュレインさまがソファーにちょこんと座っていた。


「かっ!?」


 可愛いと言いきれずに見入ってしまった。



 ◆

 



主人公とヒーローしか名前をつけずにどこまでいけるかで3万字近くになるとは…(笑)

不惑(40才)になるまでどんだけかかるやら…


おろし金ネタを出したくてエタりかけ集を投稿することにしたのでした(;´∀`)



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