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【現実恋愛】デートをしよう

2017年 08月28日

16,971文字


 隣の席の才女が気になる男子高校生の話。


男主人公(一人称視点)

いじめ




 

 うちのクラスには才女がいる。


 今時珍しい黒ぶち眼鏡、黒ゴムおさげ、改造無しの規定制服。

 そしてボッチ。休み時間は文庫本を読み、昼休みは教室に居たためしが無い。

 一年の時に五教科で満点を出した奴がいると騒ぎになり、見に行ったらそんな女子で、二年生になった今も彼女は変わらない。

 一年の時と違うのは、同じクラスというだけ。


 席替えで隣になり同じ班になった。隣から観察したところ、彼女は真面目だと改めて分かった。

 授業はしっかりノートを取り、眠る事も落書きもない。チョークで書く字すら綺麗。調理実習は片付けを最後までやり、掃除当番も丁寧。他人より色々動いているので、彼女と一緒に行動するのは正直楽できる。だけど、これみよがしではなくさりげない。

 俺だけがそれに気づいたと思った時にはどうにか会話ができないかと悶々としていた。


東條(とうじょう)君……?」


 名前を呼ばれた事に意識を戻すと、隣の席の才女、津村(つむら)さんと目が合った。

「ん?」

「あ、あの、私、何か付いてますか?」

 そう言うと津村さんは自分の制服を見たり顔を触ったりした。いつも持っている文庫本は栞を挟まれて机の上にある。


 しまった。見過ぎた。


「ああ、ごめん、ぼんやりしてただけなんだ。津村さんを見てたわけじゃないよ」

 少し顔を赤くした彼女はいつも以上に俯いて、すみませんと小さく言ってまた文庫本の続きを読みだした。


 ごめん嘘。君を見てた。


 想定外の会話に焦って思わず嘘をついた。

 でもこれで少し話しやすくなったかも? ……いや、やっぱり失敗した。


 それ以来、津村さんがこちら側を見なくなった。





「おはよ」

 驚くかと思ったけど、津村さんは静かに見上げるだけで静かにおはようございますと言っていつものように文庫本を読む。

 んー、どうしたもんかな……

「何だよ東條。モサイジョに気ぃあんの?」

 高校でつるむようになった笹塚(ささづか)は基本気のいい奴だが、たまに恐ろしくデリカシーが無い。お前最悪のタイミング。

「隣の席だし、挨拶くらい普通だろ」

 ちなみに「モサイジョ」は、「もさい」「才女」の津村さんのあだ名。一年の時に笹塚が言い出し広まった。本人の前で言うな。逆に尊敬するわ。俺だって「もさい」寄りだぞコノヤロウ。


「今までしてなかったじゃん。急にどうした?気の迷い?」

「へぇへぇ、ゆうべ勉強し過ぎたからな」

 ヘラヘラする笹塚が面倒になって適当に切り上げた。


 津村さんはこっちを見なかった。





「おはよ。津村さんは参考書どこの使ってんの?」

 挨拶の後に来年の受験生らしい質問ができる事に数日経ってやっと気づいた。俺って馬鹿。

「……赤本と塾のアプリです。……おはようございます……」

 おお、今日は二言ゲット。てか、もう赤本使ってんだ!

「ありがと」

 そう言うと彼女は少し動きが止まった。ん?

「……どういたしまして」

 おぉ、三個目ゲット。と思う間にまた文庫本を読み出した。


 津村さんは自分からはまず話かけないけど、質問には普通に応える。コミュ障でもなさそうなんだよな。ただの一人好き、か?


「東~條~。何また話かけてんの?」

「そうだよ。どう勉強したら成績上がるか気になるべよ」

「今さらかよ。お前の進路専門学校だろ?赤本関係無いじゃん」

「残念でした。お前よかそこそこ良いんだよ。三流大学ならギリ狙えるの」

「うっそ!マジで!?裏切り者!」

「ふはは、何とでも言え」


 ……津村さんも笹塚くらい話せたら……いや、コイツが二人は相手にできない。却下。





「おはよ。今日は何読んでるの?」

「……おはようございます。……お……時代小説です……」

 お、って何だ?

「時代小説って?」

「……主に江戸時代を舞台にしたものです。実在した人物だったり、歴史に添ったオリジナルの内容だったりします……」

 おお、やっぱ本を話題にすれば結構喋るんだな。

「ぁあ、なんとかの海賊とか?」

「それは江戸時代ではないですけど、はい。……今日は鬼〇犯科帳です。昨日図書室で見つけたので……」

「え、学校にそんなのあるの?」

「はい。図書室には色々あります。……これは、司書先生のお薦めコーナーにあったものですけど……」

 うわ、地味に気になる。

「行ってみようかな……」

「……ぜひ……!」

 お。津村さんが口だけ笑った。俺に向かって。


 そして文庫本を開く。

 ……あ、終了ですか。でも今日は会話になってた。

「裏切り者東條~宿題見せて~」

 やかまし、……ナイス笹塚。



「津村さん、さっきの問題の答えこれで合ってると思う?」

 数学のノートを開き、プラプラと振ってみる。

「……見せてもらっていいですか?」

 了解を取ったのでノートを渡す。それを机に置き、じっと見る彼女。三十秒程で振り向く。

「合ってると思います」

 早くねっ!?

「もう宿題を終わらせたんですね……」

 お。おおお!?津村さんから質問が!

「うんそう。今日は母ちゃんの誕生日で、夜は焼肉からのカラオケ五時間に付き合わなきゃならないんだ」

 質問というより一人言っぽかったけど、拾えば会話!

「五時間!」

 津村さんの声がいつもよりデカい。そして呆然とした表情。表現の豊かさに感動しそう。サンキュー母ちゃん。

「凄い……」

「その五時間はほぼ母ちゃんが一人で歌うんだ」

「一人で!」

「付き合わされる方はキッツい……」

「……確かに」

「で、明日までぐったりしてるだろうから、今のうちに宿題やっちゃうのさ~」

「……なるほど」

「というわけで今日はちょいちょい声掛けるかもしれないけど、良い?」

「私で良ければ」

 っしゃ!言質取った!

「ありがとね」

 そう言うと、一つ()をおいてから津村さんはいいえとまた小さく口だけ笑った。

 ぅよし!


「ごめん津村さん、今の英語も教えて下さい」

「どこですか?」

 なんと滑らかなやり取り! でも本気で分からなかったので真面目に聞く。

「あぁ助かった、ありがとう。何で今日に限って宿題ばっかなんだ……」

 机に突っ伏して愚痴ると、津村さんも「珍しいですよね」と言う。

「……母ちゃんの呪いか……?」

「……ぷっ」

 両手で口を覆う津村さん。うわ、珍しいもの見た……

「あ、すみません。フフッ」

 前髪と両手でほぼ表情は見えないけど、声を出して笑う津村さんなんて初めて見た。

「呪いって言ったのが可笑しくて。お母さんは楽しみにしてるはずなのにって、可笑しくなっちゃって。笑ってしまってすみません」

 ツボに入ったのか、言いながら笑ってる。……ははっ。

「いいんだよ、笑う所だもん」

 それも可笑しかったのか、顔を下げて肩を震わせてる。……意外と笑い上戸?

 何だ普通じゃん。

 俺も可笑しくなって、二人で小さく笑った。


「津村さん昼メシどこで食ってんの?」

「シショシツです」

「シショシツ?」

「あ、図書室の司書先生の部屋です。本の片付けを手伝いながらそこで食べてます」

「お薦めコーナーが気になるんだけど、一緒に行っていい?」

「良いですよ」

 お、あっさりOK。……司書って男だったっけ?いつも二人きり? すげぇ気になるんですけど。

「笹塚君はいいんですか?」

「いつもセットの笹塚君は彼女が出来たとかで今日から手作り弁当ですってよ!」


 そう言ったら、津村さんはまたちょっと笑った。











「やったぁ!男手!」


 お邪魔しますと戸を開けたら母ちゃんくらいのオバチャンが居た。色々安心した途端、

「何?彼氏?」

「違います。クラスメイトの東條君です。先生のお薦めコーナーを見に来てくれたんですよ」

 ソッコー否定。津村さんはテレもしない。わりとがっかりしてる自分にびっくり。

「へえお薦めを! ありがたいね~、津村ちゃんサマサマだよ。んじゃお弁当食べたら手伝って、整理しておくから~」

 そして司書先生は司書室から図書室へ出ていった。あれ。手伝う事になったな。

「ご、ごごごめんなさい東條君、丁度先生の片付け期間が始まったみたいです……」

 縮こまった津村さん。まあ、宿題も手伝ってもらったし。

「いいよ、来たついでだから手伝うよ。津村さんはいつも手伝ってんの?」

「はい。昼休みだけですけど、それでもいいって先生が、あ、お弁当食べましょう」

 津村さんは弁当バッグからいそいそと小さい二段弁当を取り出し、そして俺はコロッケパンとハムぎっしりのサンドイッチをコンビニ袋から出す。

「わあ、サンドイッチだぁ」

 うわ!丁寧語じゃない津村さんだ!何だどうした!?

 俺の驚きに気付いたのか、ハッとする津村さん。

「す、すみません。サンドイッチ好きなんですけど、なかなか買わなくて……つい……」

 赤らむ津村さん。……おおお! なんだか得した気分。

「じゃあハムサンド一個と、津村さんのおかず一個とトレードしよ?」

「エエ!?そんな!いえいえソンナ!」

 おおぉ、慌てる津村さんだ。

「今日は宿題を見てもらったし、次はいつ昼を一緒するか分からないしさ。トレードならお弁当も残さないし、良くない?」

「でも、悪いです……」

 そんなに気にしなくていいけどな。

「実はその唐揚げが気になるんだよね~。うまそう。どう?」

 弁当の中身を指して催促してみた。……ふ、すげぇ悩んでる。

「た、玉子焼きもいかがですか……?」

 え?

「唐揚げだけじゃ、足りないですよね……?」

「いいの?津村さんの方が足りる?」

「はい大丈夫です」

「やった!」

 いそいそとラベルを剥がし、二個入りのサンドイッチの一個を取って残りの包装ごと津村さんに寄せる。

「どうぞ」

「……ありがとうございます」

 へにょっと笑う津村さん可愛いな!! ……サンドイッチが嬉しいんだろうけど。

 俺もおいしくおかずをいただき、司書先生にこき使われて昼休みを終えた。


 予鈴が鳴ったので少し早歩きになる俺たち。

「ああ予鈴が! すみません東絛君、遅くなってしまって」

「いや、先生がやらせ過ぎなんだって。津村さんはそろそろって何度も言ってたじゃん」

「あの最上段の棚は私と先生じゃ届かなくて、ずっと放置してたんです。だから先生張り切っちゃって……助かりましたけど、すみません」

 そんなに気に病む事ないんだけどなぁ、まだ予鈴だし。それに全部を終わらせたわけじゃない。

「明日も手伝いに行くよ」

「ええ!?」

 そんなに驚くか。……ふ、面白かったな今の顔。

「だって津村さんたちじゃ届かないんだろ? 今日は本も借りられなかったし、もう一回は行かないとさ」

「あ!そうでした……」

「だから明日も手伝いに行っていい?」

「……はい。ありがとうございます」

 ほぉぉぉ、良かったぁ、断られなくて。

「じ、じゃあ、明日も唐揚げ持ってきますね」

 え。

「ほ、報酬と言うにはだいぶ情けないですけど……」

 え。

「あ、今日の唐揚げがお好みであれば、ですね」

「いいとも!イヤ、美味しかった!え、いいの?本当に?」

「はい。私も今日は本当に助かったので、実はまた手伝ってもらえないかと思ってました。サンドイッチも美味しかったので、そのお礼も兼ねて」

 いやサンドイッチは宿題のお礼なんだけど。でも唐揚げは本当に美味しかったからまた食べられるなら嬉しい。

「津村さんは義理堅いなぁ。じゃあ明日も食わせて下さい。働きます」

(うけたまわ)りました。明日もよろしくお願いします」


 津村さんが、にっこり笑った。









 朝、学校に行く事がこんなに楽しみだった事があっただろうか。

 いや、無い。


 母ちゃんの誕生日という苦行リサイタルをこなし、例年へろへろのはずの俺の今朝の目覚めはかつてない程に爽やかだった。

 な~んて感動していても時間はいつも通りに過ぎて行くし、日常というものはそうそう変わらない。結局いつもの時間に家を出て、いつもの時間に学校に着いた。


 津村(つむら)さんもいつものようにすでに席に着き、文庫本を読んでいる。

 ちょっと緊張。そっと深呼吸。よし。

「おはよ、津村さん」

「おはようございます東絛(とうじょう)君。昨日はありがとうございました。本日もよろしくお願いします」

 わざわざ立ち上がった津村さんはお辞儀までしてくれた。何より今日は朝から笑顔だ。そしていっぱい喋ってる!

「頑張ります」

 見惚れそうになるのと喜びを誤魔化すのに、津村さんと同じお辞儀をする。

 見合って笑うなんて、昨日の朝までイヤ昼まで考えもしてなかったのに。急展開にドキドキする。

「何だ? いつのまにか仲良くなってる!」

 ちっ、もう来たか。

「よお、笹塚(ささづか)

「おっす。何々~? 俺が彼女とぉ、弁当食べてる間にぃ、何かあった~ん?」

 ……あぁノロケたいだけか。俺の貴重な爽やかな朝を返せコノヤロウ。まあ初カノだし付き合ってやるか。全部聞き流すがな!

「へぇへぇ、お前さんのラブラブランチタイムはどうだったのよ? 昨日に引き続きのしまりのない顔で大体分かるけどな」

「いや~ん、悔しがるなよ~!」

 くねくねすんなっ!


 昼休みにまた二人で司書室に入ると、また司書先生は準備の為に張り切って出ていった。……あざーす。

 今日はおにぎりを自作してきた。サンドイッチを買ってまた分けると津村さんが気にしてしまいそうだし。というか唐揚げは米で食いたい派です。

「はい、どうぞ」

 そう言って自分のとは柄の違う弁当箱をそっと差し出す津村さん。タッパーじゃなかった!

「ありゃ。わざわざ弁当箱を別にさせちゃってごめん、ありがとう。じゃあ遠慮なくいただきます!」

 本気で待っていた弁当をいそいそと開けると、そこには唐揚げが弁当箱の半分以上を占め、淡い黄色の玉子焼き、プチトマト、ブロッコリーが彩りを添えていた。

「写真!!」

 突然の叫びに隣の津村さんの驚く気配が。スマホを出しカメラを起動させると隣から、やめて下さい~!?と慌てた声が。

「なななななんで写真です!?」

「弁当とはこういう物だと母ちゃんに見せるため!」

「いやいやいやいや!?」

 焦って止めようとする津村さんに俺は訴えた。

 親父の仕事が建設業ということもあり、俺も男だしで、母ちゃんには量重視の弁当しか作ってもらったことがない。好き嫌いの無い事の落とし穴だ。

 それでも姉ちゃんは自分でそれを半分にして冷凍野菜を詰めていたが、俺の分はやってもらえなかった。米食いに育った俺には半分では結局足りないのが理由だ。

 今さら丼弁(どんべん)は嫌いとは言わないが、彩りある手作り弁当には憧れがあった。

「そ、そんなに手の込んだものは私も作りませんから!そのブロッコリーはレンジでチンです~! プチトマトなんて洗っただけです~!おかずが冷凍食品だけの日もありますから~!」

 ふと我に返ると、真っ赤な顔の津村さんが俺の腕を掴んでいた。

「お願いですから、お母さんに見せるのはやめて下さい~!」

 ……え、今、()()()()()()()、って言った?

「え、津村さん、自分で弁当作ってるの?」

「そ、そうです。だから見せないで……恥ずかしい……」

 だんだんと俯く津村さん。もう顔が見えない。

 え、昨日のも?

 …………マジか!?


 混乱しながらも弁当をたいらげ、司書先生に昨日以上にコキ使われ、やっぱり本を借りるのを忘れたと気づいた教室前で、津村さんに改めてお礼を言った。

「ご馳走さまでした。弁当うまかったです。やっぱり弁当箱洗うよ」

「お粗末さまでした。今日も本棚整理助かりました。その報酬ですのでいいのです」

 通常運転に戻った津村さんが弁当箱を全部入れた弁当バッグを抱きしめる。ああうん、分かりました。

 ……しかし、どうやったらまたあの慌てた津村さんが見られるのか。

 今にっこりしてる津村さんもわりとレアなのだが。

「……ちなみに、明日の弁当は何作るの?」

「え?」

「俺、明日も昼休み暇なんだけど?」

「え」

「ああ、最上段は終わったから、俺が手伝える所はもうないかぁ」

「え」

 ポカンとしてる。


 ……どっちだこれは? 嫌がられてはいないようだけど、もう少し反応が欲しい。……弁当食わせてくれって、やっぱり図々しいな。

 やめやめ。

 昨日の今日でこれだけ喋れるようになったんだ。高望みはやめておこう。だいたい俺、駆け引きとかやったことないし、できる気もしない。

 できてたら彼女の一人二人は過去にいたかもだ。……けっ。……笹塚のノロケを聞かされて焦ったんだな、きっと……よし殴ろう。

「は、ハンバーグか、に、肉団子は、いかがです……か?」

 ……は?

 ランチバッグを抱きしめて、少しだけ俯いている津村さんから小さな声がした。

 ……え?

「今日は、ひき肉が安いので、明日はどちらにしようかと迷ってたんです……ちなみにハンバーグだと、中にチーズが入ります……」

「ハンバーグでっ」

 つい勢いこんで言ってしまったけど、津村さんは怒らなかったし、動かなかった。

 俺も動かない。反射的にメニューを口走ったけど、脳みそとその他は置き去りだ。

 津村さんが、つ、と顔を上げると、

「じゃあ、明日も、お昼、一緒、ですね」

 とカタコトで、頬を染めながらはにかんだ。


 パニック!








「おぅ、どしたよ東條? いつにも増して無表情だな?眠いのか?」

 HRも終わった帰り際、笹塚に指摘された。


 眠くはない。理由は他にある。

 あぁくそ気づきやがったか。頼むからまだつっこまないでくれよ。

「そうか? 昨日誕生日リサイタルだったからな、疲れが出てきたんだろ」

 ああ母ちゃんリサイタルな、と笹塚は納得したようだ。去年散々だったのを覚えていたのか、助かった。

「今日は早く寝るんだな。んじゃ俺彼女と帰るから~! また明日な~!」

 おおまたな~と言う前にいなくなっていた。……自由か。うん、自由だったな。


 つっこんでいる内に教室から誰もいなくなった。一人になったので息を吐く。

「はあぁぁ~……」

 さっきの津村さんが頭から離れない。すげぇ良いものを見た。

 ……何で顔が赤かったんだ?……もしかして……良い感じ……?

「東條君、大丈夫ですか?」

「ぉわあっ!?」

 いつもはすぐに教室を出ていく津村さんがドアの所に立っていた。俯いているので表情はよく見えない。

 大丈夫って、笹塚の声が聞こえていたのか……?

 もう帰ったと思ったのに。

「すみません、調子に乗ってお手伝いさせ過ぎましたね……」

「違う違うっ」

 津村さんたちが届かない本棚だって俺には大した事はない。昨日何度も脚立を登り降りしたけど筋肉痛にだってならなかった。

「元々疲れていたのに……すみません」

「違うって」

 慌てて駆け寄ったけど、上手くフォローできない。

 君が明日も一緒ですねって笑ったのが可愛くて衝撃的だっただけ!……って言えるかっ!

 津村さんがハッと顔を上げた。え、心の声だったんだけど聞こえた!?

「もしかして!唐揚げで胃がもたれたのでは!? ほ、保健室に行きましょう!」

 そっちかーい。

「ぶふっ」

 噴いた。

「行きましょう!東條君!薬をもらいましょう!」

 津村さん、俺、笑ってんだけど?

「笑ってる場合じゃないかもしれないですよ!?」

 いやいや可笑しいでしょ。

「わ、私が心配するなって話ですけど……」

 うわっ!?

「ごめん、慌てた津村さんが面白かっただけだから!」

 げ。フォローになってない! 津村さんがポカンとした。

 ヤバい!

「あ!いや! 唐揚げは大変美味しく食べました!ちっとももたれていません! 本の整理も疲れてません! 午後の授業も起きてたっしょ?」

 ……そうですけど、と少し落ち着いたようだ。津村さんの隣になってからも、たまに授業中に寝てしまう日があるけど今日は違う。

「確かに昨日の母ちゃんリサイタルは疲れたけど、津村さんの唐揚げを楽しみに今日は過ごしました」

 まだポカンとしてる。う~ん。

「明日の弁当も楽しみでニヤケそうになるのを我慢してただけ!」

 そんな理由……あるかよっ!?小学生かっ!?実際めっちゃ楽しみにはしてるけどっ!

 今、津村さんの中での俺はどんな人間になっているんだろう……? 心の涙を流しながら、告白以外の理由付けを思い付かず、少々落ち込む。

「そんなに、楽しみ、です?」

 おずおずと尋ねられた。

「はい。食いしん坊なので!」

 もう自棄(やけ)だ。俺食いしん坊です! チクショーッ……

「具合が、悪い訳ではないのですね?」

「はい。全然元気です!」

「……良かった」

 ホッと、心底安心したようにホッとする津村さん。


 ああ、何だってこんなに可愛く見えるのか。

 彼女だったら抱きしめられるのに。

 彼女でもないのに心配させてごめん。


「心配させてごめん」

「いえ、私の方こそ大騒ぎしてしまって、すみません」

 手を揃えて頭を軽く下げる津村さん。

「いや、誤解させたのは俺だし。え~と、明日からも図書室の仕事手伝うよ」

 やっぱりポカンとする津村さん。

「手伝う事がある限りね。もちろん、弁当がなくても手伝うから」

 無言。

 ええ~、無言~? あ、口が動く。

「何で?」

 うがあっ! 誘導失敗!どーする俺!

「……い、一緒にいて、た、楽しいし、え~、え~、……友だち、だし?」

 津村さんの表情が無くなった。

 ……え、何だ? え、何か間違った……?

 どうしたらいいのか分からずに津村さんを見つめていると、口だけが動いた。

「とも、だち」

 無表情のまま。

 う……これはどういう事だ?

 友だちとまでは全く思ってない?

 それ以上に思ってるから不満?

 ………………わ、か、ら、ん!

 だけど、最低ラインとして嫌われたくはない。

「友だちって、ちょっと早かったかな。津村さんって思ってたよりも喋りやすいし、弁当も食わせてくれちゃうし、俺は仲良いつもりだよ」

 ここで好きだと言えない自分に呆れるが、今は告白じゃないタイミングな気がする。

 と。

 津村さんの目から涙が溢れた。

 はああああっ!?

「とも、だち……」

 津村さんは両手で顔を覆ってしまった。

 えええええっ!? どどどどどうすればっ!?

「い、おっ、」

 焦りすぎて言葉が出ない! 深呼吸!……よし!

「お、俺と、友だちは、い、いや、だった?」

 ……これで頷かれたら号泣だ……

 ところが津村さんはえらい勢いをつけて頭を横に振った。おさげが浮く。

 ちょっとだけ安心したけど、さらに彼女のその手の間からは嗚咽と涙がこぼれた。


 どうしたらいいか、何も思いつかなかった。










 泣き続ける津村さんをどうにか彼女の家まで送り届けた。

 と言っても、俺の制服の裾を掴んで行き先の指示をしてもらったので、散歩する飼い主とワンコみたいな感じで。


 すれ違った通行人から泣いてるのはだいたい隠せたと思ったけど、どうだろう? 電車は……まぁお客さんの視線が痛かったが、仕方無し!

 津村さんは、家の近くらしい所まで来てやっと収まったけど、それでも俯いたままだ。

 ……なんのフォローもできぬ!

 泣いた理由がさっぱり分からん。

 嫌われてはいないらしいが、地雷がどこにあるかまったく見当(けんとう)がつかない。

 ……知らねぇよ、女心なんて。……姉ちゃんと母ちゃんじゃどこも参考にならない。


 でも。

 なんだ、この、俺の制服をちょんと掴んでいる女子が津村さんとか、マジか、信じられん。

 不謹慎な事を考えたからか、天罰はすぐ下った。


「ちょっと!エミちゃんに何してんのよっ!」


 はあ? と振り向いたら目の前が真っ暗になり、顔面にかなりな衝撃が。

 一瞬記憶が飛んだ。

 何が起きた俺ワダレ?


「東條君っ!」


 あ、津村さんの悲鳴。それと同時に鼻がもげたかというほどの痛みを自覚。

「……ってぇ~……」

 思わずうずくまって両手で顔を押さえる。くあ~っ!いてぇ~っ!

「ユイちゃん!何してるの!」

「エミちゃんを泣かせたんでしょ! 万死に値する!」

「やめて!違うから!」

「男なんて滅亡してしまえばいいのよっ!」

「ユイちゃんっ!」

 俺が何したって言うんだよ。津村さんを泣かせたから大きくは言えないんだけど。

 とりあえず、痛みで腹が立ったから殴って来た女だけは確認しようと思って顔を上げた。

 まず目が合った津村さんの顔色が、ザッと青くなった。

 ん?

「東條君!?大丈夫っ!?」

 何が?

 と口を開いたら、何かがぽたりと口の中に入った。う、鉄くさ。

 ……どうやら鼻血が出たらしい。



「ごめんなさいねぇ、(ゆい)が怪我させちゃって。ゆっくりして行ってね、東條君」

 そう言って、津村さんのお母さんは救急箱を片しに行った。

「おはあひはふ~」※おかまいなく。


 道端で大騒ぎした俺たちはソッコーで津村さんのお母さんに見つかり、そのまま家に招き入れられた。

 居間らしきところのソファに座らされ、顔を少々上向きにしてティッシュ越しに鼻をつまむ。

 何だこの怒涛の展開は。好きな子の家で鼻血の手当てを受けるって微妙。まともなシチュエーションでお邪魔したかったわ……まともなシチュエーションて何だ? 付き合ってますよろしくお願いしますってか? う~わ!恥ずかしい!


 とりあえず、つまんでいる鼻の痛みがだいぶ収まったから骨折はしてない。骨折したことないけど。

「ほら唯ちゃん、謝罪」

「えぇぇ~……」

「謝罪」

「……すみませんでした」

 ソファーに座る俺の前に、床に正座した女子が二人。

 何で津村さんまで正座してるのか。従姉妹だという唯って女がふてぶてしく呟いた。

「女に土下座させるなんてサイテー」

 聞こえるように言うなよ暴力女。

「土下座をさせているのは私よ。自分が何をしたのか分からないっていうなら全力で怒るけど」

 津村さんの声が低い! 暴力女がひぃ!と言った。

 鼻をおさえているので二人の姿は実はよく見えない。……おっかない津村さんは見なくてもいいかな!

「よふわははんあいへほ、いいは~」※よく分かんないけど、いいわ

「日本語を喋りなさいよ!」

「唯ちゃん!」

 いちいち……男嫌いなのは確定だな。めんどくさ。

「今日は罰として自分で夕飯作りなさいね。帰って一人で食べなさい」

「ええっ!?そんなっ!」

 津村さんが言うと暴力女が叫んだ。一人でご飯?よく分からんけど、ざまあっ!

「さっきも言ったけど、東條君は図書室の整理を手伝ってくれたの。そして私を送ってくれただけ。確認もしないで鞄で叩くって、なんて事をしてくれたの」

「うう、だって(えみ)ちゃんが泣いてるから……」

「泣いちゃった私が悪いの。仮に泣かされたんだとしても、家まで送ってくれるなんて良い人でしょ? 叩く理由は無いの」

 …………今の状況で「良い人」なんて言われても嬉しくない……暴力女が説教されてるはずなのに俺にもダメージが……

「じゃあ何で笑ちゃんは泣いたの? そいつが何か言ったからでしょ? 叩く理由になるよ」

 ……理由にならねぇよと、強く言えないのは俺がその理由を知らないからだ。

 聞いていいかは悩みどころだが、知りたい。

 何でいつも一人なのか。

 人嫌いでも、男嫌いでもなさそうで、弁当まで分けてくれる、人の()い津村さんの泣いた理由。


「中学の時みたいに、良い感じで近寄って来てひどい事をされたんでしょ?」


 ………………は……?


 暴力女の言葉に、想像力が暴発した。

 鼻から手を離して、津村さんを見つめる。

 それに気づいた津村さんが目を見開き、少し怯えたように俺を見る。

 う、津村さんがビビッてる……でも、これは、すぐには収まらない。

「そんな言い方じゃ、笑が襲われたみたいじゃないの。まあ、デートをすっぽかされて、それを(わら)われたんだから、ひどい事ではあるけどねぇ」

 のほほんと、津村さんのお母さんがコップをローテーブルに置きながら答えを教えてくれた。

 は、

 力が抜けて、ソファに寄りかかってしまった。

 はあぁぁぁ、……良かった……良くないけど、良かった……

「出血は止まったかしら?麦茶でもどうぞ?」

「あ、ありがとうございます、いただきます」

 いたたまれなくてコップに手を伸ばす。コップは四つ。お母さんもコップを一つ持ってソファに腰を下ろした。

「あれも、いじめだったのかしらね……」

 俺はまだ、津村さんを見られなかった。


 中学までの津村さんは普通の子だった。友達もいて、教室でもよく喋って、成績は良かったけど、家ではお母さんに宿題しなさいよといちいち言われるような子。

 小学校からの同級生で、でもちょっと話した事がある程度の男子と、同じクラスで同じ委員になった事で少し仲良くなった。

 よく喋るようになって、仲良いね、から、クラスメイトから少し冷やかされる程度になった頃。

 デートに誘われた。

 初デートに舞い上がった津村さんは、できるだけのお洒落をして待ち合わせ場所で待った。

 三時間。


 携帯を持ってなかった津村さんは公衆電話から相手の携帯にかけた。何度かけても電波の届かないところにいると留守電になった。事故にあったかと心配になって、帰ることも考えられなくなっての三時間後、

「うわ!まだいた!」「すげぇ、ギャハハッ!」「もはやキモッ!!」

 ニヤニヤと近寄って来た男子グループにデートを誘った男子がいた。

 そして携帯を取り出し、

「何件留守電に入れるんだよ。三時間待たせたら俺の勝ちだったんだ。こいつらが全部奢ってくれるって言うから今から遊びに行こうぜ?」









「相手を心配した(えみ)がうちにも連絡来てる?って電話をよこしていたからね、それを聞いていた(ゆい)が笑を心配して待ち合わせ場所に行ったの。そしてすぐに二人で泣きながら帰って来たわ」


 それから津村さんは学校で静かになって、不自然な程に男子を避けだした。

 それが面白かったのか面白くなかったのか、女子までが津村さんをいじりだした。

 それを庇う唯もいじられだした。

 それを防ぐため、津村さんは学校で一人になった。


 津村さんが一人でいること以外は平常に戻った。


「何で笑ちゃんばっか辛い思いをするの? 私だってあいつらを許せない。なのに、」

 暴力女がうつむく。

「何で一人を選んだの? 私バカだから、何度聞いても分からないよ」

 膝の上においた手を握りこむ。その手を隣に座る津村さんがそっと両手で包む。

「ごめんね。誰も信用できなかったの。唯ちゃんがいつもそばにいてくれて、あの時だってすごく嬉しかった。だけど、その大好きな唯ちゃんに、私と一緒にいても何もひどい事をしないって、信用できる人がいなかったの。だから、一人になりたかったの。唯ちゃんがそのままで、それがすごくホッとしたの」

「……やっぱり、よく分からない……」

 津村さんは暴力女に小さく微笑んでから、俺を見た。

 真っ直ぐな視線に、どぎまぎする。

「ごめんね東條君。変な話を聞かせて……」

「……いや」

 何かはあったんだろうとぼんやり思っていた事が、はっきりしただけだ。

「そういう事もあって、唯ちゃんの今回の行動になったの……原因は私だから、怒るなら私を。そして、唯ちゃんを許してほしい」

 暴力女がバッと顔を上げ、津村さんに詰め寄ろうとし、津村さんは俺に頭を下げようとした。

「駄目だ」

 ピタリと津村さんの動きが止まる。

「原因が津村さんだとしても、殴られた事を津村さんのせいにはできない。それはそれ、これはこれ、だ」

 何を言おうとしたのか津村さんの口が動くが、まずは喋らせてくれ。

「まず、高校生にもなって何の確認もせず殴り付ける事を正当化しようとする事が問題だ。バカだろうがバカなりにまずは言葉を使え」

「はあっ!?」

「唯」

 反論しようとした暴力女は、津村さんのお母さんに止められた。そんな事をしていたらいつか捕まるからな。津村さんの従姉妹だっていうから言うんだからな。

 まあいい、本題はそこじゃない。暴力女はどうでもいいんだ。

 津村さん。

「そして、原因というならその男だ。津村さんは悪くない」

 津村さんが口を引き締めた。

「悪くない」

 俺をじっと見る。

 こんなに華奢なのに視線は強い。すげぇよ。そして、嬉しいよ。

「一人で、よく頑張った」

 津村さんの口が真一文字になった。

「鼻血なんて大したことない。俺といて、しんどくないなら、それでいい」

 津村さんが涙をこぼした。

 俺を見たまま。


「わ、私、どこか、変?かな?」

 震える声での質問に、俺の口が歪む。

「どこも変じゃない。ああでも、仲良くなって間がないから分からないだけかも」

 喋るようになって、こんなに入れ込んでるのに、何が変なんだ。

 クソ野郎め、会ったらぶっ飛ばす。

「真面目に授業を受けて、遅刻早退もしない、制服だって改造しない、受け答えもおかしくない。隣の席のバカが質問したことに分かりやすく教えてくれて、ちょっとの手伝いなのにお返しだって弁当を作ってくれるお人好し」

 ソファを降りて、津村さんの前に正座した。

「俺が知ってる津村さんは、ただの読書好きな子です」

 津村さんの涙が止まらない。

 ……他、他に何だ……あ。

「ああ、暴力バカ女が従姉妹だというのは残念だけど」

「ちょっとぉっ!?」

「ぶっ! あっはっはっ!」

「え、ちょっとおばさん!」


 あ、涙が止まった。

「……表情もよく変わるよ? 知ってた?」

 あ、ちょっと赤くなった。

「津村さんを笑わすと、よっしゃ!って思う」

 あ、手で口を隠した。

「おはようって言ってもらえると、実は嬉しい」

「ご、ごめんなさい、ティッシュ!」

 スクッと立った津村さんは、すぐそばにあるティッシュ箱を素通りしてリビングを出て行った。

 ……逃げられた……

 慣れない事はするもんじゃない。でもまあ、よくこれだけ出てきたよ、恥ずかしかったけど、涙を止められ……

「ふふ。ドキドキしちゃった!」

 ふぁっ!津村さんのお母さんがいたんだった! うわっ!うわ~~っ!

「え、何でドキドキ?」

 ポカンとした暴力女を見て脱力。……うん……

「東條君、お家どこなの? 笑を送ってくれたことだし、ちょっと早いけど夕飯食べてって。帰るまでお腹すくでしょ? 今日はカレーだからいっぱいあるわよ~」

 津村さんのお母さんがニコニコしながらすごく魅力的な事を言った。カレー!! 甘口から極辛までOKな俺の好物に心が揺れ動く!

 泣かせた女の子の家に初めてお邪魔してご飯をご馳走になるってどうなの!?有り?無し?

「カレーだったら私も食べていいよね!? 帰らなくて、作らなくていいよね!?」

 暴力女がお母さんに詰め寄る。必死か。

「笑に聞いて来なさいな。たぶん大丈夫だとは思うわよ? その時は東條君に感謝しなさいね。ふふ」


 津村さんのお母さんの予言通り、暴力女は津村さん家でカレーライスを食べる事ができた。

 すみません津村さんのお父さん。お先にご馳走になりました。

「ご馳走さまでした。津村さん家のカレーも旨かった」

 津村さん家の門を出たところでまたお礼。お母さんと暴力女は玄関までで、外まで出てきたのは津村さんだけ。

「お粗末さまでした。帰り道大丈夫?」

 まだ少し目元が赤いけど、津村さんはたぶんもう普通。

「大丈夫大丈夫、ちゃんと覚えてるって」

 思わず苦笑する。そんなに頼りないか? まぁ頼りないか。でも頼り甲斐ってどうやって鍛える? あとで調べよ。

「じゃあ、また明日学校で。バイバイ津村さん」

「あの!」

 一歩踏み出した足を止めた。何だ?

「き、今日は……本当にありがとう。少し、すっきり、しました」

 あ、敬語。

「いつまでも気にしなくていいって、やっと思え、ました」

 む。

「友達なんて、もう一生いなくてもいいと思ってたの……」

 おっとぉ……?

「東條君と話せて、良かった」

 ん?

「これからも、と、友達として!仲良くしてください!」




 ここで記憶は途切れ、気がついたら自分のベッドで朝日を浴びていた。カーテンを閉めなかったらしい。


 ……よく、帰ってこれたな、俺……


 あ~ぁ………………あ~あ!クソっ!







 

 教室で爆弾を喰らった。


「お、おはよう、東條君」


 どう声をかけたものかと悩みながら席に向かったら、文庫本を閉じて、少し頬を赤らめた津村さんが先に挨拶をしてくれた。

 少し頬を赤らめた津村さん。

 可愛い過ぎる!


「お、おはよ、津村さん」

 昨日の友達宣言でのダメージが瞬時に回復し、そして心臓に新たなダメージが。いや脳ミソかもしれない。

 しかもそれが心地好いとか、俺はもうダメだ……

 薬も毒も津村さんだなんて、どうすりゃいいんだ。


 ふと見ればまだ文庫本は閉じられたままだ。……喋っていいの?

「き、昨日は!ご馳走さまでした」

 改めてみると喋る事が無い。恥ずかしい事には触れたくないので他愛もない事しかない。昨日の帰りからの記憶は無いしで動揺しまくりだ。

 いや、お礼大事!

「お、お粗末さまでした」

 何か言う度にふにゃりとなる口が可愛く見えるのは、惚れた欲目だけではないのだろう。前髪と眼鏡に隠された目はそう簡単に見えないから口ばかり見てしまう。


 ああ、こんなのを毎回なら、そりゃあ惚れるわ。


 唐突に、津村さんのデート相手が憐れになった。

 余計な事をしないで素直に二人で出かけりゃ良かったのに。

 そしたら今頃は付き合えていたかもしれないのに。

 馬鹿だな。

 阿保め。

 ()まれ。


「何で二人で顔を赤くしてるんだ?」

 うわ、びっくりした! 笹塚急に現れるんじゃねぇよ! 今日の俺は色々繊細なんだよ!

「あ、東條は青いな。間違えたわ、悪ぃ悪ぃ」

 お前マジ黙れ。

「え、青いって、具合が悪いですか?」

 ほら!津村さんが心配するだろ!

「青くないよ。普通普通」

「本当ですか?」

「本当ですかー?」

「真似すんな」

「こんな事で怒んなよ~、何?付き合ってんの?」


 笹塚・お前・マジで・黙れ!


「…………付き合ってない」

「へ~。んで?付き合ってんの?」

 おい。なんで津村さんに確認するんだよ!俺が今答えたのは何なんだよ!

「付き合ってないです」

 ですよね。分かってますよ。それしか答えが無いもんね!

「でも、仲良くなりたいです」


 !!


「おー、なにソレ? 付き合いたいってこと?」

「えーと、笹塚君くらいには東條君と仲良くなりたいです」

「んじゃほぼ付き合いたいって事じゃん」

「え?二人は付き合っているんですか? 笹塚君は彼女がいると聞きましたけど」

「そう!俺には可愛い可愛い可愛い可愛い彼女がいます!だが東條は捨てるには惜しい男。東條に彼女ができるまでは俺のものイデッ!」

 笹塚ぁ!

「冗談じゃん!」

「分かってるが腹が立つ!」

「心狭いな!」

「なら今日の昼飯はお前らの所で食ってやる!」

「すみませんごめんなさい!邪魔だから来ないで!」

 ……どっちが心狭いんだよ。


「ふふっ、仲が良いですよね」

 津村さんが肩が揺れるほどに笑ってる。

「なんだモサイジョ、笑えんじゃん。流行りのアンドロイドかと思ってたわ」

 笹塚ぁ!

「はい。東條君のおかげです」

 津村さんと笹塚が普通にやり取りしてる。え、俺のおかげ?

「いや、その返しおかしいし、普通に女の子でしょ……」

「あ、すみません」

 だからおかしいよ、その返しも。

「ふーん……」

 ……ふーんて何だ、笹塚? 

「ま、仲が悪いよりはいい事だ。お?俺今いいこと言ったんじゃね?」

 お前は頭がオカシイよ。


 グダグダと喋っているうちに、HRのチャイムが鳴った。





 司書室で弁当の蓋を開けると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「写真ー!!」

「また!?」

 自分の弁当でハンバーグは白飯の上に直接乗ってるものしか見たことがない。いや、タレが白飯についているのは大好きなのだが、それはそれ。

 津村さんの作る弁当は『弁当』ではない。『お弁当』である。

 この感動をどう表せばいいのか!写真におさめるしか思いつきません!

「姉ちゃんにも送ろう」

「ええっ!?」

「今日はずいぶん賑やかねぇ。津村ちゃん、そんな大きな声も出せるのね、ふふふ」

 カウンターにいたはずの司書先生が机の上の本を一冊取ってまた出て行った。

 そうだ、図書室だった。静かにしないとな。写真は撮ったので、自前の割りばしを出す。

「いただきまーす」

 さっそくハンバーグを一口。おお、想定してたより柔らかい!ケチャップと中のチーズが合わさってうめえ! これは出来立ても食べたくなるなぁ。絶対チーズがトロトロだろ。

「うはうおふふははん」※うまいよ津村さん

 もごもごさせながら伝えると、津村さんはまだ箸を持ったままこちらを向いていた。

「……良かった」

 小さく微笑むとやっぱり小さい弁当箱を開く。

 ちらっと見えた同じ中身に感動。

 好きな子に弁当を作ってもらえるって、俺、もう寿命かもなぁ……


 いや!死んでられるか!せめて一度はデートしたい!

 どうせ死ぬなら津村さんのデートの思い出を上書きしてからだ。


 しかし、どうやって誘う? その前に何のプランも無い。


 うーん……









 

「というわけで、どんなデートしてるのか教えろ笹塚」


 図書室での手伝いが無くなると、さすがに津村さんと一緒に昼を過ごす理由が無くなった。

 一応『友達』認定はされているから変わらずに過ごしてもいいのだろうが、己の下心が果てしない。

 彼女になって欲しい。彼氏になりたい。


 だけどそれは。

 俺がヘタレだというならそうなのだが。

 津村さんは笑いかけてくれるようになったのだが。


 友達宣言をされた後も、ふいに触れる事が無い。

 確かに俺は気をつけている。津村さんのあの従姉妹が男に対してあれだけのアレルギーを表していた。津村さんだって何も無いわけがないだろう。

 よくよく注意していると、一定の距離がある。

 並んで廊下を歩いても津村さんとの間には空間がある。そしてすれ違う誰かともぶつかる事はない。教室で女子とでさえ誰とも当たらない。……実は忍者?


 友達とはいえ、ちょっと凹む。


 というわけで、笹塚に八つ当たりをすべく、ランチデートに突撃した。


「貴重な二人きりの時間を邪魔したうえに、二人の蜜な時間を教えろだと?」

「蜜な情報は要らん。事実だけでいい」

「全て事実!それが真実!だからこそこの真実で東條が俺の彼女の可愛さにやられて惚れてしまうかもしれん!これもまた真理!なぜなら俺の彼女は世界、いや宇宙一だから! いいぞ東條、俺は闘う!彼女の心は俺のものである為に!そして俺の心は彼女だけのものだから!!」


 何やら笹塚劇場が始まった。呆れてちょっと後悔していると、笹塚の彼女は大笑いした。

「笹塚君のこういうおバカなところが面白いよね~。東條君がスイッチなのかな? 私とじゃあんまりこうはならないんだよね~」

 笹塚のコレを面白いとは、なんとできた女子だ! やはり付き合う二人というのは出会うべくして出会うのか……

「笹塚お前、彼女めっちゃ大事にしろよ」

「もう惚れたのか!?瞬殺!!そして身を引いた!?光の速さか!!」

 素直に感心しただけなのに、なにを盛大に勘違いしてるんだか。

「あほ」

 全然欲しい情報が入らない。八つ当たりしに来たはずなのに、俺の方がダメージがでかい。オノレ笹塚。

 まあ仕方ない。さっさと飯を食って離れよう。

「どんなデートって言っても、一緒に帰るとか公園とかマックでお喋りとかだよ。バイトもしてないからあんまりお金使えなくて。映画とかもまだ行ってないよ」

 彼女は素直か!

「あ!教えてやらなくてもいいのに!」

「ていうか私はそれだけで楽しいし、こうして一緒にお弁当を食べられるのも嬉しいもん」

 うわ、デレデレしてる笹塚とかマジ殴りしたくなる……

「毎日手作りありがとう!」

「半分はお母さんだけどね~」

「お母さんもありがとう!!」

「あはは!言っておくね!」













デートってどうやって誘うんだろうね…



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