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【ヒューマンドラマ】そうですか。

2015年 04月11日

9,344文字


 両親を事故で亡くした姉弟のアパートに、メタボなおじいさんがやってきたと思ったら祖父だった。


女子高生主人公(一人称視点)

弟は双子


 誰もが一度は思うと思う。


 10億が当たるとか。実は親の実家は大金持ちで、なんやかんやとお姫様生活が始まるとか。なぜかイケメン実業家に見初められるとか。


 突然の両親の事故死に、7歳下の双子の弟を抱え、頼る親戚はなく、孫のように可愛がってくれる大家さん(70・♀)の好意でそのままアパートに未成年だけで暮らしている私が、それを妄想しないわけがない。


 まあ実際のところ、ご近所さんは皆が助けてくれるし、民生員さんはまめにうちに寄ってくれる。両親が残してくれた保険金は無駄遣いをしなければ弟たちの大学進学まで間に合うと、父の友達の弁護士さん(40・♂)が言っていた。私は高校を卒業して就職して生活費を稼ぐことがとりあえずの目標だ。

 大学は余裕ができたら行くことにした。担任にもそう伝えた。


 とにかく、私たち姉弟は思い出だらけのこのアパートを離れる気はまだない。施設に入ってうっかり姉弟バラバラになってしまったら目も当てられない。


 そうやって三人で必死こいて生活すること半年、突然彼が現れた。



「お祖父(じい)さんだよーーー!!」



 日曜の午前8時にチャイムが鳴り、大家さんかと玄関ドアを開けたら、THE成金メタボなスーツおじさんが両腕を広げて立っていた。


「そうですか。両親からは親戚は一人もいないと聞いていますので、私にはお祖父さんはいません。お引き取り下さい」


 こういう愉快なヒトには関わらない!と閉めかけたのにドアを押さえられた。メタボのくせに素早いな。


「いやいや待って!ワシは君らのお父さんの父親なんだ。証拠にこれを見てくれ!」


 メタボは慌ててスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出して、私に見せる。


「……確かに私の父の若い頃の様ですが、こちらの男性に貴方の面影はありませんね、お引き取り下さい」


 再度ドアを閉めかけたのにまた妨害される。ちっ、素早い。


「ええ~!? た、確かにこの頃よりは太ったが、わかるだろう?」


「いえまったく」


「「姉ちゃんどうしたの~?」」


 あ、もたもたしてたから弟たちが来てしまった。


「おお!おはよう、初めまして。ちょっとこれを見てくれないか? こっちのは君らのお父さんで、こっちが昔のワシなんだ、わかるよな?な?」


 必死にアピールするメタボだが、


「「嘘だ~!全然違うじゃん!」」


「ではさようなら」


 弟たちに一蹴され、ガーンという効果音が聞こえそうな顔をした隙にドアを閉めた。


「姉ちゃん、あの人誰?」


「マンガに出てきそうな人だったね!」


「ただの不審者よ。大家さんに言っておかなきゃ。あんた達も出かける時は二人一緒にいてね」


「「はーい!」」


 さて、洗濯物を干さなきゃ。



 ◆◇◆◇◆



「「は~……広いね~……」」


 20畳程の洋風応接間で皆でお茶を飲む。部屋についてはとにかく広いという感想しか出てこない。教室よりも広そうだ……


 何がどうしてこうなったかというと、閉め出したメタボの後に、社長秘書と名乗る目の細い中年(予想年齢60歳)がやって来た。

 親の保険金を狙う新手の詐欺集団かと警戒する私に大手企業の名前の入った名刺を見せる。ますます警戒を強めた私は、大家さんと父友(ちちとも)の弁護士さんを急遽呼び出し、名刺が本物か確認してもらった。


 あの脂ぎったメタボ成金が、日本で上位の上場企業の社長だと誰が思うのか。しかも父の父親だという。


 父は政略婚が嫌で、当時付き合っていた母を連れて家を飛び出したそうだ。無理矢理連れ戻しての大喧嘩の末に勘当とか。あのぼんやりお花畑の父親からは想像できない波乱万丈な話である。いつも夫婦で楽しそうに過ごしていたけど、母もいろいろ大変だったんだ……


 身近な経済といえば、今や近所のスーパーのタイムセールしか興味のない私にはどうにも信じられない事である。


 しかし名刺は本物、メタボの事も大人達は知っていたという事で不審者ではなくなってしまったため、そのままその場にいたメンバーでメタボの家に招かれて今にいたる。 


 ……まあ、物腰柔らかな社長秘書に警戒を取っ払ったのは、私と大家さんとの秘密である。笹原さんカッチョいい。弟たちよ、彼の様になるべし!


「え~改めて、初めまして。私はバンドウコーポレーションで社長をしている坂東完一といいます。先程の訪問の際には失礼した。つい、孫に会えることに高ぶって迷惑をかけてしまったね」


 仕切り直し。

 ……こういう時は年長者から?相手の希望の順?と大家さんとのアイコンタクトの末、私が仕切ることに。面倒はさっさと済ませる。


「こちらこそ、無礼な応対を謝罪します。私が菅野みのりです。こちらが弟の剛士(つよし)勇士(ゆうじ)です。そして、ずっとお世話になっている大家さんの峯木里子さんに、弁護士の梶健太郎さんです。それで、私たちに会いにいらした理由は?」


「……予想を上回るツレなさ……」


 メタボがシュンとしても可愛くない。


「時間は有効に使いましょう。私たちの事を見守りくださっておられたようですが、なぜ今いらしたのですか? こちらの考える事としては、保険金が必要な事態になったとか?」


「それはない!断じてないぞ! あ~、言い訳をさせてもらえば、事故が起きたときは会社が立て込んでいて、ワシも必死で見舞いに行く時間も惜しかった。……結果、間に合わず、勘当したことを悔いたが、君らがいる。不便のないように助ける算段をたて、会社の建て直しに掛かりきりになってる内に、半年も経ってしまった」


 すまなかったと、メタボは膝につきそうな程に頭を下げた。

 ……ふむ。

 嘘を言っているようには見えなかった。

 まあ、17歳の小娘が海千山千を越えてきた社長という人間を見極められる訳もないが、会社と私たちの間での葛藤があったのはわかった。

 それが伝わったのだろう。あのうるさい弟たちがじっと話を聞いている。新たな血縁者を見極めようとしてるのか?


「笹原からの報告で、子供だけながらしっかりした生活を送っていたことはわかっている。だがやはり心配なんだ。ここで、い、一緒に暮らしゃないか?」


 あ、噛んだ。ちょっと赤くなってるし。


「んんっ。この家に住んでも、送迎をするなら学校を変わらなくてもいいそうだ」


 ふむ。学校が変わらなくていいのはいいが、それ以前の問題がある。


「そう言われる予想はしましたが、私たちは今のアパートを引き払う気はありません。あんた達はどう?」


 一応と弟たちにも声をかける。


「俺もアパートがいい。友達と遊べないのはイヤだ」


「俺も。俺たちが成人するまではアパートにいようって言ったじゃん。いたいんだけど!」


「ふふ。ただの確認よ。そういう訳で現状のままでいたいです」


 まずは、ここが私たちの譲れない気持ちである。まあ、これが一番の問題ではあるのもわかっている。


 大人達はそれぞれ微妙な顔をしていた。大家さんと弁護士さんは、確実な保護者が現れてホッとしたが、私たちの気持ちもわかる、という所だろう。両親と仲が良かったし。

 笹原さんもそれに近い気がする。さっき会ったばかりだけど。

 メタボ、あ、坂東氏はがっかりしながら微笑んでいる。


「そう言われると思っていたよ。だから妥協案を提示したい。17年も放っておいて今さらと思うだろうが、君らの将来の助けになりたいのもわかっておくれ」


 現実的な話、親身になってくれてるとはいえ大家さんも弁護士さんも赤の他人だ。私らの責任を取らせる事態になっては申し訳なさすぎる。かといって成人後の私にどれだけの何があるのか。考えても仕方ないと後回しにしていた案件が解決するチャンスだ。打算的だけど、こちらの条件に合うなら甘えさせてもらおう。


「妥協案とはどんなものですか?」


 笹原さんがそっと坂東氏に一枚の紙を渡す。それを私たちに内容が見えるように卓の上に置いた。


「その一、毎日電話連絡をすること。

 その二、週一回、又は二週に一回、一緒に食事をすること。

 その三、学校の長期休暇のときに一度はうちに泊まること。

 その四、困った時はどんな些細なことでも必ず相談すること。

 これらを約束してくれるなら、ワシという保護者を確保するだけで今までの生活を変えることはない。条件が多いならどれかは減らすが、その四だけは削除はできない」


 拍子抜けした顔のまま皆の方を向くと同じ様な状態だった。

 それらを条件と言っていいのだろうか。


「え~と、それだけですか? 政略婚とか跡取り教育開始とかはないんですか?」 


 成金には有りがちなことかと思って確認する。


「はっは。それをしようとして息子で失敗したからな。それに次期社長はもう決まっている。そこの笹原の息子だ。既婚者だからな、みのりと結婚はさせられない」


「え!?笹原さんって血縁者なんですか?」


「いいや他人だよ。子供は君らの父親である一郎だけだし、妻の血縁は我が社には興味もないようで、結局社員の中から選んだら笹原の息子だったんだ。そういう訳だからよほどのことがない限り君らが会社を継いだりもない。望む未来を手に入れなさい」


 望む未来。ずいぶんと大きなものに少したじろぐ。


「えっと、では、普通の保護者という位置付けでよろしいのですね?」


「そうだよ」


 なんだかホッとした。

 坂東氏は本当にただ、私らのおじいちゃんになりたいだけなのだ。人相が残念だからドラマの様にドロドロとした日常が待っているのかと思ったのに。見た目で思い込んではいけないと再反省。


 何より、社員から後継者を選ぶというのは、自分の立ち上げた会社ならなかなか出来ないことではないだろうか。現に私たちという孫がいる。能力は未知数だが、才能がなくても血縁だけに口出ししやすい。今や大会社であり、そして社員さんたちを路頭に迷わせないように頑張った坂東氏を尊敬する。


 私たちに拒絶される覚悟を持って動いたことに、両親が亡くなって半年放っておいたから何だというのか。私たちは両親がいなくなった事の他に不幸はなかったし、周りの人がこれでもかと助けてくれたので不安に思うことも少なかった。


 さて、私は受け入れOKだが弟たちはどうだろうか。


「姉ちゃんが良いなら俺はいいよ。じいちゃんて呼べばいいの?それともオジイサマ?」


 剛士(つよし)がニヤリとする。その顔を止めなさい。


「俺も!姉ちゃんがいいならいいよ。完一だから完ジイとかどうよ、イデッ!」


「あんたたち、調子こいてるとぶちのめすよ」


 勇士(ゆうじ)に拳骨を落とし、低い声で睨み付ける。


「もうぶってる!」


「……ほう。なら今すぐのめしてやらなきゃ、言葉通りにならないね?」


「「のめすって何?!ごめんなさい!もうしません!おじいちゃんゴメンナサイィィィ!!」」


 坂東氏に土下座をする二人の後ろに仁王立ちする私に、まあまあと取り成す大家さん。わりと日常風景だから気にならないけど、坂東氏はおののいている模様。

 あれ?私やっちゃった?でも躾はきっちりしないとね!



 ◆◇◆◇◆



 結果。

 条件はそのままで、坂東氏と私の連名を書き足して、二人でそれぞれ持つことになった。何でも坂東氏がこれ以上のお節介をしないための戒めにするのだそうだ。


 坂東氏のお抱え弁護士と父の友だち梶弁護士立ち会いの下の約束なので、なかなかに効力がありそう。実際は口約束程度のものらしいけど。

 不満なことはその都度話し合うことにして、その日はお開きとなった。

 夕飯を誘われたけど、明日は学校なので帰らせてもらった。



 次の日。

 電話の時間は夜8時。うちは節約のため、よその家より就寝が早い。この時間には風呂も済ませてあり、宿題&予習復習するのが決まり。だからこの時間にしてもらった。


 無理矢理持たされた携帯電話は家族間なら無料なので遠慮なく使わせてもらう。三人分てどうなの?とは思ったが、弟たちにだって何が起こるか心配はあるので、ありがたくいただいた。

 今日は私の携帯からかけて、緊張してしどろもどろの坂東氏となんとか三人で交代しながら会話をして、15分程度で切り、9時就寝。



 そしてその週末。

 今日は坂東家に初お泊まりである。規定には長期休みのみだったのに、弟たちが豪邸に泊まりたいと駄々をこねたのだ。坂東氏は快く歓迎してくれたので、さっそく実行。前日の電話での決定だったので、少しでも余裕を持つためにお昼を済ませてからの出発である。突然には変わりないけど……


 アパートまで笹原さんが迎えに来てくれて、それぞれ一泊分の荷物を抱えて車に乗り込む。は~!この執事然とした雰囲気が素敵だ!どうせなら笹原さんの様なじい様だったら良かったのに!


 まずはこの間の応接間でお茶をいただき、坂東氏が私たち用に準備したという部屋に案内してもらった。

 が! 私たちそれぞれに20畳一部屋とはどういうことか! 広い部屋で喜ぶかと思った弟たちですら少しパニックを起こした。今日は是非三人一緒の部屋で!と強く要請し受理された。金持ちこわい!


 和洋折衷の意外となかなか素敵な屋敷をざっくり案内されて、夕飯の時間に食堂にたどり着く。

 肉をメインにしたフルコースが所狭しとテーブルに並べられる。こうやって全部出すのはコースとは言わないのだろうが、もう!料理が!光輝いている!

 食べる機会のなさそうな料理をありがたくいただいていたが、ふと坂東氏を見れば、肉の皿しか手を付けていなかった。


 それを見た剛士が変に元気に声をあげた。


「じ、じいちゃん野菜も食べようぜ。何の味付けかオレには説明できないけど、旨いよ!」


「添えてあるキノコも旨いね! カボチャは本当は嫌いだけど、これは美味しい! じいちゃん家の料理人さんはスゴいね!」


 私をチラチラと見ながら勇士も続く。

 が。


「なんだ、嫌いなものは食べなくてもいいぞ。好きなものだけ食べて、腹がいっぱいになったら他は残しなさい」


 にこやかな坂東氏の言葉に弟二人はサッと青ざめた。


「そんなこと許すわけないでしょうが!!!こんだけ美味しい物を作ってもらって残すとは!!腹を切れ!!!!!」


 ぶちギレた私に呆気に取られる坂東家の面々。

 笹原さん、給仕をしてくれたおばさんお姉さんお兄さん、怒声に駆けつけた料理人たちの目が点になった。

 詳しく聞けば坂東氏はなんと昔から偏食だという。沢山の料理を並べて、出世したな~と思いながら好きなものだけ食べて他を残す優越感がたまらないとか。


 イミガワカラナイ。

 出されたものは全て食う!菅野家の家訓じゃああああ!!


 その後、坂東氏のみ一時間の正座説教に食事指導。一人分として出された食事を全部食わせ、途中で冷めて美味しくないとのたまったので、誰のせいだとまた私の雷が落ち、涙目だろうが容赦せず、坂東氏が食べきってからその夜は解散となった。


 もともと坂東氏の食事は少なめに作られている。年齢もあるし、外食が多いし、家では好きなものを食べさせたいのだと笹原さんから説明を受けた。今夜は私たちに合わせてバランスよい献立を用意してくれたのだと言う。


 だがしかし。お呼ばれしたとはいえ、家長だろうが目の前でのお残しはゆるさぬ。


 もちろん私たちは平らげた。こっちは育ち盛りだ。でも危なかった。残ってもいいくらいに用意したと言われて納得。どんだけ肥らせる気だったのやら。

 もったいないのでこれからのおかわり分は米だけにしてくださいとお願いした。


 色々あったこの夜のことは、地獄の晩餐と坂東家に語り継がれることになる。



 翌朝。

 家事をしなくていいからゆっくり寝てようと思ってたのに、いつも通りに起きてしまった。ベッドが柔らかかったおかげか、ぐっすり眠れたらしい。弟たちもそうなのか、いつもなら声をかけて30分はボヤッとしているのにパッチリと起きている。なんと素晴らしいベッドだ。帰ったら布団を干そう。


 さて、昨夜の内に指定された朝食の時間まで腹ごなしの散歩をすることにした。今の時間はお手伝いさんたちが何処にいるかわからないので、とりあえず食堂に行けば料理人さんがいるだろうから聞いてみよう。部屋に洗面所や風呂トイレが付いてるおかげで部屋から出ずに身だしなみを整えられた。ってここはホテルか!?


 部屋を出たところで丁度笹原さんがこちらへ来るのが見えた。

 おはようございますと挨拶を交わし、外に散歩に出ても良いか聞くと、ご案内致しますと微笑まれた。……朝から素敵だ。


 弟たちの、あの木の名前は?花の名前は?という怒涛の質問にさらっと答えながらも、更に説明をし、それを聞いてても全く不快にならないという不思議。笹原さんとはなんとカッコ恐ろしい男の人だろう。萌える。


 朝食は昨夜の状況を鑑みてのお粥。板東氏はやはりの朝食抜き生活だったので、まずはそれを改善することに。

 長く続けた習慣を変えるのはしんどいだろうが、メタボで早死にしてまた私たちを遺すのか、と言うとやると即答。

 まあ、流石に今日は見逃した。


 散歩が良かったのか、弟たちはお粥を三杯も食べた。私は迷ってお代わりを一回。中華粥美味しい。


「じいちゃんさ、今度はうちに泊まったら?」


 朝食の席で剛士がふと言った。


「そっかいいかも!姉ちゃんのご飯食べなよ。じいちゃんにぴったりだと思うよ?」


 勇士も閃いたように言う。


「じいちゃんはさ、まず質素なご飯を食べればこっちのご飯も何でも美味しく食べられるようになるって!」


「剛士の言う通りだよ!姉ちゃんは絶対好き嫌い許さないし季節の野菜しか料理しないから毎日同じ野菜が出てくるんだ」


「「あとは、タイムセールの特売品の牛肉コロッケ!」」


 びったり声が揃う。流石双子。


「給食で嫌いな野菜が出たって全然平気だもんな!」


「やっぱり不味いけど俺たち残さないもんな~!先生に褒められるんだぜ!」


 な~!と二人で笑い合うが、板東氏は私をチラチラと見ながら、そうか偉いなと弟たちを褒めている。うん。後で見ていろオマエラ。


 でも、案は悪くない。

 うちは近所の皆さんの出入りが激しく、出会って間もない板東氏がお泊まりするのも特に気にならない。まあまず孫の家なら贅沢は言わないだろう。


「お忙しいとは思いますが、予定が合えばいつでもどうぞいらしてください」


 社交辞令じゃないですよと付け足した。季節の野菜でお待ちしてます、とも。板東氏は引きつった。


 朝食後に今度は板東氏と庭を散歩した。笹原さんに聞いたアレコレを弟たちは得意気に説明する。ついでに側転やらバク転を披露し、広い庭スゲー!と大騒ぎ。板東氏を驚かせた。


「元気だな……伸び伸びとさせれば、一郎もあれくらいできただろうか……」


 思わず漏らしただろう一言に、無理でしょうと返した。


「父のどんくささは生まれつきだと思いますよ?どこに出掛けても迷子になるし、地区の運動会なんてうちでは父だけ参加させてもらえませんでしたからね~」


 そこは知っていたのか、坂東氏は苦笑した。


「……勉強ばかりさせたからではなく?」


「勉強を教えるのは上手でしたけど、そういう影響は少ないと思います。父は体を動かすのは好きでしたよ。子供と遊ぶのが精一杯みたいでしたけど。剛士と勇士は元気過ぎですから、余計ですね」


 板東氏は少し、二人を眺め、ポツリと呟いた。


「一郎の何を見ていたのか……」


 私は聞こえないふりをした。



 ◆◇◆◇◆



 次の週末、初めてのお泊まりにガッチガチに緊張した坂東氏を迎え、テンションの上がった剛士と勇士をガッツリ締め、いつもよりも量の多い食事に微妙に手こずったり、宿題を見てもらったり、弟たちの間に寝た坂東氏が朝にヨレヨレになってたり、質素な朝食を終えてからの男だけの散歩に出た隙に掃除洗濯。


 ほぼ弟たちと味覚が近く、嫌いな野菜がわかりやすい。変なところで血の繋がりを感じた。

 帰って来ての柔軟体操中。出会った顔見知り全てに、じいちゃんを紹介したぜ!と得意気な二人。ってことはずいぶん歩いたな? おつかれ。

 坂東氏の手土産の羊羮を切って出す。仏壇代わりの棚にもあげて、緑茶を飲みながら舌鼓をうつ。


 お父さん、子供の頃からこの羊羮が好きなんだ。

 好物が変わってなくて少し嬉しげな坂東氏。

 位牌に手をあわせてもらえたし、来てもらえて良かった。



 月に一度ずつ、お互いに行き来するようになった。だから、月二でお泊まり会。坂東氏が急な仕事だったり、私の模試だったり、弟たちの試合だったり、家でゆっくり語り合うことができない日もあったけど、それはそれで楽しかった。



 坂東氏は自宅の庭でも散歩をするようになったらしい。食事はまあ、肉が好きなのは変わらないが野菜もよく食べるようになったと、笹原さんにも確認済み。

 会社の健康診断で注意を受けていた数値が少し下がったらしいとも。


「みのり様方がいらしてくださるので、旦那様は顔色が良くなられました」


 健康も大事だけど、付き合いもあるだろうから無理はしないように言おう。何が無理か気づいていないのなら、笹原さんや家の人たちに聞いてもらうように言おう。


 私が思うより社長とは大変な職業のようだ。


「いやぁ、家計簿をつけるみのりの方が大変そうだよ。生活するのにこれだけ掛かるんだなぁ」


 成金富豪め。

 弟たちは宿題、私は家計簿をつけている時に、ふと坂東氏が覗きこんで来た。会社経営とは桁が違いますがナニカ?と内心カチンとなってしまった。


「自分の時は家の事まで気が回らなかった……不都合はなかったようだったけど……一郎と春海さんはきちんとしていたんだな。みのりがこうして家計簿をつけられるのだから」


 坂東氏は一人息子を奪ったはずの母の名前をするりと口にする。そこにはドラマにありそうな恨みや蔑みとかは感じられない。私の経験不足といわれればそれまでだが、母の事を話題にしても楽しげに聞いてくれる。


 17年。


 赤ちゃんが高校生になる時間。

 それでも大人になるには少し足りない時間。

 弟たちは私より7年も少ない。


 忙しさで誤魔化していたが、両親がいない事に打ちのめされる時がある。

 剛士(つよし)勇士(ゆうじ)の寝顔を見てる時。


 ちゃんとしなきゃ。ちゃんとしなきゃ。


 10歳の弟たちを、寂しがらせないように。







 ・・・・・・・・・・・・・


「あらあら、完一さんの前で泣いちゃったの? 惜しかったわ~」

 ほんわりとした声が聞こえた。この声は、

「おばあちゃん・・・?」

「美世子さん!え?おばあちゃん!?え!?何で!?」

「実は、出張の半分は一郎たちの家へ遊びに行っていたの~。一郎が出ていってから、春海さんと連絡を取り合っていたの。みのりが産まれた時から会ってたの~。うふふ」

「な、何故だ!何故黙っていた!」

「だって、完一さんも一郎も頑固で意固地だから、面倒で放っておいたの。時間が経てば柔らかくなるかと思ったけど、ちょっと間に合わなかったわね・・・失敗したわ」

 うぐっと詰まる板東氏。

「・・・葬式も、出席したのかい・・・?」

 おばあちゃんは、寂しそうに微笑んだ。

「いいえ。お仏壇に手を合わせただけよ。お墓参りは、一緒に行きましょうね。まだなのでしょう?」

「ああ・・・一緒に行ってくれ」


 この人たちが、私のおじいちゃんとおばあちゃん・・・。二人に挟まれて、ぼんやりしていた。久しぶりに泣いて朦朧としている自覚はある。朦朧と自覚って変だけど。

 本当に、頼っていい人たち。

 我儘を、楽に言わせてくれる人たち。


 お父さんもお母さんも、色んな事を私たちに教えてくれた。もしもの時の為に、ご近所付き合いを密にしていたし、お金も残してくれた。

 この人たちを遺してくれた。


 収まった涙が、また流れた。



 ***








文学フリマ短編小説賞を目指した話。

終わりはこんな感じと残してあるけど、そこに行くまでがさっぱり…(-_-;)



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