夏だって。
目を覚ますと時刻は12時を過ぎたところだった。重い体を起こして、カーテンを開けると目が眩んだ。照り返しが殺人的な夏だということを教えてくれる。エアコンの涼しさをかき消すような光景にげんなりとした気持ちをもたらしてくれる。かといって、今日は家の外に出ないわけにはいかない。狭い狭いワンルームで身支度を整えて、玄関の扉に手をかける。
途端に、隙間から熱気が入り込んできた。圧倒的な熱気が。不可視の圧力に抗うように思いきり力を込めて扉を開ける。薄暗い部屋にいた僕には、外の世界は眩しすぎて目が眩んでしまった。真っ白に染まる視界の中、蝉の声と夏の暑さに体の輪郭がにじんでいくのを感じていた。視界を取り戻すと、いつもの街並みがいつもより暑そうに見えた。蜃気楼が道の先に揺らめいている。その先には青空が憎たらしくも広がっていた。駅に向かう道のりの途中にある川は暑さで枯れ果てそうになっている。その周りには大きな樹木がその枝にたくさんの葉をつけて命を主張している。虫も鳥もすべての生命が川沿いに集まっているのを感じる。木陰の涼しさは誰にとっても心地よいもので、滅入ってしまった僕の気持ちもそこに安らぎを見つけていた。熱風が吹いてきて顔を撫でて去っていく。それもなんだか心地よく感じるのはきっと木漏れ日のおかげだろう。一休みして、また駅に向かって歩くことにした僕の心は不思議と前を向いていて、暑さも、日差しも忘れて空を見ていた。青い、青い空。どこまで広がるのかと思うほど大きな入道雲が青を白に塗り替えている。そんな空を眺めていると、桜は夏にはきっと合わないだろうなと思いつく。どうして、とか理由は何となくで言葉には出来ないんだけど。
ただ確信して言える。夏には桜は合わない。
そんなことを考えている間に夏にどんどん近付いていく。僕はどんどん曖昧になっていく。曖昧になるほど、理性は薄れて、言葉は意味を成さない。生命のきらめきが大きく世界を満たした。そして、僕は戻ってくる。さっきまでの感覚は全部いなくなって夏が来た。僕の夏が。その実感と青い青い気持ちが昨日の後悔を塗りつぶしてくれる。そして、また一歩踏み出して、灼けたアスファルトの上を歩いて行く。