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1.War Correspondent

 大倭皇国連邦が〈南溟〉、

 現在、戦争を戦っている敵手の大銀河帝国こと〈USSR〉が〈ソロモン〉の名で呼ぶ宙域は、〈ホロカ=ウェル〉銀河系にあって全般に空疎な……、世の中から取り残されているかのような印象をあたえる宙域だった。

 そこに散在している恒星系は、そのいずれもが、人類の居住に適した惑星が少なく、産出する資源は珍しさに欠け、交易の中継所としても魅力がうすい――主として経済的な旨味をもたないものばかりであったからである。

 が、

 それ故、古来、政治的な喧噪とは無縁で、(せい)(ひつ)さを保ってきたのだが、現在そこは、大倭皇国連邦、そして〈USSR〉宇宙軍の双方が相争う、争闘の(ちまた)と化していた。

 大倭皇国連邦領域内に侵攻しようとする〈USSR〉と、それを阻止しようとする大倭皇国連邦が、互いに持てるちからをぶつけ合う場となってしまったからだった。


「田仲未沙さん、でしたね」

 大倭皇国連邦宇宙軍聯合艦隊に所属している一艦――戦艦〈やましろ〉の艦橋後部の片隅で、副長を務める椎葉少佐は言った。

 (いか)めしい、と言うほどではないが、いかにも宇宙軍士官らしい武人然とした女性である。

「は、はい」

 名前を呼ばれ、彼女の傍に腰掛けていた若い女性が、すこし(かす)れた声でうなずきを返した。

 声、表情、姿勢――物腰のすべてが、彼女が緊張していることを物語っている。

 民間人が軍艦――それも戦地へ向かいつつある戦闘航宙艦に乗り込んでいるのだから当然ではある。おそらくは軍務に()いた()()もないのではないか。

「元・陸上選手で、現・スポーツコメンテーター、ウェルネスアドバイザー、フィジカルアナライザー」

 目の前の制御卓(コンソール)、そのディスプレイ上に表示をされた相手の略歴(プロフィール)にチラと目をやりながら少佐はつづける。

「それが、どうして従軍記者などに?」

 探るようにして問いの言葉を口にした。

 立場的に無理からぬことかも知れない。

 田仲未沙という若い女性がこれまで歩いてきた道は、ざっと見ただけでも、いかにも陽光に満ちた健康的なものとわかるからだった。

 若い時分(今もじゅうぶんすぎるくらい若いが)にはアスリートとして活躍し、引退してからは、それまでに得た知識や技能、人間関係をいかして活動の場を確保し、ひろげている。

 経済的に苦しいなどとも考えられず、であれば、常識的に考えて、穏やかな銃後でやすらかに過ごしつづけて良いはずだ。

 いくら祖国が戦争中だからといって、誰に強制されるでなく、自らすすんで生き死にの境に身を投じてくるなど、正気の沙汰とも思えない。

 怪しむとまではいかなくとも、怪訝(けげん)に思って当然だろう。

 椎葉少佐に見つめられ、女性は、コクリと唾を飲み込んだ。

「はい。実はわたしには妹が一人おりまして、わたしと同じく陸上競技の道を選んで頑張っていたのですが……」

 そこで一旦言葉を切って、キュッと唇を引き結ぶ。

「先日、宇宙軍より令状がきて、軍艦に乗り組むことになった、と……」

 現在、故郷を離れている自分に()()から、そう連絡があったのだ、と椎葉少佐に彼女は言った。

「それは……。で、妹さんは、どちらの(フネ)に?」

 宇宙軍の兵として御国の(しこ)の御楯となるは名誉なこと。

 だか招集招集令状が手許に届き、戦地へ出征してゆくのは()()()く、祝うべき慶事――そうされている社会的な通念と、しかし、だからといって、素直に(よろこ)び難い肉親の情を察して、椎葉少佐は(わず)かに口ごもる。

 若い女性は(かぶり)を振った。

「わかりません。両親に訊ねてみましたし、妹も何度か実家とはやり取りをしているそうなのですが、ついぞ、具体的なことについては一言もないと……」

「そうですか」

 目を伏せる相手に同情的に言いながら、しかし、椎葉少佐は、戦闘航宙艦の一乗員――それも新兵に過ぎない人間が、そこまで己の所属について秘匿(ひとく)しなければならないということは、逓察艦隊あたりのフネではないかと当たりを付けている。

 まず確実に、肉親や親しい人間に対しても、そのことの告知が許可をされてはおらず、仮に、もし、告げようとしても、その場で検閲(じゃま)がはいっているのではないか。

 みずからが所属している聯合艦隊をはじめの大艦隊が、独自に保有している偵察部隊に比しても、更に高度な情報をあつかう逓察艦隊ならば、その程度のことはやるだろう。

「……それで、今、こうして自分が安穏と日々を送っている間にも、妹は危ない目にあっているんじゃないか、辛い目をみているんじゃないかと……。妹の出征を知ってからというもの、まったく何も手に付かず、いてもたってもいられなくなって……」

「それで、折りよく公募のあった従軍記者に応募した、と」

「はい」

 田仲未沙はうなずいた。

「もちろん、だからと言って、()()どこかで妹にめぐりあえるだなんて幸運が、あるワケないとはわかっています。これが自己満足の安いナルシズムにすぎないということも……。でも、それだったらなおの事、せめて妹がおかれている状況のかけらなりとも知っておかないと、と考えたのです」

 いかにも姉妹らしい情を動機と彼女は吐露したのだった。

「わかりました」

 椎葉少佐はうなずいた。

「おっしゃる通り、あなたの希望がかなう見込みはかなり低いでしょう。何より」と言って、彼女は自分たちの横――その一面が多分割ディスプレイになっている壁を片方の腕をふるってさししめす。

 そこには、彼女たちが乗艦しているフネ――戦艦〈やましろ〉の艦橋が映しだされていた。

「本艦は、()くの如きで、現在、作戦行動中です。なに、心配しなくても危険はありません。定例の警戒行動です――我が軍が確保している宙域の掌握具合を確認するだけ。艦隊を引き連れ、指定宙域をグルッと周回して見てまわるだけの事です。ルーチン業務と言ってもいい」

 そこで相手にニコリと笑いかけ、

「かてて加えて、本艦は戦艦です。主砲門数は、〈ホロカ=ウェル〉銀河系列強諸国の宇宙軍が保有している戦艦群のなかでも最多といえる十二門。戦闘力においては屈指と言えるフネなのです――いささか草臥(くたび)れてきてはいますが、ね」

 茶目っぽく言うと、それまでの謹厳さからは想像もできない気安さで、かるくウィンクしてみせた。

「今更かも知れませんが、〈やましろ〉へようこそ、ご家族思いの記者さん。僭越ながら、艦長に成り代わり、本艦を代表して、貴女(あなた)の乗艦を歓迎します」

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