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自死代行  作者: 久保谷充
後日談
34/34

生者行進 Ⅰ

おまけの後日談(未完)です。本編は完結してますので、ノイズになりそうな方は非推奨です。

遅くなりました…

梅雨が明けた七月。高校生活最後の一年も、三ヶ月が過ぎた。人生最後になるであろうバスケの大会は先週、地区予選の二回戦で幕を閉じたばかりだ。一応進学校であるので周りはすっかり受験モードだが、俺は専門学校への進学を決めていたので部活を引退したことを除けばあまり変化がない。

昼休み、俺は久しぶりに第一音楽室で涼平くんと帰蝶ちゃんを眺めていた。紙とペンを片手にピアノの鍵盤を叩いている涼平くんと、その横で単語帳をめくっている帰蝶ちゃん。

去年はもう、こんな光景は見られないのではと思ったものだ。

俺がひとり平和を噛み締めていると、そうだ、と涼平くんが顔を上げた。


「帰蝶。週末だけど、少し早くうちに来れるか。一曲完全させて、」


「今週末はいない」


「……は?」


涼平くんの言葉を遮るように、帰蝶ちゃんが答えた。俺も、おや、と思って帰蝶ちゃんを見る。二人が度々週末に涼平くんの家で楽曲制作しているのは知っている。休日に家で二人きりかと思うと何とも言えないそわそわした気持ちになるけれど、二人の雰囲気や距離感にこれといって変化はないようで、あまり気にしないようになっていた。

帰蝶ちゃんは単語帳から視線を外さないまま、淡々と喋り続ける。


「今週末は東京に行くからいない。曲は来週聴かせて」


「東京…?」


「うん。愁兄さんに勉強教わりたくて。というより、鈴鹿と一緒に勉強するの。司法試験は無理でも、せめて司法書士は頑張りたいねって」


「勉強なんて、リモートで、」


「オープンキャンパスも行くの。鈴鹿が一緒に行ってくれるって。私立より国公立がいいからそんなに回るつもりはないけど、それでも日帰りは無理」


涼平くんがびしりと固まる。漫画のような瞬間を目撃してしまったことに驚いて、俺まで固まった。


「……東京の大学、受験するのか?」


涼平くんの呟きにようやく帰蝶ちゃんが単語帳から顔を上げて、訝しげに涼平くんを見る。


「今まさに勉強してるの、見えないの?するに決まってる。国立だと東京は無理そうだから、横浜…もちょっと厳しいかも…。埼玉ならいけるかな…」


「…………」


何故か言葉を失っている涼平くんを無視して、帰蝶ちゃんは再び単語帳を追い始める。


「音楽同好会の活動も、この夏でもう終わりでしょ。作詞作曲終わるまで私の出番はないし、休日はなるべく勉強にあてたい」


涼平も早く進路決めた方がいいよ、と帰蝶ちゃんが言ったのと同時に、予鈴が鳴った。


「次、選択科目だ。先に行くね」


またね、と帰蝶ちゃんが手を振って音楽室を出ていく。俺は何とか笑顔を取り繕って手を振り返した。

残されたのは固まったまま動かない涼平くんと、俺。

微動だにしない涼平くんに、俺はおそるおそる声をかえる。


「えーと、俺らもそろそろ行かないと、授業遅れるよ?」


「…………」


「もしもーし」


「…………」


「……もしかして、帰蝶ちゃんが大学受験するのにショック受けてる…?」


ぎぎぎ、と軋んだ音が聞こえそうなほどにゆっくりと、涼平くんが俺の方に顔を向けた。目が死んでいる。

正直、意外だ。この二人は狂った距離感のわりに、プライベートに干渉するのを良しとしてこなかったはずだから。

そんな思いをなるべく顔に出さないように努める。


「うわ。ええ、図星?うちの学校で大学進学しない人なんて、ほとんどいないよ?ていうか俺は涼平くんも進学すると思ってたけど、違うの?」


「……俺と曲作るより、大学見学の方が大事か…?」


「そっち?!そりゃ、将来かかってるからなあ。仕方ないと思うけど」


「なんで大学行くんだ?大学で何するんだ?真紘は行かないんだろ」


涼平くんは呆然と一点を見つめたまま、独り言のように呟く。本当に進学校の三年生なのか疑いたくなるが、彼にとって常識はあってないようなものなのだということも知っている。俺はいつも通り一般論を口にした。


「ええと、大半の人は就職するためじゃない?スキルを身につけるためとか経験を積むためとか、学生時代にしか出来ないこと、色々あると思うけど。俺だって美容師になるために専門学校に行くから、基本的には変わらないよ。…はぁ、何この問答…。ほら、しっかりしてよ。本校舎戻ろう」


「……なら、就職する必要がなければ、進学しないか?」


「就職する必要ない人なんてそうそういません!ねえ、もう授業始まるって」


「…………」


「先に行くからね!」


一向に動く様子のない涼平くんを置いて、俺は音楽室を出た。一度だけ振り返ったが、涼平くんは何か考え込むように俯いていた。

涼平くんはマイペースすぎるだけで、特別人の手助けが必要なタイプではない。世話を焼きすぎるのも良くないとわかっていても、少し前まで彼の安否を心配していた身としてはどうしても気にかけてしまう。

どうせ部活がなくて時間を持て余している。放課後にもう一度顔を出そうと決めて、俺は教室まで走った。






「な、にこれ……」


放課後、再び訪れた音楽室で、俺は立ち尽くしていた。

目の前に広がるのは、一面の紙。一体どこに持っていたのかわからない量の紙の海の中で、胡座をかいた涼平くんがアコースティックギターを片手に、床に置いたキーボードを鳴らしている。


「え、ええ??なんでギター?キーボードも…どうしたのこれ。音楽室の備品にないよね?」


「軽音部から拝借した」


涼平くんがガリガリと紙にペンを走らせる。俺も一応楽譜は読めるが、何を書いているのか解読出来ない。

よく見れば涼平くんは片耳にイヤホンを挿して、スマホで何か聞いてるようだった。綺麗な指がリズムを取るようにギターを叩いたかと思えば唐突にキーボードを鳴らし、ギターの弦を爪弾く。そしてまた何かメモを取る。


「もしかしなくても、昼休みから授業サボってるね…?」


「…………」


返事もしない涼平くんに、ひとつため息を吐く。お節介とわかっているが、少し話をした方がいいかもしれない。


「ピアノ以外触ってるの、初めて見るね。ギター弾けるの?」


「いや。今までよくピアノ一本で作曲してたなと思って。どう考えても弦は要る。リズム体も」


涼平くんはイヤホンを外してギターを置き、座ったまま背伸びをした。凝った身体をほぐすように、肩を回し始める。

一息ついたのか、ようやく視線が合った。


「それで、突然どうしたの。帰蝶ちゃんと何かあった?」


昼休みの帰蝶ちゃんとのやり取りが原因なのは明らかだけれど、一応確認する。何がどうなったら今のこの状況と結びつくのか。紙の海を避けて近くの椅子に座ると、涼平くんは俺を真っ直ぐに見つめたまま口を開いた。


「音楽で食っていけると証明する」


「……え、」


軽い衝撃で、間抜けにもぽかんとしてしまった。


ピアノは適当に弾いてるだけ。上手くもないし別に好きじゃない。涼平くんの口癖だった。


「……プロを目指すってこと?」


「インディーズでやっていけるならそれに越したことないけどな。俺も帰蝶も、契約とか、縛られすぎるのは向いてない」


「ん、んん??え、帰蝶ちゃんと一緒に?」


「俺のピアノだけでやっていけるわけないだろ。帰蝶の歌頼りに決まってる」


「…………えっと。帰蝶ちゃんはもちろん知ってる…というか、了承してる、んだよね…?」


「…………」


「ちょっと?!」


何か文句でも?とでも言いたげな涼平くんはいっそふてぶてしさまで醸している。その様子は開き直っているようで、どこか怒っているようにも見える。


「あいつが弁護士とか、司法書士だとか、なりたいわけがない」


「いやいや、根拠は!?」


「わかるもんはわかるとしか言い様がない」


「それは…わかるというより…そうであって欲しいという願望では…」


一年もの間、いない家族と暮らしているつもりになっていた俺が言えたものではないけれど、何か意固地になっているような涼平くんを前に黙っているのは難しかった。


「音楽やるにしても、さすがに涼平くんの一存じゃ決められないよ。ていうか、学生しながらプロを目指すんじゃ駄目なの?学歴あって損はないよ?」


「俺はもともと大学進学するつもりはない。病院で働きたかったから。けど、それはもういいし」


涼平くんは一瞬だけ物憂げな表情になって、でもすぐに拗ねた子供のような目で俺を睨みつけた。


「就職しなくていいなら、進学しないんだろ?」


「い、いや…。えええ。そんな、子供じゃないんだから…」


子供のような純粋さが強く残っている人だということはわかっていたけれど、ここまでとは。もっと現実的に、割り切った考え方をするものと思っていたのに。


「涼平くんはそれでいいとして、何で帰蝶ちゃんの進学を渋るのさ。本格的に音楽やるとして生計が成り立つかなんてわからないし、並行して他に目指すものがあったって良くない?」


「帰蝶が本当にやりたいことなら俺だって放っておく。けどあいつは、兄貴を支えられるなら何だっていいんだ。兄貴が農家だったら農業やるし、牧師だったら洗礼を受ける」


「それの、何が駄目なの」


人のこと言えないんじゃない?と付け足す。涼平くんは苦虫を噛み潰したような、少し切なそうな顔をした。


「俺のエゴとは違う。あいつのあれは……未練だろ」


「……?」


涼平くんと帰蝶ちゃんの違いが俺にはわからない。大事な人を指針に進路を決めていることに変わりないのではと思ったけれど、涼平くんなりの解釈があるのかもしれない。

そんなことを考えていると、予想外の角度から爆弾が投下された。


「帰蝶が好きなのが鈴鹿って奴とか真紘なら、俺もとやかく言わない。けど、もうこの世にいない相手に操を立てて、似た誰かに献身して、そんな風に生きて死ぬつもりなんだ、あいつは。そんな人生なら俺にくれって思うだろ。弁護士のサポートは帰蝶じゃなくても務まる。でも俺の曲は、帰蝶じゃなきゃ歌えないんだ」


「………………………」


俺は絶句して、頭から血の気が引くような、逆に一気に血が集まるような、わけのわからないことになった。自分の顔色が青いのか赤いのかわからない。耳に飛び込んできた情報を処理しきれず、穴が開くほど涼平くんを凝視する。


「高校卒業までに音楽で食っていける地盤を作る。未練にしがみつく人生より、俺を選ばせてやる」


「………涼平くん……素面なの……?」


やっとのことで絞り出した声が掠れる。


「素面じゃない。だってむかつくだろ。俺と曲作るより勉強の方が大事だって?俺のピアノが、一番、好きなくせに」


ごろりと、紙の海に埋もれていた何かが転がった。……空の、ワインボトル。


「えっえええええ!う、嘘!なんでこんなの学校に持ち込んでるの!」


口からこぼれた冗談が本当だったことに驚いているのか、彼の発言に困惑しているのか、俺はとにかく混乱した。

よく見れば、涼平くんの顔がうっすらと赤い。


「ちょっと、本当に大丈夫!?」


「うん……」


ひとまず鞄からお茶を取り出して手渡すと、涼平くんは素直に受け取った。ちびちびとお茶を飲む涼平くんを眺めながら、大きくため息を吐いた。


「そういうの、伝えなきゃ伝わらないよ。ちゃんと話したら?」


「……………」


黙ったままの涼平くんのスマホが鳴った。帰蝶ちゃんからメッセージのようだ。床に置いたまま操作するので文面が見えてしまう。「参考書買いに行くから、今日は先に帰る」

涼平くんがスマホを鞄に向かって投げつけた。その横で俺はそっとワインボトルを回収し、おそらく勝手に楽器を持ち出されたであろう軽音部への謝罪と言い訳を考えていた。







「と、いうことがありまして」


「馬鹿ね…。放っておけばいいのよ。あいつらに構ってたらキリないわ」


帰りの道中、俺はコンビニの前で橘さんとアイスコーヒーを飲んでいた。もうすっかり暑いので屋外での立ち話は少々辛いものがあるけれど、橘さんは喫茶店などが好きではないらしい。


「それにしても、遠野は心底腹立つわね…。帰蝶の進路なんて最初からわかってたじゃない。そもそも音楽に対して今まで積極的に動いてきたのは帰蝶の方なのよ?自分の進路が白紙になったからって今更巻き込もうだなんて、一体何様なのよ」


「まぁ、いきなりどうした感はあるね…」


橘さんが苛立たしげにアイスコーヒーの氷をガラガラと揺らす。バイクに乗るためにこんな夏でもかっちり着込んでいる彼女の首筋にうっすらと汗が浮いているのが見えて、慌てて視線を逸らした。


「橘さんは、進路決めてるの?」


「まあね」


「そもそもちゃんと進級出来てることに驚きが隠せないんだけど…出席日数どうしてるの?」


「出席日数はクリアしてるし、試験だって受けてるわよ」


「え!?だって学校で見かけたことないよ!?」


「そりゃ、あんたに見つからないようにしてるから。多少セコいこともしてるし。ばれてもセーフなラインをギリギリで攻めるのが、ずる賢く生きるコツよ」


「ええええ…せっかく学校来てるなら、会いたいのに…」


「あんたがそんなだから、見つかりたくないのよ」


次はいつ会えるのか、もう会えないんじゃないか。そんなことを考えていた頃が懐かしい。

橘さんはバイトをいくつか掛け持ちしているらしく、そのバイトの合間に都合が合えば、時折こうして会ってくれる。出会った頃からしてみれば、すごい進歩だ。


「それで話戻すけど、進路どうするの?」


「建設現場で働くわ。重機械を扱いたいから、色々と免許取る費用のために、しばらくバイト尽くしね」


「えっ…」


これまた予想外すぎる返答に固まってしまった。今日の俺は固まってばかりいる。


「何よ。重機械はロマンでしょ。はぁ、早く操縦出来るようになりたいわ」


橘さんが気だるげにバイクに寄りかかる。男所帯の現場に橘さんがいたら、目に毒ではないだろうか。少し、いやだいぶ、面白くない。

でも建設現場でバリバリ働く姿を思い浮かべると何故かしっくりくる。何より格好良い。


「あんたはどうするのよ」


「……え?ああ、うん、美容師の国家試験受けたいから、専門学校。俺も学費のためにバイト浸けかな」


橘さんの未来予想図に気を取られてうっかり反応が遅れてしまった。橘さんが冷やかすように笑う。


「へえ。人気商売、いいんじゃない?あんた、人たらしだし。客に無理難題押し付けられて四苦八苦してる姿が目に浮かぶわ」


小首を傾げた上目遣いの橘さんと目が合う。


……やっぱり、目に毒だ。俺は赤くなりそうな頬にアイスコーヒーを押し当てて、何とかポーカーフェイスを装う。少しの間、沈黙が流れた。


「……どうなるかしらね」


「え?」


「遠野と帰蝶よ。あんた、懲りずにお節介かます気?」


「まさか」


俺が即答すると、橘さんは少し意外そうな顔をした。もう中身が氷だけになったコップの蓋を開けて氷を口に含み、がりがりと豪快に噛み砕き始める。


「前みたいに死に急いでるっていうなら、黙ってないけど。二人とも前向きに進路を考えてる。俺が口を挟む余地なんてないよ」


「前向き、ね」


「……違うとでも?」


氷を食べ終えた橘さんは、さあね、と言って空になったカップをゴミ箱に捨てた。


「もう行くわ」


思わせぶりな物言いが腑に落ちないけれど、ヘルメットを被ってバイクに跨がる橘さんに食い下がることは出来なかった。


「御愁傷様」


「……?何が?」


かけられた言葉の意味がよくわからないまま、颯爽と走り去る橘さんの後ろ姿を見送った。


本当の後書きが書けるまで頑張ります

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