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自死代行  作者: 久保谷充
第二章
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名残雪

誰かが側にいる気配がする。ぼんやりと意識が浮上しても、身体がひどく重くて動けそうにない。

…やはり、熱を出してしまったのか。この季節に頭まで水に浸かったのだから無理もない。暑くて息苦しいのに、寒くて仕方がない。

回らない頭につまらない記憶たちが巡る。ここ数年、こうして何度も熱にうなされた。


「…………帰蝶か」


「うん」


自室のベッドに横たわる俺の傍らに、帰蝶がいた。熱で目が潤むのか、視界が滲んで顔がよく見えない。

どうしてここにいる、とは思わなかった。


「真紘と、橘は?」


「帰ったよ。お大事にって言ってた」


頭をさっと抱えられ、枕を替えられた。ごぽりと音がして、独特の冷たい感触に頭を沈める。……水枕だ。

俺は水枕が好きじゃない。もう何度も話したはずなのに。

額に濡れタオルが当てられる。布地が大きく、目まで塞がれた。雑な看病にため息がこぼれる。吐いた息が熱い。

……どうせ、何も見えない。大人しく瞼を閉じた。


「……春樹のことは、聞かないの」


少し気遣わしげな、帰蝶の声。冷えた頭が心地良くて、意識が遠退いていく。


「………俺に、知られたく、ないだろうから……」


「……そう」


桜が舞う。春の日射しに、柔らかな小麦色が揺れる。

俺はもう、夢を見ているのかもしれない。


「………代永が、教えてくれた。お前がまだ、間に合うかもって……」


「……………」


桜が風に押し流されて、一面が雪景色になる。どこまでも続く銀世界の果てを目指すように、帰蝶の背中が遠ざかっていく。

俺は追いかけて、その手を掴んでいた。


「……謝らない、ぞ…」


「うん」


「お前に、だけは…」


「……うん」


この世でただ一人。大切な人を守るための、互いの盾。


「……ずるい、だろ。お前は、地獄に、お前を待ってる人が、いて。俺は…俺には、」


「…………」


もう、声が出ない。夢すら消えて、世界が暗くなる。


……歌が、聞きたい。

ただピアノの音色に寄り添うような、歌詞のない歌を。


沈んでいく意識の彼方、控えめな鼻歌が聞こえた気がした。



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