第二話 前編
「あれ、夏休みが空けて間もないのにもうサボりとは。どうしたの」
春樹の病室を訪ねると、春樹は前回差し入れした少年誌を読んでいた。雑誌の読者アンケートや懸賞応募は彼の数少ない娯楽だ。涼平の名前と住所で応募するので、涼平の家には時折要らない物が増える。
「お前が呼んだんだろ」
「成績悪いんだからせめて授業ぐらい出席しろよ。だから南さんに連絡したのに」
こんなことを言っておいて、春樹は涼平が飛んで来ることを知っている。特に用のない見舞いを好まない春樹に会うためには、いつだって口実が必要だった。
「南さんは真面目に授業を受けてから来るってさ。少しは見習ったら」
「あいつは内申を気にしすぎだ」
家族に良い顔をしたい帰蝶は体裁のために何でもする。同好会活動もその一環だ。勉強も最低限の人付き合いも、苦手なことに対して必死になる姿は涼平からすると哀れだった。涼平は大学進学をするつもりがないので、彼にとって学校生活はひどく意味がない。勉強する理由は二年前に失われた。
「まあいいか。涼平に先に説明しておこう。南さんには後でかいつまんで教えてあげて」
春樹はノートパソコンをたちあげて、涼平の方へ向けた。かつて一世を風靡したネット掲示板が映っている。
「最近はSNSが主流だから、だいぶ廃れたけど。それでもこの文化が好きって人は根強いし、一部のジャンルの情報源としては有用だ。これを見て」
春樹があるスレッドを開く。
「《悲報》自殺志願者、○○町で自殺代理人に殺される」
「高校の同級生が事故ったんだがヤバい。もともとヘラってたけどさらにぶっ壊れた。身バレが怖いから地名は伏せるが、現場は地元じゃ曰く付きの場所で、意識が戻ってから、「この身体は自分のものじゃない。自分の身体は代理人が殺した。橋から落とされた」ってひたすら繰り返すらしい。警察の聴取あってビビった。ちな車との接触事故」
この書き込みに対して、「ホラーかよ」「ただのキ○ガイ」「もしかして地元」などと、レスが賑わっている。
「いずれ噂が一人歩きしてくれるようになればと思ってたけど、想定より早かったかな。…な、落ち込む必要、なかったろ」
「…………」
涼平は顔色を失くして画面に視線を落としている。おそらくもう内容は追えていない。
「それで、こう」
涼平を押し退けて、春樹は慣れた手つきでキーボードを叩く。スレッドに新しい書き込みが表示される。「それ、佐鷺町」
少しすると、「特定班乙」「結構田舎だな」「まじか。わりと近い」「心霊スポットあるの?急募地元民」「はい、嘘松」と、書き込みが増えていく。
「こういうのが定着してくれれば、ある程度向こうから勝手に寄ってくるようになる。自滅してくれるに越したことないからね」
「……わざわざ第三者に書かせなくても、俺たちでそれっぽいことを書き込めばそれで済んだんじゃないか?」
ようやく口を開いた涼平に、春樹は頬杖をついて答える。
「大事なのは証人だ。自作自演じゃ足りない。それに、死にたい人募集なんて大っぴらにやってたら、すぐに首が回らなくなる」
「だったら何で、今回に限って直接連絡なんか取ったんだ。事件性を疑われて、調べられでもしたら、」
涼平は絞り出すようにそれだけ言ってまた黙り込んだ。「警察の聴取」という部分が引っ掛かったんだろう。拳を握り締める姿に、春樹は苦笑する。
「大丈夫。そんな簡単に尻尾は掴ませない。俺の特技は知ってるだろ?それに」
涼平と目を合わせて、幼い子供に言い聞かせるように話す。
「俺たちはただ、俺たちを必要としてる人に会ってるだけだ。人助けと思えと言ったろ」
「…………俺の仕事は、まだ残ってるのか」
苦い表情の涼平を束の間見つめて、春樹は「もちろん」と微笑んだ。
「安心しなよ。少し軌道に乗り始めたってだけで、涼平にやって欲しいことはまだまだある。それにしても、」
一仕事終えたと言わんばかりの春樹はパソコンを閉じて、立ち尽くす涼平をそのままに、雑誌を読むのを再開する。
「…自殺代理人、か。たしかに、そっちの方が馴染みのある言葉で、伝わりやすいかな」
ぱら、と頁をめくる音が続く。固まっていた涼平はようやく来客用の椅子の存在を思い出し、腰をかける。
先程の余韻から抜け出せないでいる涼平に、春樹は頁をめくる手をとめた。
「自殺と自死は同じ意味の単語だけれど、何か違いはあると思う?涼平はどう使い分ける?」
春樹に問われ、涼平は言葉を詰まらせる。考えたこともなければ知識もない。正直興味もない。今ここで調べ出したら興醒めさせるだろう。春樹に何かを問われたとき、それに答えられない自分とその時間が、涼平はとても嫌いだった。
アヤを亡くしてからずっと、涼平は春樹に試され続けている。
「……わからない、けど」
品定めするかのような春樹の視線に耐えられず、目を逸らす。
「……自殺という言葉の印象が強すぎるから、オブラートに包んだんじゃないか。死ぬことを「虹の橋を渡る」とか言うだろ。そんな風に言い換えたのが、自死、とか…」
「…なるほどね。ポエマーなだけあって、涼平にしてはまとまな意見だ」
「ポエマーって言うな…」
春樹の顔が見れないまま会話が続く。春樹と死生観の話はしたくない。春樹が遠くに行ってしまうような気がして、心細さに胸が詰まる。
「遺された遺族に配慮するときに、自死という言葉を使うのが定着してきてる。死に至るまでの過程や背景を考慮して、とも言われてるね」
顔が見れないせいで痩せた身体を余計に意識してしまう。春樹の言葉が右から左へと流れていく。
「主観かそうでないかの違いに見えるけれど、「これは間違いなく殺人としての自殺である」、とわざわざ書き記して死んだ人もいる。要は本人次第だ。正解なんてない」
「……ならどうして、「自死代行人」と名乗らせるんだ」
春樹の笑う気配がして、答える気がないのだと悟る。
涼平は春樹のいるベッドにすがりつくように、そのシーツを握り締めた。
「……全部、俺に任せてくれ。春樹の力も、帰蝶の力も必要ない。一人で、ちゃんと出来るから…」
「……涼平はそっちの方が楽だろうね」
このやり取りは何度目になるだろうか。今にも泣き出しそうな涼平の頭を、春樹がそっと撫でる。
「お前はもっと世界を知った方がいい。……俺のことばっかじゃなくてさ」
仕方のない子供に言い聞かせるような口調は穏やかで、しかしその言葉に温度はない。触れて離れていった手が懐かしくて、思ってもないことを、とは言えなかった。
白い病室に夕日が差し込む。コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞ」
扉を開けて帰蝶が入ってくる。「お邪魔します。体調は?」と言って、春樹に飲み物を差し出す。
「いらっしゃい。コーラだ、ありがと。涼平はなかなか清涼飲料買ってくれないんだよね」
元気だよ、と言いながらコーラを開ける。帰蝶は自分の分は買っていないようで、長居するつもりはないとの意思表示に春樹が苦笑する。
「南さんはもう少しお喋りに付き合ってくれてもいいと思うな」
「進捗は」
さっさと本題に入った方が良さそうだと察した春樹がパソコンを開く。その画面にはずらりと名簿が並ぶ。
「ここ十年の佐鷺町への転入者リスト。転入時点の住所までで勘弁してほしい。作業量が辛い」
「十分」
帰蝶は手早く操作して、USBにデータをコピーする。
「結構な人数だけど、ここからどうやって絞るつもりなの。本当に佐鷺町にいるのかすらわからないのに」
帰蝶の表情は変わらない。
「単身向けの賃貸に限定すればそれなりに絞れる。後は自分の足と目で確かめる」
「…………二人とも、頑張るねえ」
呆れているのを隠そうとしない春樹に、帰蝶は一瞥もくれず帰ろうとして、しかし思い直したように椅子に腰をかける。
「……こっちじゃない方の進捗は」
「涼平から聞いてない?」
「学校には戻らなかった。ここにもいない。連絡がつかない」
責めるような視線に春樹は肩を竦める。
「俺たちの活動が順調だって話しかしてないよ」
春樹は「二度手間…」と呟きながらパソコンをいじる。少しして、その口元に笑みが浮かんだ。
「仕事だ、自死代行人さん」
一度の更新短いんだから頻度頑張れ
細々続きます