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自死代行  作者: 久保谷充
第一章
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幕間 夜明け

俺たちがフェンスや鍵が破壊された学校からこっそりと帰ろうとしたとき、グレードの高そうなメルセデスベンツが前に立ち塞がった。俺だけが驚いていて、中からは上品な紳士が降りてきた。宝塚の男役のような雰囲気のその人は貼り付けたかのような笑顔で、何やら帰蝶ちゃんと話している。


「……友達に、髪を、切ってもらってました…」


「なるほど。夜中に行方知れずになった甲斐があったね。とても素敵だよ。よく似合ってる」


帰蝶ちゃんが怯えている姿を見るのは初めてだ。優しげな表情なのに凄みのあるその人の前で、帰蝶ちゃんが小さくなっている。

この人は誰だろうと思っている間に、もう二人、車から降りてきた。紳士とは真逆の柄の悪い金髪のお兄さんと、部屋着のままのような少年だ。取り合わせがめちゃくちゃで混乱していると、その二人はなんと橘さんに話しかけた。


「愁さんすげえ怒ってんな…。あんたも、無事だったか」


「ええ。とんぼ帰りさせて悪かったわね。これで帰蝶も少しは反省するでしょ」


俺だけ状況がさっぱりわからず、せめて大人しくしていようと気配を消していると、「誰です、その人」と少年が俺を見た。金髪の人の視線も俺に向いて、二人から睨まれた俺は思わず橘さんの後ろに隠れてしまった。


「友人よ。帰蝶を探すのを手伝ってもらった」


「呪い持ちか?信用出来るのか」


「わからない。多分大丈夫よ」


「多分、ね…」


そんなに疑わしそうな目で見ないで欲しい。友達からの深夜のSOSに駆けつけたというのにあんまりだ。

橘さんももう少し俺を庇った表現をしてくれてもいいのに、なんて考えていると、帰蝶ちゃんと話していた紳士が俺に近づいてきた。最近俺の周りは顔面偏差値が異様に高くて、ドラマのように現実味がない。先程の圧を思い出し緊張に身体が硬くなる俺に、美しいその人はふわりと微笑んだ。


「はじめまして、帰蝶の兄です。妹がお世話になってます」


お兄さん?!この人が?!とテンパっている俺に名刺が差し出される。受け取ると、「弁護士 南愁」と書いてあった。ベンツを乗りこなす見目麗しい弁護士。世の中は不公平だ。


「えっと、同級生の和泉真紘です。こちらこそ、お世話になってます…」


顔が真正面から見れないまま何とか自己紹介すると、「なよなよしてんなよ。頼りになんのか?こいつ」と金髪の人から改めて睨まれた。何も言えずにたじろぐと、帰蝶ちゃんが「ちょっと、真紘いじめないで。怖がってる」と助け舟を出してくれた。


「鈴鹿。失礼だよ。謝りなさい」


「…っす。すみません、愁さん」


「私にじゃないだろう。それと帰蝶、私たちはそんなに怖いかな」


「愁兄さんが怖かったことなんて一度もないです」


「おや、今日はどうしたんだい。さっきからずっと敬語だね?」


鈴鹿と呼ばれた人と帰蝶ちゃんが一瞬でシュッと細くなった。どうやらこの弁護士さんに誰も敵わないらしい。


「妹が迷惑をかけたお詫びは、また今度改めてさせて欲しい。こんな時間だから家まで送りたいけれど、車に全員は乗せられないな。今タクシーを」


「バイクで来てるから結構よ。早く帰蝶を連れて帰って」


橘さんがそう言うと、帰蝶ちゃんのお兄さんは「本当に、感謝している。くれぐれも帰り道に気をつけて。自宅に着いたら連絡して欲しい」と言い残して、ベンツに乗り込んだ。橘さん以外の三人が後に続く。

全員が乗り込むと助手席の窓が下がって、帰蝶ちゃんが顔を出した。


「真紘。今日、涼平に会った。心配かけてごめん、だって。また連絡する」


予想外の情報に驚く。大いに言葉足らずな気もするが、彼らはそういう性格なのだ。無事ならそれでいい。


「…わかった。おやすみ、帰蝶ちゃん」


おやすみ、と聞こえて窓が閉まっていく。四人を乗せたベンツは走り去って行った。

気が抜けて、はあ、と盛大にため息を吐いて、目の前の光景に驚いて思わず声が大きくなる。


「待って待って待って!コンビニまで乗せてもわらないとチャリがないから!」


橘さんはバイクに跨って、今にも立ち去らんという様子だ。慌ててバイクの後ろにしがみつく。しかし橘さんのリアクションはない。


「………運転、出来ない」


そう呟いて、橘さんはバイクから降りてしまった。よく考えれば橘さんは俺よりずっと動きっぱなしで、精神的にも体力的にも堪えているはずだ。俺が運転出来ればいいけれど、あいにくまだ免許を持っていない。


「バイクは俺が押すよ。どうする?タクシー呼ぶ?」


橘さんは少し考えてから、「うちまでそんなに遠くないし、歩くわ」と言った。橘さんが歩き出してしまったので、後をついて行くしかない。

しばらく二人で黙々と夜の街を歩く。橘さんの体調が気がかりでも、暗いのとサングラスのせいで顔色もわからない。


「帰蝶は、遠野に会ったのね」


「…え、うん。そう言ってたね」


急に話を振られて反応が遅れてしまった。そして、何と言ったらいいのかわからない。


「…あんたは、本当に何も聞かないのね。帰蝶のことも、遠野のことも」


「…聞きたいけど、さっきは時間もなかったし。みんな無事なら、落ち着いてからでいいってだけだ」


若干呆れたような物言いに、いささか心外な気持ちになる。無関心なわけでは決してない。けれど、話したくないことを無理に聞きたいとも思わない。


「…私たちが、怖くないの?」


橘さんが立ち止まる。やはり具合が悪いのだろうか。彼女が動こうとしないので、俺も立ち止まる。


「どう考えても、物騒でしょう。関わらない方がいいに決まってる。帰蝶を探してるときに私が何て言ったか、まさか忘れたの?住む世界が違うとは思わない?」


気味が悪いでしょう、と橘さんが言う。サングラスに隠されて表情はわからないが、彼女にしては早口だ。俺は少し考えてから、言葉を選ぶように話す。


「そうだね、物騒だとは思う。当たり前のように鍵開けとかするし…」


「………」


束の間沈黙が流れる。橘さんがどこを見ているのかわからなくても、俺は真っ直ぐに彼女を見た。思っていることは、素直に伝えたい。


「だけど、住む世界が違うなんてことはあるわけない。だって、こうして一緒に歩いてる」


「…そういう問題じゃない。わかるでしょ」


「そういう問題だよ。また今度、一緒に勉強会するよね?」


「………」


橘さんはしばらく黙り込んでから、大きく息を吐いた。やってられないとでも言うように手をひらひらと振って歩き出す。


「頼って巻き込んだ私が言えたことじゃないけど。お人好しも、過ぎればただの毒よ。あんた早死にしそうね」


「誰にでも親切にするわけじゃない。君たちと仲良くいたいだけだ」


俺の言うことは聞こえてないとでも言わんばかりに歩いていた橘さんが、急に立ち止まる。「どうしたの」と声をかけると、彼女は口元に手をあてて小首を傾げた。


「…ここ、どこかしら」


「……え!?」


俺たちは橘さんの家に向かっているのではないのか。彼女にとっては通学路のはずだ。押して歩いているバイクが重い。大型ではないが、間違いなく250ccはある。


「どういうこと!?」


「慣れた道だから大丈夫と思ったけど、夜って案外わからなくなるわよね」


「いやいや、限度があるよ。地元がすぎる」


俺が携帯を出して地図アプリを開いていると、橘さんがうつむいている。どうかしたのかと顔を覗き込むと、一歩後ろに下がって、小さな声で呟いた。


「……目が、よく見えなくて」


「……はい!?」


「だから、目がほとんど見えなくて。…そのうち見えるようになると思うんだけど」


声が尻すぼみになっていく。小さい子供が言い訳をしているようだ。俺は信じられない気持ちで、思わず声が大きくなった。


「そういう大事なことを何で黙ってるの!?」


「だから、そのうち見えるようになると思って。道に迷うほどでもないと思ったし…」


「ああ、もう!住所教えて。俺が先導するから。はい、俺の肘掴んで歩いて!」


「そこまでしなくても自分で歩ける…」


「ご近所で迷うぐらい見えてない人は黙らっしゃい!」


橘さんが俺の肘を遠慮がちに掴む。俺はバイクを押しながら橘さんの足元にも気を配って歩き、自分の家に着くのは何時になるのだろうと若干の虚無に陥った。今日はもう学校を休みたい。しかし今日は月曜日なので姉たちがおそらく家にいる。登校した方が心も身体も休めそうだ。いや待て、屋上もあんな有様だったし、もしかして休校になるかも…。


そんなことを考えながらゆっくりと歩き続けて、ようやく教えてもらった住所に辿り着いた。空がかすかに白み始めている。休校にならない限り、俺に寝る時間はないだろうと悟った。橘さんのバイクをマンションの駐車場に置いて、身体が軽くなる。マンションの入り口に着くと、橘さんは俺の肘から手を離して、俺から距離を取った。


「ここまでで平気よ」


「心配だから、部屋まで送る。目、まだ見えてないんでしょ」


「そんなに、私の部屋が気になる?」


「もう、そうやって誤魔化さないで…」


俺は腰に手をあてて項垂れて、わざとらしくため息をついて見せた。目が見えなくて不安だろう彼女に意地悪はしたくないけれど、少しぐらいは反省してもらわないと俺も納得がいかない。

何が何でも部屋まで送るという強い決意の元に俺が顔を上げると、そこにはサングラスを外した橘さんがいた。

夜の闇が薄くなり、少しずつ明るくなってきている空を背中にして、橘さんは立っている。その瞳は真紅で、瞳孔は黄色く細まり、人ならざる不気味さを放っていた。


「………」


「おそろしいでしょ。…これでもまだ、私の部屋に来たい?」


橘さんは初めて出会ったときのように、また不遜な態度で悪い笑みを浮かべている。俺は呆然と彼女を見つめたまま、思ったことがそのまま口からこぼれてしまった。


「……かっこいい」


「……は?」


「うわ、うわ、ちょっと、鏡見てみなよ!黒いライダースジャケットに赤い眼!ちょっと、絵になりすぎ…。カラコンじゃこうならないよね。吸血鬼がいたらこんな感じなのかな…。すごい、どんな映画の登場人物より、格好良い。帰蝶ちゃんと涼平くんも見たことあるの?」


オタク特有の早口みたいになってしまって恥ずかしいと思いながらも、興奮せずにいられない。先程会った帰蝶ちゃんのお兄さんも綺麗な人だと思ったけれど、そういう次元じゃない。人を超えた神秘を目の当たりにして、感動してしまう。


「………」


橘さんはオタク特有の早口に遭遇してしまった一般人の如く、引いていた。やってしまったと思うのと同時に、橘さんはくるりと踵を返し、マンションの中に入って行ってしまう。慌てて追いかけてその肩を掴むと、彼女は一瞬だけ振り返った。瞳だけでなく、顔どころか、耳まで赤い。


「えっ」


伝染して俺まで赤くなる。デジャブだ。前にも、こんな風に俺は赤くなった。固まった俺の手が跳ね除けられる。橘さんはオートロックのドアを超えて、すぐに見えなくなってしまった。


「え、えええ。えええええええ」


俺はまたしても頭を抱えることになった。こんなの、ずるいじゃないか。


空が本格的に明るくなり始めて、俺は仕方なく歩き出す。自転車を回収しに行かなければ。疲れがどっと押し寄せて、足取りが重くなる。

携帯を見ると、帰蝶ちゃんからメールが届いていた。帰宅の報告がまだだから心配したんだろう。橘さんが帰宅した旨を伝える文章を打つ。


「………結局俺、橘さんの連絡先、知らないままじゃん…」


虚しい独り言がこぼれる。俺の気持ちなどお構いなしに、今日の天気は晴れになりそうだ。




細々続きます

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